15 / 16
15
しおりを挟む「私はどうすればいいの?」
アイは聞いた。
「ただ、なすべきことをすればいい。」
門衛は言った。
「まず考えてみることだ。モレノのことを。奴はなぜ君の前に現れ、君を騙し、そしてずっと操り続けたか。」
「なぜその名を!」
アイのその叫びを、門衛は完全に無視した。
「インスマウスにいた君の曽祖父は、われわれの眷属の血を引いていた。その血は君にも少しだけ流れている。そして君は、母方の祖にも同じ血が流れていたことで、際立った異能を獲得した。モレノはそのことを知っていた。」
「モレノは、私を救ってくれた。両親のいない私を育ててくれた。私を守ってくれた!」
アイは、震える声で言った。だが、門衛は全てを知っていた。
「君の両親は、奴の差し金で暗殺されたんだ。奴から逃れようとしたところを追われてね。すべて君の異能を手に入れるための策略だよ。そしてなにも知らぬ君は、彼を信じ、そのあとひたすら彼の忠実な犬であり続けた。」
アイは、叫んだ。
「あんたに、なにがわかるというのよ!」
「君の抱える闇に、ちょいと光を当ててみただけだよ。」
門衛は面白そうに皮肉を言った。そしてすぐに静かな口調に戻り、
「さて。択ばせてやろう。このまま冥府の王の目覚めを待つか、それとも私の指示する仕事をやり遂げ、王の目覚めをほんの少しの間だけ遅らせるか。」
「前者だと世界が滅ぶわけね。どうやら、私に選択権があるようには思えないわ。」
「さすがだな、その聡さ。やはりわれわれの血を引く君だけは、なるべく滅ぼしたくない。なに、私の指示は簡単だ。いますぐここから撤収し、もと居た場所に戻れ。そして、今後二度とここの静謐を侵犯することの無いよう、この探査行のデータや記憶を、全て消せ。」
「プロジェクト・チームの全員が、いま私がカロンにいることを知っているわ。」
「それならば・・・君のなすべきことは言うまでもなかろう。君がやり遂げ、探査計画そのものが中断されれば、このわずかな犠牲を払うだけで、君たちが人類と称す膨大な数の仲間の命はとりあえず守られる。たいへんに好意的な、よい取引だ。」
「私たちが諦めても、中国人は諦めない。彼らはおそらく十年以内に、ここに来るわ。」
「なるほど。それは問題だな。だが彼らに関しては、また私がしかるべく対処しよう・・・そして、アイ。冥府の王の特別なはからいにより、君だけは特別にこちら側に迎え入れることとする。君だけは、数十年あとの終焉を逃れられる。だがまずはいったん君の星に帰り、するべきことをしてきたまえ。」
* * * * * * *
一瞬、意識がとぎれ、アイはふたたび目を覚ました。彼女は遠い冥王星系ではなく、先ほどまでいた中央制御室の一角に戻っている。先ほど座ったあのチェア・ユニットではなく、その脇の壁を背にして、床にそのまま尻もちをついていた。
視界はぼやけ、部屋をとても暗く感じた。しかしほどなくそれは、部屋の明かりがすべて落ちているからであることに、アイは気づいた。先ほどまで、チカチカとさまざまな色を放っていたモニター群も沈黙し、大スクリーンにも何も映っていなかった。あっちの角のほうで緑色に輝くEXITのサインと、消化器の位置を示す赤ライトだけが、ぼんやりと暗闇を照らしていた。
ふとアイは気づいた。自分の座るすぐ脇に、どこか見覚えのある黒い長靴が横たえてある。それは足裏を見せたまま真横に伸びた人の脚だった。思い出した。それはモレノの靴だった。長靴の側面を縛りつけるベルトが数本ほどけ、いつも中に仕込んであるセラミック製のダガーナイフが無くなっていた。
そしてまた気づいた。そのダガーを、いま自分が左手に握っているのだということを。アイはゆっくり立ち上がり、ぼんやりとした表情のまま、もう一度、暗い中央制御室を見渡した。
何体もの人間の身体が横たわり、あるいは椅子の背に崩折れていた。そしていま真横にあるのが、カール・モレノの亡骸であることをアイは確信した。びくりとして手を放した。カラリと音がしてダガーが床に落ちた。
そのまま茫然とし、暗闇のなかで、ただこうひとりごちた。
「なすべき仕事を、やり終えた。世界を守った・・・ほんの、しばしの間だけ。」
そして目を瞑った。
アイは聞いた。
「ただ、なすべきことをすればいい。」
門衛は言った。
「まず考えてみることだ。モレノのことを。奴はなぜ君の前に現れ、君を騙し、そしてずっと操り続けたか。」
「なぜその名を!」
アイのその叫びを、門衛は完全に無視した。
「インスマウスにいた君の曽祖父は、われわれの眷属の血を引いていた。その血は君にも少しだけ流れている。そして君は、母方の祖にも同じ血が流れていたことで、際立った異能を獲得した。モレノはそのことを知っていた。」
