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92.遠坂喜一
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何度目かの進藤への事情聴取。進藤の話は何度聞いてもブレず全く変わらず、繰り返される。そうして一つ一つ裏をとっていくと、進藤が話した通りの結論に辿り着く。
流石に自殺として処理された進藤佳那子や幾人かの事件は何年も前では調べようがなかったし、ホテルでの放火も今更の立証は難しい。ただホテル火災が起きる前に何度も火災報知器の誤作動はあったのは記録にもあるらしく、倉橋健一一家に宿泊券が届いていたのは当時からいた看護師や都立第三の職員から証言があり事実だと分かった。その他にも船舶事故の前に進藤が乗船していたのも外洋に出る前に下船したのも、その後に船舶の沈没で倉橋の親族が死亡者の名前に含まれている。それ以外にも幾つかの事故や事件の前に進藤が関わっていると話したことが、状況証拠や犯人でなければ知らないことが多々あることが認められた。勿論宮井夫妻の殺人に関してもだし、最も最近の証言は槙山家の放火もだ。実は槙山家に集まっていた親族の中に、一人、嫁にはいっていた倉橋の遠縁の親族がいたのだという。たかが直系とはいえ遠縁一人誰もがそう思うのに、進藤は平然と笑いながら答える。
「ついでだったんだよ、あれは。丁度あの家が邪魔だったし、まあ一人消せるんだから都合がよかった。」
当時槙山家の火災は火元が一階のガレージで放火の疑いが強かったが、何分ガレージの中には火がつけば爆発的に燃え上がる可能性が高いものが幾つかあった。お陰で夜半に一階から上がった火は一家の逃げ道を失わせた上に、異様に激しく燃え上がりあっという間に家と殆どの家族を飲み込んだのだ。
既にここまでの証言で時効になっていない事件だけで、死亡者が三桁にもなっている。
誰もがまさかそれもかという顔で進藤の証言を聞いているのを横に、俺は竜胆貴理子は随分有能だったんだなと密かに心の底で考えていた。何しろ進藤の証言した事件は、殆どが竜胆が綿密に調べあげファイルにしていた事ばかりなのだ。
実は最近になって幾つか進藤の証言にはない事件のファイルが存在しているのにも気がついたが、進藤が聞かれないから話していないのか、それ以外にも竜胆が何か調べていたのかはまだ分からないでいる。それを調べるにはまだ時間がかかりそうだし、もしかすれば俺には調べる時間は残っていないかもしれない。竜胆ファイルは俺の家から少しずつ風間の家に移動させているが、何か薄々感じている風間はそれでも何も言わずに素直に従っている。
そんな四月半ば過ぎの週末、宏太から新しく三浦の情報が入ったのだ。
『喜一、三浦のやつ高校生を相手にしてる。都立第三の男子だ。』
都立第三だぁ?と思わず口にしてしまった。なんでまたうちの母校はこんな事件に巻き込まれてるんだろうかと、内心思ってしまう。しかも今まで三浦の相手は成人ばかりで、未成年で三浦の犯行に巻き込まれたのはこの間の宮井麻希子ただ一人なのだ。しかも三浦は未成年には手を出さないと言わんばかりに、彼女には一応だが三浦は暴力は振るわず直接怪我はさせていない。まあ危なく溺死か凍死仕掛けたのはさておき。そんな矢先にまさかの男子生徒?
『足音では確実に三浦だと思う。女の格好だが。』
「お、おお、で、なんで都立第三だ?」
『了が相手の服を見てた。』
なるほど、外ですれ違った時に一緒にいた相手を、外崎了が見たというわけか。あの若い兄ちゃんは武闘派では全くないから、宏太も下手な手出しが出来なかったと言うことらしい。しかし、進藤の話では三浦は自分も既に敵わないという話もあるから、外崎宏太でもとめようがないかもしれないと気がつく。
合気道の他に古武術を身に付けていた若い頃の外崎宏太に敵うのは、幼馴染み・鳥飼澪ただ一人だった。俺はよく喧嘩っぱやくてもう一人の幼馴染みの藤咲信夫と二人で不良相手に大喧嘩になっていたが、二人が多勢に無勢でのされていると、大概加勢にはいって相手を全滅されるのは宏太か澪か、その二人かだ。
あんた達、馬鹿なの?敗ける位なら喧嘩しないの!
