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8月
95.サギソウ
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昨日の出来事のせいか夢を見た。
雪ちゃんの背中を追いかける私。雪ちゃんの背中は私よりずっと大きくて広い、振り返って立ち止まってほしくて幼い私は何度も名前を呼ぶ。
雪ちゃん、待って
私の声に先を歩く雪ちゃんは、振り返りそうで振り返ってくれない。繊細そうな横顔が誰かを探すみたいにずっと遠くを見ていて、私は何故かとっても焦る。追いかける雪ちゃんは高校の制服から、いつの間にか私服に変わっていた。それは大学生の頃、独り暮らしを始める前くらいの雪ちゃんの姿。高校生の時より大人びて、微笑みも穏やか。追いかける私も少しだけ成長して、そろそろ女の子になりかけている。
待って、行かないで、雪ちゃん。約束したでしょ?
小学生の私が必死に叫ぶ。約束が何なのかわからないのに、私は必死で同じことを叫んでいる。
突然雷みたいに何処からか、何処か聞きなれた女の子の声が聞こえた。
「従兄なのにベッタリなんて気持ち悪い。」
え?と私はその場に凍りつくみたいに立ち尽くす。
「血が繋がってるんでしょ?結婚出来ないんだよ?それなのにベッタリ何時もくっついてて気持ちわるーい。」
気持ち悪いの?雪ちゃんは私が傍に居るの本当は嫌なの?近親婚なんて言葉は知らない。でも子供だけど、私は雪ちゃんのお嫁さんになるって約束したの。それって出来ないことなの?雪ちゃんが大好きでずっと傍にいるって約束したのに、それはいけないことなの?凍りついた私の足を動かす術は何もない。知らないでしてしまった約束は、どうしたらいいのか私にも分からない。
その時、雪ちゃんが私の事を見つけて振り返り、何時もの花のような微笑みを浮かべる。
まーちゃん。
雪ちゃんの私を呼ぶ優しい声が好き。でも、雪ちゃんと私は結婚できないの?お嫁さんになれないの?雪ちゃんはそれを知ってるの?遠かった雪ちゃんが見上げるほど近くまで歩いてきて、何時ものように手を広げる。飛び込んで行きたいと思っても、私の足は地面に吸い付いてしまったみたいにびくともしない。
まーちゃん。僕の大事なお姫様。
そう優しく言う声が大好きなのに、私の気持ちはさっきの言葉で清純なものから別なものに変わってしまったみたい。大好きなのにこの大好きは、本物じゃないんだって誰かが言うの。本物じゃない大好きは、大切な雪ちゃんを本当に幸せには出来ないんだよ。
どうしよう、雪ちゃん。雪ちゃんを本当に幸せにしてあげたいのに、私は本物の大好きじゃないの。
自分が知ったことに絶望しながら、私は柔らかな笑顔の雪ちゃんを見上げる。そう、何時もこんな風に雪ちゃんは私の事を見つめていた、私が約束を忘れるまで。私が約束を本物にしてあげられないから、約束を忘れることにしてしまったあの時まで。雪ちゃんは何時も宝物を見るように、私に微笑んでいた。
あの時私が、何のこと?約束ってなあに?と言うまで。
その時に初めて雪ちゃんの愕然と絶望した表情を見て、私は産まれて初めてって言うくらいとっても後悔した。ごめんなさい、雪ちゃんとの約束が守れなくて。ごめんなさい、雪ちゃんの事を傷つけて。何度も心の中で繰り返して見たけど、その後雪ちゃんの微笑みは戻ってこなくて変わりに生まれたの。あの本心の見えないようなヘラッと作った笑みは、私が言ったから雪ちゃんの顔に張り付いた。そして、あの笑顔に変わって雪ちゃんは少し私から離れて、家を出ていってしまったの。雪ちゃんのお部屋に、雪ちゃんのママだった伯母ちゃんがずっと持っていた苺の花の箱を置き忘れたまま。
苺の花言葉は『幸せな家庭』
