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7月
75.デルフィニウム
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夏休み5日目の木曜日、昨日からの厚い雲が遂に雨に変わったけど、湿度が上がるわ温度は下がらないわで最悪の状況。せめて、雨なんだから気温が下がればいいのに、と内心思うけど夏期講習の最中に雨は上がった。しかも、温度が上がって蒸し暑いことこの上ない。
夏休みなのに毎日毎日講習の為に学校に来るのってホント馬鹿馬鹿しい…あァ愚痴ばっかりいってる自分が嫌だけど、同じ状況になったらみんなそう言うと思う。そりゃ古文漢文の講習は、孝君も早紀ちゃんも選択していたから早紀ちゃんは愛しの孝君に会える。でも、智美君は何一つ講習をとっていないから、私には会う方法がない。
「高貴な育ちですって言いたげだよな?」
「ああ、講習なんかばかばかしいんだろ?」
何で、そんなこと考えたのかって言うと背後の男の子達が、智美君の噂話を盛大にしていたからだ。
と言うのも何時の事かは分からないが、彼等が裏門に車をつけて登校してきた智美君を見かけてしまったらしい。彼ら曰くその車は普通の乗用車ではなく、黒塗りの高級車だったそうで智美君はヤのつくお家の息子だとか政治家の隠し子だとか言っている。そこに智美君は期末テストが学年で1番で講習にも来ないって言う妬み迄加わってしまった。でも、そう聞いて何となく智美君の登校や下校が、誰の目につかなかった理由がやっと分かった。裏門は先生達の駐車場があるから、基本的に生徒たちはほとんど使わない。朝練のサッカー部とか部活棟に行く子が通る可能性があるけど、駐輪場は正門側だから殆ど朝晩は通らない。その子達だって朝練で部活棟に向かっていたから見たんだと思う。
「あいつ、病気がちとかいって家ですげー家庭教師とか居るんじゃね?」
あァ、もう。
暑苦しい上にそう言う悪口って凄く女々しいし、かっこ悪いと思う。男の子の癖にかっこ悪いんだよ。孝君とか智美君はそういう事を言ったりしないし、何時までも同じ事をグチグチ言ったりしない。内心そう思いつつ、私は机の上に暑さでぐたーっと突っ伏した。そうしながら涼しげな智美君のクールな表情を思い浮かべる。何時も物事に余り動揺しない冷静な感じで、女の子みたいに綺麗なのに時々凄く口も悪いし冷たい態度も取る智美君。
「あ、智美君。」
そうそう、名前。香坂智美だなんて凄く可愛いよね。女の子の名前だって考えてもおかしくない。
「え?!」
思わず声を上げて早紀ちゃんの声の先を振り仰ぐ。
そこには相変わらず、この教室のうだるみたいな暑さとは全く無関係ってい言う感じの涼しげな顔をした智美君がフワリと私達のほうを見て小さく笑いかける。男の子達が慌てたみたいに黙りこんだのを横目に、智美君はゆったりとした足取りで私達に歩み寄った。
「智美君も講習受けに来たの?」
「いいや、ちょっと面談しに着たんだけど?早紀は補習?赤点だっけ?」
智美君のからかうような声に、僅かにむくれたような表情を浮かべて早紀ちゃんが目を細める。
あァ、いいなぁ早紀ちゃん凄く自然に智美君と話せて…。
「夏期講習だよ?智美君。補習な分けないでしょー?」
「あぁ、そうなんだ?麻希も一緒か。」
うひゃあ!名前!なんかまだ全然慣れないよぅ!
急に名前で話しかけられた私は真っ赤になって頷くしか出来ない。どうしてこんな風に自然に離せなくなっちゃうんだろう。もっと自然に可愛く話しかけれたらいいのに、私だって話しかけたいのに。そんな事を考える私の真っ赤になった顔を見て、クスクスと智美君が笑う。
「ホントに宮井さんって直ぐ赤くなっちゃうんだね?女の子っぽくて可愛いよね?早紀。」
「私も一応女の子なんだけど?智美君。どうせ褒めるなら同意を求めないで褒めなよ。」
えぇぇぇっ???!!今…今なんて???!!!