馬鹿野郎!世話かけてんじゃねえ!
そう言う澪が制服に土埃一つつけずに、泥塗れの俺達二人にもう一人の幼馴染み四倉梨央と一緒にお説教する。その背後では澄まし顔で宏太が不良に蹴りをいれてるなんてのは、俺達にはよくある光景だった。宏太があのまま鍛練を続けてたらどうか知らないが、流石の宏太だって今では怪我のせいで体力は落ちたし目が見えなくなって、たった一人進藤を相手に疲労困憊する。澪がいればななんてつい思っても、十一年も前に死んだ女に頼ろうなんて知ったら澪が鼻で笑うに違いない。
三浦は本気で銃で止めるしかないかもしれないな、既に人間兵器だろ。
それにしても目下高校生と遊んでいるとは、俺も思ってもみなかった。不動に伝えたが不動ですら半信半疑なのは、向こうも俺と同じことを考えたせいだろう。
後になって呆れてしまうが、正直最近の世の中の高校生ってものを俺も不動も中年だから甘くみていたんだ。とはいえ俺もなにもしなかった訳じゃなく、先だって三浦に手足を折られた時に知り合った都立第三の教師に一応連絡をとってはみていた。
「先生、誰か最近夜遊びで盛り場にいるような奴はいるかな?」
『………男子ですか。』
都立第三の教師・土志田悌順は割合教師のわりに話がわかる男で、俺からの電話に直ぐ様アイツの事ですか?と三浦が関与していると察知した。しかも土志田は、丁度いいことに都立第三の生徒指導担当だという。夜回りもするというし他の教師より素行の悪い生徒には詳しいし、尚且つ体育教師だというわりに生徒をちゃんと良く観ている。何しろ全校生徒で恐らく九百を越える生徒で、素行が悪いなんて一言で括れる生徒が何人いると思う?いくら進学校だって外れて素行が悪い奴はいるんだ、何せ俺もその一人だったんだし。暫し考え込んだ様子の土志田は四・五人なら絞れますが、一旦こちらで連絡をとってみてからでいいでしょうかと答えた。確かにただ素行が悪いというだけで、警察に即情報を開示出来る筈もないのは確かだ。
それから数時間後、土志田が必死に走り回って所在を確認している最中に、黒木という女性からの最初の通報があった。
黒木佑。都立第三高校の三年。
今年の年明けから少し素行が悪く、四月に入ってからは登校拒否中。しかも、実はこの家には土志田は一番に電話をかけていたのだ。ところが、母親が佑は家にいるが、部屋に籠っていて電話には出られないと答えている。後から詳しく聞くと実は今年に入って学力がガタッと落ちてきて、度々家出を繰り返すようになっていたのだという。何度か土志田からの電話も来ていたし、丁度黒木佑が在宅時に土志田の家庭訪問も受けている。つまり違和感を感じてマメに顔を見せる土志田には、息子はただ家に籠って登校拒否をしていると装っていて、クラス担任の内川の方には内川が全く顔も出さずに電話もこないから相談もしていない。
事を大事にしたくなかったのは、黒木佑が昨年末に校内で障害のある生徒を多人数で乱暴したという不名誉な行動で騒ぎを起こしたから。しかも家出をしてもちゃんと電話には出るし、金がつきれば家に戻ってくる。呆れてしまうが本気で何ヵ月も失踪するわけでもないし、そう両親は考えていたのだ。そして二日ほど前に再び家出した息子に、母親は散々電話をかけてはいた。ここ最近電話をしていても息子は何時もヘラヘラと笑って、会話が成り立たない。それでも帰って来れば普段と変わらないから、もしかして外で悪い友人と薬でもやっているのでは?と母親は次第に不安を膨らませていたのだという。
大事にしたくない気持ちは分からんでもないが、せめて正直に家出を土志田に教えてくれてたら……
