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70.外崎宏太
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あの二枚のマップと画像のメールを最後に、上原秋奈が完全に姿を消して既に一週間。
俺と惣一が見つけた死体は予想通り上原征雄だった。十一年も前に若い女と姿を消したと言われていた上原杏奈の義理の父親、同時に夫が失踪したと騒ぎ立てた上原春菜のヒモの夫。
ミイラになるほど長い間業務用冷凍庫の中に置かれていた遺体は、匿名で通報した後警察に運ばれ司法解剖された。流石に正確な死亡時期はハッキリしなかったが、他殺なのは確認できたという。俺達はてっきり頭部外傷かと思ったが、なんとまぁ絞殺の痕も確認できたらしい。死因は絞殺の方で、頭を殴って気を失ったところを首を絞めたということのようだ。一応他殺ってのも予想通りだった。犯人に関しては実は考えの中にないわけではなかったのだが、考えている中でも可能性が一番低いとおもっていた方が正解だった。
母親の方がした、犯行だったか
正直なところ調べれば調べるほど、上原春菜の行動には違和感はあったのだ。娘の失踪は一つも騒ぎもしなかったのに、ロクデナシの夫が女と消えたと大騒ぎした母親。娘が失踪する直前に夫が娘と喧嘩で、病院にかかっているということから娘を母親が突き放したという。
しかも風間の調べた話からすると、東北の産院からの電話におろせと言ったとと怒鳴り付けたという。つまり母親は杏奈の妊娠を事前に知っていて、おろせと言っているわけだ。その話しはいつから知っていたのか?恐らくは子供の父親である上原征雄から聞いたのだろうし、それで母親が逆上したのは分からないでもない。娘の失踪から数ヵ月後に失踪したと考えられる時には既に遺体になっていたわけで、その最中産院から電話が来て内容も聞かずにおろせと怒鳴り散らしたのか。そう聞いてしまうと哀れなのは娘で、愚かな母親だとしか思えない。
遺体を前に犯行を問われるまま自白した春菜は、逆に安堵した風だったとも言う。同時に犯行当時ここいらに杏奈は居なかったから、犯行に関与するのは完全に不可能な筈だ。
自分は殺していない、でも遺体があそこにあることは知っている。
あのビルにオーナーでなくとも自由に出入り出来る人間が誰なのか知っているのは、その出入りする当人とその実の娘なのは確かだ。しかもテナントがなくなって雑居ビルとしての機能を失っても、今も足しげく通い年を取ってボケ始めたオーナーの身の回りの世話をしている母親。それは昔の恩に対しての献身的とも言える行為だが、母親の行動を娘の杏奈が知らない筈がない。何らかの切っ掛けで杏奈は地下二階にワザワザ降りる母親を見つけたか、何か他に違和感に気がつく切っ掛けでもあったか。少なくとも惣一が遺棄だけなら時候は三年と口にした時、可能性としてだが殺害はしていないが、そこにあると言うことだけは知っているという場合を俺は考えてはいた。
ただ何故、今になって発見させたか。
ここまで十一年も隠してきたのに、今になって遺体のありかを暴露した理由はなんだろう。上原征雄が死んでいてはいけない理由でもあったのか?それとも母親も遺棄だけと考えたか?それなら三年が過ぎれば通報していてもおかしくない。なのになんで十一年我慢した?逆に殺人と思っているなら時効は二十年だから、時間としては九年足りない。ここまでばれなきゃ、後何年間はこの状況ならこのまま誤魔化せたかもしれない。冷凍庫の寿命はそろそろだったろうけど、あの状態なら第三者がワザワザあの暗がりの地下二階まで降りて厨房に回り、冷凍庫の扉を開けてみなかったら気がつかれなかったかもしれないのだ。
下手すればオーナーが死ぬまでは、何とか誤魔化すことが出来たかもしれない。
上手くすれば独り身のオーナーから、親身になって世話をしてもらったとビルごと引き継げた可能性だって全くないとは言えない。何しろ春菜の今の店は、そのオーナーから譲り受けた店なのだ。
杏奈が母親を守りたかったのだとすれば、俺に今伝えるのは違和感がある話だ。
杏奈が何を待っていたのか。十年……か。
母親が自首するのを待っていたとも思えないと考えていて、ふと気がついた。杏奈は余り最近の社会情勢に詳しくなかった、それを思い出した時成る程と感じる結論に辿り着く。杏奈があえて社会情勢に目を向けないようにしていた理由までは分からないが、これなら少しだけ理解できなくもない。事件が起きた当時、傷害致死の時効はまだ十年だった。法律改定はその何年後かの出来事だ。
綺麗事だが、そうともとれなくはないか?
