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34.上原秋奈
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あの意図の分からない爆弾犯が大層に世間を騒がせて、街は落ち着かないけはいのまま。クリスマスや年末間近だって言うのに、何でまた今年に限ってこんな事仕出かすかな?どうせ犯人は世の中のこの和やかさに嫉妬でもしているのか、学校に怨みでもある得体の知れない人間だと踏んでいた。最近はネットでググれば、案外簡単に爆弾なんて作れるらしいし。偶々幸か不幸か、何か傍にガス管でも走ってて体育館が半壊したに違いない。案外犯人だってこんな大事になるとは思ってなかったかもしれないし、そんな程度だろうって私は考えていた。
何しろそれより自分の身の回りの方が、何とかしないとならない事が多い位なんだもん。クリスマスシーズンで普段だったらガッポリ稼ぎにいきたいのは山々だが、下手に動いて守銭奴のヤーさんにここぞとばかりに商売道具を潰されるのはごめんだし。胡散臭い上に危ないことに突っ込む経営コンサルの宏太と元ヤクザ疑いの久保田の話では、少し情報収集して方向性を決めるとか。ということは私も少しの間は、大人しく暮らしているしか無さそうだ。
普通のバイトなんて不可能だしなぁ、私。
何しろ今の私には、履歴書なんて書きようがない訳で。いや、金が無いわけではないんだからね、ただ黙って暮らす時間が勿体無いだけよ。私自身にだって目的があって、その目的を果たすには色々と動き回らなければならないから。でも、こうなると答えは同じ事になるのよね、結局。だって、進藤とか言う男が何考えているのか分かんない訳だし。少なくとも出歩いても命の危険はないと聞かないことには、先が見えないわけよ。
それなのに今日になって倉橋亜希子と一緒にみていた朝のニュース番組の画面に、目下私はポカーンとしている。
「女の人が爆弾犯だったのね、爆弾ってそんな簡単に作れるものかしらね?」
あきちゃんがそう言うのを聞きながら、彼女の作った朝食を前に私は唖然としたままテレビ画面に釘付けになる。
予想外の犯人の名前と写真。
画面に映る女性の写真が何時のものなのかは一目では分からないが、どう見てもその犯人とされたのは私が知っている人だった。
※※※
「ねぇあなた、あんな寂れたところに何日も来てるわよね?」
そんな風に不意に街中で肩を叩かれ声をかけられた時、しまったと私は内心で舌打ちした。長い間……少なくともここ何年かあそこに行っても一度も他人から声をかけられた事なんかなかったから、心の何処かで油断していた。土地の人間は余所者には誰も意識を向けないと、私としては珍しく勝手に思い込んでしまっていたらしい。しかもこの問いかけに何と答えればいいか迷う内に、誤魔化すには相手の視線が鋭すぎることにも気がついていまっていた。この人の視線は私を油断なく探っていて、下手な嘘をついてしまうと逆に見抜かれて余計深みに嵌まる可能性が高い。
きっと宏太が目が見える時はこんな視線で辺りをみてたんじゃないかなって内心思う、そんな油断どころか隙すらない視線。それで私の事を見つめて笑いながら、やがて彼女は口を開く。
「話したくないなら言わなくてもいいわ。私の両親もあそこにいるからちょっと気になっただけだから。」
「両親……。」
「ええ。今までも何度か見かけていたから、気になったのよ。」
何度もという言葉に少し表情を曇らせると、彼女は誰にも話してないわよと悪戯っぽく笑う。
「私も誰にも両親があそこにいるって話してないもの。」
こちらに何らかの事情があることを、直ぐ様汲んだその口調に少し安堵もする。その口調と声に彼女が早々に私があそこにいたことを、誰かに話したりはしなさそうに感じたからだ。やがて彼女は気が向いただけたから少し食事に付き合ってよと、気さくに私に語りかける。
