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51.風間祥太
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年末年始を含めた約十日間。まともに考えればえれば、こんな時期に急にまとまった休みなどとれる筈のない目茶苦茶な日数だった。それでも無理と承知で押し通して、急に身内の結婚式に出ることになったと必死で取り繕う。これが十分可笑しな話だとは分かっているけれど、分かっていても本当の事だとしらを切るしかない。俺は今まで一度として有給もとらずに仕事をして来たし、目下一課は爆弾犯に手一杯・三課は年末に大規模な薬の販売ルートの摘発があったが、二課には今のところ表だって大きな事件もない。それを盾に無理を承知で無理やり押し通したわけだ。
そんな俺がその長期休暇の間にやったのは、正直なところ海外に行って呑気に身内の結婚式に参加したわけではない。まあ建前としてはそれが無難だと考えただけで大体にしてその身内なんてものが存在しないのは、まあここまでの話を見てれば薄々わかることだと思う。海外土産なんてタックスフリーの店でそれらしいものを購入しておいたくらいで済ますつもりだが、そこは土産を買ったところで許してもらいたい。
俺が長期休暇を取ってまでやる気だったのは、正規の手続きは何一つ踏まないあくまでも個人的な調査活動だ。俺が真っ先にしたのは普段の相棒である遠坂には完全に内密にして、外崎宏太と個人的に契約をして助力をあおぐ事だった。遠坂に相談?申し訳ないがこの件に関しては、今後も一切相談するつもりは全くない。遠坂を信じてないとかそういうことではなくて、これはただ俺の自己満足に過ぎないと俺にも分かっているからだ。
今の俺に必要なのは外崎宏太の耳と知識でそれが違法だろうとなんだろうと関係ないと、俺が頭を下げると外崎はニヤリと微かに口の端を上げて何時か来ると思ったという。
「真っ正直に見てるだけじゃわかんねぇことってのは、世の中山のようにあるもんだしな。」
「それは否定しない。」
俺は真っ当に警察官をしていれば、全て真実は明らかになるのだと子供の頃からずっと信じて生きてきた。正直に正しいことをしていれば、世の中は対価として真実を自ずと導き出せるものなのだと。
だが、実際はどうだ?
そう生きてきた筈の自分には分からないことだらけで、まるで役に立たない若造と何にも変わらない。大体にして正直に正しいとは、何の基準なのだろうか。嘘をつかなければ、それは全部正直なのか?司法に準じていれば、それは正しいのか?なら、詐欺を行った杉浦陽太郎があの死にかたをしたのは、当然の報いと言えばいいのか?なら、三浦は何故自由に社会を動き回れるのだろう、新藤は何を企んでいるから野放しなのだろう。それに竜胆貴理子は本当に悪人だったのだろうか。様々な疑問から俺は、自分の価値観の危うさに気がつかされることになった。
二課で一人立ちして組まされた遠坂は課長の評価は最悪でお前の踏み台にもならないがと酷評されていたが、実際は凡庸だと思ってきた遠坂の方がずっと本質を見抜いて生きている。それに過去の上原のことだって結局は表側だけしか知らずに、俺は放棄したも同然なのだ。
「だから、俺に出来るところから知りたい。それに手を貸してほしい。」
「安かぁねえぞ?俺は。」
「構わない。」
必要な情報を得られるなら、本当の事が少しでも分かるなら。そう呟く俺に外崎はその返答が聞きたかったと言いたげにニッと意味ありげに笑うと、盲目とは思えない足取りで何かをとりに歩く。
「よく、こんな雑然とした場所でぶつからずに歩けるな、あんた。」
「雑然としてるように見えるだろうけどよ、動線は決まってんだよ。」
当然のようにそう言うがどう見ても室内は雑然としていて、結論としては外崎のその動線が普通の人間よりは狭くても平気ということなのだろう。以前上原が勝手に掃除して物を動かした時には散々だったと笑う外崎は、戻ってくると一枚の書面を差し出した。Excelで作られた一覧・それには地名らしきものの文字が幾つも並んでいるのを、俺は受け取りながら眺めていく。
