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アイはしばらく自分の意識の中に沈み込んだ。目を瞑り、息を整え、そのままじんわりと闇の中に身をひたし、闇が自分を包み込むのを待った。
なにも見えず、なにも聞こえなくなった。いつしかアイは意識を失い、在るものはただ虚無になった。いや、なんとはなしに下方に身体が落ちていく感覚だけがあった。自分の重みが、周囲にある闇をかきわけ、ゆっくりと、ゆっくりと移動していく。羽根が落ちるときのような左右への行ったり来たりはなく、アイの身体は、ただゆっくりと、まっすぐ下へと落ちていくのだ。
アイは意識を取り戻し、びくりとして目を見開いた。物理的に瞼が上がったわけではないが、アイの意識は確かに覚醒し、眼球と網膜に代わる、別のなにかの力を借りて周囲の風景を視認することができた。
自分の頭上に、なにか大きな光のかたまりが見えた。それはどこか優しい、じんわりとした明るさでアイの全身を照らし出していた。光に浮かび上がった自分の下半身を見て、アイは一瞬間だけぎょっとした。見慣れたはずの自分のか細い腰が、灰色の、なにか分厚い装甲板のようなものに覆われている。その向こうには膝小僧と足の先が見えたが、どちらもさらに分厚く強靭そうな黒いジョイントパッドに覆われていた。
しかしアイはすぐに気づいた。自分はその装甲を身に纏っているのではない。それは、今の彼女の身体そのものなのだ。宇宙線や宇宙塵から身を護るための堅い外甲で、中にはより柔らかでしなやかな人工筋肉やアクチュエーター、各種のセンサー類、そして指令ユニットと思念波受容体が仕込まれている。
それはまさに、アイの分身だった。地球上の中央制御室から遠く48億キロメートル離れた場所にいる、この優れた無機の従属体に装着されている感覚器官を通じて、自分の感覚はいま、紛れもなく冥王星までやってきているのである。
太陽系の辺縁にぽつんと浮かぶ冥王星系は、決して暗黒の中に沈んでいるわけではなく、数光年も彼方からの仄かな星々の明かり、そして微かに届く太陽からの光の粒子を集めてぼんやりと浮かび上がる、まるで夢幻の世界のような空間であった。直径が月の半分ほどのこの小帝国の盟主は、さらにその半分の大きさの衛星カロンを忠実な従僕のように従え、あといくつかの歪な岩石衛星を遠くに侍らせて、太陽系の端っこをゆっくりと公転している。
そしてアイは気づいた。自分の身体はいま、その盟主たる冥王の柔らかな光を浴びながら、ゆっくりとカロンの地表へと吸い寄せられている。この衛星にも存在する微弱な引力の作用で、すぐには気づかぬほどのゆっくりとした速度で自由落下していたのである。
アイは落下しながら従属体の身をよじり、下方を見た。視覚ユニットを通して、眼下いっぱいに広がる白と黒と赤の大地を見下ろした。彼女はそのとき、カロンの地表より3万メートルの上空にいた。
なにも見えず、なにも聞こえなくなった。いつしかアイは意識を失い、在るものはただ虚無になった。いや、なんとはなしに下方に身体が落ちていく感覚だけがあった。自分の重みが、周囲にある闇をかきわけ、ゆっくりと、ゆっくりと移動していく。羽根が落ちるときのような左右への行ったり来たりはなく、アイの身体は、ただゆっくりと、まっすぐ下へと落ちていくのだ。
アイは意識を取り戻し、びくりとして目を見開いた。物理的に瞼が上がったわけではないが、アイの意識は確かに覚醒し、眼球と網膜に代わる、別のなにかの力を借りて周囲の風景を視認することができた。
自分の頭上に、なにか大きな光のかたまりが見えた。それはどこか優しい、じんわりとした明るさでアイの全身を照らし出していた。光に浮かび上がった自分の下半身を見て、アイは一瞬間だけぎょっとした。見慣れたはずの自分のか細い腰が、灰色の、なにか分厚い装甲板のようなものに覆われている。その向こうには膝小僧と足の先が見えたが、どちらもさらに分厚く強靭そうな黒いジョイントパッドに覆われていた。
しかしアイはすぐに気づいた。自分はその装甲を身に纏っているのではない。それは、今の彼女の身体そのものなのだ。宇宙線や宇宙塵から身を護るための堅い外甲で、中にはより柔らかでしなやかな人工筋肉やアクチュエーター、各種のセンサー類、そして指令ユニットと思念波受容体が仕込まれている。
それはまさに、アイの分身だった。地球上の中央制御室から遠く48億キロメートル離れた場所にいる、この優れた無機の従属体に装着されている感覚器官を通じて、自分の感覚はいま、紛れもなく冥王星までやってきているのである。
太陽系の辺縁にぽつんと浮かぶ冥王星系は、決して暗黒の中に沈んでいるわけではなく、数光年も彼方からの仄かな星々の明かり、そして微かに届く太陽からの光の粒子を集めてぼんやりと浮かび上がる、まるで夢幻の世界のような空間であった。直径が月の半分ほどのこの小帝国の盟主は、さらにその半分の大きさの衛星カロンを忠実な従僕のように従え、あといくつかの歪な岩石衛星を遠くに侍らせて、太陽系の端っこをゆっくりと公転している。
そしてアイは気づいた。自分の身体はいま、その盟主たる冥王の柔らかな光を浴びながら、ゆっくりとカロンの地表へと吸い寄せられている。この衛星にも存在する微弱な引力の作用で、すぐには気づかぬほどのゆっくりとした速度で自由落下していたのである。
アイは落下しながら従属体の身をよじり、下方を見た。視覚ユニットを通して、眼下いっぱいに広がる白と黒と赤の大地を見下ろした。彼女はそのとき、カロンの地表より3万メートルの上空にいた。
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