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ぬいぐるみの鬼

十四

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 ロキが家を出ると外は夜になろうとしていた。
(あれ……ここは)
 目眩がする。ロキが頭を押さえて少し歩くと東区域の見慣れた元鍛冶屋のねぐらがあった。
「嘘だろあいつ、ねぐらのすぐ側で俺を始末しようとしたのかよ」
 そういえば白狼会に襲われて封鎖されてから一度も使っていなかったのを思い出した。他の者も一度襲撃された場所で寝るのには抵抗があるのだろう。しかしロキが白狼会を完全に掃討したのを先日サソリに伝えた所だ。やがてまた使われるようになるだろう、ロキは吐き気がして家に戻る前に少し休んで行く事にした。ドアを開けて中に入ろうとすると後ろから誰か歩いて来る音がした。
「お前は……確かロキか」
「ああ。あんたは確かあの時の」
 足音の主は先日ねぐらが襲撃された時にロキ達に封鎖を伝えた青年だった。
「聞いたよ。お前が白狼会を潰してくれたんだろ? ありがとうよ。これで仲間も浮かばれる」
「ああ。あんたはここに何しに来たんだ?」
「仲間の墓参りだよ。あいつらには家族の墓も無かった。だからここの裏に葬ってあるんだ」
「そうか……」
 ロキは目眩がして扉に寄りかかりながら膝を突いた。青年が駆け寄って肩を貸した。
「お、おい大丈夫か? ひどい顔色だぞ」
「あ、ああ。そうだ……サソリが裏切ったんだ。将軍の部下だった。昼間にサソリに襲われて不覚を取っちまった」
「マジかよ、信じられねえ」
「将軍に俺達全員の情報が持っていかれてる可能性があるんだ。家を持っている奴に伝えねえと。サソリがいなくなった今襲ってくるかもしれねえ」
 青年は頷いた。
「そりゃ大変だ。すぐ伝えねえと。分かった、俺が皆に伝える。お前はとりあえず病院に行け」
「そうする……」
 ロキは最後まで言葉を発する事無く倒れて意識を失った。

 ロキは病院に担ぎ込まれ、すぐに手術が行われた。手術中に青年がラナとカイルがいる家に行き、二人が病院に来るとまだ手術中のようだった。夜の病院の廊下は薄暗くてカイルは気味が悪かった。手術が終わって出て来た医師に二人は詰め寄った。
「せ、先生! ロキはどうなんですか!?」
 医師は頭を横に振った。
「分かりません。手は尽くしましたが発見が遅れたのがまずかった。今夜が峠でしょう」
「そんな……」
 ラナがフラつき、カイルは急いでラナを支えて椅子に座らせた。ラナは両手で顔を覆ってうなだれた。青年がやがて病院に戻って来た。
「カイル」
「あ、バーンズさん」
 バーンズと呼ばれた青年は二人の様子を見て察したようだ。
「今夜が峠だそうです」
「そうか……」
 バーンズは地図を取り出してカイルに渡した。
「これは?」
「サソリからもらった地図なんだ。将軍のルートが書かれてる。で、こっちがさっきロキの鞄から出て来た地図だ。見てくれ」
 カイルは地図を見比べた。ルートが微妙に違う。
「サソリは嘘のルートを皆に伝えて、将軍が暗殺を自然と回避できるように仕向けてたんだ」
「え?」
「ロキは自分でルートを仕入れて単独で動いてたからその地図を知らなかったんだ。俺達実行部隊はこの地図で動いたから将軍を倒せなかった。サソリは将軍の仲間だったんだ。ロキを襲ったのはサソリだ」
 カイルとラナは唖然とした。ロキが手術室からゆっくりと病室に運ばれて行く。カイル達は気持ちの整理がつかずにどこかぼんやりとしながらロキの荷物を持って付いて行った。

 夜の病室でロキの横にラナとカイルが座り、月明かりだけが窓から入って来る。ラナはロキの手を握って動かなかった。
「ラナ、もう眠りな。体に良くないよ」
「うん」
「何かあったら起こしてあげるからさ」
「うん」
 カイルは静かに立ち上がり、窓際に立って外を眺めた。外はいつもと変わりない。カイルは捨て子で、両親の記憶が無い。虐待まがいのずさんな世話しかしない孤児院の連中から逃げるように孤児院を飛び出し、サソリの組織に入り、数人と仕事で行動を共にする事はあったが基本的にロキとラナに出会うまでずっと一人だった。初めての親友達のために何もできない自分が悔しくて、窓ガラスに額を付けると溢れて来た涙を止められずに拳を握り締めた。
「ごめんね」
 ラナがポツリと呟いた。
「いつもロキにばっかり戦わせて。ごめん」
 ロキは穏やかな顔で眠っている。ラナは涙をぬぐって顔を上げた。
「これからは私達も戦うから」

 次の日の朝になってもロキは目を覚まさなかった。アルフリードとエレナ、シャロンが病室に駆け込んで来た。
「カイル! ラナ! ロキが運ばれたって!?」
「アルフリードさん」
 ラナはアルフリードに事情を説明した。横で聞いていたエレナとシャロンも驚きを隠せない。
「ロキが反乱軍?」
「私とロキは将軍に一族を皆殺しにされました。復讐のために反乱軍に入ったんです」
「そうだったのか。街の外にいた人達の仲間なんだね?」
「はい。アルフリードさんには悪いけど、将軍は私達の宿敵です。私は絶対に許さない。必ず地獄に送ってみせる」
 アルフリードは強い瞳をしたラナを見て驚いた。恋人がこんな目に遭ったのにまだ戦うというのか。
「う……」
 ロキが言葉を発して一同がロキを見た。ロキがゆっくりと目を開けた。
「ロキ!!」
 ロキは目をパチパチしている。やがて皆がいる事に気付いた。
「ロキ……良かった」
「あれ……ここは?」
「病院だよ。ロキは倒れてバーンズさんに運んでもらったんだ」
「ああそうだったのか……あ、そうだ。サソリが裏切り者だったんだ」
「バーンズさんに聞いたわ。ほんとなの?」
「ああ。ローブのポケットを見てくれ。サソリの頭が入ってる」
 アルフリードはギョッとした。カイルはロキのローブからぬいぐるみの頭を取り出した。アルフリードはほっとしてため息をついた。
「何だ、頭っていうからてっきり。ぬいぐるみじゃないか」
「これはロキの力でぬいぐるみに変わっているんです」
「え?」
「今見せるよ」
 そう言ってロキは体を起こそうとして異変に気付いた。体が動かない。
「どうした?」
「いや……動けないんだ。頭しか動かない」
「え……」
「俺、先生を呼んで来る!」
 カイルが病室を飛び出して行った。

 医師が体を触って調べている。急に医師がロキの足をつねった。
「これ、分かりますか?」
「え?」
 ロキが首を持ち上げてつねられている事に気付いて驚いた。
「ロキ君……残念だけど」
 ロキは自分の体の状態を悟った。
「一生このままなのか?」
 医師は強くまばたきしてから答えた。
「はい……どうやら麻痺が残ってしまったようです」
 ロキは首から下がまったく動かせなくなってしまった。ラナがロキの手を握っている感覚も分からない。
「そうか……先生、ちょっと外してくれるか?」
「はい。何かあったら呼んでください」
 そう言うと医師は病室を出て行った。

 誰もしばらく口を聞かなかった。やがてポツリと声が聞こえた。
「許せない」
「え?」
 ロキが声のした方を見るとアルフリードだった。
「許せないよ。こんな……君達はまだ子供だ。それなのにずっと虐げられた皆の為に将軍と戦っていたなんて」
 アルフリードは拳を握り締めた。
「私は卑怯だ。幼馴染みのレオナルドがだいぶ前から無茶な事をしてるのは知ってた。でも彼が怖くて何も言えなかった。その上警備のプランまで私が担当してたんだ。ロキ君がこんな目に遭ったのは私のせいだ」
 ロキは天井を見ながら言った。
「それは違うよアルフリードさん。将軍が悪いんだ。あなたのせいじゃない。いつだって悪い事をした奴が悪いだけだ。単純な話だ。俺は負けたんだ」
「まだ負けてないわ」
 ロキはラナを見た。
「私達はまだ負けてない。いくらでもチャンスはあるわ。私達全員か将軍が死ぬまで戦いは続くのよ」
 ロキはフッと笑った。
「ああそうだな。悪い、俺だけの戦いじゃなかったよな」
 アルフリードも続いた。
「そうだ。君達はまだ負けてない。私も君達に参加する。レオナルドを放ってはおけない」
 アルフリードはラナを見た。
「それに子供が産まれるんだろう? このままという訳にはいかないよ。ロキの治療費も私が払う。三人共、私達の養子になってくれないか?」
 三人は驚いて顔を見合わせた後、ラナが答えた。
「それは……嬉しいけど。いいんですか?」
 エレナが答えた。
「私達ずっと考えてたの。そのサソリっていう人ももういないんでしょう? なら何も問題無いじゃない」
 シャロンは目を輝かせた。
「ほんと? 皆と家族になるの?」
「ああそうだ。ずっと一緒だ」
「嬉しいわ! あ、でもロキとラナが養子で二人の子供を産むのはまずくない?」
「じゃあラナとカイルを養子にして俺は婿に来た事にすればいい。アルフリードさん、俺の治療費は心配いらないよ」
 そう言うとロキはぬいぐるみになった。アルフリード達は目を丸くした。
「な、何だ?」
「信じられないだろうけど俺はぬいぐるみになれる魔法使いなんだ。触った相手もぬいぐるみにできる。俺はこの力を使って今まで戦って来たんだ」
 シャロンはロキを抱き上げた。
「へえ、こうなるとかわいいわね」
「俺は元々遊牧民だし、いなくなっても誰も気にしない。シャロン、元に戻してくれ」
 シャロンが戻すとロキは人に戻った。
「退院したらぬいぐるみになって暮らせば別に何も必要無いさ。ラナには悪いが旦那はぬいぐるみだ」
 アルフリードはなんとか事態を飲み込もうと気を落ち着けてから答えた。
「分かった。私は他の街の貴族と連絡を取ってレオナルドを倒す為の兵を集めよう。レオナルドに不満を持つ者は他の街の有力者にも多いんだ。堂々と将軍を倒そう」
「ああ」
「ラナ、カイル。君達はこれからファルブル家の一員だ。一緒に戦おう」
「はい」
 ロキは顔を上げた。
「ラナ、カイル。ラナのお父さんを殺した奴を図書館跡に置いてある。好きに使ってくれ。何か知ってるはずだ」
「分かったわ。ロキはどうする?」
「俺は退院するまで美人の看護師さんにお世話してもらうさ」
「ふーん」
 その時たくましいおばさんの看護師が食事のトレイを持ってドカドカと大股で病室に入って来た。
「ロキ! 検温と昼飯の時間だよ!」
「な、羨ましいだろ」
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