私はその場で倒れてしまいそうなくらい顔が真っ赤になって熱くなったのを感じていた。少し無駄話をしてから智美君がそれじゃあねとノンビリ歩いていく。逆上せたような私を、早紀ちゃんが微笑ましく眺めていた。
※※※
講習が終わって早紀ちゃんと私は、他の子達が争うように出ていくのに巻き込まれないよう少しノンビリ後片づけをして教室を出る。孝君は生徒会室に先輩から呼び出されているって、一足先に教室から慌ただしく出ていった後で最後の私達が並んで昇降口に向かってた。
「智美君、もう帰っちゃったかな?早紀ちゃん。」
「どうだろう、面談って言ってたしね。」
「あのね、今度一度『茶樹』に智美君を誘いたいなぁって思ってるんだ。」
「そうだね、智美君、甘いもの好きそうだもんね。」
早紀ちゃんが同意してくれて少し嬉しくなった私の視界の先に、廊下の陽射しの陰りの中で見たことのない人が佇んでいる。その人と一緒にいるのは見慣れた土志田センセで、私と早紀ちゃんは顔を見合わせた。
「まあ、今のところはそんなところで。」
賑やかに土志田センセが話している相手の人は、先生ほど背は高くない。一瞬分かりにくいけど、長い黒髪を緩く結んだ和服の男の人だって声で分かった。
「分かりました、ありがとうございます。」
和服を着ている男の人なんて殆ど見たことがないから、私と早紀ちゃんは誰だろうって目を丸くしながら近寄っていく。近寄ると実は背の高い先生の影にすっかり隠れていた人影があるのに、2人ともが気がついていた。そこにいるのは智美君で、珍しく不貞腐れたような表情でそっぽを向いている。って言うことは土志田センセが話しているのは、凄く若そうに見えるけど智美君のお家の人ってこと?なんて考えながら近寄っていくと、フワリと嗅ぎ慣れた香りがしたのに気がついた。
「あ、白檀。」
私が思わず呟いた声に、3人が私達に気がついたようにこっちを見る。
「2人ともまだいたんだ?」
「うん、今終わったところ。こんにちは。」
早紀ちゃんが礼儀正しく男の人に挨拶したのに、私も慌てて倣う。和服の男の人は穏やかに微笑みながら軽く会釈してくれて、私達はそそくさと智美君に小さく手をふりながらその場を離れる。暫くして、早紀ちゃんが随分若い人だったねと驚いたように呟くのに、私も素直に頷いてあの人が前に智美君が言っていた「家の者」って人なんだろうかって考えていた。
夏休みなのに毎日毎日講習の為に学校に来るのってホント馬鹿馬鹿しい…あァ愚痴ばっかりいってる自分が嫌だけど、同じ状況になったらみんなそう言うと思う。そりゃ古文漢文の講習は、孝君も早紀ちゃんも選択していたから早紀ちゃんは愛しの孝君に会える。でも、智美君は何一つ講習をとっていないから、私には会う方法がない。
「高貴な育ちですって言いたげだよな?」
「ああ、講習なんかばかばかしいんだろ?」
何で、そんなこと考えたのかって言うと背後の男の子達が、智美君の噂話を盛大にしていたからだ。
と言うのも何時の事かは分からないが、彼等が裏門に車をつけて登校してきた智美君を見かけてしまったらしい。彼ら曰くその車は普通の乗用車ではなく、黒塗りの高級車だったそうで智美君はヤのつくお家の息子だとか政治家の隠し子だとか言っている。そこに智美君は期末テストが学年で1番で講習にも来ないって言う妬み迄加わってしまった。でも、そう聞いて何となく智美君の登校や下校が、誰の目につかなかった理由がやっと分かった。裏門は先生達の駐車場があるから、基本的に生徒たちはほとんど使わない。朝練のサッカー部とか部活棟に行く子が通る可能性があるけど、駐輪場は正門側だから殆ど朝晩は通らない。その子達だって朝練で部活棟に向かっていたから見たんだと思う。
「あいつ、病気がちとかいって家ですげー家庭教師とか居るんじゃね?」
あァ、もう。
暑苦しい上にそう言う悪口って凄く女々しいし、かっこ悪いと思う。男の子の癖にかっこ悪いんだよ。孝君とか智美君はそういう事を言ったりしないし、何時までも同じ事をグチグチ言ったりしない。内心そう思いつつ、私は机の上に暑さでぐたーっと突っ伏した。そうしながら涼しげな智美君のクールな表情を思い浮かべる。何時も物事に余り動揺しない冷静な感じで、女の子みたいに綺麗なのに時々凄く口も悪いし冷たい態度も取る智美君。
「あ、智美君。」
そうそう、名前。香坂智美だなんて凄く可愛いよね。女の子の名前だって考えてもおかしくない。
「え?!」
思わず声を上げて早紀ちゃんの声の先を振り仰ぐ。
そこには相変わらず、この教室のうだるみたいな暑さとは全く無関係ってい言う感じの涼しげな顔をした智美君がフワリと私達のほうを見て小さく笑いかける。男の子達が慌てたみたいに黙りこんだのを横目に、智美君はゆったりとした足取りで私達に歩み寄った。
「智美君も講習受けに来たの?」
「いいや、ちょっと面談しに着たんだけど?早紀は補習?赤点だっけ?」
智美君のからかうような声に、僅かにむくれたような表情を浮かべて早紀ちゃんが目を細める。
あァ、いいなぁ早紀ちゃん凄く自然に智美君と話せて…。
「夏期講習だよ?智美君。補習な分けないでしょー?」
「あぁ、そうなんだ?麻希も一緒か。」
うひゃあ!名前!なんかまだ全然慣れないよぅ!