携帯の発信地から不動が発見した黒木佑の状況を耳にして、思わず溜め息が溢れてしまう。
黒木佑が発見されたのは人気のない裏路地の奥で、意図して入り込んだのだとしか思えない物陰だった。血溜まりに壁に凭れて座り込んだ黒木佑は微かなヒューヒューという弱い呼吸をしているが、既に瀕死の状態だったという。首からの出血は収まり始めているから時間はかなり経っているし既に意識はないだろうが、股間の失禁のような濡れ方と数メートル先に投げ捨てられた陰茎。つまり子供だと思っても高三なら男は男で性行為は可能、そして三浦はそれをしたが最後というわけだ。
高校三年が最悪の相手に上手いこと絡みとられたのは、何時からの事だろうか。救急隊ですら呆気にとられる状況で、連絡を受けて病院に駆けつけた両親と土志田の愕然とした様子が目に浮かぶようだ。署に残って連絡を聞いた俺は無意識に叩きつけたくなる左手を握り、溜め息を大きく吐き出した。三浦の姿はなし。宏太に電話したが、該当する地域を撮影している防犯カメラもなく、路地から出た時点で人混みに紛れられたら探しようがない。三浦は本気で新しいモンスターになった。進藤以上に予測できず、高い殺傷能力をもった、無差別に人を殺すモンスターだ。
「遠坂さん。」
「おお、風間。残念だ、一足遅かった……。」
自分のデスクで呟く俺に風間は事態を察したのか、そうですがと小さく呟く。本気であの女が居ないと三浦は捕まえようがないのかもしれない、そう頭の中で舌打ちしたくなる。
「真名かおる。」
そう、真名かおるだ。そう思ったが、自分が発したわけではない言葉に俺は、目の前の硬い青ざめた顔をした風間祥太の顔を見上げた。上原杏奈の死後、こんなに間近でこいつの顔を見たのは初めてかもしれない。窶れて顔色の悪い風間は、俺が一人で動き回っている間何をしていたのだろうか。しかも、今ここで俺に真名かおるの名前を口にした理由は?
「………遠坂さん、杉浦の自宅から何が見つかったんですか?」
不意に問いかけられた言葉に、そういえばあのマンションのオーナーは澪の息子で風間の同級生だったことを思い出す。俺があのマンションに入った理由?そんなの今までの話から薄々わかるだろ?答えは簡単だ、残ったコピーブランドがないか確認に行ったんだ。めでたく一つしか無かったけどな。でも風間にそれを全部説明するのは、まだ早すぎる。何しろ三浦和希を確保どころか、尾も掴んでいない。それでも誤魔化すには恐らくこいつは、澪の息子に俺がマンションに行ったのは聞いている筈だ。
「オーナーさんから聞いたか?」
「ええ、事故後に遠坂さんが検証に来たと。おかしいですよね?あれは目の前の事故で、自宅を再度検証が必要ですか?」
杉浦陽太郎は俺とこいつと上原杏奈の目の前で車道に立ち尽くして、SUVにはねられた。そうして目の前でほぼ即死していて、あれは不幸な事故と判断されたのだ。それなのに自宅を刑事が調べにいく理由。
「オークション詐欺の手掛かりがないかと思ってな。」
「令状なしで一人で?」
「取り調べでは、何もなさそうだったからな、念のためだ。」
警察官は基本二人一組、しかも家宅捜索等にはキチンと手順がある。それをすっ飛ばして一人でなんて、まともに考えたら違法でしかない。幾ら俺が時々こっそり違法な行動をとるとしても、相棒でもある風間に内密に動くのは滅多にないし、しても後からちゃんと説明はする。だが、これに関しては俺は内密にしていた上に、風間に説明する気もなかった。
「何か出ましたか?杉浦の家から。」
「いいや?何も。」
まるで探りを入れるような風間の視線に、俺は当然のようにそう答える。実際何も新しい事実なんてあの家には存在しないのだから、これはまるっきりの嘘とは言えない。ただ俺の持つ真実を風間に全て話していないだけだ。