そう考えてやった方がいいのかどうかは分からない。同時にかなりの怪我をしている筈の杏奈が、今時で何をしているのかも
※※※
その安っぽい封筒が俺の手元に届いたのは、上原征雄遺体発見の翌日のことだった。恐らくメールの前に郵送していたと言うところなのだろうし、中に入っていたのはコインロッカーの鍵と便箋一枚。
「頼んだからね。って誰からだよ?これ?」
今目の前にいるのは槙山忠志。もしもの時惣一だとしらを切るのには惣一はどこもかしこも後ろ暗すぎるし、何よりここ最近捲き込みすぎてこれ以上関わらせると松理が本気で家に乗り込んで来そうだ。正直松理の激怒は対応が面倒なので、避けたいところ。自分でとも考えたが後から俺が関わるのがバレたら、それはそれで面倒くさい。なので何も知らずに頼まれたと押し通せそうな立場のこいつに頼むことにしたわけだ。何しろこの間のビルから逃げ出した手腕を調べたら、元都大会の体操競技の優勝なんて経歴持ちだと判明。槙山忠志の体つきや筋肉のわりに異様に身が軽いのは、関係者の中では有名な話だったらしい。
現代のネズミ小僧ってとこか?
とは言え上原秋奈には事前にこの位置のロッカーなら、余り防犯カメラに人相が映らないとは教えてあった。防犯カメラを幾ら設置してあるからって全面を網羅できる訳じゃないし、尚且つ駅のコインロッカーは広大な面積を誇る。その中で一番後から確認できない二ヶ所ばかりを、この間の約束の時に教えてあるのだ。その約束の対価は自分の幸せを考えるってことだったんだけどな。
「この間みたいなのは御免だからな。俺。」
「コインロッカーの中の荷物を持ってきてもらいたいだけだ。」
「なんだそりゃ?」
手間賃は二万でというと、かなり不審そうに俺のことを槙山は見下ろしたが、この間みたいな危険は誓ってないというと渋々値段につられ承諾した。そうしてあっという間に駅のコインロッカーから荷物を持ってきた槙山といえば、脱兎のごとく全力で走って戻って来た風で俺に向かって不満げに荷物を突き出す。
「危なくねぇっていったろうが!」
開口一番怒鳴りこまれたが、前回のようにチンピラヤクザはいないし、警察も乗り込んでこない。ただ荷物をとってきただけで怒鳴られても困る。
「危なくねぇだろ?ヤクザもチンピラもなしだ。延滞金分も渡したろ?」
「中身が問題なんだよ!ビビるだろ!これじゃ!」
秋奈のやつ荷物の中身が見える状態でコインロッカーに突っ込んでいたらしくて、取りに行った槙山が扉を開けた途端視界に面食らったということらしい。俺の方は中身の想定はついているから、たいしたことじゃないと呑気に口にする。俺の反応に呆れながら息をついてソファーに腰かけた槙山に、ふと思い出したように俺は声をかけた。
「槙山。」
「あ?なに?」
「お前、真名かおるって知ってるか?」
互いに違う方面から同じ三浦事件には関わっているが、槙山の口からは真名かおるの名前が一度もでなかったことは俺は喜一から聞いて知っている。だからこそ進藤隆平は真名かおるが俺の創作だと勘違いしたのだし、槙山は本当に三浦の友人で最後の被害者の女の友人なだけかもしれない。だけどこうして奇妙な縁で交流が出来たからには、一度問いかけてみたいことでもあった。
「………なんで………それ、俺に聞くわけ?」
知らないというのかと思ったが、槙山忠志は純粋というかとんでもなく嘘が下手だ。どう聞いても槙山は真名かおるを知っている。ここに来て真名かおるの顔を知っている人間がもう一人ここにいるっていう真実は、正直盲点だ。それにしてもよくその態度で警察の追及を逃れたなと思うが、そういえば槙山は大分三浦の犯行に手を貸してたんじゃないかと疑われていたのを思い出した。
「お前、本当に嘘つけない奴だな?ん?」
「………よく言われる。」
「どんな女だ?」
俺にとっては真名かおるは得体の知れない、何が目的か分からないが狡猾で妖艶な魔性の女。笑いながら三浦和希を狂わせ何人もの男を地獄に突き落とすような、悪意の塊のような、いわば進藤隆平を女にしたような存在。ところが俺の問いかけに槙山は微かに溜め息をついて、少しだけ悲しげにも聞こえる声で呟く。
「……独りぼっちで、いっつも心細そうな顔してた。」
