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22.外崎宏太

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夜八時を過ぎた珍しい組み合わせの訪問者達の夜の雨の臭いの中に漂う焦りの気配に、思わず普段ならいれないタイプの人間まで部屋に通してしまった。

「なんだ?随分人間連れてきやがったな、喜一。」

片方は病院で出逢った三浦の幼馴染みの槙山忠志で、こちらは以前も思ったが何か人には言えない裏側を持った人間の気配がする。もう片方は遠坂の後輩の男で上原秋奈の幼馴染みの風間祥太。俺は基本的にこういう完全無欠の正義感タイプとは反りが合わないことが多いのだが、あえて今夜に限っては喜一がつれてきた辺り何か起こったに違いない。
風間は俺の顔に一瞬怯んだ様子だったが、思ったよりは肝が座っているらしく表には出さない風を装う。俺が盗聴機の前に座ったまま見上げると、手近な椅子を引き喜一が、低い声で呟く。

「三浦がいた可能性があるんだが、駅前のよ、防犯カメラの映像みれねぇか?一週間前のよ。」

一週間前というと丁度あの都市部の停電が起きた当日。駅前には複数の防犯カメラは確かに存在しているが、物によっては保存期間が短い。

「ガス爆発ん時のか?どうかな、聞いてみっか?ん?」

遠坂に頼むと言われて即動いたのは、以前なら自分で見ることも可能だったろうが今は見ることには重点を置いていないからだ。どうしても見ないと分からない時には、今は友人を頼ることにしている。どうしても見ないとならない時って?例えば今みたいな時だ。勿論自分の状況を見て分かる二人が訝しげにするのは分かっているが、こっちが耳なら目が得意な奴も何人かいるだけの話だ。無造作にかけた先の電話は、客が少ないのか当然のように即電話口に出た。

『はい。』
「よぉ、俺だけど。クボ、わりぃけど力貸してくんねぇかな?」
『宏太、珍しいね、何かあったのかい。』

電話の向こうは久保田惣一という。簡単に言えば俺にとってはアンダーグラウンドの師匠みたいな奴で、今でこそ喫茶店経営の呑気な飄々としたマスターを装った男だ。

「仕事中悪いな、駅前のよ、カメラの映像が見たいんだけどな。」
『駅前か、どっちかな?』

呑気な口調だが実際には相手の頭の中には既に防犯カメラの位置や稼働状況の一覧が表示されている筈だ。カツカツと歩く音がしてカウンターの戸を押す音がするから、既に小部屋に向かっている様子なのが分かる。久保田の喫茶店には実は隠し部屋が一つあって、まあ中は一言では言えない。横で後輩や槙山に座ってろと言う喜一を振り返る。

『ポイントがあるなら教えてくれるかい?』
「喜一、何処ら辺が見たいんだ?」
『おや、喜一も一緒か。』

電話口で久保田がそう言いながら、カチカチとキーを打つ音が聞こえ始める。あの店ではオットリした呑気なマスターのふりばかりしているが、久保田は元々こういう裏側の中にドップリ浸かって生きてきた人間なのだ。そうして、刑事である遠坂の友人で協力者でもある。

「あの日に駅前のロータリーで交通事故があったんだが、その辺りの映像が見たい。」
「交通事故ね、だとよ。」
『事故か北口のやつだね、どれ。あそこだと…ああ、いかんギリギリだな。』

時間をみたのかそう呟く声がして、素早くキーを打ち叩く音が響きわたるのが電話口に聞こえる。どうやら、運悪く見たい位置の防犯カメラの映像保存期間の短いヤツに当たったらしい。

『車道込みで事故が見えるのは一個だな、どうする?歩道だけのヤツもあるけど送るかい?』
「ああ、そうだな、出来ればそいつも頼む。」
『何時ものパソコンでいいのかな?宏太。』
「何時も悪いな。」
『気にしなくていいよ、こちらも好きでやってるからね。』

そう手短に答えると電話をしながら、喜一にパソコンを起動するよう声をかける。背後で喜一の後輩が戸惑いに息を飲むのが分かるが、まあこれも必要悪と諦めてもらうしかない。