「じゃ、何を持って出たんですか?」
「何も?」
「そうですか。」
どうやらオーナーさんは案外目端が効くらしい。風間がどこまで聞いているかは兎も角、ここはしらを切るしかないのも事実だ。
「遠坂さん、ご結婚されてたんですね。知りませんでした。」
「ああ、バツイチだが?今さら知ったのか?」
ええと風間は低い声で呟く。こいつは真っ当だから下手に根掘り葉掘りしないタイプだとたかを括っていたが、ここ暫くの経験で大幅に行動の基盤を塗り替えていたらしい。俺は内心で軽く舌打ちしながら、どこまで見抜いているか用心深く風間の様子を観察する。
「……携帯解約しないんですか?息子さんの。」
「………なんとなく、しがたくてな。」
「それ、保管庫から持ってきたのは石倉ですか?」
「ああ。」
それは事実だから嘘はつかない。だが保管庫からの盗難は実際は大問題でもあるが、これは既に署内で黙認された部分もあるのだ。何しろ石倉の悲嘆は大きかったし、当時は俺だって悲嘆にくれていた。幾ら育ててなくても、バカなことをした息子でも参鶏湯にされるなんてと思うだろ。
「三浦に何かしたんですよね?遠坂さん。」
「……………。」
違うと言ってくださいとその瞳が言っているのに、俺は思わず溜め息をついてしまう。そこまで調べててなんで違うと信じたがっているんだと、思わず問い返したくなってしまう。石倉が何で死んだのか素っ裸で丸分かりだろ?俺だってそいつの仲間に一時はなったんだ。それを知ってて何で俺はまだ違うと信じたがっているんだか。
「………三浦を確保したら、自分のことは自分でけりをつける。」
「……何で………そんなこと、したんですか……。」
俺の返答に風間は傷ついたように顔を歪めて、呻くように呟く。
何で?
あの時は確かに石倉拓也の言葉に、同意したつもりだった。
一時的に頭が退行しているだけだったら、もとに戻ったらアイツはただ死刑になるだけ。辛くもなく一瞬で首を絞められるだけ、それで腹を裂かれた被害者の痛みはどうなる?それが自分の弟や甥や息子、しかも俺の息子は一番酷い損壊の側の人間だった。そうなんだ三浦をレイプした四人は、それぞれ損壊がとんでもなく酷かったんだ。石倉の弟なんか目じゃないほどの損壊、一人は腹の中で酒のボトルを割られて検死官達がが何百もの破片をとりきれなかったらしい。俺の息子ともう一人は鳥の血抜きのように喉を裂かれて、腕や足を引きちぎられ腹の臓物の代わりに捩じ込まれて、自分の逸物を口に捩じ込まれて、煮えたぎる風呂のなかで茹で上げられた。
通夜なんか出来るわけもない、遺体の損壊が酷すぎて家族ですら嘔吐してしまうような情景。
それを目に、憎くない訳がない。
怨まない筈がない。
どんなに自分の息子達が相手に酷いことをしていても、これを怨まずにはいられないだろう?でも、途中からおかしくなってきているのは分かっていた。何故かそれぞれが三浦にしていることに興奮してのめり込んでいるのが分かって、しかも三浦が密かに俺達を見て口を動かしたのをみて。
「……悪意だな……。」
復讐という悪意で傷つけてやろうとして、いつの間にかさらに大きな悪意に飲み込まれてしまっていた。進藤という、三浦という大きな悪意の方が純粋で大きくて俺達の悪意なんてたいしたものじゃない。如月栞が話したように知らぬ間に、より大きな悪意に俺自身が敗けてしまっていた。何しろ石倉を唆しワザワザ配置を変えさせてまで、石倉をあの行為に駆り立てたのは実は進藤だったのだ。
人の出入りが増えれば、和希にだって運が巡ってくるだろ?
