Flower

文字の大きさ
上 下
86 / 591
7月

閑話13.宇野智雪

しおりを挟む
晴天の日曜日の公園は造成し直す前とは言え、親子連れで賑わっていた。先日はピクニックを楽しみにしていた麻希子の様子が、会った時点からおかしいのに智雪は戸惑った。何度も溜め息をついている麻希子の頭をポコンと手にしたお茶のペットボトルで刺激すると、ホッとしたように視線をあげる。麻希子の前では努めて何時もを装って、体育座りの麻希子の横から手にしていたペットボトルのお茶を差し出す。既に真夏の陽射の暑さの中で、元気に駆け回っている衛を眺める。

「ねぇ、雪ちゃん。雪ちゃんは友達の様子がおかしかったらどうする?」

麻希子の言葉に一瞬親友2人の姿が浮かぶ。幼い頃からずっと変わらず付き合いがあるのはあの2人だけで、多くは雪の両親の事件を知って遠ざかった。変わらなかったのはあの2人だけ。後事件を聞いても態度が変わらなかったのは、彼の伴侶になった女性と麻希子達一家位だ。誰しも同情か好奇心に目を光らせ、雪は異常にその目に過敏に反応をしてしまう。そんな自分は友達にするにはきっと面倒な人間で、あの2人は特別なんじゃないかと時々考える。麻希子の横で芝生に足を投げ出して、少し考えるように空を仰ぐ。

「そうだねぇ、僕なら情報を集めちゃうな。」
「情報?」

予想外なのだろう、麻希子が驚いたのが分かる。でも、そんな麻希子の様子を知りつつ、何時もの表情のままノンビリ衛を眺め口を開く。

「出来る範囲で必要な情報を集めて…本当の事を調べて…調べきって納得してから、それで最終的に行動するだろうねぇ。」

麻希子が思うより、雪はずっと強かで計算高い狡い人間なのだ。麻希子が止めなかったら、こうして穏やかでのんびりとした生活は出来なかった。恐らく計算高く緻密に計画を練って、両親を傷つけた奴等に倍にして復讐を遂行した筈だ。彼がそうしなかったのは、傍に麻希子がいたからだ。

「意外。雪ちゃんだったら直接ばーって話しに行っちゃうかと思った。」
「そうかい?僕は昔からこうだよ?」
「恋愛でも?」
「まぁ、そうかな?臆病なんだよね、僕。」

自嘲気味に口からこぼれた言葉に、麻希子が凄く優しく微笑んで自分を覗きこむ。ああ、麻希子は無意識でやってるんだ。

「慎重なだけじゃないの?」
「いいや、臆病者だから慎重になるんだよ。前からずっとそう。」
「知らなかった。」

つい本音が溢れ落ちるのに、麻希子は少し寂しそうに微笑む。その様子に気がついて普段の雪に戻って、思い出したようにヘラッと笑顔を浮かべる。

「臆病者だからそのまま突っ込めないんだよ、それだけ。」

そういつも通りの雪で告げたのに今の麻希子には通じなかった。凄く真っ直ぐな視線で自分を見つめた麻希子の瞳から唐突に涙が溢れて、雪は面喰らって慌てふためいた。他の誰が泣いてもここまで別に困りはしない。でも、麻希子の涙だけは、自分にとっては対応できるできないは関係ない。

「何かあったの?僕に何かできない?」

オロオロして何とか麻希子を泣き止ませたくって、必死に頭を巡らせるが上手い方法が浮かばない。

「まーちゃん、困ったなぁ、何で泣いてるの?」

つい昔の呼び方をする言葉に、麻希子が可笑しくなったみたいで泣き笑いに変わる。それでも涙は止まらなくて、麻希子の大きな丸い瞳からボロボロと溢れ落ちていく。

「あーっ!何でまーちゃんの事なかしてんの!雪のばかーっ!」
「えええ?!違うよっ!違わないけど!」

正義の見方に変身した衛が、悪の怪人雪をやっつけるのを麻希子が本当にボロボロと泣き笑いしたまま眺めていた。やがて遊び疲れた衛と膝を半分こにして眠ってしまった麻希子の肩にカーディガンをかけて、雪は溜め息混じりに見下ろす。

「友達……か。」

眠ってしまった麻希子の顔は幼い時、自分を真っ直ぐ見つめていた頃のままだ。絶対行かせない、絶対まーの傍で雪ちゃんは幸せになると繰り返した彼女の素直さは、今も変わらない。