『ギリギリ間に合ったかな、一週間保存だからね。送るよ。』
「ん。悪いな、助かる。」

電話の横で荒い画像の表示された画面を眺めた喜一が小さく舌打ちするのが聞こえた。どうやら事故の直前は残念ながら上書きで消えてしまっていた様子だ。

「前半はギリギリ消えてんな…。」
『ああ、事故の寸前が見たかったか、悪いね。後三十分早ければねぇ。』
「駅前のヤツは容量がすくねぇんだとよ、保存期間が一週間しかねぇんだと。上書きされる寸前で無理やりバックアップ撮ってくれたらしいから、無理言うな。」

元々そのカメラは画像の保存容量が少なく、保存量も少ないので保存期間が短い。しかも少し画像が荒いのはカメラ自体の性能が古くて、画像処理が悪いのだ。防犯カメラと言うやつは基本的に保存された画像がデータ一杯になると、新しい画像がデータとして上書きされていく。このカメラはところてん式に一時間おきに新しいデータが上書きされて、一週間前の同時刻が消去されていくのだ。つまり喜一達が見たい映像は、本当にギリギリのラインだった。つまり正規の手順を踏んでいたらとっくにこの画像は消えたという話で、他の場所からの映像を探す羽目になった訳だ。その画像は喜一達二人の斜め頭上から交差点を含む二方向を映していて、正直なところ意図が分からない配置だ。

「何でこんな位置にあんだ?こいつ。」
『間違ったんだよねぇ、取り付け。業者に上手く説明できなかったらしくてね。外すのにも工賃っていうからさ、私が壊れるまで使うことにしたんだよね。』

電話口の言葉は殆ど聞こえているらしい久保田が、カラカラと笑いながら言う。結局見たい方向でない向きで間違ってつけられ外すのにも金がかかると言うから、久保田が買い取ったカメラだと言うわけだ。個人所有なら画像は違法でなはいし、画像の取り扱いに関してはグレーゾーンということで押しきる事にする。

「クボが商店街の奴等が取り付け間違ったって言ってる。外すのがめんどうな場所だから、壊れるまで放置なんだと。元は歩道がカバーできるようにつける気だったとよ。」

何だそれは適当だなと言いたい気配を風間が放つが、元々防犯カメラが普及するのはここ二十年程の話。この防犯カメラもその初期に、駅前の防犯目的でつけたものの一つらしい。ひったくりが増えて何台か一度に設置された内の一台で、他のは兎も角設置したが駅前開発でロータリーができたりして新しく変えたりされたのを抜けて残ったものでもあるわけだ。最初は少し位置が悪くても活用していたが、道路の拡張やら店舗の改築やらで位置が妙にずれていったのを外さず久保田が使っている。喫茶店経営の久保田には駅前に向かう人間の世代や傾向を眺めるには、まあいい位置具合というやつなのだろうとは思うがそれを風間に教えてもしょうがない。
背後から画像を覗きこんだ槙山がうえと奇妙な声をあげる。

「こんなんだったのかよ、事故って。」
「阿鼻叫喚の地獄絵図だな。」

改めて事故を第三者的に眺めて、喜一も地獄絵図と表現するくらいだからかなりの現場なんだろう。音声はないし画像の見えない自分には、まあその場にいなくて良かったな程度にしか感じない。

「これって警察提出してないんですか?」
『他の店舗には提出するよう以来があったけどねえ。このカメラ傍目に見えないし、大体にして喜一達がみてたらしいじゃないか。』

この電話スピーカーにした方が楽かもしれんと内心考えつつ、久保田の言葉を伝えると風間は確かにと納得した気配だ。喜一達二人の眼前で起きた事故なら逆に大きく調べる範囲が縮小されただろうだし、同時にこの大規模災害の状況では一つの事故にそう時間もとれないことだろう。
映像は午後九時からのもので、既に人が溢れる歩道が写っている。事故が起きたのは午後九時少し前位だったというから、既に車の異様な動きが始まってガードレールに突っ込んでいる車までいるらしい。電話口の久保田が分かりやすく状況を教えてくれ、同時に自分達が動き出したのに風間が画面を食い入るように見つめる。

「上原……が反対側の誰かを見てる……みたいだ。」
「ん?秋奈か?」

思わず口をついた言葉に、そう言えばここ一週間上原秋奈は風邪を引いたとか言って顔を見てねぇなと呟く。風邪?と聞き返した風間の訝しげな声に、この事故現場見てたんじゃショックを受けたんじゃねぇの?と槙山が言う。確かにマトモな女ならショックで寝込みそうだねと、久保田も電話の向こうで同じことを言うほどの場景らしい。