前はこの箱には雪ちゃんと雪ちゃんの両親の三人の写真が入っていた。それを全部燃やしてしまったのは、雪ちゃん自身。雪ちゃんは自分にはもう手の届かないものだからって、泣きながら怒りながら目の前で燃やしてしまったのを私は知ってる。でも、その後高校の友達との写真を雪ちゃんは新しく入れ始めた。雪ちゃんを前と変わらず見てくれた人達だからって、私にそっと恥ずかしそうに教えてくれた。雪ちゃんの新しい宝物の写真と私が居てくれれば幸せだって囁きながら笑ってたのに、私がそれを壊してしまったんだ。だから、もしかしたらわざとこの箱を置き去りにしたのかもしれない。雪ちゃんが私から離れて暫く連絡もなくって、突然雪ちゃんから結婚しましたって1通の葉書が届いたんだ。
夢でもあなたを想うの。
雪ちゃんは本当の愛をくれる人をみつけて、本当の幸せになったんだって私は信じてる。私のかわりに本当に心から幸せに雪ちゃんを微笑ませてくれる人と、雪ちゃんは遂に出会ったんだ。だから、大丈夫、今度あった時にはおめでとうって笑いながら言える。
そう考えてた。
雪ちゃんが次に私の目の前に姿を見せた時。あのヘラッと笑顔は相変わらずそのままで、その片手に小さな衛の手を引いていた。
すみません、叔母さん、息子の衛です。静子さんが病気で入院中で……すみません、どうしても仕事を休めなくて。
ママしか頼れないと雪ちゃんは疲労困憊の顔で立っていた。病気の奥さんがいるんだから疲れてるのは仕方ないんだ、だから雪ちゃんはあの笑顔なんだって正直思ったの。
でも、そうじゃないって。雪ちゃんは何で言うの?雪ちゃんは本当の愛で幸せな家族を持てた筈なのに
※※※
私は泣きながら目を覚ました。
夢のことはウッスラと覚えているけど、何だか体が熱くて怠くて何も考えられない。それでも雪ちゃんとの約束を守れなかった自分を思い出して、次から次へと涙が溢れて思い出まで滲んでいく。雪ちゃんは何で宇野静子さんと結婚したの?雪ちゃんが答えてくれたら、私は納得できるの?何も分からないのに、涙が溢れて止まらなかった。
雪ちゃんの背中を追いかける私。雪ちゃんの背中は私よりずっと大きくて広い、振り返って立ち止まってほしくて幼い私は何度も名前を呼ぶ。
雪ちゃん、待って
私の声に先を歩く雪ちゃんは、振り返りそうで振り返ってくれない。繊細そうな横顔が誰かを探すみたいにずっと遠くを見ていて、私は何故かとっても焦る。追いかける雪ちゃんは高校の制服から、いつの間にか私服に変わっていた。それは大学生の頃、独り暮らしを始める前くらいの雪ちゃんの姿。高校生の時より大人びて、微笑みも穏やか。追いかける私も少しだけ成長して、そろそろ女の子になりかけている。
待って、行かないで、雪ちゃん。約束したでしょ?
小学生の私が必死に叫ぶ。約束が何なのかわからないのに、私は必死で同じことを叫んでいる。
突然雷みたいに何処からか、何処か聞きなれた女の子の声が聞こえた。
「従兄なのにベッタリなんて気持ち悪い。」
え?と私はその場に凍りつくみたいに立ち尽くす。
「血が繋がってるんでしょ?結婚出来ないんだよ?それなのにベッタリ何時もくっついてて気持ちわるーい。」
気持ち悪いの?雪ちゃんは私が傍に居るの本当は嫌なの?近親婚なんて言葉は知らない。でも子供だけど、私は雪ちゃんのお嫁さんになるって約束したの。それって出来ないことなの?雪ちゃんが大好きでずっと傍にいるって約束したのに、それはいけないことなの?凍りついた私の足を動かす術は何もない。知らないでしてしまった約束は、どうしたらいいのか私にも分からない。
その時、雪ちゃんが私の事を見つけて振り返り、何時もの花のような微笑みを浮かべる。
まーちゃん。
雪ちゃんの私を呼ぶ優しい声が好き。でも、雪ちゃんと私は結婚できないの?お嫁さんになれないの?雪ちゃんはそれを知ってるの?遠かった雪ちゃんが見上げるほど近くまで歩いてきて、何時ものように手を広げる。飛び込んで行きたいと思っても、私の足は地面に吸い付いてしまったみたいにびくともしない。