彼女は自分から竜胆貴理子と名乗った。
「芸名みたいな名前。」
「まあね。」
竜胆なんて名字聞いたことない。でも、竜胆の花言葉って確か凄く切ないものだった気がする。高校の時の同級生が男の子なのに園芸部で、花に詳しくて花言葉を教えてくれたことがあった。彼は今ごろどんな風に暮らしてるだろうなんて思いながら、生ビール片手に私がそう言うのを彼女は賑やかに笑う。
「随分ロマンチストね、男の子が花言葉だなんて。」
「確か悲しみにくれてる貴方を愛する……だったかな。」
まだ彼女の狙いも分からないから自分の知ってる当たり障りのない話でお茶を濁そうとした私に、彼女はふと悲しげな顔で私の言葉を繰り返した。悲しみにくれてる貴方を愛する。
自生する竜胆の花が、群れずに一本ずつ咲く姿からそう言われてるって聞いた。確かにポツンと寂しげに一本だけ咲く紫や青の竜胆は、悲しみにくれている女性のようにも感じる。
「悲しみにくれたくて、くれてる訳じゃないのにね。私も貴女も。」
その言葉に驚いて目を丸くした私に、彼女は何気無く目の前のツマミに手を伸ばす。
なんでだろう、何故か何も話していないのに似たような思いを彼女も抱えていると、目の前の彼女に本能的な感覚で感じる。ずっと悲しみにくれてて、同時に誰かを探してて、ずっとそれだけを必死に追いかけてて。それなのにどうしても手が届かないし叶わない。彼女は暗い悲しみに沈んだ瞳で呟くように口にした。
「あそこに行く度、悲しいのと一緒に憎悪するのよ………。」
何にとは言わない。何が悲しいのかも何が憎らしいのかも。それでもあの場所で同じ感情を感じる人間がいたことに、私は珍しく彼女に心を開いたのだと思う。お互いに何も核心に触れるようなことは話さないけれど、同じように誰かを捜していると話す。彼女の言葉に共感して、私も少しだけ自分の事を話す。
「だから、逃げ出したけど、戻って探してる。」
「大変ね、一人で探すなんて。」
「そっちこそ一人でしょ?」
「まあ、そうだけど。」
彼女は自分には探すにも色々と方法があるのよと笑う。簡単に話してくれるのは、胡散臭い事ばかり。聞けば聞くほど彼女のやってることって、宏太のすることと変わんないって言うようなことばかり。それでも職業として表立ってはフリーのジャーナリストでライター。私が胡散臭いねって笑うと、彼女はそうなのよねって自分でも笑う。
「でも、政治家とかなんて、もっと胡散臭いわよ。金稼ぐのばっかりで、金が貯まると色に走る。」
「年寄りの金持ちってそんなもんだよ。」
私の言葉に彼女は呆れたように杯を空けて、新しい酒を頼んでいる。私もつられてレモンサワーを頼みながら、男ってそんなものじゃんって言い切る。
「秋奈だってそのピチピチ加減で、そんなこと言うの胡散臭いわよ。」
「だって本当の事だよ、大概そんな感じ。」
「あら、全然なびかないストイックな科学者とかいたわよ?」
科学者と何で関わるのって聞いたら科学的な意見を聞きに行ったけど、色気では何も情報が引き出せなかったらしい。彼女が色気で迫っても反応しないって何処の誰よって笑ったら、近郊の大学の建築学の教授だって。事故の検証で疑問があるから話にいったのに、今は時間が取れないとあしらわれたらしい。研究の話を上手く乗せても、君は物理を理解していないの一点張り。建築というものはただ建物を建てるだけではないらしく、科学や物理や数学だけでなく、社会学や環境についても造詣が必要だという。
「面倒くさっ、それって研究オタクってやつでしょ?」
「まあね、大概なら色気で何とか出来るけど。」
ほら、やっぱり大概の男は色気に弱いじゃんって笑う。彼女は政治家は成るとチヤホヤされるから、本人が権力を勘違いしやすいんじゃないかしらねと言う。
