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37.上原秋奈
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クリスマス迄は後少し。
でも当にクリスマス一色の街並みは、あの爆弾事件の事は忘れたみたい。マスコミの報道では竜胆貴理子は何者って話題で変な方向に盛り上がってて、気がついたら彼女は国際的なテロリストに変わって空港にいたとか豪華客船に乗ってたとか。とんでもない広がりになってるけど、本音を言えばそれでも生きてるなら良いんじゃないかなって思ってしまうんだ。私の印象に残ってる彼女は人を傷つけるような人じゃなくて、凄く優しい人で爆弾で死んでて欲しいとは思えない。でも、同時に私にあんな風に自分が調べてたのをアッサリくれたのが、自分が居なくなるからって思ってたのかなとも考えちゃうんだよね。私が何を貰ったのかって?それはさぁ簡単には説明出来ないし、物って訳じゃないからさておきよ。
何で高校だったのかって考えるとさぁ……
母校に足を向けるなんて十年以上ぶりなんだけど、私が学生で居た時には第一体育館が出来たばっかりだった筈だ。こうして学校を見てて考えると私の出せる結論としては、テロとして爆弾を持ち込んだというより答えは逆なんじゃないかなってことくらい。
宏太達にあの時は無意味な時間だって言ったんだけど、逆にあの時間でなきゃいけなかった理由があるって考えると答えは一つなんだよね。学校だから校内が完全に無人な時は、普通に校門とか昇降口とか鍵がかかるわけで校内には入れなくなる。校門や昇降口とかの出入口が自由に使えて、人が少ない時間ってあの時間帯か朝イチだけしかない。でも朝イチを選ぶと、それから登校してくるから人が増える。夕方でなきゃいけなかったのって、人が少しでも早く減るのを期待してたんじゃないかって、母校を見ながら考えるわけ。
ここは三学年の全校生徒で千人近いし、教師だって五十位はいる筈。
あの時間帯なら既に学生は半分以外だろうから避難誘導も容易いし、しかもここは侵入者から逃げたとしても、建物が全部繋がってるから遠回りでも外に出られる。駄目でも一階の教室から校庭にも逃げれるし。つまり侵入者が入ってきて昇降口から目立てば目立つほど、他の人間は簡単に回って逃げれるんだよね。実際に殆どの人間が無傷で逃げてて、ほんの数人しか怪我をしてないという話だし。爆発したというけど結局、無人の体育館の中で爆発してて、外壁が硬い鉄筋コンクリートな上に半径五百メートルに人がいないから飛び散った外壁は校庭に飛び散っただけで怪我人も出さなかった。例えば駅構内では体育館と同じ対処は絶対できないし、公園でも遮蔽する壁がなかったら飛散するものが防ぎようがない。同じ規模の建築物は近郊にはないし、図書館は火気厳禁は当然、病院だって動けない患者がいる。電車にのって移動も周囲は都市部で山間部に行く余裕があったのか疑問だし、バスやタクシーも同じ意図で考えると無理っぽく感じてしまう。
やっぱり私にはそうしなきゃなんなかった理由が、あなたにあったとしか思えないんだけど、貴理子さん。
そんな風に考えながら自分も三年間着た覚えのある制服姿の女子高生達が、三人位並んで話ながら校門から出ていくのをボンヤリと眺めたりしている。暫くは休校だったみたいだけど、もう事件から十日近く経つから学校も再開してるんだ。
「茶樹で作戦会議しよ。このままじゃセンセの攻略は無理だよ。」
「香坂ってば、全然既読にならないんだよねぇ。」
「あの時壊れてしまったとかじゃないと良いんだけど。」
あり得るかもっなんて彼女達は顔を見合わせて口々に神妙に話してて、聞いてて微笑ましい女子高生らしい会話。きっと誰かクラスメイトでも風邪でもひいたのかもしれないし、彼女等にとっては既にあの事件自体が過去のことなんだろう。皮肉めいた思考でそんなことを考えながら、仲の良さそうな女子高生三人の背中を見送る。そんな女子高生らの楽しそうな声に、また彼女が頭を過っていく。見ず知らずの私に唐突に声をかけて、気が向いたから飲みに行こうなんて誘うような気さくな人。それが無鉄砲に爆弾なんか持って学校に乗り込む?