槙山の中の『真名かおる』は俺の知ってる女とは、全く別人としか言えなかった。迷子の子供のように何時も心細そうに街に立ち尽くしていて、声をかけると花のように笑う少女みたいな女だったという。
「ココアが好きで、嬉しそうに笑う女だったよ。」
それにしても女ってのは本当に多面的過ぎる。俺の前では悪意の仮面しか見せなかった女の、全く正反対の一面。それを見ていた槙山は恐らく事件に真名かおるが関わっていると知っていて、真名かおるのことを警察には一言も言わなかった。
「惚れてたのか?………真名かおるに。」
「どうかな…………たださ。」
それはまるで追憶に耽っているようにも聞こえる酷く悲しい声で、槙山はその時のことを脳裏に浮かべている風に感じ取れる。それは儚い花を思うような悲しく寂しい記憶。
「また何時か会ったら、ココア買ってやる約束なんだ。」
また何時か。
その言葉がそれが永遠に無いことを知っていて口にしているのが、顔の見えない俺にもよくわかる。つまり真名かおるはあの事件の終演当時に、俺の知らない内に既に死んでいるということなのだろう。
三浦はそれを知っているのだろうか?それとも知らないのだろうか?
そして目の前の男は真名かおるの終演に居合わせ、最後の言葉を告げたのは槙山のよく知っている儚い花のような微笑みなのだろう。悪意をかざせば幾らでも高価な酒をあおることの可能だったあの女が、最後に願ったのが自動販売機で簡単に買えるようなココア一本。
「女ってのは……わかんねぇな……。」
「そうだな、ココアくらい何本でも買ってやるって思うんだけどな、二万円稼いだし。」
暢気な口調でそういう槙山は、で・それどうすんの?と興味深げに運んできた荷物を指差す。どうするかはもう既に決まっているのだが、説明する必要もないのに俺は何でか丁寧に説明してやった。このままでは出来ないので一端綺麗な状態にして、秋奈の希望の場所へ渡す。
「で、あのねぇちゃん、どっか行ったわけ?」
「どうだろうな、一応探してるが…………。」
あいつもこのまま永遠に戻らないつもりなのかもしれない。そんな風に俺は心のどこかて感じている。
※※※
『外崎?』
「ああ、悪い、考え事をしていた。」
電話の向こうの風間が訝しげな声をかけたのに、俺も我に帰る。事件から一週間、現場から消えた上原秋奈は完全に姿を消していて、血痕も花街から辿れなくなってしまったという。恐らく大量出血は上原秋奈……上原杏奈だとは思われるのだが、何しろ何故怪我をしたかも分からない上に血痕しかない。捜査は暗礁、打ち切りになりそうだと風間は忌々しそうに呟く。何しろ上の階のチンピラと薬の方が目下大事で、しかも三浦の件は未だに内密。この内密を暴露するには恐らく上層部の関与を証明しないとならないだろうと、喜一も話している。死んだ倉橋健吾のしてきたことに関しては、誰も証言がとれない上に製薬会社が煙のように消えたという不可解さ。どうやら製薬会社自体進藤の息のかかってる違法投薬となりかけてきて、あいつは一体何者なのだと惣一も呆れ返っている。
少なくとも今は一端姿を消しているわけだ、進藤も三浦も
倉橋亜希子と思われる女らしい人物は時折街中で見かけられていという情報は入ってくるが、黒髪の女は正直なところ世の中に何人もいて当人かどうか分からない。つまり三浦が女装していたら、倉橋亜希子と同じことが当てはまってしまう。
「今のところ活動の気配なしってことか?」
『まあ、そういうところ。引き続き頼む。』
「まいど。」
喜一よりもここのところ風間の方が俺の情報を買うことが増えた。喜一は元々自分で調べることも出来るから当然だが、少しだけ気になっている面もある。それにしても出会った当初は聖人君子の公務員だった風間の変貌には、俺も苦笑いしてしまう。
『…?……何がおかしい?』
「いいや、お前馴染んだな?」
俺の言葉に相手は暫し黙りこんだが、やがて俺の言葉の意図が分かったのか呆れたように呟く。
『綺麗事でヒーローになれたら、世の中苦労しない。』
「世の中にゃダークヒーローなんてのもあるしな。」
『そういうのはアメコミに任せてある。』
当然のように口にする風間に再び苦笑いが浮かぶのを感じる。