「……遠坂さん、こいつ、ここら辺拡大出来ませんか?」
「対岸か?」

グッと息を詰めながら画面を見据える風間が、ふと止めてくださいと呟いて画像を指差す。

「こいつ、笑ってますよね?」

画素の荒い画像ではハッキリしないようだが、自分達のいた場所の対岸の人混みの中で一人口元が笑っているという。画像の中には百人以上映っていると久保田が言うから、若いのによく見つけたものだ。

『どこら辺かな?画像処理しようか?』
「何分のどこら辺に映ってんだ?」
「一分から二分辺り…、画面は左半面を三分割して中央から端ってとこだな。」

どれどれと電話口にまたカチャカチャと音が響き、確かに嗤ってるねぇ女性かなと呟く久保田の声が聞こえた瞬間、何故か背筋が冷えるのを覚えていた。周囲の人間と比較しても身長が百七十位はあるねと久保田が言い、周りの人混みに紛れて背の高い綺麗な女がいるのだと言う。
改めて送られてきた少し見易く調整した画像を覗きこんだ槙山と風間が、思わず息を詰めるのが分かる。

「……やっぱり嗤ってる。」

恐怖にひきつる訳ではなく完全に笑い顔と分かる顔に、喜一も息を詰めるのが分かる。ほんの一分ではあるが周囲の人間とは違う、満面に笑顔を浮かべ放つ空気が違う存在。

「……こいつ……和希だ……。印象違うけど、……この笑い顔。」

一見眼鏡をかけた女性にしか見えないのに、笑顔を見た槙山は唖然として呟く。元々三浦和希は綺麗な顔立ちだったが、長い入院生活で更に華奢で線が細く髪まで伸びたから女のように装ったら女に見えるのだと言う。しかも逃げ出した時よりその髪は長いようだと、喜一も言うからウィッグや化粧までして化けているということかもしれない。それじゃどんなに男を探していても、完璧に女に見えたら見つかる筈がない訳だ。
元の画像で時間を追った喜一が北に移動してると呟くと、久保田が北ねと反応して何かを始める。

「上原も同じ方向に動いてる。」

引きの画面で見ていた風間が呟く。どうやら上原秋奈は何故か同時に同じ方向に向かって移動を始め、画面から姿を姿を消したらしい。三浦と聞いただけなのにジワリと血の気が引いていくのを感じながら、その被害者になったのは杉浦なのだと聞かされたのに遂に来たかと考えもする。杉浦が発端だったのだから、杉浦だけ無傷なのはあり得ないと心の何処かで理解はしていた。たかがラブホに行っただけの相手すら惨殺する男が、発端の男を抹殺にかかるのは………ちょっと待て。

この思考過程は兎も角、なら何で一番に杉浦も殺さなかった?

事件の時三浦が他の四人を殺して他の男まで巻き込んだのは、泊まる場所や金銭を奪うのも目的の一つだった。スマホや当面の金銭、食事、そんなものを賄うために一人ずつ、店で殺した二人以外と後二人・計四人のスマホや金銭を乗り換え使ったり、金銭で購入したり。杉浦は金銭面では当時は裕福な仲間な筈だ。

何かが可笑しくないか?今更思い出したように、杉浦?

それに踊らされていいように使われていた杉浦でもあるが、何か齟齬がある。そうだ、何度も言うが第三者がいるのではと考えていたのだ。真名かおるのように洞察力を発揮して杉浦を操る存在。ここに来て突然杉浦の前に三浦が現れ、偶然に見せかけて車に轢かせて殺す?

「喜一、杉浦が跳ねられる前どんな様子だった?」
「俺は見てねぇんだ、あんまりよ。車道の方に目がいっててな。」
「鼻血まみれで酷い顔だった、車道に駆け出すみたいに出てきて俺達をみて安堵したみたいに立ち尽くして、あっという間に跳ねられた。」
「安堵………、クボ、悪いがよ?その直前の北口ロータリーの東方面で見れるカメラないか?」

東側ねぇと電話の向こうの久保田が検索を始めるのに、三人か訝しげに眉を潜める。逃げた先ではなくもっと手前を探そうとしているのに、いち早く気がついたのは風間の方だった。