「……これは?」
「お前が知りたい事。」
その言葉に俺は思わず目を丸くする。俺が依頼する以前に外崎は、既に俺が知りたい情報に関して調べ始めていたのだ。それは大分前から手をつけ始めていたようで、左側につけられた番号が飛んでいるところを見ると後から削除したものもあるのがわかる。つまり最初この一覧はこの三倍か四倍もあって、既に大分調べる範囲が狭められているのだ。頼む前からそこまで察して手回しをしている外崎の察しの良さに、俺は思わず一覧を眺め言葉を失う。
「………何時からこれを?」
「まあ一ヶ月半くらいか?」
外崎自身も俺と同じ事が気にかかって様々調べ始めていたというのが、外崎の本音でもあるらしい。もっと時間があればもう少し範囲は狭められるが、それをするにはそれぞれ直に調べねぇとなと外崎は呑気な口調で話す。つまりは削除したものは直に調べたということなのかと、削除の数に目を丸くする。外崎はそれほど出歩いている様子ではなかったのに、こんなことまでどうやったら調べることが可能なのかと思わずにはいられない。
「どうやったらこれが調べられるんだ?あんた。」
「蛇の道は蛇ってな。これを専門にしてる奴や趣味にしてる奴も何人か知ってるから、試しに問い合わせて確認してみた。」
そう言いながら、外崎は意味ありげに唇を歪ませる。確かに専門にしている人間だったら、それを細かく分類することも可能なのだろう。それを外崎がリストアップして、地道に該当するものを探していたというだけの話だ。
それだけだが、この数を独りで一ヶ月半で……
竜胆貴理子の綿密な調査ファイルも大概だが、外崎の調査能力も大概だとしか言えない。寝ずに調べてでもしないとならないのじゃないかというこの調査は、俺では恐らく根気が続かないだろう。これを全部出歩いて確認したのかと問いかけるとそんな訳ないと外崎は笑う。
「専門家の奴等のサンプルがあればそれで済んでるのもあるし、ネットに流れてるモノもあるんでな。」
「それでもこの数は確認したのか……。」
「後は直に行かないと分からんからな、なるべく遠い方から頼む。」
つまりは残りは俺が現地に行って、向こうで確認と言うわけか。リストの数はまだ両手に余るが、それでも手がかりがないよりはましだと思うしかない。俺が早速立ち上がろうとすると、外崎が珍しく掠れた声で静かに風間と俺のことを呼ぶ。
「………もし、望まない答えが出たらどうする?風間。」
望まない、答え。
それが何を指していうものなのか。その答えを手にした時に俺がどうするのかはまだ分からないが、俺が知りたいのは本当の事だ。もし、それが自分の望まないものだったとしても今更どうするというのだろう。だから答えはなんでも構わないと、俺は内心思う。何しろもう一番大事な時を、俺は一度逃してしまっているのだから。
外崎からのリストアップ情報に、何とか一つの特定が出来たのはそれから三日ほどしてから。そこから更にめぼしい情報を得るために、俺はかなりの距離を回って探し歩いた。そうして、やがて一つの情報から数珠のように繋がって、幾つもの事が目に見えるようになった。俺は新しい情報を得ることは出来たが、探していた答えはそれ程単純なものではなかったのだ。
※※※
「海外に行ってきたわりには、何処も焼けてないな。」
久々に職場に顔を出し、よくある海外土産お馴染みのナッツ入りのチョコを食べた遠坂に何気なく言われて、俺は平然と向こうに行って直ぐ水に当たりましたと苦笑いして見せる。結婚式以外殆どホテルのベットでしたと課の他の人間にも説明すると、独りで長期休暇をとった罰だと笑われ和やかに話は済んで行く。
デスクには書類仕事が幾つか、目新しい変化もない日常風景に、俺は溜め息をつきながら隣の遠坂に不在の間に何か変化があったか問いかける。
「何にもなかったな、殺人犯も悪人も正月休みってことだ。」
本当にそうなら良いがと考えながら、日常の仕事をこなしていく。