やっぱり貴理子さんぽくないよ、全然。
クリスマスの時期は本当は稼ぎ時って分かっていても今の私は仕事は出来ないし、こうして母校を眺めながら彼女の事を考えるとドンドン気持ちが泥の沼の中に沈んでいくのが分かる。ブルーシートで囲まれた体育館、制服姿の生徒達はそれ自体忘れてるみたいにそれぞれの生活を送っていて、ボンヤリ立ち尽くす私には全く目もくれない。
「すみません……何かご用ですか?」
そんなアンニュイな気持ちでいたら不意に背後から話しかけられて驚いてしまった。考えたらあの騒動の直後だから、外部の人間に学校だって敏感になってるのに違いないよね。って思いながら振り帰ったは良いけど、その顔を逆に見ておやってなったわけ。
「………土志田?」
「お前、上原?」
うげ、なんでここでまた同級生だよ?ここに来て髄分鉢合わせ率が高くない?って本音では思うけど、どう見ても相手の格好はジャージで学校関係者。私は目を丸くして相手を頭の先から爪先迄眺めて、土志田が先生?って思わず呟いてしまった。
土志田悌順は私や風間祥太の小学生からの同級生の一人。
とは言えどちらかというと記憶の中の土志田は、後二人幼稚園からの付き合いの幼馴染みがいて、いつもその三人でつるん出歩いていた姿ばかりだけど。それにしても確かに昔から体育が得意だった筈だけど、まさかのジャージで先生姿に思わず笑ってしまう。私が突然吹き出して笑いだしたのに、当の土志田は一瞬驚いてから不満げに眉を潜める。
「何で笑うんだよ。」
「ご、ごめん、予想外の姿でさぁ。」
実はここだけの話。小学生の頃の話なんだけど土志田からは、こっそり好きだって告白されたことがある仲なんだよね。土志田はその時私の返事は分かってるけど気持ちだけ伝えたいって。そう言われてさ、あの時は純粋真っ盛りだったから、私の方も素直に好きな人がいるんですってお断りしたんだけど。今更だけど勿体なかったね、だってさ優良物件じゃん。土志田は背も高いしスタイルは良いし、しかもお堅い給料のいい学校の先生になるなんて絶対思わなかったな。本当のところ根っからの正論マンの祥太より、裏表はないし気さくな土志田の方が何でも話しやすかったかも。そんな彼の頬には大きめの絆創膏、腕にも同じように手当ての後がある。
「………土志田、こないだので怪我した?大丈夫?」
「あ、ああ、俺のはたいしたことねぇよ、貧乏神の方が重症。」
「貧乏神って福上?まだ、ここにいるの?」
「今、教頭。」
丁度・自分達の担任だった福上という名前の教師は、名前には福がついているのにガリガリに痩せ細っていて貧相で貧乏神なんて無惨な渾名で呼ばれていた。都立の教師で未だにここに勤務しているのって正直なところ驚いたけど、そっか、ここで教頭になってるのなら納得。
福上は貧相な見た目のわりにちゃんと学生を見ていて、案外良い先生だった。貧乏神は確かにイメージの悪い渾名だけど、生徒達からの愛情表現の裏返しというやつかもしれない。そんな福上教頭はあの事件で憐れなことに左腕の骨を折ってしまったらしく、治りにくそうと私が言うと土志田も俺もそう思うと同意する始末だ。
「で?どうしたよ?」
「うん、ニュース聞いて、なんとなくね。」
「成る程な、確かに全国放送だったもんな。他の奴等からも結構電話があったりしたよ。」
私のは完全に方便だけど、やっぱり卒業生としては学校を気にかけて電話してきたりここまで来る人間も多かったみたい。土志田は頭を掻きながら怪我人が少なくて何よりだったよと爽やかに笑うけど、逆に私は犯人だと言われる彼女の事を考えてしまう。
「ねぇ、犯人は死んじゃった?」
何人かの生徒が帰りがてら土志田に声をかけるのに、土志田は微笑みながら気をつけて変えれと声をかける。これを見ただけで、土志田が先生としても生徒からの人気があるのが分かる。そんな風に普通に社会で暮らしている土志田が、私には眩くて正直少し羨ましくも感じてしまう。