「政治家ってどんな感じ?お金くれそう?」
「世の中お金があれば若い娘を手込めにしたいヤツばっかりよ。変態だって多いんだから気を付けないとね、秋奈は。」
変態ってどんなって聞いたらヒソヒソと、例えば自分の秘書の娘を妾に差し出させるとかなんて衝撃的な事をいったりする。何それ相手も最低だけど秘書だっていう親も最低!!手込めで妾って、時代劇か?!そう言ったら彼女は辺りを憚らず爆笑したのだ。
何でか私はその後も、数日彼女と一緒に過ごした。
彼女も嫌がる様子もないしまるで当然みたいに一緒に出歩いて、あの場所に二人で行ったりもした。彼女といる内にあの女のせいで起きていた不安が、次第に遠退いて行くのが感じらていく。そして遂に彼女は決心したみたいに、私に話しかける。
「明日………戻ろうと思うわ、あなたは?……どうする?」
「どうしよっかな、……私も……そろそろ戻ろうかな。」
並んで同じような思いでそこを眺めながら彼女が少しだけ笑うのに、奇妙な関わり方だったとは私は思う。
結局相手が誰を探していて何をしたいのか私は聞かなかったし、彼女も私が誰を探していて何をしたいかも聞かなかった。それでも同じ気持ちでここを白い息を吐きながら眺めて、奇妙なことに同じ街に戻ろうなんて話をしている。
「戻って………貴女に役に立ちそうなモノがあったらあげるわ。」
「ほんと?でも、そういうのってばらしちゃダメなんじゃないの?」
「私が使い終わったものだから、別にいいわよ。」
私が調べたものなんだしと彼女は、気にもかけない風に鮮やかに笑う。その代わりに何かあったら手伝って・簡単なことといわれて、そう言う取引の仕方って宏太に似てるって思わず私も笑ってしまった。いいよ、約束すると私が答えると、彼女はまた少し悲しい瞳で辺りを見渡していた。
私が出会った彼女は少し私より年上だろうって見た目の綺麗なお姉さんだったけど、会話をしているとどうしても四十代の宏太よりも老成してるようにも感じる。色々なことを調べてて様々なことを知りすぎると、誰もがこうなるんだろうか。それでも彼女が必死に調べてきたものを、なんの対価もなく貰うのは気が引ける。
「でも、……只貰うのは悪いよ。」
彼女は少しだけ考えたみたいだけど、あ、と思い出したように声を出した。
「じゃ、一個これの対価で手伝ってくれる?」
いいよ、と私が迷いもなく言うのに、彼女は貴女もおかしな子ねと笑う。誰か他にも同じような事をした子がいるの?と問いかけると、そうじゃなくてこんなに胡散臭い女に真っ直ぐな目で話しかけるなんて貴女ともう一人くらいよって彼女は呟く。胡散臭いって自分でいっちゃうところが貴女も変な人だよって言うと、彼女はだって私・胡散臭いじゃないって呑気に聞こえる声で笑う。
なんでだろう、お母さん……は失礼か、お姉さんみたいな身近な感じ
私と彼女は当然みたいに会話をしていた。
それから暫く時々彼女からの連絡で、街に戻っても食事をしたり世間話をしたり。勿論約束のものは彼女から早々に受け取った。彼女は本当に自分が調べたものの中から、私の役にたちそうなものを選別して渡してくれたのだ。
そんなある日彼女から呼び出されて、彼女から遠坂喜一に届け物を頼まれたのだ。遠坂喜一と知り合いなのって問いかけると、会ったことないけど名前は知ってるのって彼女は笑う。
「これを?」
その言葉に相手は、賑やかにそうと呟く。その時の彼女の暗く沈んだ瞳は何処か遠く私でない者を見ているように、この間までとは違って奇妙に凪いでいた。もしかしたら彼女が探していた誰かを見つけたのかもと思う、長い旅の終焉に辿り着いた印象を受ける酷く遠い瞳に私は目を細める。
「ただ届けるだけ?」
受け取ったのはそれほど大きくはない小箱。大きさはそうだな、ティッシュボックスって感じだよね。でも、これ表書きもなんにもないんだけど、渡して遠坂だって中身が何か分かる?