三浦和希はあの後再びプッツリと消息が途絶えて、あの通り魔事件も容疑者が分かっているのに何も進展がない。通り魔事件の目撃者もない状況では指紋が出ているということしか頼れるものがないのに、何しろ三浦を探すのに制限が大き過ぎる。いい加減公表するべきは公表しないと危険性が高いのではと遠坂に密かに問いかけると、どうやら一課と課長で上に掛け合ったら予想外の上層部から公表にストップがかかったらしい。
「予想外?」
「本店だろ。」
何気なく呟く言葉に目を丸くする。警察署どころか警視庁まで巻き込む程話が大きくなり過ぎて、三浦は何に関わっていたのだろうと呆れてしまう。一体倉橋健吾は三浦に何を投薬したのか?最近記憶回復や保持に、今まで別な薬効で服用していた薬が効果があるなんてニュースも流れたばかりだ。まさかその程度の投薬でここまでの戒厳令とは思えないが、少なくとも三浦に投薬した薬は脳の機能を改善する効果は幾分かは得られているといえる。それにしても表だって公表が出来ないないようではあるだろうが、薬の効果としては今までの常識を覆しかねない。
「随分………話が大きくなってますね。」
「ま。俺達の方は目下水面下で議員様を内偵中。」
「内偵?誰です?」
何人かが既に調べに入っているのは、与党の次期中核になるとされている叩き上げの議員だという。成田哲と言えばクリーンな政治を売りにしていたのに、ここに来て何やらキナ臭い感じの噂が唐突に漏れ始めたという。容疑は何かと問うとなんとまあご立派なことに、脱税・着服・公職選挙法違反ときた。情報もとは元私設秘書だというから、口止めが間に合わなくなったというところなのだろう。党の中核にしたくない反対勢力に元私設秘書が飲まれた、というところが本当のところか。
「オンパレードじゃないですか。本気でアウトですね。」
「よくまぁ今まで隠してるもんだよ。地固め済んだらアウトだな。」
遠坂もあきれた風にそう言うが、この情報量からすると後二ヶ月か三ヶ月もすればめでたく成田議員は逮捕となることだろう。つまりは党の中核どころか、下手をすると刑務所まで落ちる可能性も高い。それまでに当人が気が付いて私設秘書を蜥蜴の尻尾切りに使う可能性はあるが、この様子ではそうはさせないと密かに詰めているという感じだ。
そんな風に日常を当然のように過ごしながら、俺は俺に出来ることをしていく。
※※※
それから数日雪がチラホラと舞っているのを見上げながら、俺はマンションのエントランスを潜ると目的の部屋に向かっていた。人気は今のところないし、ここにも防犯カメラがあるのは知っているが、ここで撮影されたからといって四代があるわけではない。上層階の目的の部屋にのドアの前で白い吐息を吐きながら、俺は意を決してチャイムをならす。
『はーい?』
「すみません、風間祥太と申します。」
インターホンの声は俺には聞き覚えのない声で、相手も訝しげな気配を隠そうともしていない。恐らく画像つきで相手には、険しく緊張した俺の顔が映っているに違いないと気がつく。
「上原が………ここにいると聞いて来たんです。」
『…………何のご用ですか?』
険しい声が帰ってきて、相手が警戒しているのが分かる。上原に話があるんですと俺が呟くようにいうと、そんな人はいませんと棘のある声が投げつけられインターホンが切られた。倉橋亜希子と上原が一緒に住んでいるのは聞いていたが、こんな風に門前払いになる可能性があることも予期していた。もう一度インターホンを押す事も考えたが、ドア自体を開けてもらえなければ結果は変わらないことにも気がつく。溜め息をついて踵を返そうとした途端、内部で微かなざわめきが聞こえてドアが音をたてて開き久々に見る杏奈がそこにいる。家にいる気安さなのか薄化粧の杏奈は、高校時代とそんなにかわりなく見えて
「秋奈ちゃん?!」
「あきちゃん、こいつ元カレじゃないの。私の幼馴染み。」
振り返って奥にそう告げた杏奈に、インターホンの声が奥から戸惑ったように驚きの声をあげている。そういえば杏奈は男に殴られた顔で行き場がなくて倉橋亜希子に公園で拾われたという話だったらしいが、ルームメートは俺がその女を殴ったろくでなしだと思ったわけか。
「何でここが分かったの?」
「調べた。」