確かにその通りだ。隔離監禁されている場所に、何度も長時間の出入りが増える。しかもその中に完全に三浦和希に、心底のめり込んでしまった男もいるのだ。怨みが強すぎる程三浦の悪意に飲み込まれて、石倉はすっかりおかしくなってしまった。だから恐らく三浦が逃げ出すのは時間の問題ではあったのだ。だけど、だからといって俺がしたことは変わらない。
「捕まったら……どうする気ですか?」
「言ったろ?自分のことはちゃんとけりをつける。」
そう言うと俺は何故か無意識のうちに、風間に向けて進藤隆平と似た諦めに似た笑みを浮かべていた。
流石に自殺として処理された進藤佳那子や幾人かの事件は何年も前では調べようがなかったし、ホテルでの放火も今更の立証は難しい。ただホテル火災が起きる前に何度も火災報知器の誤作動はあったのは記録にもあるらしく、倉橋健一一家に宿泊券が届いていたのは当時からいた看護師や都立第三の職員から証言があり事実だと分かった。その他にも船舶事故の前に進藤が乗船していたのも外洋に出る前に下船したのも、その後に船舶の沈没で倉橋の親族が死亡者の名前に含まれている。それ以外にも幾つかの事故や事件の前に進藤が関わっていると話したことが、状況証拠や犯人でなければ知らないことが多々あることが認められた。勿論宮井夫妻の殺人に関してもだし、最も最近の証言は槙山家の放火もだ。実は槙山家に集まっていた親族の中に、一人、嫁にはいっていた倉橋の遠縁の親族がいたのだという。たかが直系とはいえ遠縁一人誰もがそう思うのに、進藤は平然と笑いながら答える。
「ついでだったんだよ、あれは。丁度あの家が邪魔だったし、まあ一人消せるんだから都合がよかった。」
当時槙山家の火災は火元が一階のガレージで放火の疑いが強かったが、何分ガレージの中には火がつけば爆発的に燃え上がる可能性が高いものが幾つかあった。お陰で夜半に一階から上がった火は一家の逃げ道を失わせた上に、異様に激しく燃え上がりあっという間に家と殆どの家族を飲み込んだのだ。
既にここまでの証言で時効になっていない事件だけで、死亡者が三桁にもなっている。
誰もがまさかそれもかという顔で進藤の証言を聞いているのを横に、俺は竜胆貴理子は随分有能だったんだなと密かに心の底で考えていた。何しろ進藤の証言した事件は、殆どが竜胆が綿密に調べあげファイルにしていた事ばかりなのだ。
実は最近になって幾つか進藤の証言にはない事件のファイルが存在しているのにも気がついたが、進藤が聞かれないから話していないのか、それ以外にも竜胆が何か調べていたのかはまだ分からないでいる。それを調べるにはまだ時間がかかりそうだし、もしかすれば俺には調べる時間は残っていないかもしれない。竜胆ファイルは俺の家から少しずつ風間の家に移動させているが、何か薄々感じている風間はそれでも何も言わずに素直に従っている。
そんな四月半ば過ぎの週末、宏太から新しく三浦の情報が入ったのだ。
『喜一、三浦のやつ高校生を相手にしてる。都立第三の男子だ。』
都立第三だぁ?と思わず口にしてしまった。なんでまたうちの母校はこんな事件に巻き込まれてるんだろうかと、内心思ってしまう。しかも今まで三浦の相手は成人ばかりで、未成年で三浦の犯行に巻き込まれたのはこの間の宮井麻希子ただ一人なのだ。しかも三浦は未成年には手を出さないと言わんばかりに、彼女には一応だが三浦は暴力は振るわず直接怪我はさせていない。まあ危なく溺死か凍死仕掛けたのはさておき。そんな矢先にまさかの男子生徒?