「これ、見せてわかんの?」
そう問いかけると大丈夫だって彼女は笑いながら言う。彼なら中を見れば分かるからって言うけど、宛名のない箱なんて簡単には開けたくないけど。そう素直に話しかけると、考えている通りなら多分分かると言う。
「秋奈、もし誰から?って聞かれたら、知らないっていってくれる?」
「いいよ、でも家とか知らないから、警察署になっちゃうけど。」
「ああ、それならいない内にデスクに置いてきてくれるといいな?」
その方が彼女にとっては都合がいいみたい。一応手袋で持っていってっていうから、彼女としては身元をバラしたくないんだろうって分かったし。私もそうそう何かに巻き込まれたい訳じゃないから、そこら辺は素直に了解だ。それに随分アバウトな感じの届け物だけど。これを頼まれるってことは彼女が信じてもくれてるってことなのかな。そう考えながらおちゃらけながら、かしこまりーと箱を受けとると相手は穏やかな声でありがとうと微笑む。変な頼みだとはおもうけど約束だし、別にそう難しいことでもない。だから、私は当然みたいな顔をして遠坂の机の上に箱を置いてきた。何で知ってるのかって?だってこの間署内に入ってるし、二人が何気無くそのデスクの上に物を置いたりとったりしてるのも見たしね。それに風間のデスクに、まぁ見たことのあるものが置いてあったのに面食らったというのもひとつあって………まあ、この話は別に関係ないんだけど。少なくとも二人のデスクの位置は知ってるってことよ。丁度何か大きな事件でもあったのか、刑事課の中は人が疎らだったからそ知らぬ顔で忍び込むのも簡単だったし。
※※※
あの箱……爆弾じゃないよね……?
流石に思わず彼女の顔写真に向かって心の中で問いかけるけど、問いかけても実感が湧かない。だって、彼女が爆弾犯?あり得ない。彼女は誰かを捜していただけなのに、何で爆弾犯なんかになってるの?頭の良さそうな人だったけど、科学とかには余り明るくないような話だった。それにあの箱はとっても軽くて、何も入ってないようにすら感じたのに。
中を見たかと風間に聞いてみる?
でもそうしたら、今は警察は竜胆貴理子の周辺を捜している筈だから、風間だとしても私はただではすまない。それが分かっているから、あきちゃんにはバレないようにホントだねぇと目を丸くする。
「爆弾で犯人って死んだの?」
「うーん、今のところ死者っては出てこないみたいね。」
確かに爆発現場から遺体や何かが発見されたと言うニュースは、ひとつも聞こえてこない。怪我をしたのですら骨折くらいで四・五人出たって言うのは話していたが、その中には女性はいないようだった。それに警察署でも何も起こった気配じゃないってことは、あの箱は危険物ではなかったってことじゃないだろうか。それを考えると彼女のあの時の凪いだような瞳は、これを想定していたんじゃないかと私はふと気がついた。
何しろそれより自分の身の回りの方が、何とかしないとならない事が多い位なんだもん。クリスマスシーズンで普段だったらガッポリ稼ぎにいきたいのは山々だが、下手に動いて守銭奴のヤーさんにここぞとばかりに商売道具を潰されるのはごめんだし。胡散臭い上に危ないことに突っ込む経営コンサルの宏太と元ヤクザ疑いの久保田の話では、少し情報収集して方向性を決めるとか。ということは私も少しの間は、大人しく暮らしているしか無さそうだ。
普通のバイトなんて不可能だしなぁ、私。
何しろ今の私には、履歴書なんて書きようがない訳で。いや、金が無いわけではないんだからね、ただ黙って暮らす時間が勿体無いだけよ。私自身にだって目的があって、その目的を果たすには色々と動き回らなければならないから。でも、こうなると答えは同じ事になるのよね、結局。だって、進藤とか言う男が何考えているのか分かんない訳だし。少なくとも出歩いても命の危険はないと聞かないことには、先が見えないわけよ。
それなのに今日になって倉橋亜希子と一緒にみていた朝のニュース番組の画面に、目下私はポカーンとしている。
「女の人が爆弾犯だったのね、爆弾ってそんな簡単に作れるものかしらね?」
あきちゃんがそう言うのを聞きながら、彼女の作った朝食を前に私は唖然としたままテレビ画面に釘付けになる。