「職権乱用?」
「自腹だ。」
自腹なら良いってもんじゃないだろうけれど、俺の言葉に杏奈は苦い笑いを浮かべて背後にいる女性に大丈夫だよともう一度声をかける。
「話がしたいんだ。」
俺の言葉に杏奈は一瞬黙りこみ、俺の顔を見上げた。やがていいよと呟いてルームメートをもう一度振り返って、俺を入れてもいいかと彼女に声をかけたのだ。
そんな俺がその長期休暇の間にやったのは、正直なところ海外に行って呑気に身内の結婚式に参加したわけではない。まあ建前としてはそれが無難だと考えただけで大体にしてその身内なんてものが存在しないのは、まあここまでの話を見てれば薄々わかることだと思う。海外土産なんてタックスフリーの店でそれらしいものを購入しておいたくらいで済ますつもりだが、そこは土産を買ったところで許してもらいたい。
俺が長期休暇を取ってまでやる気だったのは、正規の手続きは何一つ踏まないあくまでも個人的な調査活動だ。俺が真っ先にしたのは普段の相棒である遠坂には完全に内密にして、外崎宏太と個人的に契約をして助力をあおぐ事だった。遠坂に相談?申し訳ないがこの件に関しては、今後も一切相談するつもりは全くない。遠坂を信じてないとかそういうことではなくて、これはただ俺の自己満足に過ぎないと俺にも分かっているからだ。
今の俺に必要なのは外崎宏太の耳と知識でそれが違法だろうとなんだろうと関係ないと、俺が頭を下げると外崎はニヤリと微かに口の端を上げて何時か来ると思ったという。
「真っ正直に見てるだけじゃわかんねぇことってのは、世の中山のようにあるもんだしな。」
「それは否定しない。」
俺は真っ当に警察官をしていれば、全て真実は明らかになるのだと子供の頃からずっと信じて生きてきた。正直に正しいことをしていれば、世の中は対価として真実を自ずと導き出せるものなのだと。
だが、実際はどうだ?
そう生きてきた筈の自分には分からないことだらけで、まるで役に立たない若造と何にも変わらない。大体にして正直に正しいとは、何の基準なのだろうか。嘘をつかなければ、それは全部正直なのか?司法に準じていれば、それは正しいのか?なら、詐欺を行った杉浦陽太郎があの死にかたをしたのは、当然の報いと言えばいいのか?なら、三浦は何故自由に社会を動き回れるのだろう、新藤は何を企んでいるから野放しなのだろう。それに竜胆貴理子は本当に悪人だったのだろうか。様々な疑問から俺は、自分の価値観の危うさに気がつかされることになった。
二課で一人立ちして組まされた遠坂は課長の評価は最悪でお前の踏み台にもならないがと酷評されていたが、実際は凡庸だと思ってきた遠坂の方がずっと本質を見抜いて生きている。それに過去の上原のことだって結局は表側だけしか知らずに、俺は放棄したも同然なのだ。
「だから、俺に出来るところから知りたい。それに手を貸してほしい。」
「安かぁねえぞ?俺は。」
「構わない。」
必要な情報を得られるなら、本当の事が少しでも分かるなら。そう呟く俺に外崎はその返答が聞きたかったと言いたげにニッと意味ありげに笑うと、盲目とは思えない足取りで何かをとりに歩く。
「よく、こんな雑然とした場所でぶつからずに歩けるな、あんた。」
「雑然としてるように見えるだろうけどよ、動線は決まってんだよ。」
当然のようにそう言うがどう見ても室内は雑然としていて、結論としては外崎のその動線が普通の人間よりは狭くても平気ということなのだろう。以前上原が勝手に掃除して物を動かした時には散々だったと笑う外崎は、戻ってくると一枚の書面を差し出した。Excelで作られた一覧・それには地名らしきものの文字が幾つも並んでいるのを、俺は受け取りながら眺めていく。
「……これは?」
「お前が知りたい事。」
その言葉に俺は思わず目を丸くする。俺が依頼する以前に外崎は、既に俺が知りたい情報に関して調べ始めていたのだ。それは大分前から手をつけ始めていたようで、左側につけられた番号が飛んでいるところを見ると後から削除したものもあるのがわかる。つまり最初この一覧はこの三倍か四倍もあって、既に大分調べる範囲が狭められているのだ。頼む前からそこまで察して手回しをしている外崎の察しの良さに、俺は思わず一覧を眺め言葉を失う。