『足音では確実に三浦だと思う。女の格好だが。』
「お、おお、で、なんで都立第三だ?」
『了が相手の服を見てた。』
なるほど、外ですれ違った時に一緒にいた相手を、外崎了が見たというわけか。あの若い兄ちゃんは武闘派では全くないから、宏太も下手な手出しが出来なかったと言うことらしい。しかし、進藤の話では三浦は自分も既に敵わないという話もあるから、外崎宏太でもとめようがないかもしれないと気がつく。
合気道の他に古武術を身に付けていた若い頃の外崎宏太に敵うのは、幼馴染み・鳥飼澪ただ一人だった。俺はよく喧嘩っぱやくてもう一人の幼馴染みの藤咲信夫と二人で不良相手に大喧嘩になっていたが、二人が多勢に無勢でのされていると、大概加勢にはいって相手を全滅されるのは宏太か澪か、その二人かだ。
あんた達、馬鹿なの?敗ける位なら喧嘩しないの!
馬鹿野郎!世話かけてんじゃねえ!
そう言う澪が制服に土埃一つつけずに、泥塗れの俺達二人にもう一人の幼馴染み四倉梨央と一緒にお説教する。その背後では澄まし顔で宏太が不良に蹴りをいれてるなんてのは、俺達にはよくある光景だった。宏太があのまま鍛練を続けてたらどうか知らないが、流石の宏太だって今では怪我のせいで体力は落ちたし目が見えなくなって、たった一人進藤を相手に疲労困憊する。澪がいればななんてつい思っても、十一年も前に死んだ女に頼ろうなんて知ったら澪が鼻で笑うに違いない。
三浦は本気で銃で止めるしかないかもしれないな、既に人間兵器だろ。
それにしても目下高校生と遊んでいるとは、俺も思ってもみなかった。不動に伝えたが不動ですら半信半疑なのは、向こうも俺と同じことを考えたせいだろう。
後になって呆れてしまうが、正直最近の世の中の高校生ってものを俺も不動も中年だから甘くみていたんだ。とはいえ俺もなにもしなかった訳じゃなく、先だって三浦に手足を折られた時に知り合った都立第三の教師に一応連絡をとってはみていた。
「先生、誰か最近夜遊びで盛り場にいるような奴はいるかな?」
『………男子ですか。』
都立第三の教師・土志田悌順は割合教師のわりに話がわかる男で、俺からの電話に直ぐ様アイツの事ですか?と三浦が関与していると察知した。しかも土志田は、丁度いいことに都立第三の生徒指導担当だという。夜回りもするというし他の教師より素行の悪い生徒には詳しいし、尚且つ体育教師だというわりに生徒をちゃんと良く観ている。何しろ全校生徒で恐らく九百を越える生徒で、素行が悪いなんて一言で括れる生徒が何人いると思う?いくら進学校だって外れて素行が悪い奴はいるんだ、何せ俺もその一人だったんだし。暫し考え込んだ様子の土志田は四・五人なら絞れますが、一旦こちらで連絡をとってみてからでいいでしょうかと答えた。確かにただ素行が悪いというだけで、警察に即情報を開示出来る筈もないのは確かだ。
それから数時間後、土志田が必死に走り回って所在を確認している最中に、黒木という女性からの最初の通報があった。
黒木佑。都立第三高校の三年。
今年の年明けから少し素行が悪く、四月に入ってからは登校拒否中。しかも、実はこの家には土志田は一番に電話をかけていたのだ。ところが、母親が佑は家にいるが、部屋に籠っていて電話には出られないと答えている。後から詳しく聞くと実は今年に入って学力がガタッと落ちてきて、度々家出を繰り返すようになっていたのだという。何度か土志田からの電話も来ていたし、丁度黒木佑が在宅時に土志田の家庭訪問も受けている。つまり違和感を感じてマメに顔を見せる土志田には、息子はただ家に籠って登校拒否をしていると装っていて、クラス担任の内川の方には内川が全く顔も出さずに電話もこないから相談もしていない。