高校生の時に私は何になりたいと夢見ていたのか、既に遠い昔過ぎて思い出せない。
目の前の土志田みたいに真っ当な職業について、普通に暮らしていく事を願っていた筈なんだけど。そんなことを思うとまた彼女の事が頭に浮かぶのは、彼女もきっと私と同じように感じていたと思っているからだろう。
何気なく聞いたつもりだったけど、土志田は少し困った顔をして私の顔を眺めながら口を開く。
「どう………かな、詳しいことは警察しか、……な。」
「そっか………そうだよね。」
職場の事とは言え流石に爆弾犯の詳細に関しては教師には伝わっていないのか、もしくは何か知っていても戒厳令なのか。それは土志田の表情からでは、私には伺い知れない。
※※※
駅前の繁華街を折れて薄暗い路上を進んでいくと、最近出来たものではない居酒屋や薄暗い店が立ち並ぶ。どんな都会になっても段々と表からは押されてしまって影に押し出されていく人間って、やっぱり少なからずいるみたい。そうして、そう言う人間が寄り集まってこういう路地の奥に、小さな集まりを作ってそこからも更に押し出される人間が生まれてくる。下へ下へって押されていくと、その中でまた別なコミュニティみたいなのが出来ていくのは動物の本能なのかな。
私みたいなチャラッと今風のお嬢さんが当然みたいに薄暗いここに歩いてくるのは珍しいみたいで、時折何処かから視線を横顔に感じたり。でも気にもとめずにその先に更に進んで行くと、赤というよりエンジ色の提灯がぶら下がっている居酒屋が見えてくる。古くてガタガタする扉を開け、掠れて色の褪せた古くさい暖簾を潜り抜けて。店の中には相変わらず今日も客がいないけど、気にした風でもないこじんまりとした狭い店。
「おかみさーん、レモンサワー。」
カウンターの中にはいつもの如くブスッとした老人主人と呑気そうに笑う店主と同年代のおかみさん。カウンターが店の殆どの座席になっているこの店は、誰でもない竜胆貴理子が私に教えてくれた店だ。こっちに戻ってから一度だけ一緒に来て、ここで何ができるかを聞いたのがほんの一ヶ月も経ってないとは思えないけど。私が自力でやれることはやり尽くしていて、新しい手段を探していた矢先に彼女がそれならと紹介してくれたのがこの店なのだ。
「親父さん、警察の人来た?」
「こねぇよ。」
貴理子さんが大分懇意にしてた店だからてっきり調べられたかと思ったけど、警察ってほんと表っかわだけしか調べてないんだなぁ。っていうか全然貴理子さんが犯人って言ったわりに、一緒に食事をしてた店が何か調べられたって今のところ聞いたことがないんだけど。勿論私も警察に調べられると面倒なんだから関わるのは避けるけど、どこもバレないってあり得ないよね。多分何処かでは一緒にいたのはバレてそうな気もする。もしかすると祥太とかが何とか……するわけないか、あの真面目な公務員が。祥太が知ってたら、絶対問い詰められるな、きっと。まあ、それにしたってこの店に貴理子さんが来てるって警察が知ったからって、この親父さんが貴理子さんの事を何か口にするとは思えないけど。カウンターに頬杖をついて見上げながら私が口を開くと、横におかみさんがお通しと一緒にレモンサワーを置いてくれる。
「親父さん、魚食べたい。」
「魚って一括りにすんじゃねぇ。」
「じゃ、今日一番美味しい魚。」
「うちのは全部うまい。」
「全部は食えないよ。」
こんな客商売なの?って会話をしていても適当っていいながら、私に合わせた量で料理をだしてくれる辺りが親父さんのいいところだ。勿論ちゃんとメニューはあるんだけど、この店では殆どメニューで頼むような客が来た試しがないみたい。私は目の前の親父さんにレモンサワーを呑みながら問いかける。
「親父さん、それで?」