まーちゃん。僕の大事なお姫様。
そう優しく言う声が大好きなのに、私の気持ちはさっきの言葉で清純なものから別なものに変わってしまったみたい。大好きなのにこの大好きは、本物じゃないんだって誰かが言うの。本物じゃない大好きは、大切な雪ちゃんを本当に幸せには出来ないんだよ。
どうしよう、雪ちゃん。雪ちゃんを本当に幸せにしてあげたいのに、私は本物の大好きじゃないの。
自分が知ったことに絶望しながら、私は柔らかな笑顔の雪ちゃんを見上げる。そう、何時もこんな風に雪ちゃんは私の事を見つめていた、私が約束を忘れるまで。私が約束を本物にしてあげられないから、約束を忘れることにしてしまったあの時まで。雪ちゃんは何時も宝物を見るように、私に微笑んでいた。
あの時私が、何のこと?約束ってなあに?と言うまで。
その時に初めて雪ちゃんの愕然と絶望した表情を見て、私は産まれて初めてって言うくらいとっても後悔した。ごめんなさい、雪ちゃんとの約束が守れなくて。ごめんなさい、雪ちゃんの事を傷つけて。何度も心の中で繰り返して見たけど、その後雪ちゃんの微笑みは戻ってこなくて変わりに生まれたの。あの本心の見えないようなヘラッと作った笑みは、私が言ったから雪ちゃんの顔に張り付いた。そして、あの笑顔に変わって雪ちゃんは少し私から離れて、家を出ていってしまったの。雪ちゃんのお部屋に、雪ちゃんのママだった伯母ちゃんがずっと持っていた苺の花の箱を置き忘れたまま。
苺の花言葉は『幸せな家庭』
前はこの箱には雪ちゃんと雪ちゃんの両親の三人の写真が入っていた。それを全部燃やしてしまったのは、雪ちゃん自身。雪ちゃんは自分にはもう手の届かないものだからって、泣きながら怒りながら目の前で燃やしてしまったのを私は知ってる。でも、その後高校の友達との写真を雪ちゃんは新しく入れ始めた。雪ちゃんを前と変わらず見てくれた人達だからって、私にそっと恥ずかしそうに教えてくれた。雪ちゃんの新しい宝物の写真と私が居てくれれば幸せだって囁きながら笑ってたのに、私がそれを壊してしまったんだ。だから、もしかしたらわざとこの箱を置き去りにしたのかもしれない。雪ちゃんが私から離れて暫く連絡もなくって、突然雪ちゃんから結婚しましたって1通の葉書が届いたんだ。
夢でもあなたを想うの。
雪ちゃんは本当の愛をくれる人をみつけて、本当の幸せになったんだって私は信じてる。私のかわりに本当に心から幸せに雪ちゃんを微笑ませてくれる人と、雪ちゃんは遂に出会ったんだ。だから、大丈夫、今度あった時にはおめでとうって笑いながら言える。
そう考えてた。
雪ちゃんが次に私の目の前に姿を見せた時。あのヘラッと笑顔は相変わらずそのままで、その片手に小さな衛の手を引いていた。
すみません、叔母さん、息子の衛です。静子さんが病気で入院中で……すみません、どうしても仕事を休めなくて。
ママしか頼れないと雪ちゃんは疲労困憊の顔で立っていた。病気の奥さんがいるんだから疲れてるのは仕方ないんだ、だから雪ちゃんはあの笑顔なんだって正直思ったの。
でも、そうじゃないって。雪ちゃんは何で言うの?雪ちゃんは本当の愛で幸せな家族を持てた筈なのに
※※※
私は泣きながら目を覚ました。
夢のことはウッスラと覚えているけど、何だか体が熱くて怠くて何も考えられない。それでも雪ちゃんとの約束を守れなかった自分を思い出して、次から次へと涙が溢れて思い出まで滲んでいく。雪ちゃんは何で宇野静子さんと結婚したの?雪ちゃんが答えてくれたら、私は納得できるの?何も分からないのに、涙が溢れて止まらなかった。
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