「まーちゃん、大丈夫だよ?まーちゃんの絶対はよく効くからね。絶対なんとかなるよ。」

耳元に呟くと麻希子は夢の中で安心したように微笑んで、雪は何だか切ない気持ちになる。


※※※


「外崎さん、僕です。」
『おぅ、この間の話か?』

何か分かりました?と問いかけると、外崎は塾の講師だという男について大体を掻い摘まんで話す。
矢根尾俊一という男は、20代の辺りから近郊の塾の講師バイトを始め一時は正社員として働いていた。しかし、そこは結婚して暫くして辞めている。その後一時喫茶店でバイトをしていたが、そこでもスタッフのトラブルで辞めている。その後は塾講師のバイトを転々としているようだ。
結婚した女性は看護師として近郊の病院に勤めていたが、矢根尾の暴力で離婚した。2人に子供はいない。離婚の理由ははっきりしないが、性的な暴力だった可能性が高い。そして、40代の今も複数に同様の性的な暴行行為を繰り返している可能性が高い。

「どうするとそこまで調べられるんですか?外崎さん、探偵した方が儲かりそうですよ?」
『はは、簡単だぞ?そいつが途中で勤めてた喫茶店や塾に、俺の知り合いがいて聞いただけだ。』

普通は聞いただけでそこまで分かりませんけどねと雪が言うと、外崎は呆れるように鼻で嗤う。

『まあ、実は俺も本人と少し関わりがあったんだ。あいつも結婚前はもう少しマトモだったんたけどな。最近はスッカリ駄目だな。』

成る程、以前から知り合いだったのかと納得しながら、雪は戸崎の言葉に眉を潜める。駄目の理由を戸崎に問いかけると、微かな咳払いの後で少し掠れる独特の声が濁った。

『矢根尾は昔から加虐行為嗜好だ、でも嫁さんを一方的に痛め付けて逃げられた。』
「それってSMとか、サディストってやつ?」
『そ。そのS。一度嫁を調教したせいで変な自信をつけちまって、何度も従順な何も知らない女を探してるんだって聞いてるよ。』

意味がわからない。嗜好が合わない人に無理矢理加虐行為なんてしたら犯罪になるだけなんじゃと、外崎に問いかけると「それが普通」と答える。

『だから、なんにも知らない女だろ?源氏物語って知ってるか?ん?』
「はぁ?」

雪の声に外崎は掠れ声で嗤う。源氏物語には葵の上と言う少女を源氏が幼い頃から育て上げた話がある。それが矢根尾の狙いだとしたら、それじゃ何も知らない麻希子みたいな女子高生からSMの調教するつもりと言うことだ。そのために、何時までも塾の講師をしているみたいに聞こえる。そんな気持ちの悪い男なんて世の中に本当にいるんだろうか。素直に外崎に問いかけると外崎は再び咳き込みながら嗤う。

『この点じゃ雪もまだネンネだな、結構いるぞ?何も知らない女を自分好みの奴隷に育てようって変態は。』
「いてもいいですけど、自分の傍にはゴメンですね。」
『まあな。兎も角今じゃマトモな思考なんて出来てねえんじゃねぇかなぁ?女子高生にかなりちょっかいかけてるようだ。』

そうだ、問題はそこだ。麻希子をあんなに怖い目にあわせて、今も町中を平気で女子高生にちょっかいを出しているなんて心配でしかない。法的になにも問題はないんだろうか。

「法的には何もしてないんですか?」
『淫行か?今のところ高校生で引っ掛かった話はないな。もしかしたら、今回が初めてかもしれないぞ?』
「あげれそうなんですか?」
『まあ、駅前のエコーの店長と後は居酒屋の店長は女子高生連れ込んでるとは言ってたがな?事に及んでるかは、ラブホ街の店長達に聞いてみるかな。』

そんなとこまで交流があるのかと呆れると、また何か分かったら教えてやると外崎は電話を切る。一先ず麻希子に害がない内は、雪としても大っぴらに何かしたいわけでもないが後味の悪い話だったのは確かだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

二人目の夫ができるので

杉本凪咲
恋愛
辺境伯令嬢に生を受けた私は、公爵家の彼と結婚をした。 しかし彼は私を裏切り、他の女性と関係を持つ。 完全に愛が無くなった私は……

見知らぬ男に監禁されています

月鳴
恋愛
悪夢はある日突然訪れた。どこにでもいるような普通の女子大生だった私は、見知らぬ男に攫われ、その日から人生が一転する。 ――どうしてこんなことになったのだろう。その問いに答えるものは誰もいない。 メリバ風味のバッドエンドです。 2023.3.31 ifストーリー追加

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...