魚を調理しながらの親父さんは私に目を向けるでもなく、暫く調理に集中している気配。私はおかみさんの手作りのお通しを摘まみながら、そんな親父さんの様子を眺める。
「この間からまだ一週間たってねぇ。」
そう言いながら、新鮮な刺身を盛り合わせた皿を目の前に置く。確かにそうなんだけどという私に、親父さんは次の料理に取りかかりながら低い声で呟く。
「……西側じゃなさそうだな。東側にも聞いてるけどよ。」
「そっか、ありがとう。」
この居酒屋を随分昔に始める前からの、親父さんの伝。そう親父さんは言うけど、その伝に関しては詳しいことを貴理子さんからも親父さんからも教えてもらっていない。でも、親父さんが納得してくれれば調べてもらえるし、私にとって必要な情報が貰えれば何も問題ない。親父さんは視線を向けるわけでもなく、手元を眺めながら呟く。
「お前とねぇちゃんが一緒のとこ調べてる奴等がいるぞ?」
「へぇ、警察?」
「堅気じゃねぇ。」
そうだよね、警察にが表っかわの浅いとこしか調べてないって思ったばっかりだった。予想外の方面から貴理子さんと私が一緒のところを探られてると、親父さんは何気なくだけど教えてくれてる。誰かな、貴理子さんと一緒のところを探してるとなると。貴理子さんが色々なことを調べてたのは知ってるけど、正直詳しい中身までは知らないんだけど。またあの座布団運びみたいに巻き込まれて殴られるのは、顔が資本ってとこもあるし正直ごめんなんだよね。
「あれに目をつけられると後が面倒だぞ、お前。」
「あれって?」
「ここいら一帯であれに目をつけられると商売なんてできねぇ。」
思わぬほど重要そうな親父さんの言葉に、思わず私は眉を潜めていた。そんな相手って誰の事なの?もしかして、あのヤクザ疑いのおじさんが言ってた進藤とかいうヤーさん?
でも当にクリスマス一色の街並みは、あの爆弾事件の事は忘れたみたい。マスコミの報道では竜胆貴理子は何者って話題で変な方向に盛り上がってて、気がついたら彼女は国際的なテロリストに変わって空港にいたとか豪華客船に乗ってたとか。とんでもない広がりになってるけど、本音を言えばそれでも生きてるなら良いんじゃないかなって思ってしまうんだ。私の印象に残ってる彼女は人を傷つけるような人じゃなくて、凄く優しい人で爆弾で死んでて欲しいとは思えない。でも、同時に私にあんな風に自分が調べてたのをアッサリくれたのが、自分が居なくなるからって思ってたのかなとも考えちゃうんだよね。私が何を貰ったのかって?それはさぁ簡単には説明出来ないし、物って訳じゃないからさておきよ。
何で高校だったのかって考えるとさぁ……
母校に足を向けるなんて十年以上ぶりなんだけど、私が学生で居た時には第一体育館が出来たばっかりだった筈だ。こうして学校を見てて考えると私の出せる結論としては、テロとして爆弾を持ち込んだというより答えは逆なんじゃないかなってことくらい。
宏太達にあの時は無意味な時間だって言ったんだけど、逆にあの時間でなきゃいけなかった理由があるって考えると答えは一つなんだよね。学校だから校内が完全に無人な時は、普通に校門とか昇降口とか鍵がかかるわけで校内には入れなくなる。校門や昇降口とかの出入口が自由に使えて、人が少ない時間ってあの時間帯か朝イチだけしかない。でも朝イチを選ぶと、それから登校してくるから人が増える。夕方でなきゃいけなかったのって、人が少しでも早く減るのを期待してたんじゃないかって、母校を見ながら考えるわけ。
ここは三学年の全校生徒で千人近いし、教師だって五十位はいる筈。