予想外の犯人の名前と写真。
画面に映る女性の写真が何時のものなのかは一目では分からないが、どう見てもその犯人とされたのは私が知っている人だった。
※※※
「ねぇあなた、あんな寂れたところに何日も来てるわよね?」
そんな風に不意に街中で肩を叩かれ声をかけられた時、しまったと私は内心で舌打ちした。長い間……少なくともここ何年かあそこに行っても一度も他人から声をかけられた事なんかなかったから、心の何処かで油断していた。土地の人間は余所者には誰も意識を向けないと、私としては珍しく勝手に思い込んでしまっていたらしい。しかもこの問いかけに何と答えればいいか迷う内に、誤魔化すには相手の視線が鋭すぎることにも気がついていまっていた。この人の視線は私を油断なく探っていて、下手な嘘をついてしまうと逆に見抜かれて余計深みに嵌まる可能性が高い。
きっと宏太が目が見える時はこんな視線で辺りをみてたんじゃないかなって内心思う、そんな油断どころか隙すらない視線。それで私の事を見つめて笑いながら、やがて彼女は口を開く。
「話したくないなら言わなくてもいいわ。私の両親もあそこにいるからちょっと気になっただけだから。」
「両親……。」
「ええ。今までも何度か見かけていたから、気になったのよ。」
何度もという言葉に少し表情を曇らせると、彼女は誰にも話してないわよと悪戯っぽく笑う。
「私も誰にも両親があそこにいるって話してないもの。」
こちらに何らかの事情があることを、直ぐ様汲んだその口調に少し安堵もする。その口調と声に彼女が早々に私があそこにいたことを、誰かに話したりはしなさそうに感じたからだ。やがて彼女は気が向いただけたから少し食事に付き合ってよと、気さくに私に語りかける。
彼女は自分から竜胆貴理子と名乗った。
「芸名みたいな名前。」
「まあね。」
竜胆なんて名字聞いたことない。でも、竜胆の花言葉って確か凄く切ないものだった気がする。高校の時の同級生が男の子なのに園芸部で、花に詳しくて花言葉を教えてくれたことがあった。彼は今ごろどんな風に暮らしてるだろうなんて思いながら、生ビール片手に私がそう言うのを彼女は賑やかに笑う。
「随分ロマンチストね、男の子が花言葉だなんて。」
「確か悲しみにくれてる貴方を愛する……だったかな。」
まだ彼女の狙いも分からないから自分の知ってる当たり障りのない話でお茶を濁そうとした私に、彼女はふと悲しげな顔で私の言葉を繰り返した。悲しみにくれてる貴方を愛する。
自生する竜胆の花が、群れずに一本ずつ咲く姿からそう言われてるって聞いた。確かにポツンと寂しげに一本だけ咲く紫や青の竜胆は、悲しみにくれている女性のようにも感じる。
「悲しみにくれたくて、くれてる訳じゃないのにね。私も貴女も。」
その言葉に驚いて目を丸くした私に、彼女は何気無く目の前のツマミに手を伸ばす。
なんでだろう、何故か何も話していないのに似たような思いを彼女も抱えていると、目の前の彼女に本能的な感覚で感じる。ずっと悲しみにくれてて、同時に誰かを探してて、ずっとそれだけを必死に追いかけてて。それなのにどうしても手が届かないし叶わない。彼女は暗い悲しみに沈んだ瞳で呟くように口にした。
「あそこに行く度、悲しいのと一緒に憎悪するのよ………。」
何にとは言わない。何が悲しいのかも何が憎らしいのかも。それでもあの場所で同じ感情を感じる人間がいたことに、私は珍しく彼女に心を開いたのだと思う。お互いに何も核心に触れるようなことは話さないけれど、同じように誰かを捜していると話す。彼女の言葉に共感して、私も少しだけ自分の事を話す。
「だから、逃げ出したけど、戻って探してる。」
「大変ね、一人で探すなんて。」
「そっちこそ一人でしょ?」
「まあ、そうだけど。」
彼女は自分には探すにも色々と方法があるのよと笑う。簡単に話してくれるのは、胡散臭い事ばかり。聞けば聞くほど彼女のやってることって、宏太のすることと変わんないって言うようなことばかり。それでも職業として表立ってはフリーのジャーナリストでライター。私が胡散臭いねって笑うと、彼女はそうなのよねって自分でも笑う。
「でも、政治家とかなんて、もっと胡散臭いわよ。金稼ぐのばっかりで、金が貯まると色に走る。」