俺と惣一が見つけた死体は予想通り上原征雄だった。十一年も前に若い女と姿を消したと言われていた上原杏奈の義理の父親、同時に夫が失踪したと騒ぎ立てた上原春菜のヒモの夫。
ミイラになるほど長い間業務用冷凍庫の中に置かれていた遺体は、匿名で通報した後警察に運ばれ司法解剖された。流石に正確な死亡時期はハッキリしなかったが、他殺なのは確認できたという。俺達はてっきり頭部外傷かと思ったが、なんとまぁ絞殺の痕も確認できたらしい。死因は絞殺の方で、頭を殴って気を失ったところを首を絞めたということのようだ。一応他殺ってのも予想通りだった。犯人に関しては実は考えの中にないわけではなかったのだが、考えている中でも可能性が一番低いとおもっていた方が正解だった。
母親の方がした、犯行だったか
正直なところ調べれば調べるほど、上原春菜の行動には違和感はあったのだ。娘の失踪は一つも騒ぎもしなかったのに、ロクデナシの夫が女と消えたと大騒ぎした母親。娘が失踪する直前に夫が娘と喧嘩で、病院にかかっているということから娘を母親が突き放したという。
しかも風間の調べた話からすると、東北の産院からの電話におろせと言ったとと怒鳴り付けたという。つまり母親は杏奈の妊娠を事前に知っていて、おろせと言っているわけだ。その話しはいつから知っていたのか?恐らくは子供の父親である上原征雄から聞いたのだろうし、それで母親が逆上したのは分からないでもない。娘の失踪から数ヵ月後に失踪したと考えられる時には既に遺体になっていたわけで、その最中産院から電話が来て内容も聞かずにおろせと怒鳴り散らしたのか。そう聞いてしまうと哀れなのは娘で、愚かな母親だとしか思えない。
遺体を前に犯行を問われるまま自白した春菜は、逆に安堵した風だったとも言う。同時に犯行当時ここいらに杏奈は居なかったから、犯行に関与するのは完全に不可能な筈だ。
自分は殺していない、でも遺体があそこにあることは知っている。
あのビルにオーナーでなくとも自由に出入り出来る人間が誰なのか知っているのは、その出入りする当人とその実の娘なのは確かだ。しかもテナントがなくなって雑居ビルとしての機能を失っても、今も足しげく通い年を取ってボケ始めたオーナーの身の回りの世話をしている母親。それは昔の恩に対しての献身的とも言える行為だが、母親の行動を娘の杏奈が知らない筈がない。何らかの切っ掛けで杏奈は地下二階にワザワザ降りる母親を見つけたか、何か他に違和感に気がつく切っ掛けでもあったか。少なくとも惣一が遺棄だけなら時候は三年と口にした時、可能性としてだが殺害はしていないが、そこにあると言うことだけは知っているという場合を俺は考えてはいた。
ただ何故、今になって発見させたか。
ここまで十一年も隠してきたのに、今になって遺体のありかを暴露した理由はなんだろう。上原征雄が死んでいてはいけない理由でもあったのか?それとも母親も遺棄だけと考えたか?それなら三年が過ぎれば通報していてもおかしくない。なのになんで十一年我慢した?逆に殺人と思っているなら時効は二十年だから、時間としては九年足りない。ここまでばれなきゃ、後何年間はこの状況ならこのまま誤魔化せたかもしれない。冷凍庫の寿命はそろそろだったろうけど、あの状態なら第三者がワザワザあの暗がりの地下二階まで降りて厨房に回り、冷凍庫の扉を開けてみなかったら気がつかれなかったかもしれないのだ。
下手すればオーナーが死ぬまでは、何とか誤魔化すことが出来たかもしれない。
上手くすれば独り身のオーナーから、親身になって世話をしてもらったとビルごと引き継げた可能性だって全くないとは言えない。何しろ春菜の今の店は、そのオーナーから譲り受けた店なのだ。
杏奈が母親を守りたかったのだとすれば、俺に今伝えるのは違和感がある話だ。
杏奈が何を待っていたのか。十年……か。
母親が自首するのを待っていたとも思えないと考えていて、ふと気がついた。杏奈は余り最近の社会情勢に詳しくなかった、それを思い出した時成る程と感じる結論に辿り着く。杏奈があえて社会情勢に目を向けないようにしていた理由までは分からないが、これなら少しだけ理解できなくもない。事件が起きた当時、傷害致死の時効はまだ十年だった。法律改定はその何年後かの出来事だ。
綺麗事だが、そうともとれなくはないか?
