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7月

52.アジサイ

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週末のテストに向けて火曜日の教室の中は何だかピリピリしている感じだった。残念ながら香坂君が学校をお休みしていたから、私の頭は殆ど昨日の箱のことで占められてる。
真見塚君と早紀ちゃんにも見せようと思ってママから借りた写真は手帳に挟んで持ってきたものの、まだ休憩時間とは言っても短い5分休憩だから私は席に座ったままあの箱の事を考えている。あの箱に入っていた何枚もの写真は雪ちゃんの表情のせいか持ってくる気にはなれなくて、私の机の引き出しにあの箱に入れたまましまってきた。

私はあまりにも幸せ

雪ちゃんはあの文字をどんな気持ちであの蓋に書いたんだろうか。あの後に何か言葉は続いてるのだろうか。逸れとも何か続きの書いてあるものでもあるのだろうか。

考えても答えはわからないし、あの古ぼけ方はここ数年のものではなかった。箱自体のどうして私が持っていたのか、自分が記憶にない。多分あの写真を撮った頃の箱で、文字もその頃のものなんじゃないのかなと考える。

苺の話の箱かぁ、雪ちゃんが準備したのかな?

女の人が喜びそうな綺麗な花の柄だったけど、園芸好きな雪ちゃんならあの箱を準備しても可笑しくないような気はする。でも、やっぱり高校生の男の子が選ぶ箱ではない気もするのだ。考えても答えはわからないし、こうなったら直に聞くしかないんだと思うけど、ふと手帳に挟んだ高校生の雪ちゃんの写真を引っ張り出す。
小さい私と微笑んで写った高校生の雪ちゃん。
まじまじとその写真を覗きこんでいた私の背後に突然影が差した。

「だぁれー?それうちの学校の子みたいだけど、見せて?」

あっと言う隙もないままに手から写真を奪い取られて私は慌てて振り返った。まじまじとその写真を覗きこんだ木内梓が、まるであわてふためく私の表情を面白がるように笑う。

「かっこい~ぃ!これ誰ぇ?紹介してよぉ!」

必要以上に大きな声が教室に響き渡る。木内梓が私の慌てぶりに面白がって意地悪しているのが、その背中でわかるのに手を伸ばしても肩に遮られててが届かない。さっさと歩いていく木内梓に、私はイラつきながら写真を取り返そう追いかけた。
ボンヤリ眺めていた自分に隙があったのは事実だけど、木内梓にこんな風に取り上げられる事ではない。なのに、その写真は木内梓の手から香苗の手に回る。ここのところ少し元気取り戻したように見える香苗が、写真をみて大袈裟に目を丸くした。

「だーれ?これ?宮井。超かっこよくない?でも。少し写真古くね?」
「これ誰?超かっこいいよ?マキ。」

大袈裟に声をあげるから、他のクラスメイトの興味も引いたみたいで視線がこっちを向くのがわかる。あんた達に見せたくてもってきたんじゃないと叫びたいのを飲み込んで、必死に手を伸ばす。

「いいから、返してよ!」

必死な私のあわてぶりを楽しんでるとしか思えない動作で木内梓が片手を後ろに伸ばして指先でヒラヒラと写真を振った。そして、意地悪な瞳でニヤニヤ私を眺めならが、甲高い声で教室中に響く声を揚げる。

「きゃは!宮井ってすっごい乙女ぇ!教室で男の写真見てうっとりぃ~、だってぇ!」

恥ずかしいけど、それより凄いムカつく!木内梓のやつ、人が嫌がってるって判っててそう言うことを続ける行動ってほんとムカつく!

体を捩って私の手を避けながら写真を何度も見る木内梓の姿に言ってやりたかった。
雪ちゃんをあんたみたいなのが一目でも見るなんてもったいない!減る!あんたみたいに軽薄な奴が、辛抱強く愛情一杯で一生懸命生きてる雪ちゃんの写真を見るなんてもったいない!
そう言いたいと考えて、私はハッとして動きを止めた。

今私何を言おうとしてたんだろう?

不意に動きを止めた私を香苗が、少し不安げに見える瞳で見上げているのが分かる。木内梓は私に気がつく筈もなく、何時までも私の事をバカにして写真を振り回し囃し立て続けていて周囲も少し眉を潜め始めていた。

「止めなさいよ、そう言う子供じみた行動。」

今まで聞いたことのない冷え冷えとした声が、木内梓の手から写真を取りあげてその場の空気を切り裂く。突然の氷を首筋に押し付けられたような声に、香苗だけでなく木内梓まで息が詰まったような声でその声を振り返った。そこで冷たい視線で2人を見下ろしていたのは、あのいつも穏やかで優しい早紀ちゃんだった。クラスの他の子も今まで見たことのない早紀ちゃんの静かな怒りに、騒がしかった教室がシンと静まり返る。

「他の人の物を取って困らせるなんて、小学生じゃあるまいし。恥ずかしくないの?木内さん。」

その言葉に香苗は無言で俯いたけど、木内梓は顔を真っ赤にして早紀ちゃんの事を睨み付けた。早紀ちゃんはその視線をものともせずに、さっさと回り込んで私の手を取り私の席まで歩き始める。席に戻ってそっと私の手に写真を戻してくれた早紀ちゃんに、小さくありがとうと微笑むと彼女はいいのと柔らかく微笑み返してくれた。

授業が始まって入ってきた担当の先生が、異様な静けさの教室に目を丸くしているのがわかる。私は一瞬自分が思った言葉に意味を考えながら戻ってきたその写真を見下ろしていた。

高校生の雪ちゃん
あの頃雪ちゃんはどんな感じだったっけ…。



昼休みになって私はもう一度早紀ちゃんにお礼を言いながら、その写真を差し出した。オズオズと受け取った早紀ちゃんが目を丸くして写真を覗きこんだのがわかる。

「信哉さんとこの人ってこの間の?」
「うん、私の従兄の雪ちゃん。」

早紀ちゃんの表情が変わるのに、私はああやっぱり早紀ちゃんがこの間雪ちゃんを見た時に何か言いたそうだったのは雪ちゃんを知ってたからなんだなって分かった。高校生の雪ちゃんと今の雪ちゃんだと別人ぽいからあの時はどっかで見た位だったんだろうなって分かる。そうすると早紀ちゃんが小さい頃知らない男の人に怖い目に遭わされて助けてくれたのって、やっぱり高校生の信哉さんと雪ちゃんと土志田先生だったんだろうなぁって私は染々考えてた。
信哉さんは真見塚君と同じで合気道を習ってたって言ってたし、土志田先生は今柔道部の顧問なくらいだから昔からやってたんだと思う。雪ちゃんは…弱そうだなぁ、大声で誰かを呼ぶとかしたのかな?
その後写真を眺めていた早紀ちゃんが少し目を細めて首を傾げるのに気がついて、私は小さい声でその疑問に答えた。

「それ、土志田センセ。」
「やっぱり?なんだか似てるって思ったけど。そっか、そうなんだ、タカちゃんもこれ知ってるのかな?」
「タカちゃんって前も言ってたけど何処のクラスの子?」

私の質問に早紀ちゃんがキョトンとして私の事を見つめて、私は変な質問したのかなって不安になる。実は早紀ちゃんが他のクラスの子と話しているのはあんまり見たことがないからと思って聞いたけど、下の名前にタカってつく子に思い当たらない………くない。今更私はそう呼べる名前に気がついて、みるみる早紀ちゃんが真っ赤になったので確信した。

そうだった!真見塚君の下の名前って『孝』だ!
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