あの時間帯なら既に学生は半分以外だろうから避難誘導も容易いし、しかもここは侵入者から逃げたとしても、建物が全部繋がってるから遠回りでも外に出られる。駄目でも一階の教室から校庭にも逃げれるし。つまり侵入者が入ってきて昇降口から目立てば目立つほど、他の人間は簡単に回って逃げれるんだよね。実際に殆どの人間が無傷で逃げてて、ほんの数人しか怪我をしてないという話だし。爆発したというけど結局、無人の体育館の中で爆発してて、外壁が硬い鉄筋コンクリートな上に半径五百メートルに人がいないから飛び散った外壁は校庭に飛び散っただけで怪我人も出さなかった。例えば駅構内では体育館と同じ対処は絶対できないし、公園でも遮蔽する壁がなかったら飛散するものが防ぎようがない。同じ規模の建築物は近郊にはないし、図書館は火気厳禁は当然、病院だって動けない患者がいる。電車にのって移動も周囲は都市部で山間部に行く余裕があったのか疑問だし、バスやタクシーも同じ意図で考えると無理っぽく感じてしまう。
やっぱり私にはそうしなきゃなんなかった理由が、あなたにあったとしか思えないんだけど、貴理子さん。
そんな風に考えながら自分も三年間着た覚えのある制服姿の女子高生達が、三人位並んで話ながら校門から出ていくのをボンヤリと眺めたりしている。暫くは休校だったみたいだけど、もう事件から十日近く経つから学校も再開してるんだ。
「茶樹で作戦会議しよ。このままじゃセンセの攻略は無理だよ。」
「香坂ってば、全然既読にならないんだよねぇ。」
「あの時壊れてしまったとかじゃないと良いんだけど。」
あり得るかもっなんて彼女達は顔を見合わせて口々に神妙に話してて、聞いてて微笑ましい女子高生らしい会話。きっと誰かクラスメイトでも風邪でもひいたのかもしれないし、彼女等にとっては既にあの事件自体が過去のことなんだろう。皮肉めいた思考でそんなことを考えながら、仲の良さそうな女子高生三人の背中を見送る。そんな女子高生らの楽しそうな声に、また彼女が頭を過っていく。見ず知らずの私に唐突に声をかけて、気が向いたから飲みに行こうなんて誘うような気さくな人。それが無鉄砲に爆弾なんか持って学校に乗り込む?
やっぱり貴理子さんぽくないよ、全然。
クリスマスの時期は本当は稼ぎ時って分かっていても今の私は仕事は出来ないし、こうして母校を眺めながら彼女の事を考えるとドンドン気持ちが泥の沼の中に沈んでいくのが分かる。ブルーシートで囲まれた体育館、制服姿の生徒達はそれ自体忘れてるみたいにそれぞれの生活を送っていて、ボンヤリ立ち尽くす私には全く目もくれない。
「すみません……何かご用ですか?」
そんなアンニュイな気持ちでいたら不意に背後から話しかけられて驚いてしまった。考えたらあの騒動の直後だから、外部の人間に学校だって敏感になってるのに違いないよね。って思いながら振り帰ったは良いけど、その顔を逆に見ておやってなったわけ。
「………土志田?」
「お前、上原?」
うげ、なんでここでまた同級生だよ?ここに来て髄分鉢合わせ率が高くない?って本音では思うけど、どう見ても相手の格好はジャージで学校関係者。私は目を丸くして相手を頭の先から爪先迄眺めて、土志田が先生?って思わず呟いてしまった。
土志田悌順は私や風間祥太の小学生からの同級生の一人。
とは言えどちらかというと記憶の中の土志田は、後二人幼稚園からの付き合いの幼馴染みがいて、いつもその三人でつるん出歩いていた姿ばかりだけど。それにしても確かに昔から体育が得意だった筈だけど、まさかのジャージで先生姿に思わず笑ってしまう。私が突然吹き出して笑いだしたのに、当の土志田は一瞬驚いてから不満げに眉を潜める。
「何で笑うんだよ。」
「ご、ごめん、予想外の姿でさぁ。」
実はここだけの話。小学生の頃の話なんだけど土志田からは、こっそり好きだって告白されたことがある仲なんだよね。土志田はその時私の返事は分かってるけど気持ちだけ伝えたいって。そう言われてさ、あの時は純粋真っ盛りだったから、私の方も素直に好きな人がいるんですってお断りしたんだけど。今更だけど勿体なかったね、だってさ優良物件じゃん。土志田は背も高いしスタイルは良いし、しかもお堅い給料のいい学校の先生になるなんて絶対思わなかったな。本当のところ根っからの正論マンの祥太より、裏表はないし気さくな土志田の方が何でも話しやすかったかも。そんな彼の頬には大きめの絆創膏、腕にも同じように手当ての後がある。