そう考えてやった方がいいのかどうかは分からない。同時にかなりの怪我をしている筈の杏奈が、今時で何をしているのかも
※※※
その安っぽい封筒が俺の手元に届いたのは、上原征雄遺体発見の翌日のことだった。恐らくメールの前に郵送していたと言うところなのだろうし、中に入っていたのはコインロッカーの鍵と便箋一枚。
「頼んだからね。って誰からだよ?これ?」
今目の前にいるのは槙山忠志。もしもの時惣一だとしらを切るのには惣一はどこもかしこも後ろ暗すぎるし、何よりここ最近捲き込みすぎてこれ以上関わらせると松理が本気で家に乗り込んで来そうだ。正直松理の激怒は対応が面倒なので、避けたいところ。自分でとも考えたが後から俺が関わるのがバレたら、それはそれで面倒くさい。なので何も知らずに頼まれたと押し通せそうな立場のこいつに頼むことにしたわけだ。何しろこの間のビルから逃げ出した手腕を調べたら、元都大会の体操競技の優勝なんて経歴持ちだと判明。槙山忠志の体つきや筋肉のわりに異様に身が軽いのは、関係者の中では有名な話だったらしい。
現代のネズミ小僧ってとこか?
とは言え上原秋奈には事前にこの位置のロッカーなら、余り防犯カメラに人相が映らないとは教えてあった。防犯カメラを幾ら設置してあるからって全面を網羅できる訳じゃないし、尚且つ駅のコインロッカーは広大な面積を誇る。その中で一番後から確認できない二ヶ所ばかりを、この間の約束の時に教えてあるのだ。その約束の対価は自分の幸せを考えるってことだったんだけどな。
「この間みたいなのは御免だからな。俺。」
「コインロッカーの中の荷物を持ってきてもらいたいだけだ。」
「なんだそりゃ?」
手間賃は二万でというと、かなり不審そうに俺のことを槙山は見下ろしたが、この間みたいな危険は誓ってないというと渋々値段につられ承諾した。そうしてあっという間に駅のコインロッカーから荷物を持ってきた槙山といえば、脱兎のごとく全力で走って戻って来た風で俺に向かって不満げに荷物を突き出す。
「危なくねぇっていったろうが!」
開口一番怒鳴りこまれたが、前回のようにチンピラヤクザはいないし、警察も乗り込んでこない。ただ荷物をとってきただけで怒鳴られても困る。
「危なくねぇだろ?ヤクザもチンピラもなしだ。延滞金分も渡したろ?」
「中身が問題なんだよ!ビビるだろ!これじゃ!」
秋奈のやつ荷物の中身が見える状態でコインロッカーに突っ込んでいたらしくて、取りに行った槙山が扉を開けた途端視界に面食らったということらしい。俺の方は中身の想定はついているから、たいしたことじゃないと呑気に口にする。俺の反応に呆れながら息をついてソファーに腰かけた槙山に、ふと思い出したように俺は声をかけた。
「槙山。」
「あ?なに?」
「お前、真名かおるって知ってるか?」
互いに違う方面から同じ三浦事件には関わっているが、槙山の口からは真名かおるの名前が一度もでなかったことは俺は喜一から聞いて知っている。だからこそ進藤隆平は真名かおるが俺の創作だと勘違いしたのだし、槙山は本当に三浦の友人で最後の被害者の女の友人なだけかもしれない。だけどこうして奇妙な縁で交流が出来たからには、一度問いかけてみたいことでもあった。
「………なんで………それ、俺に聞くわけ?」
知らないというのかと思ったが、槙山忠志は純粋というかとんでもなく嘘が下手だ。どう聞いても槙山は真名かおるを知っている。ここに来て真名かおるの顔を知っている人間がもう一人ここにいるっていう真実は、正直盲点だ。それにしてもよくその態度で警察の追及を逃れたなと思うが、そういえば槙山は大分三浦の犯行に手を貸してたんじゃないかと疑われていたのを思い出した。
「お前、本当に嘘つけない奴だな?ん?」
「………よく言われる。」
「どんな女だ?」
俺にとっては真名かおるは得体の知れない、何が目的か分からないが狡猾で妖艶な魔性の女。笑いながら三浦和希を狂わせ何人もの男を地獄に突き落とすような、悪意の塊のような、いわば進藤隆平を女にしたような存在。ところが俺の問いかけに槙山は微かに溜め息をついて、少しだけ悲しげにも聞こえる声で呟く。
「……独りぼっちで、いっつも心細そうな顔してた。」