「年寄りの金持ちってそんなもんだよ。」
私の言葉に彼女は呆れたように杯を空けて、新しい酒を頼んでいる。私もつられてレモンサワーを頼みながら、男ってそんなものじゃんって言い切る。
「秋奈だってそのピチピチ加減で、そんなこと言うの胡散臭いわよ。」
「だって本当の事だよ、大概そんな感じ。」
「あら、全然なびかないストイックな科学者とかいたわよ?」
科学者と何で関わるのって聞いたら科学的な意見を聞きに行ったけど、色気では何も情報が引き出せなかったらしい。彼女が色気で迫っても反応しないって何処の誰よって笑ったら、近郊の大学の建築学の教授だって。事故の検証で疑問があるから話にいったのに、今は時間が取れないとあしらわれたらしい。研究の話を上手く乗せても、君は物理を理解していないの一点張り。建築というものはただ建物を建てるだけではないらしく、科学や物理や数学だけでなく、社会学や環境についても造詣が必要だという。
「面倒くさっ、それって研究オタクってやつでしょ?」
「まあね、大概なら色気で何とか出来るけど。」
ほら、やっぱり大概の男は色気に弱いじゃんって笑う。彼女は政治家は成るとチヤホヤされるから、本人が権力を勘違いしやすいんじゃないかしらねと言う。
「政治家ってどんな感じ?お金くれそう?」
「世の中お金があれば若い娘を手込めにしたいヤツばっかりよ。変態だって多いんだから気を付けないとね、秋奈は。」
変態ってどんなって聞いたらヒソヒソと、例えば自分の秘書の娘を妾に差し出させるとかなんて衝撃的な事をいったりする。何それ相手も最低だけど秘書だっていう親も最低!!手込めで妾って、時代劇か?!そう言ったら彼女は辺りを憚らず爆笑したのだ。
何でか私はその後も、数日彼女と一緒に過ごした。
彼女も嫌がる様子もないしまるで当然みたいに一緒に出歩いて、あの場所に二人で行ったりもした。彼女といる内にあの女のせいで起きていた不安が、次第に遠退いて行くのが感じらていく。そして遂に彼女は決心したみたいに、私に話しかける。
「明日………戻ろうと思うわ、あなたは?……どうする?」
「どうしよっかな、……私も……そろそろ戻ろうかな。」
並んで同じような思いでそこを眺めながら彼女が少しだけ笑うのに、奇妙な関わり方だったとは私は思う。
結局相手が誰を探していて何をしたいのか私は聞かなかったし、彼女も私が誰を探していて何をしたいかも聞かなかった。それでも同じ気持ちでここを白い息を吐きながら眺めて、奇妙なことに同じ街に戻ろうなんて話をしている。
「戻って………貴女に役に立ちそうなモノがあったらあげるわ。」
「ほんと?でも、そういうのってばらしちゃダメなんじゃないの?」
「私が使い終わったものだから、別にいいわよ。」
私が調べたものなんだしと彼女は、気にもかけない風に鮮やかに笑う。その代わりに何かあったら手伝って・簡単なことといわれて、そう言う取引の仕方って宏太に似てるって思わず私も笑ってしまった。いいよ、約束すると私が答えると、彼女はまた少し悲しい瞳で辺りを見渡していた。
私が出会った彼女は少し私より年上だろうって見た目の綺麗なお姉さんだったけど、会話をしているとどうしても四十代の宏太よりも老成してるようにも感じる。色々なことを調べてて様々なことを知りすぎると、誰もがこうなるんだろうか。それでも彼女が必死に調べてきたものを、なんの対価もなく貰うのは気が引ける。
「でも、……只貰うのは悪いよ。」
彼女は少しだけ考えたみたいだけど、あ、と思い出したように声を出した。
「じゃ、一個これの対価で手伝ってくれる?」
いいよ、と私が迷いもなく言うのに、彼女は貴女もおかしな子ねと笑う。誰か他にも同じような事をした子がいるの?と問いかけると、そうじゃなくてこんなに胡散臭い女に真っ直ぐな目で話しかけるなんて貴女ともう一人くらいよって彼女は呟く。胡散臭いって自分でいっちゃうところが貴女も変な人だよって言うと、彼女はだって私・胡散臭いじゃないって呑気に聞こえる声で笑う。
なんでだろう、お母さん……は失礼か、お姉さんみたいな身近な感じ
私と彼女は当然みたいに会話をしていた。