事を大事にしたくなかったのは、黒木佑が昨年末に校内で障害のある生徒を多人数で乱暴したという不名誉な行動で騒ぎを起こしたから。しかも家出をしてもちゃんと電話には出るし、金がつきれば家に戻ってくる。呆れてしまうが本気で何ヵ月も失踪するわけでもないし、そう両親は考えていたのだ。そして二日ほど前に再び家出した息子に、母親は散々電話をかけてはいた。ここ最近電話をしていても息子は何時もヘラヘラと笑って、会話が成り立たない。それでも帰って来れば普段と変わらないから、もしかして外で悪い友人と薬でもやっているのでは?と母親は次第に不安を膨らませていたのだという。
大事にしたくない気持ちは分からんでもないが、せめて正直に家出を土志田に教えてくれてたら……
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高校三年が最悪の相手に上手いこと絡みとられたのは、何時からの事だろうか。救急隊ですら呆気にとられる状況で、連絡を受けて病院に駆けつけた両親と土志田の愕然とした様子が目に浮かぶようだ。署に残って連絡を聞いた俺は無意識に叩きつけたくなる左手を握り、溜め息を大きく吐き出した。三浦の姿はなし。宏太に電話したが、該当する地域を撮影している防犯カメラもなく、路地から出た時点で人混みに紛れられたら探しようがない。三浦は本気で新しいモンスターになった。進藤以上に予測できず、高い殺傷能力をもった、無差別に人を殺すモンスターだ。
「遠坂さん。」
「おお、風間。残念だ、一足遅かった……。」
自分のデスクで呟く俺に風間は事態を察したのか、そうですがと小さく呟く。本気であの女が居ないと三浦は捕まえようがないのかもしれない、そう頭の中で舌打ちしたくなる。
「真名かおる。」
そう、真名かおるだ。そう思ったが、自分が発したわけではない言葉に俺は、目の前の硬い青ざめた顔をした風間祥太の顔を見上げた。上原杏奈の死後、こんなに間近でこいつの顔を見たのは初めてかもしれない。窶れて顔色の悪い風間は、俺が一人で動き回っている間何をしていたのだろうか。しかも、今ここで俺に真名かおるの名前を口にした理由は?
「………遠坂さん、杉浦の自宅から何が見つかったんですか?」
不意に問いかけられた言葉に、そういえばあのマンションのオーナーは澪の息子で風間の同級生だったことを思い出す。俺があのマンションに入った理由?そんなの今までの話から薄々わかるだろ?答えは簡単だ、残ったコピーブランドがないか確認に行ったんだ。めでたく一つしか無かったけどな。でも風間にそれを全部説明するのは、まだ早すぎる。何しろ三浦和希を確保どころか、尾も掴んでいない。それでも誤魔化すには恐らくこいつは、澪の息子に俺がマンションに行ったのは聞いている筈だ。
「オーナーさんから聞いたか?」
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「令状なしで一人で?」
「取り調べでは、何もなさそうだったからな、念のためだ。」
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「何か出ましたか?杉浦の家から。」
「いいや?何も。」
まるで探りを入れるような風間の視線に、俺は当然のようにそう答える。実際何も新しい事実なんてあの家には存在しないのだから、これはまるっきりの嘘とは言えない。ただ俺の持つ真実を風間に全て話していないだけだ。
「じゃ、何を持って出たんですか?」
「何も?」
「そうですか。」
どうやらオーナーさんは案外目端が効くらしい。風間がどこまで聞いているかは兎も角、ここはしらを切るしかないのも事実だ。
「遠坂さん、ご結婚されてたんですね。知りませんでした。」
「ああ、バツイチだが?今さら知ったのか?」