「………何時からこれを?」
「まあ一ヶ月半くらいか?」
外崎自身も俺と同じ事が気にかかって様々調べ始めていたというのが、外崎の本音でもあるらしい。もっと時間があればもう少し範囲は狭められるが、それをするにはそれぞれ直に調べねぇとなと外崎は呑気な口調で話す。つまりは削除したものは直に調べたということなのかと、削除の数に目を丸くする。外崎はそれほど出歩いている様子ではなかったのに、こんなことまでどうやったら調べることが可能なのかと思わずにはいられない。
「どうやったらこれが調べられるんだ?あんた。」
「蛇の道は蛇ってな。これを専門にしてる奴や趣味にしてる奴も何人か知ってるから、試しに問い合わせて確認してみた。」
そう言いながら、外崎は意味ありげに唇を歪ませる。確かに専門にしている人間だったら、それを細かく分類することも可能なのだろう。それを外崎がリストアップして、地道に該当するものを探していたというだけの話だ。
それだけだが、この数を独りで一ヶ月半で……
竜胆貴理子の綿密な調査ファイルも大概だが、外崎の調査能力も大概だとしか言えない。寝ずに調べてでもしないとならないのじゃないかというこの調査は、俺では恐らく根気が続かないだろう。これを全部出歩いて確認したのかと問いかけるとそんな訳ないと外崎は笑う。
「専門家の奴等のサンプルがあればそれで済んでるのもあるし、ネットに流れてるモノもあるんでな。」
「それでもこの数は確認したのか……。」
「後は直に行かないと分からんからな、なるべく遠い方から頼む。」
つまりは残りは俺が現地に行って、向こうで確認と言うわけか。リストの数はまだ両手に余るが、それでも手がかりがないよりはましだと思うしかない。俺が早速立ち上がろうとすると、外崎が珍しく掠れた声で静かに風間と俺のことを呼ぶ。
「………もし、望まない答えが出たらどうする?風間。」
望まない、答え。
それが何を指していうものなのか。その答えを手にした時に俺がどうするのかはまだ分からないが、俺が知りたいのは本当の事だ。もし、それが自分の望まないものだったとしても今更どうするというのだろう。だから答えはなんでも構わないと、俺は内心思う。何しろもう一番大事な時を、俺は一度逃してしまっているのだから。
外崎からのリストアップ情報に、何とか一つの特定が出来たのはそれから三日ほどしてから。そこから更にめぼしい情報を得るために、俺はかなりの距離を回って探し歩いた。そうして、やがて一つの情報から数珠のように繋がって、幾つもの事が目に見えるようになった。俺は新しい情報を得ることは出来たが、探していた答えはそれ程単純なものではなかったのだ。
※※※
「海外に行ってきたわりには、何処も焼けてないな。」
久々に職場に顔を出し、よくある海外土産お馴染みのナッツ入りのチョコを食べた遠坂に何気なく言われて、俺は平然と向こうに行って直ぐ水に当たりましたと苦笑いして見せる。結婚式以外殆どホテルのベットでしたと課の他の人間にも説明すると、独りで長期休暇をとった罰だと笑われ和やかに話は済んで行く。
デスクには書類仕事が幾つか、目新しい変化もない日常風景に、俺は溜め息をつきながら隣の遠坂に不在の間に何か変化があったか問いかける。
「何にもなかったな、殺人犯も悪人も正月休みってことだ。」
本当にそうなら良いがと考えながら、日常の仕事をこなしていく。
三浦和希はあの後再びプッツリと消息が途絶えて、あの通り魔事件も容疑者が分かっているのに何も進展がない。通り魔事件の目撃者もない状況では指紋が出ているということしか頼れるものがないのに、何しろ三浦を探すのに制限が大き過ぎる。いい加減公表するべきは公表しないと危険性が高いのではと遠坂に密かに問いかけると、どうやら一課と課長で上に掛け合ったら予想外の上層部から公表にストップがかかったらしい。
「予想外?」
「本店だろ。」
