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7月

58.エノテラ

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7月7日の月曜日、七夕だって言うのに天候はどんよりとしていて、夜半に星が見えるかどうかは微妙とお天気予報のお姉さんもションボリ顔だった。お陰で私の何だか気持ちは浮かない。
香坂君の背中は相変わらず遠いし、その上お昼タイムになってから姿が見えない。おまけに、私の中でも雪ちゃんの事も今1つすっきりしない。色々思い出しそうになった事がハッキリしてなくて私の自身がただ苛々するみたいな感じだ。そろそろテストも帰ってきそうだし、その後の三者面談とかも考えてしまうから苛立つのかな?こうなったら気分転換にでっかいケーキでも焼いてやろうかなんて訳の分からない現実逃避を考えてる。

そんな最中、フッと窓辺を見ると早紀ちゃんの姿がなかった。珍しくご飯の前に早紀ちゃんは「今日はちょっとごめんね」って出て行っちゃったので、他のクラスの子とお昼タイムをした。でも、昼休みもあと少しで次の授業まではそんなに時間はないし、早紀ちゃんからそんなにかかる用事があるって言う話も聞いていない。
少し、空いたままの席に気持ちが不安になった。
それがどうしてかは分からない。でも、何処かで同じような不安を感じた事があるような気がしたのはどうしてだろう。私は強ばった顔のままその席を見つめていた。

不意に教室の後ろ側の扉からきゃぁきゃぁと言う甲高い聞きなれた声が響いて木内梓や梓の友達達が変な盛り上がり方をしながら姿を現す。最後についてくるみたいに俯いた香苗と一瞬視線があったが、香苗は慌てたように私から視線をそらした。私はその姿に不安がまた強くなるのを感じるのを知りながら、黙って彼女達を眺めた。何が楽しいのか新しい恋人でもできたのか、木内梓が高潮して少し興奮したように笑いたてる。一緒になって笑えと言わんばかりの声に、香苗が声引き摺られるようにひきつった笑顔を浮かべるのが見えた。
ザワザワと心の中がどんどん不安を掻き立てるのを感じながら、私はふと息をついて無理矢理木内梓達から視線を反らす。見ていたら不安がどんどん強くなりそうで怖かったけど、空っぽの早紀ちゃんの席を見る方がもっと怖いことに気がつく。

早紀ちゃんは戻ってこない。

普段だったらとっくに席について本を読むか、授業の準備をして教科書を出しているはずだ。このまま早紀ちゃんが戻らなかったら、授業が始まる5分前になったら探しに行こう。
そう決心した時、教室の後ろのドアにその姿が見えた。歩きづらそうに足を庇う早紀ちゃんは保健室に行ってきたのか、右膝に大きな絆創膏を貼って足首を包帯で固定している。その早紀ちゃんを支えるようにして手を貸している険しい顔をした真見塚君。何かがあったのだろうけど、真見塚君の凛々しいその姿は結構様になっていて少し羨ましい。
咄嗟に歩み寄った先で早紀ちゃんが小さな声で「ありがとう」といいながら真見塚君を意味ありげな視線で見上げる。彼も微かに私の方を見ながら静かに口を開いた。

「気を付けなよ?」

何故私の方を向いて真見塚君が言うのかが、私には分からなくて私はポカンと真見塚君を見つめる。目の前でその声に小さく頷く早紀ちゃんは、真見塚君と一緒で嬉しい出来事のはずなのに凄く暗い表情だった。
何時も自由な心・そうあるはずの彼女の気持ちが、まるで何かに絡みつかれてるみたいな重苦しさで何時もより霞んで見える。その意味はまだ私には解らない。それでも、早紀ちゃんと真見塚君の距離が以前より縮まったのはいいことのような気がした私は早紀ちゃんの事を見上げ微笑みかける。すると、早紀ちゃんは凄く困ったように私の顔を真正面から見つめ返していた。

何が起きたのか私にはちっとも分からなかった。知らない間に香坂君が杖をつきながら、席に戻ったのも気がつかなかったし、早紀ちゃんが席に戻ってから俯いてしまったのが何故なのかも分からない。クスクスと遠くから聞こえる木内梓の甲高い笑い声がひどく耳について、私は不安がまた心の中で広がったのに気がついていた。

「何でもないの、転んだだけ。」

その後何度聞いても早紀ちゃんはそう言って微笑むだけで、私にはなにも話してくれなかった。何か起きているんだと心の何処かが言っているのに、早紀ちゃんの笑顔は何時もとかわりなく穏やかで私はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。

私は早紀ちゃんの友達だよね?親友だよね?

話してほしいと思うけど微笑んだ早紀ちゃんは、話してはくれなさそうで少し悲しくなる。友達だから頼ってほしいと私が思うのは間違いなんだろうか?それとも私は頼りにはならない程度の間なんだろうかって勝手に悪く考えてしまったりする。それが少し顔を見て分かったのだろうか、早紀ちゃんは尚更優しく微笑みかけて大丈夫よと囁く。それに腹をたてて早紀ちゃんに何があったのかを問い詰めることが出来てたら、ちょっとは違ったのだろうか。
そんな気持ちを代弁するみたいに、七夕の夜だと言うことも忘れて重苦しい雲から雨が振りだしていた。
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