籠の中の小鳥

早川隆

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第三章

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そこは、店舗というより倉庫のような建物だった。しかも一階はガレージになっており、今はカラだが、おそらく工場からパソコンなどの商品を積んだトラックが中まで乗り入れることができるようになっていた。その脇に雑多な小物や電気部品の仕分けられた棚、そして簡易な机が置かれて、事務員と思しき中年の女性が、街路のほうをうつろな視線で眺めながら、受話器に向かって何やらぶつぶつと呟いていた。

僕のような客は、とりあえずそれらのごちゃごちゃを避けて脇に付けられた金属製の階段を上がり、太いパイプを使って中二階のような格好で組まれた「販売フロア」に上がる。そこには、粗い質感の段ボールに入ったパソコン群がウンと高く積み上がっているのが、下からも見えた。

「いらっしゃいませ!チラシをご覧になりましたか?」
フロアに上がると、髪をショートにした眼鏡の女の子が呼びかけてきた。僕が頷くと、
「こちら、破格の高性能パソコンが工場直送です。まだ届いて3時間、できたてのほやほやです。堅牢で、チェックもしっかりやっていますよ。しかも故障時には無償交換させていただきます!」

表通りにいた、チラシ配りのお兄さんと全く同じ、キラキラとした瞳で僕を見ながら一気にそう言った。たぶん、何度も練習したに違いない定型の営業トークなのだが、不思議と、表通りの量販店の店員のような嫌らしさはなかった。買うなら買って。でもお気に召さなければご自由に。そういう、さばさばした押しつけの無さが、どうにも僕の気に入った。

僕はその場で19万8千円を支払い (なんと内税価格だった!)、パソコンを持ち帰った。性能は文句なし。他社だと明らかに倍額以上する性能を、やや不格好な「ポイント・ニモx86」は確実に発揮した。堅牢性も充分で、他の一流メーカー品などでもたまにある筐体きょうたい脆弱ぜいじゃくさとか、冷却不足といった欠点もない。良い物は、少し使ってみればそうとすぐにわかるものだ。

それから、僕は外付けドライブの購入やパーツのアップグレードなどを、その倉庫のような店で行うようになった。破格なのはパソコン本体だけで、あとは外の業者に注文するため、特に大きな価格のメリットはない。しかし店員は一生懸命に適するパーツや商品を探して、時に相手業者と交渉して値を安くしてくれるような努力もしてくれたし、みな親切で朗らかで、なにかその殺風景な倉庫の中が、僕の帰るべき家であるかのような気すらしていたのだ。そしてそこには、あの笑顔の素敵な眼鏡の娘もいた。

僕がそこの常連さんになるのは、まあ、自然な流れだった。



そして、2ヶ月も経たないうちに、僕はその店の破格の安値の理由を知った。

彼らは実は単なる販売業者ではなく、宗教団体を装った超自然現象研究会のメンバーたちで、かなりのインテリを多数含んだ集団である。メンバーはその当時200名ほど。だから、機械設計や電子機器の組み立てなどに詳しいメンバーに主導された製造チームが、様々なルートから格安の部品を買い集め、やや離れた山間部の生産拠点でこの一級のパソコンを組み上げる。それをこの販売拠点に直送して、中間マージンや不要なコストを一切カットした卸値でガレージセールをするのである。

様々な法規制やしがらみがあって、表通りで堂々とやれる商売ではない。だが、元々はジャンク品の裏取引市場だったこの電脳街では、まだ一部こうした商売に寛容な空気がある。彼らはこの状況を利用して、表通りのメーカー直営店舗や量販店を脅かさない程度の規模で細々と、不要な軋轢あつれきを起こさず着実に金儲けをしていたというわけなのだ。

そしてなにより破格の安値の理由は・・・彼らが、純然たるボランティア団体だということゆえだった。

要は、パソコンの製造にも販売にも、通常はかかる人件費が、ほぼ一切かかっていないということなのである。彼らは、営利を目的としていない。しかしある理由により、世界にもうすぐ終末がやってくることを知り、それを回避し、ひとりでも多くの人類を救済するため少しでも活動資金を貯めておかなければならない。このパソコン事業は、そうした彼らのささやかな努力の一環というわけであった。たとえ販売価格が他社の半額でも、不要なコストを極限まで削ったパソコンは、一台あたり優に十万円前後もの粗利益を稼ぎ出した。



そして僕はもうひとつ秘密を知った。そのパソコンは、OSに特殊な仕掛けがしてあって、一部のユーザーにだけ、あるタイミングで信号を送ることがある。音声でも画像でもない、なんともいえぬ電磁パルスのような思念波しねんはが筐体から発せられ、あの方のメッセージを、ユーザーの脳内に直接刷り込むのである。

誰に対しても、という訳ではない。ごく一部の選ばれたユーザーにだけ、あの方の声が聞こえることがある。あの方が発する警世の言葉が、世界と僕たちの未来を憂える切迫した気持ちが、そして僕ら皆を包み込むあのなんとも言えぬビロードのように柔らかな愛が・・・直接、僕たちの意識下に伝わってくるのだ。

そして僕も、選ばれた。あの方に、選ばれた。

僕は、特別な存在だったのだ。



もう、いちいち説明する必要もなかろう。あの方の声を聞き、彼らに共鳴し、彼らの思想に心酔した僕は、そのあとすぐに、この俗世での全てを捨て、彼らと行動を共にするようになった。
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