何気なく呟く言葉に目を丸くする。警察署どころか警視庁まで巻き込む程話が大きくなり過ぎて、三浦は何に関わっていたのだろうと呆れてしまう。一体倉橋健吾は三浦に何を投薬したのか?最近記憶回復や保持に、今まで別な薬効で服用していた薬が効果があるなんてニュースも流れたばかりだ。まさかその程度の投薬でここまでの戒厳令とは思えないが、少なくとも三浦に投薬した薬は脳の機能を改善する効果は幾分かは得られているといえる。それにしても表だって公表が出来ないないようではあるだろうが、薬の効果としては今までの常識を覆しかねない。
「随分………話が大きくなってますね。」
「ま。俺達の方は目下水面下で議員様を内偵中。」
「内偵?誰です?」
何人かが既に調べに入っているのは、与党の次期中核になるとされている叩き上げの議員だという。成田哲と言えばクリーンな政治を売りにしていたのに、ここに来て何やらキナ臭い感じの噂が唐突に漏れ始めたという。容疑は何かと問うとなんとまあご立派なことに、脱税・着服・公職選挙法違反ときた。情報もとは元私設秘書だというから、口止めが間に合わなくなったというところなのだろう。党の中核にしたくない反対勢力に元私設秘書が飲まれた、というところが本当のところか。
「オンパレードじゃないですか。本気でアウトですね。」
「よくまぁ今まで隠してるもんだよ。地固め済んだらアウトだな。」
遠坂もあきれた風にそう言うが、この情報量からすると後二ヶ月か三ヶ月もすればめでたく成田議員は逮捕となることだろう。つまりは党の中核どころか、下手をすると刑務所まで落ちる可能性も高い。それまでに当人が気が付いて私設秘書を蜥蜴の尻尾切りに使う可能性はあるが、この様子ではそうはさせないと密かに詰めているという感じだ。
そんな風に日常を当然のように過ごしながら、俺は俺に出来ることをしていく。
※※※
それから数日雪がチラホラと舞っているのを見上げながら、俺はマンションのエントランスを潜ると目的の部屋に向かっていた。人気は今のところないし、ここにも防犯カメラがあるのは知っているが、ここで撮影されたからといって四代があるわけではない。上層階の目的の部屋にのドアの前で白い吐息を吐きながら、俺は意を決してチャイムをならす。
『はーい?』
「すみません、風間祥太と申します。」
インターホンの声は俺には聞き覚えのない声で、相手も訝しげな気配を隠そうともしていない。恐らく画像つきで相手には、険しく緊張した俺の顔が映っているに違いないと気がつく。
「上原が………ここにいると聞いて来たんです。」
『…………何のご用ですか?』
険しい声が帰ってきて、相手が警戒しているのが分かる。上原に話があるんですと俺が呟くようにいうと、そんな人はいませんと棘のある声が投げつけられインターホンが切られた。倉橋亜希子と上原が一緒に住んでいるのは聞いていたが、こんな風に門前払いになる可能性があることも予期していた。もう一度インターホンを押す事も考えたが、ドア自体を開けてもらえなければ結果は変わらないことにも気がつく。溜め息をついて踵を返そうとした途端、内部で微かなざわめきが聞こえてドアが音をたてて開き久々に見る杏奈がそこにいる。家にいる気安さなのか薄化粧の杏奈は、高校時代とそんなにかわりなく見えて
「秋奈ちゃん?!」
「あきちゃん、こいつ元カレじゃないの。私の幼馴染み。」
振り返って奥にそう告げた杏奈に、インターホンの声が奥から戸惑ったように驚きの声をあげている。そういえば杏奈は男に殴られた顔で行き場がなくて倉橋亜希子に公園で拾われたという話だったらしいが、ルームメートは俺がその女を殴ったろくでなしだと思ったわけか。
「何でここが分かったの?」
「調べた。」
「職権乱用?」
「自腹だ。」
自腹なら良いってもんじゃないだろうけれど、俺の言葉に杏奈は苦い笑いを浮かべて背後にいる女性に大丈夫だよともう一度声をかける。
「話がしたいんだ。」
俺の言葉に杏奈は一瞬黙りこみ、俺の顔を見上げた。やがていいよと呟いてルームメートをもう一度振り返って、俺を入れてもいいかと彼女に声をかけたのだ。
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