それから暫く時々彼女からの連絡で、街に戻っても食事をしたり世間話をしたり。勿論約束のものは彼女から早々に受け取った。彼女は本当に自分が調べたものの中から、私の役にたちそうなものを選別して渡してくれたのだ。
そんなある日彼女から呼び出されて、彼女から遠坂喜一に届け物を頼まれたのだ。遠坂喜一と知り合いなのって問いかけると、会ったことないけど名前は知ってるのって彼女は笑う。
「これを?」
その言葉に相手は、賑やかにそうと呟く。その時の彼女の暗く沈んだ瞳は何処か遠く私でない者を見ているように、この間までとは違って奇妙に凪いでいた。もしかしたら彼女が探していた誰かを見つけたのかもと思う、長い旅の終焉に辿り着いた印象を受ける酷く遠い瞳に私は目を細める。
「ただ届けるだけ?」
受け取ったのはそれほど大きくはない小箱。大きさはそうだな、ティッシュボックスって感じだよね。でも、これ表書きもなんにもないんだけど、渡して遠坂だって中身が何か分かる?
「これ、見せてわかんの?」
そう問いかけると大丈夫だって彼女は笑いながら言う。彼なら中を見れば分かるからって言うけど、宛名のない箱なんて簡単には開けたくないけど。そう素直に話しかけると、考えている通りなら多分分かると言う。
「秋奈、もし誰から?って聞かれたら、知らないっていってくれる?」
「いいよ、でも家とか知らないから、警察署になっちゃうけど。」
「ああ、それならいない内にデスクに置いてきてくれるといいな?」
その方が彼女にとっては都合がいいみたい。一応手袋で持っていってっていうから、彼女としては身元をバラしたくないんだろうって分かったし。私もそうそう何かに巻き込まれたい訳じゃないから、そこら辺は素直に了解だ。それに随分アバウトな感じの届け物だけど。これを頼まれるってことは彼女が信じてもくれてるってことなのかな。そう考えながらおちゃらけながら、かしこまりーと箱を受けとると相手は穏やかな声でありがとうと微笑む。変な頼みだとはおもうけど約束だし、別にそう難しいことでもない。だから、私は当然みたいな顔をして遠坂の机の上に箱を置いてきた。何で知ってるのかって?だってこの間署内に入ってるし、二人が何気無くそのデスクの上に物を置いたりとったりしてるのも見たしね。それに風間のデスクに、まぁ見たことのあるものが置いてあったのに面食らったというのもひとつあって………まあ、この話は別に関係ないんだけど。少なくとも二人のデスクの位置は知ってるってことよ。丁度何か大きな事件でもあったのか、刑事課の中は人が疎らだったからそ知らぬ顔で忍び込むのも簡単だったし。
※※※
あの箱……爆弾じゃないよね……?
流石に思わず彼女の顔写真に向かって心の中で問いかけるけど、問いかけても実感が湧かない。だって、彼女が爆弾犯?あり得ない。彼女は誰かを捜していただけなのに、何で爆弾犯なんかになってるの?頭の良さそうな人だったけど、科学とかには余り明るくないような話だった。それにあの箱はとっても軽くて、何も入ってないようにすら感じたのに。
中を見たかと風間に聞いてみる?
でもそうしたら、今は警察は竜胆貴理子の周辺を捜している筈だから、風間だとしても私はただではすまない。それが分かっているから、あきちゃんにはバレないようにホントだねぇと目を丸くする。
「爆弾で犯人って死んだの?」
「うーん、今のところ死者っては出てこないみたいね。」
確かに爆発現場から遺体や何かが発見されたと言うニュースは、ひとつも聞こえてこない。怪我をしたのですら骨折くらいで四・五人出たって言うのは話していたが、その中には女性はいないようだった。それに警察署でも何も起こった気配じゃないってことは、あの箱は危険物ではなかったってことじゃないだろうか。それを考えると彼女のあの時の凪いだような瞳は、これを想定していたんじゃないかと私はふと気がついた。
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誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
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