冥府の王

早川隆

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アイは、従属体スレイヴを駆ってひたすら奥へと進んだ。氷の大地に入ったこの深く暗い亀裂の底は、ちょうどモルドール斑でくすんだ北極から見て南方向にずんずんと深く沈み込んでいる。当然、闇もそれにつれて深くなり、微かに届いていた崖上からの星のあかりも、遂に全く届かなくなった。

スレイヴは全方面ライトを点灯し、極寒の惑星の表面温度を急激に上昇させないようにあつらえられたそのやさしい白い光を四周に投げかけた。傘のように広がった円形の光のなかに照らされた谷底のありさまを見て、アイは心底驚いた。そこはなんと、地球のスケート・リンクのように平滑な表面となっており、しかも氷の表面に規則正しい模様が入って、ここがかつて、誰か主体的な意思を持った者によって計画的に建設された氷上の広場であるかのように思えたのである。

いや、あり得ない。それはあり得ない。現在のこの場所の気温は氷点下270度を越える。全てが凍りつき、呼吸すらできない真空の谷底に、誰かがこんなに壮大な無人のグラウンドを造ったりするだなんて!アイは、自らの勘違いを笑ったが、すぐにその思い違いを訂正することになった。

頭上を見上げると、氷壁には数十メートルの高さの棚のような段々がしつらえられており、光の届く限り、氷壁いちめんに何かが刻まれている。

それは何かの彫刻のようでもあり、また壁面に描かれた芸術作品のようでもあった。壁面の形は一定ではなく、あちこち突き出たりへこんだり、あるいは突起同士を結ぶ何かの橋ができていたりしていた。棚状になった一箇所に黒々とした円錐形の構造物がそびえ立ち、切り詰めたその頂部に円形の出っ張りの影が認められた。同じような構造物はあちこちに突き出て、あるものは四角錐、またあるものは単なる方形の陵墓のように見えた。

それらはいずれも、明らかに人の手を加えられた人口構造物であり、自然地形ではないことがアイには自然と感得できた。だがそれらは、規則正しく秩序だっているように見えて、実は奇妙に歪み、よじれ、互いにもつれ合って不条理な混沌を作り出していた。巨大な氷のブロックを積み上げたピラミッドのような構造物も存在していたが、ブロックは水平方向にきちんと積まれてはおらず、ところどころ歪み、褶曲しゅうきょくし、層状に区切られて、互い違いに色が交差していた。

そこにあった無数の人為による創作物は、それぞれ極めて高度な技巧を凝らされながら、また明らかに統一された強靭な意思によって刻みつけられたものでありながら、どこか奇妙で不気味で、相互に矛盾し、不機嫌に干渉し合い、全体が混沌としていた。そこにはある明確なひとつの規則性があったが、それを通常の人間が理解することは不可能に思われた。おぞましい、よこしまで、熱にうなされたような狂気の被造物が、谷の両脇を埋めつくしていたのである。
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