「………土志田、こないだので怪我した?大丈夫?」
「あ、ああ、俺のはたいしたことねぇよ、貧乏神の方が重症。」
「貧乏神って福上?まだ、ここにいるの?」
「今、教頭。」
丁度・自分達の担任だった福上という名前の教師は、名前には福がついているのにガリガリに痩せ細っていて貧相で貧乏神なんて無惨な渾名で呼ばれていた。都立の教師で未だにここに勤務しているのって正直なところ驚いたけど、そっか、ここで教頭になってるのなら納得。
福上は貧相な見た目のわりにちゃんと学生を見ていて、案外良い先生だった。貧乏神は確かにイメージの悪い渾名だけど、生徒達からの愛情表現の裏返しというやつかもしれない。そんな福上教頭はあの事件で憐れなことに左腕の骨を折ってしまったらしく、治りにくそうと私が言うと土志田も俺もそう思うと同意する始末だ。
「で?どうしたよ?」
「うん、ニュース聞いて、なんとなくね。」
「成る程な、確かに全国放送だったもんな。他の奴等からも結構電話があったりしたよ。」
私のは完全に方便だけど、やっぱり卒業生としては学校を気にかけて電話してきたりここまで来る人間も多かったみたい。土志田は頭を掻きながら怪我人が少なくて何よりだったよと爽やかに笑うけど、逆に私は犯人だと言われる彼女の事を考えてしまう。
「ねぇ、犯人は死んじゃった?」
何人かの生徒が帰りがてら土志田に声をかけるのに、土志田は微笑みながら気をつけて変えれと声をかける。これを見ただけで、土志田が先生としても生徒からの人気があるのが分かる。そんな風に普通に社会で暮らしている土志田が、私には眩くて正直少し羨ましくも感じてしまう。
高校生の時に私は何になりたいと夢見ていたのか、既に遠い昔過ぎて思い出せない。
目の前の土志田みたいに真っ当な職業について、普通に暮らしていく事を願っていた筈なんだけど。そんなことを思うとまた彼女の事が頭に浮かぶのは、彼女もきっと私と同じように感じていたと思っているからだろう。
何気なく聞いたつもりだったけど、土志田は少し困った顔をして私の顔を眺めながら口を開く。
「どう………かな、詳しいことは警察しか、……な。」
「そっか………そうだよね。」
職場の事とは言え流石に爆弾犯の詳細に関しては教師には伝わっていないのか、もしくは何か知っていても戒厳令なのか。それは土志田の表情からでは、私には伺い知れない。
※※※
駅前の繁華街を折れて薄暗い路上を進んでいくと、最近出来たものではない居酒屋や薄暗い店が立ち並ぶ。どんな都会になっても段々と表からは押されてしまって影に押し出されていく人間って、やっぱり少なからずいるみたい。そうして、そう言う人間が寄り集まってこういう路地の奥に、小さな集まりを作ってそこからも更に押し出される人間が生まれてくる。下へ下へって押されていくと、その中でまた別なコミュニティみたいなのが出来ていくのは動物の本能なのかな。
私みたいなチャラッと今風のお嬢さんが当然みたいに薄暗いここに歩いてくるのは珍しいみたいで、時折何処かから視線を横顔に感じたり。でも気にもとめずにその先に更に進んで行くと、赤というよりエンジ色の提灯がぶら下がっている居酒屋が見えてくる。古くてガタガタする扉を開け、掠れて色の褪せた古くさい暖簾を潜り抜けて。店の中には相変わらず今日も客がいないけど、気にした風でもないこじんまりとした狭い店。
「おかみさーん、レモンサワー。」