槙山の中の『真名かおる』は俺の知ってる女とは、全く別人としか言えなかった。迷子の子供のように何時も心細そうに街に立ち尽くしていて、声をかけると花のように笑う少女みたいな女だったという。
「ココアが好きで、嬉しそうに笑う女だったよ。」
それにしても女ってのは本当に多面的過ぎる。俺の前では悪意の仮面しか見せなかった女の、全く正反対の一面。それを見ていた槙山は恐らく事件に真名かおるが関わっていると知っていて、真名かおるのことを警察には一言も言わなかった。
「惚れてたのか?………真名かおるに。」
「どうかな…………たださ。」
それはまるで追憶に耽っているようにも聞こえる酷く悲しい声で、槙山はその時のことを脳裏に浮かべている風に感じ取れる。それは儚い花を思うような悲しく寂しい記憶。
「また何時か会ったら、ココア買ってやる約束なんだ。」
また何時か。
その言葉がそれが永遠に無いことを知っていて口にしているのが、顔の見えない俺にもよくわかる。つまり真名かおるはあの事件の終演当時に、俺の知らない内に既に死んでいるということなのだろう。
三浦はそれを知っているのだろうか?それとも知らないのだろうか?
そして目の前の男は真名かおるの終演に居合わせ、最後の言葉を告げたのは槙山のよく知っている儚い花のような微笑みなのだろう。悪意をかざせば幾らでも高価な酒をあおることの可能だったあの女が、最後に願ったのが自動販売機で簡単に買えるようなココア一本。
「女ってのは……わかんねぇな……。」
「そうだな、ココアくらい何本でも買ってやるって思うんだけどな、二万円稼いだし。」
暢気な口調でそういう槙山は、で・それどうすんの?と興味深げに運んできた荷物を指差す。どうするかはもう既に決まっているのだが、説明する必要もないのに俺は何でか丁寧に説明してやった。このままでは出来ないので一端綺麗な状態にして、秋奈の希望の場所へ渡す。
「で、あのねぇちゃん、どっか行ったわけ?」
「どうだろうな、一応探してるが…………。」
あいつもこのまま永遠に戻らないつもりなのかもしれない。そんな風に俺は心のどこかて感じている。
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『外崎?』
「ああ、悪い、考え事をしていた。」
電話の向こうの風間が訝しげな声をかけたのに、俺も我に帰る。事件から一週間、現場から消えた上原秋奈は完全に姿を消していて、血痕も花街から辿れなくなってしまったという。恐らく大量出血は上原秋奈……上原杏奈だとは思われるのだが、何しろ何故怪我をしたかも分からない上に血痕しかない。捜査は暗礁、打ち切りになりそうだと風間は忌々しそうに呟く。何しろ上の階のチンピラと薬の方が目下大事で、しかも三浦の件は未だに内密。この内密を暴露するには恐らく上層部の関与を証明しないとならないだろうと、喜一も話している。死んだ倉橋健吾のしてきたことに関しては、誰も証言がとれない上に製薬会社が煙のように消えたという不可解さ。どうやら製薬会社自体進藤の息のかかってる違法投薬となりかけてきて、あいつは一体何者なのだと惣一も呆れ返っている。
少なくとも今は一端姿を消しているわけだ、進藤も三浦も
倉橋亜希子と思われる女らしい人物は時折街中で見かけられていという情報は入ってくるが、黒髪の女は正直なところ世の中に何人もいて当人かどうか分からない。つまり三浦が女装していたら、倉橋亜希子と同じことが当てはまってしまう。
「今のところ活動の気配なしってことか?」
『まあ、そういうところ。引き続き頼む。』
「まいど。」
喜一よりもここのところ風間の方が俺の情報を買うことが増えた。喜一は元々自分で調べることも出来るから当然だが、少しだけ気になっている面もある。それにしても出会った当初は聖人君子の公務員だった風間の変貌には、俺も苦笑いしてしまう。
『…?……何がおかしい?』
「いいや、お前馴染んだな?」
俺の言葉に相手は暫し黙りこんだが、やがて俺の言葉の意図が分かったのか呆れたように呟く。
『綺麗事でヒーローになれたら、世の中苦労しない。』
「世の中にゃダークヒーローなんてのもあるしな。」
『そういうのはアメコミに任せてある。』
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