ええと風間は低い声で呟く。こいつは真っ当だから下手に根掘り葉掘りしないタイプだとたかを括っていたが、ここ暫くの経験で大幅に行動の基盤を塗り替えていたらしい。俺は内心で軽く舌打ちしながら、どこまで見抜いているか用心深く風間の様子を観察する。
「……携帯解約しないんですか?息子さんの。」
「………なんとなく、しがたくてな。」
「それ、保管庫から持ってきたのは石倉ですか?」
「ああ。」
それは事実だから嘘はつかない。だが保管庫からの盗難は実際は大問題でもあるが、これは既に署内で黙認された部分もあるのだ。何しろ石倉の悲嘆は大きかったし、当時は俺だって悲嘆にくれていた。幾ら育ててなくても、バカなことをした息子でも参鶏湯にされるなんてと思うだろ。
「三浦に何かしたんですよね?遠坂さん。」
「……………。」
違うと言ってくださいとその瞳が言っているのに、俺は思わず溜め息をついてしまう。そこまで調べててなんで違うと信じたがっているんだと、思わず問い返したくなってしまう。石倉が何で死んだのか素っ裸で丸分かりだろ?俺だってそいつの仲間に一時はなったんだ。それを知ってて何で俺はまだ違うと信じたがっているんだか。
「………三浦を確保したら、自分のことは自分でけりをつける。」
「……何で………そんなこと、したんですか……。」
俺の返答に風間は傷ついたように顔を歪めて、呻くように呟く。
何で?
あの時は確かに石倉拓也の言葉に、同意したつもりだった。
一時的に頭が退行しているだけだったら、もとに戻ったらアイツはただ死刑になるだけ。辛くもなく一瞬で首を絞められるだけ、それで腹を裂かれた被害者の痛みはどうなる?それが自分の弟や甥や息子、しかも俺の息子は一番酷い損壊の側の人間だった。そうなんだ三浦をレイプした四人は、それぞれ損壊がとんでもなく酷かったんだ。石倉の弟なんか目じゃないほどの損壊、一人は腹の中で酒のボトルを割られて検死官達がが何百もの破片をとりきれなかったらしい。俺の息子ともう一人は鳥の血抜きのように喉を裂かれて、腕や足を引きちぎられ腹の臓物の代わりに捩じ込まれて、自分の逸物を口に捩じ込まれて、煮えたぎる風呂のなかで茹で上げられた。
通夜なんか出来るわけもない、遺体の損壊が酷すぎて家族ですら嘔吐してしまうような情景。
それを目に、憎くない訳がない。
怨まない筈がない。
どんなに自分の息子達が相手に酷いことをしていても、これを怨まずにはいられないだろう?でも、途中からおかしくなってきているのは分かっていた。何故かそれぞれが三浦にしていることに興奮してのめり込んでいるのが分かって、しかも三浦が密かに俺達を見て口を動かしたのをみて。
「……悪意だな……。」
復讐という悪意で傷つけてやろうとして、いつの間にかさらに大きな悪意に飲み込まれてしまっていた。進藤という、三浦という大きな悪意の方が純粋で大きくて俺達の悪意なんてたいしたものじゃない。如月栞が話したように知らぬ間に、より大きな悪意に俺自身が敗けてしまっていた。何しろ石倉を唆しワザワザ配置を変えさせてまで、石倉をあの行為に駆り立てたのは実は進藤だったのだ。
人の出入りが増えれば、和希にだって運が巡ってくるだろ?
確かにその通りだ。隔離監禁されている場所に、何度も長時間の出入りが増える。しかもその中に完全に三浦和希に、心底のめり込んでしまった男もいるのだ。怨みが強すぎる程三浦の悪意に飲み込まれて、石倉はすっかりおかしくなってしまった。だから恐らく三浦が逃げ出すのは時間の問題ではあったのだ。だけど、だからといって俺がしたことは変わらない。
「捕まったら……どうする気ですか?」
「言ったろ?自分のことはちゃんとけりをつける。」
そう言うと俺は何故か無意識のうちに、風間に向けて進藤隆平と似た諦めに似た笑みを浮かべていた。
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