カウンターの中にはいつもの如くブスッとした老人主人と呑気そうに笑う店主と同年代のおかみさん。カウンターが店の殆どの座席になっているこの店は、誰でもない竜胆貴理子が私に教えてくれた店だ。こっちに戻ってから一度だけ一緒に来て、ここで何ができるかを聞いたのがほんの一ヶ月も経ってないとは思えないけど。私が自力でやれることはやり尽くしていて、新しい手段を探していた矢先に彼女がそれならと紹介してくれたのがこの店なのだ。
「親父さん、警察の人来た?」
「こねぇよ。」
貴理子さんが大分懇意にしてた店だからてっきり調べられたかと思ったけど、警察ってほんと表っかわだけしか調べてないんだなぁ。っていうか全然貴理子さんが犯人って言ったわりに、一緒に食事をしてた店が何か調べられたって今のところ聞いたことがないんだけど。勿論私も警察に調べられると面倒なんだから関わるのは避けるけど、どこもバレないってあり得ないよね。多分何処かでは一緒にいたのはバレてそうな気もする。もしかすると祥太とかが何とか……するわけないか、あの真面目な公務員が。祥太が知ってたら、絶対問い詰められるな、きっと。まあ、それにしたってこの店に貴理子さんが来てるって警察が知ったからって、この親父さんが貴理子さんの事を何か口にするとは思えないけど。カウンターに頬杖をついて見上げながら私が口を開くと、横におかみさんがお通しと一緒にレモンサワーを置いてくれる。
「親父さん、魚食べたい。」
「魚って一括りにすんじゃねぇ。」
「じゃ、今日一番美味しい魚。」
「うちのは全部うまい。」
「全部は食えないよ。」
こんな客商売なの?って会話をしていても適当っていいながら、私に合わせた量で料理をだしてくれる辺りが親父さんのいいところだ。勿論ちゃんとメニューはあるんだけど、この店では殆どメニューで頼むような客が来た試しがないみたい。私は目の前の親父さんにレモンサワーを呑みながら問いかける。
「親父さん、それで?」
魚を調理しながらの親父さんは私に目を向けるでもなく、暫く調理に集中している気配。私はおかみさんの手作りのお通しを摘まみながら、そんな親父さんの様子を眺める。
「この間からまだ一週間たってねぇ。」
そう言いながら、新鮮な刺身を盛り合わせた皿を目の前に置く。確かにそうなんだけどという私に、親父さんは次の料理に取りかかりながら低い声で呟く。
「……西側じゃなさそうだな。東側にも聞いてるけどよ。」
「そっか、ありがとう。」
この居酒屋を随分昔に始める前からの、親父さんの伝。そう親父さんは言うけど、その伝に関しては詳しいことを貴理子さんからも親父さんからも教えてもらっていない。でも、親父さんが納得してくれれば調べてもらえるし、私にとって必要な情報が貰えれば何も問題ない。親父さんは視線を向けるわけでもなく、手元を眺めながら呟く。
「お前とねぇちゃんが一緒のとこ調べてる奴等がいるぞ?」
「へぇ、警察?」
「堅気じゃねぇ。」
そうだよね、警察にが表っかわの浅いとこしか調べてないって思ったばっかりだった。予想外の方面から貴理子さんと私が一緒のところを探られてると、親父さんは何気なくだけど教えてくれてる。誰かな、貴理子さんと一緒のところを探してるとなると。貴理子さんが色々なことを調べてたのは知ってるけど、正直詳しい中身までは知らないんだけど。またあの座布団運びみたいに巻き込まれて殴られるのは、顔が資本ってとこもあるし正直ごめんなんだよね。
「あれに目をつけられると後が面倒だぞ、お前。」
「あれって?」
「ここいら一帯であれに目をつけられると商売なんてできねぇ。」
思わぬほど重要そうな親父さんの言葉に、思わず私は眉を潜めていた。そんな相手って誰の事なの?もしかして、あのヤクザ疑いのおじさんが言ってた進藤とかいうヤーさん?
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