急に名前で話しかけられた私は真っ赤になって頷くしか出来ない。どうしてこんな風に自然に離せなくなっちゃうんだろう。もっと自然に可愛く話しかけれたらいいのに、私だって話しかけたいのに。そんな事を考える私の真っ赤になった顔を見て、クスクスと智美君が笑う。
「ホントに宮井さんって直ぐ赤くなっちゃうんだね?女の子っぽくて可愛いよね?早紀。」
「私も一応女の子なんだけど?智美君。どうせ褒めるなら同意を求めないで褒めなよ。」
えぇぇぇっ???!!今…今なんて???!!!
私はその場で倒れてしまいそうなくらい顔が真っ赤になって熱くなったのを感じていた。少し無駄話をしてから智美君がそれじゃあねとノンビリ歩いていく。逆上せたような私を、早紀ちゃんが微笑ましく眺めていた。
※※※
講習が終わって早紀ちゃんと私は、他の子達が争うように出ていくのに巻き込まれないよう少しノンビリ後片づけをして教室を出る。孝君は生徒会室に先輩から呼び出されているって、一足先に教室から慌ただしく出ていった後で最後の私達が並んで昇降口に向かってた。
「智美君、もう帰っちゃったかな?早紀ちゃん。」
「どうだろう、面談って言ってたしね。」
「あのね、今度一度『茶樹』に智美君を誘いたいなぁって思ってるんだ。」
「そうだね、智美君、甘いもの好きそうだもんね。」
早紀ちゃんが同意してくれて少し嬉しくなった私の視界の先に、廊下の陽射しの陰りの中で見たことのない人が佇んでいる。その人と一緒にいるのは見慣れた土志田センセで、私と早紀ちゃんは顔を見合わせた。
「まあ、今のところはそんなところで。」
賑やかに土志田センセが話している相手の人は、先生ほど背は高くない。一瞬分かりにくいけど、長い黒髪を緩く結んだ和服の男の人だって声で分かった。
「分かりました、ありがとうございます。」
和服を着ている男の人なんて殆ど見たことがないから、私と早紀ちゃんは誰だろうって目を丸くしながら近寄っていく。近寄ると実は背の高い先生の影にすっかり隠れていた人影があるのに、2人ともが気がついていた。そこにいるのは智美君で、珍しく不貞腐れたような表情でそっぽを向いている。って言うことは土志田センセが話しているのは、凄く若そうに見えるけど智美君のお家の人ってこと?なんて考えながら近寄っていくと、フワリと嗅ぎ慣れた香りがしたのに気がついた。
「あ、白檀。」
私が思わず呟いた声に、3人が私達に気がついたようにこっちを見る。
「2人ともまだいたんだ?」
「うん、今終わったところ。こんにちは。」
早紀ちゃんが礼儀正しく男の人に挨拶したのに、私も慌てて倣う。和服の男の人は穏やかに微笑みながら軽く会釈してくれて、私達はそそくさと智美君に小さく手をふりながらその場を離れる。暫くして、早紀ちゃんが随分若い人だったねと驚いたように呟くのに、私も素直に頷いてあの人が前に智美君が言っていた「家の者」って人なんだろうかって考えていた。
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