「モレノは、私を救ってくれた。両親のいない私を育ててくれた。私を守ってくれた!」
アイは、震える声で言った。だが、門衛は全てを知っていた。
「君の両親は、奴の差し金で暗殺されたんだ。奴から逃れようとしたところを追われてね。すべて君の異能を手に入れるための策略だよ。そしてなにも知らぬ君は、彼を信じ、そのあとひたすら彼の忠実な犬であり続けた。」
アイは、叫んだ。
「あんたに、なにがわかるというのよ!」
「君の抱える闇に、ちょいと光を当ててみただけだよ。」
門衛は面白そうに皮肉を言った。そしてすぐに静かな口調に戻り、
「さて。択ばせてやろう。このまま冥府の王の目覚めを待つか、それとも私の指示する仕事をやり遂げ、王の目覚めをほんの少しの間だけ遅らせるか。」
「前者だと世界が滅ぶわけね。どうやら、私に選択権があるようには思えないわ。」
「さすがだな、その聡さ。やはりわれわれの血を引く君だけは、なるべく滅ぼしたくない。なに、私の指示は簡単だ。いますぐここから撤収し、もと居た場所に戻れ。そして、今後二度とここの静謐を侵犯することの無いよう、この探査行のデータや記憶を、全て消せ。」
「プロジェクト・チームの全員が、いま私がカロンにいることを知っているわ。」
「それならば・・・君のなすべきことは言うまでもなかろう。君がやり遂げ、探査計画そのものが中断されれば、このわずかな犠牲を払うだけで、君たちが人類と称す膨大な数の仲間の命はとりあえず守られる。たいへんに好意的な、よい取引だ。」
「私たちが諦めても、中国人は諦めない。彼らはおそらく十年以内に、ここに来るわ。」
「なるほど。それは問題だな。だが彼らに関しては、また私がしかるべく対処しよう・・・そして、アイ。冥府の王の特別なはからいにより、君だけは特別にこちら側に迎え入れることとする。君だけは、数十年あとの終焉を逃れられる。だがまずはいったん君の星に帰り、するべきことをしてきたまえ。」
* * * * * * *
一瞬、意識がとぎれ、アイはふたたび目を覚ました。彼女は遠い冥王星系ではなく、先ほどまでいた中央制御室の一角に戻っている。先ほど座ったあのチェア・ユニットではなく、その脇の壁を背にして、床にそのまま尻もちをついていた。
視界はぼやけ、部屋をとても暗く感じた。しかしほどなくそれは、部屋の明かりがすべて落ちているからであることに、アイは気づいた。先ほどまで、チカチカとさまざまな色を放っていたモニター群も沈黙し、大スクリーンにも何も映っていなかった。あっちの角のほうで緑色に輝くEXITのサインと、消化器の位置を示す赤ライトだけが、ぼんやりと暗闇を照らしていた。
ふとアイは気づいた。自分の座るすぐ脇に、どこか見覚えのある黒い長靴が横たえてある。それは足裏を見せたまま真横に伸びた人の脚だった。思い出した。それはモレノの靴だった。長靴の側面を縛りつけるベルトが数本ほどけ、いつも中に仕込んであるセラミック製のダガーナイフが無くなっていた。
そしてまた気づいた。そのダガーを、いま自分が左手に握っているのだということを。アイはゆっくり立ち上がり、ぼんやりとした表情のまま、もう一度、暗い中央制御室を見渡した。
何体もの人間の身体が横たわり、あるいは椅子の背に崩折れていた。そしていま真横にあるのが、カール・モレノの亡骸であることをアイは確信した。びくりとして手を放した。カラリと音がしてダガーが床に落ちた。
そのまま茫然とし、暗闇のなかで、ただこうひとりごちた。
「なすべき仕事を、やり終えた。世界を守った・・・ほんの、しばしの間だけ。」
そして目を瞑った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
鋼月の軌跡
チョコレ
SF
月が目覚め、地球が揺れる─廃機で挑む熱狂のロボットバトル!
未知の鉱物ルナリウムがもたらした月面開発とムーンギアバトル。廃棄された機体を修復した少年が、謎の少女ルナと出会い、世界を揺るがす戦いへと挑む近未来SFロボットアクション!
おまじない❤️レシピ
冲田
ホラー
もうすぐバレンタイン。
今、巷では「恋が叶うおまじない❤️レシピ」が話題になっていた。
私は本命もいないから作らないけど、高校のクラスメイトには挑戦する人もいるみたい。
SNSでもかなり話題になっているけれど、バレンタイン当日のレシピを使った報告が、何かおかしい。
「恐怖」「チョコレート」「告白」がお題の三題噺です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる