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大根王子Ⅰ

十二

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 アサヒが手を打ってくれたおかげで住宅街への道が開き、カタリナは無事王都に帰ることができた。アサヒを待った方がいいか悩んだが海賊がいなくなったチャンスを逃す訳にはいかなかった。カタリナがクロガネに帰ってくるとドムは喜んだが、まだアルベルトが戻っていないことをカタリナに告げるとアルベルトの安否を気遣い、クリフと連絡を取るためアルベルトの自宅へ行こうとした。一刻も早くアルベルトに会いたいカタリナはその代役を買って出た。
 カタリナがアルベルトの自宅に着くと部屋に明かりがついていた。アルベルトがいる! カタリナは玄関まで走ってドアを叩くようにノックした。
「アルベルト! 私よ、カタリナよ!」
 アルベルトの家から料理の匂いがする。パタパタと走ってくる音がして玄関のドアが開いた。ドアを開けたのはカタリナの知らない栗毛の女性だった。十八歳くらいだろうか。カタリナは早とちりした恥ずかしさも相まって歯切れ悪く少女に話しかけた。
「え? あ、あれ? えっと、アルベルトの妹さんかしら?」
「あ、すみません私ミリアムといいます。えっと、ヘルデでアルベルトさんという方に助けていただいて、こちらに避難するように言われて来たんです。あなたはアルベルトさんの知り合いですか?」
「え、ええ。鍛冶屋のカタリナ、です」
「あっ、あなたがカタリナさんですか。アルベルトさんが探してた人」
「あ、うんそうです」
「食べていきますか?」
「え?」
「シチュー。今できた所なんです」
「え? あ、そういえば帰ってきたばかりでまだ何も食べてないわ」
「ちょうどよかった。一人じゃ寂しいし食べていって」
 カタリナはこのミリアムの出現に驚きすっかりペースを握られてしまった。
(誰なのかしら? ま、まさか浮気とか?)
 ミリアムの方はカタリナがあたふたする様が面白いのかこちらを観察しながらシチューを食べている。
「アルベルトさんは私を助けた後、詰所のほう、北に行くって言ってました。私が王都の方に走って行くのを見届けてくれたけどその後はどうなったかわからないわ」
「そうなの……」
「アルベルトさんてあなたの恋人なの?」
「ええ」
「へえ~。私にはそういう人いないから羨ましい。今まで周りはおじさんばっかりだったから」
「まだまだこれからじゃない」
 カタリナはなんだかこの少女に違和感を感じていた。なんだろう?
「ねえミリアム。ヘルデに住んでいたの?」
「ええ。北の方に父と一緒に。父やおじさん達と運送の仕事をして暮らしてたの。その父も死んでしまったけど。仕事もまた一からやり直しだわ」
 ミリアムは涼しい顔をしてお茶を飲んでいる。
(妙にサバサバしているというか、ヘルデから逃げて来たにしてはずいぶん落ち着いているわね。お父さんと仲が悪かったのかしら? それにしたって落ち着きすぎよね)
「安心して。別に通りすがりに助けてもらっただけよ。アルベルトさんとは何も無いわ」
「え!? あ、ああうんそうね。アルベルトそういう所あるから。よかったわあなたが無事で」
「あなたもヘルデにいたの?」
「ええ。私は港の方から逃げて来たの。海賊が攻めてきてね」
「海賊が。そう、無事でよかったわね。あなた美人だもの。あんな所にいたら今頃何されてたか」
「一度海賊に襲われたんだけど助けてもらったわ。東洋の人だと思う」
「へえ、珍しいわね東洋人なんて」
「いつの間にか海賊の後ろにいてあっという間にやっつけちゃったの。あの人がいなかったら私死んでたかも。仕事があるとかでまだ港にいるかもしれない。アサヒさんていう方」
「アサヒ……?」
 ミリアムが横を見ながら怪訝な顔をした。カタリナもつられて見るとサーベルが立てかけてあった。前に見たことがある。アルベルトが作ったサーベルだろう。ヘルデでミリアムに会った時に渡したのだろうか。
「アサヒさんのこと知ってるの?」
「え? ううん東洋人の名前って不思議ねって。ただそれだけ」
「ふうん」
「さてと。カタリナさんも疲れてるでしょう。そろそろお開きにしましょうか。また遊びに来てねカタリナさん」
「ええ。ごちそうさま」
 カタリナが帰っていった。ドアを閉めるとミリアムは窓際に立って遠くに見えるカタリナを見ながら呟いた。
「聞いた?」
「ああ。アサヒが近くに来てるとなると油断ならないな」
 腕を組んで外の窓際にもたれかかって立っている男にミリアムはシチューを勧めた。
「食べる?」
「いやいい。体に入れて巻き添えを食うとまずい」
「そう」
 ミリアムはカタリナに向けて指をクイクイっと数回向けた。
「カタリナに誰かつけといて。初めてのお友達なんだから」
「いいだろう。二人つけてやる」
 指示を受けてマントの男が二人、カタリナの後を尾けていった。
「さてと、明日の仕込みをしないと」
 ミリアムは寝室に行き、ベッドの横にある布を剥ぎ取ると、布で隠してあったレザーアーマーを着て鈍く銀色に光るガントレットを装着し、アーマーの周りにフックが何本も付いたワイヤーをくくり付けた。アルベルトから預かったサーベルをしばし見つめていたがそのままにして、小さなナイフを腰に差し、細かい鶏肉を次々とフックに刺していき、ローブを羽織るとフードをかぶって外に出た。ミリアムが歩き出すとフードをかぶったレザーアーマーの男達が数人同行して王都の闇に消えていった。
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