『こっちは……ああ、駄目だな、停電で切れてる。』
「残ってるのは?」
『八時半からだね。一先ず送るよ、後もう一つ手前の……おや、宏太、こっちの方がいいかな。』

送られてきた画像は暗い路地からフラフラと誰かが歩き出してくる姿だと言う。画像はやや不鮮明だが他の人間とは明らかに違うのは、顔が血塗れなのがハッキリしている。路地の奥からということは奥で何か起きたのかと思うが停電のせいで何度か過電圧でもかかったのか、残念なことにデータがクラッシュしているという。兎も角路地裏から出てきた杉浦らしき人物が、画面の奥からフラフラと気の抜けた歩き方で交差点に向かっていく。そしてその後から裏路地から出てくる人間は、はや回ししてもいない。もう一度杉浦が出てきた後の人の流れを眺めるが、背後から追うような人間は見つからないという。

「和希に追われてたんじゃないのか?杉陽の後に和希は歩いてこないじゃんか。」

でも交差点には姿を見せていると思われる。鼻血を出したのはどこの話なのだ?杉浦の当日の足取りは一体どうだったのだろう。話では喜一に言われて実家に帰ると言ったというし、その日の昼過ぎに帰ると電話もしていたらしい。だか、専業主婦の母親は結局一度も帰ってこなかったとも話していた。

奇妙なタイムラグだな、誰かにあってユッタリ茶か食事でもしたみたいな時間だよな。

夕方に実家に向かったて出たとしても、どう考えても家に真っ直ぐ帰らず駅に向かったとしか思えない。そして誰かと会って食事でもして、三浦に鉢合わせた?それとも三浦と直に会っていたりするだろうか。微妙にしっくり来ない。何かが噛み合わない感覚が不快感になって残る。

『その前の辺りは一帯で停電したせいで、殆どクラッシュしててね。』
「ああ、そうだよな。」
『後は北側の歩道を映してるのくらいだね、これは停電前後以外は映っているようだよ。お客さんが優雅に歩いているのが映っているね。』

現場を離れていく無表情の一見女にしか見えない姿。人混みに紛れて黒い艶やかな黒髪の赤い縁の眼鏡をかけたハイネックのネイビーの服にロングスカート。女物の小さめのバックを肩に、スルスルと人混みを抜けて歩いてくる。まるで人なんかいないみたいにスムーズに歩いて画面から外れ、遠方の対岸の歩道でも手前に向かって歩く上原が映っているらしい。

「上原は風邪だって連絡寄越したんですか?外崎さん。」
「ああ、トノでいい………二日後くらいに一度な。インフルエンザだとかなんとか言ってたが、目に見える訳じゃないんでね。」

上原秋奈が律儀に暫く行けないと連絡を寄越したのは、あの都市部の停電から二日後のことで背後には電車のホームらしき音が微かに紛れていた。

「電車?インフルエンザで?」

何でそこを追求しないのかといいたげだが、俺にそこまでする必要性がないだろと言うと風間は思わず黙りこんだ。喜一はまぁまぁと宥めながら、電車のホームって最寄りかと問いかける。
最寄りかと聞かれると正確にはノーだ。
何で分かると問い詰められれば、答えは簡単なことなのだか、様々な音が反響していないからだ。風の抜ける音や音の響きに辺りが広い空間で遮蔽物がない、つまり地下鉄のような密閉空間でもなければビルや何かの音が遮蔽するものがない。同時に周囲の音にはバスや乗用車などのエンジンの駆動音がない事が分かる。それに他の路線のアナウンス音や発車メロディ等の音が皆無だった。それでも駅のホームだと言うのは途中快速か特急か分からないが、電車の通過する音が入らないよう押さえはしたのだろうが漏れ聞こえたからだ。それでいて周囲に人の会話すら入ってこない。
つまり単線か本数の少ない路線で尚且つ快速や特急などの通過駅ではあって、ホームに出ながら秋奈が電話をかけてもほぼ人目につかない程。そんな路線はここら辺近郊にはほぼ存在しない。ありうるのは快速の通過駅か、もしくは地方の単線等の駅位なものだろう。

「……つまり、ここらにはいない。遠くにいる?」
「何処かは知らんぞ。」

俺の話しに呆然としたような風間の呟く声にそう答えながら、こっちもまたなんだかしっくり来ないなと心の端で考えていた。
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