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6月
38.キバナコスモス
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火曜日の昼。
実は今朝も昨日の喫茶店での出来事の後からなのか、少し早紀ちゃんの様子がおかしい。何だか何かを気にしてるって言うか、少し悩んでいるって言うか、まぁそんな感じで。だけどそれが何なのか聞こうにも、言葉で表現ができないでいる。
結局それをどうしたらいいのか分からなくて、私は無意味に明るく振舞っている気がする。日直の仕事で職員室からかさばる大量のプリントを両手に抱え、そんなことを考えながら廊下をテクテクしてる。崩れ始めたプリント山を落とさないように苦心しながら、廊下を教室に向かってあるいていたら目の前に他のクラスの人と話して丁度別れる姿が見えた。
「あ、真見塚君。」
不意に目の前に姿を見せたその姿に思わず名前を呼んでしまい、振り返った彼の顔をまじまじと眺める。話が終わった真見塚君は、私の方にスタスタと歩いてくると貸してとそっけなく言いながらプリントをひょいっともってくれた。意外とこうして考えてみると、真見塚君て本当は凄く優しいのかもしれない。最初だって家まで送ってくれたし、ハンカチのお礼だって態々届けてもくれたし、香坂君に話しかけたり、あの時躊躇いもなく助けに行ってくれたり。あれ、凄く優しくてイイ人じゃない?これって。それって何処か見ず知らずの女子高生が泣いてるから心配して傍にいてくれたり相談にまで乗ってくれる鳥飼さんにも似てるような気がするななんて思いながら横顔を眺めた。
「何?」
そっけない学校での優等生の仮面で言う彼にふと意地悪な気持ちが湧いたような気がした。鳥飼さんと一緒の時にいるみたいにもう少し優しい顔してればいいのに。
「鳥飼さんとお茶したよ?いい人だね?かっこいいし。大人だし。」
私の言葉に真見塚君の表情が少し変わった。それは何だか今迄で一度も見たことのない彼の表情だった。けど、やっぱり何処か鳥飼さんの困ったような表情に似てるような気がする。それで少し調子に乗ってしまった。
「鳥飼さんって真見塚君のおうちの道場に通ってるんでしょ?」
そう私が言った瞬間、凄く冷ややかな怖いほどの表情で真見塚君は私の事を見下ろした。それは、ある意味では野性的な美しさみたいな純粋な感じで、同時に凄く怒っている様な困っている様な凄く不思議な表情だった。
「君には関係ないだろ。それにあの人に関わるのはやめてくれないか?」
私に投げられた突然のきつくて冷たい棘のある言葉に私自身が呆然と彼を見上げていると、言った当の本人である真見塚君の方が凄く傷ついたように見える表情を一瞬浮かべた。
私がどうしていいか解らないで無言でその視線を正面から見つめていると、彼はさっと視線をずらしてスタスタと歩き出してしまう。私は自分が言った事の何が悪いのかが解らないまま、凄く気まずい雰囲気のその背中を見つめながらトボトボと後ろをついて歩いていた。
その後、私の表情から何かおきたのだと感じた早紀ちゃんに事の顛末を弁卓を囲みながら話し終えると、彼女はお弁当を口に運ぶ手を止める。ふと教室の前の方で食事をするでもなく、何かじっと考え込んでいる風の真見塚君を眺めた。
優等生の学級委員長の澄ました様な横顔は、彼が何を考えてどう感じているのかは分からない。私が見たもうひとつの笑顔とは全く違うもので、私はさっきの凄く冷たい声を思い出してみる。何が真見塚君のソコまで気に障ることだったんだろうと悩む私に、早紀ちゃんは小さな溜息をついて俯いた。
「前言ったよね?真見塚君、中学に入る頃にお家で色々あってって。私も詳しく知らないけど…。」
早紀ちゃんは溜息混じりにお弁当のおかずを気のない仕草でつついている。
「それって、信哉さんとも少し関係があることなの。」
だから真見塚君はお家の事とか信哉さんの話をすると嫌がるのと早紀ちゃんは静かに囁くように言って、色々ふに落ちなかった言葉の理由が私にもやっと繋がったような気がした。
最初から真見塚君は余り関わらないで欲しいといっていたし、その話も余りしないで欲しいと私にい言ったんじゃなかったっけ?あ、でも私が個人的に出会ったことはいいのかな?、さっきの話は謝った方がいいのかな?でも何で謝るんだろう?って言うか謝っていいことなのかな?触れない方がいいこと?
私がぐるぐると考え事で眼を回しそうになっている横で、ふと真横に影が振り落ちて早紀ちゃんが息を飲んだのに気がついた。私がつられて視線を上げると、横には凄く困った顔をした噂の真見塚君が立っている。
「た…真見塚君。」
私が余りにも驚いて口が利けないでいるのを代弁するような早紀ちゃんの声に、一瞬真見塚君は困ったように早紀ちゃんを見た。でも、そこには何処か早紀ちゃんにも聞かれてもいいんだというような感じが何処かあって、静かに真見塚君は口を開いた。
「さっきは…あんな言い方することなかった、ごめん。宮井さん。」
思わず大きいまま口に入れたおかずが、ゴグンと喉を通り大きな音を立てるのを聞きながら私は眼を丸くする。
そこに見えた表情はやっぱり鳥飼さんに似ていて、鳥飼さんと一緒の時に見せる子供のような表情にも近いものが少しあるような気がして、私は不思議な気持ちになった。身近な人って何処か似てくるのかな?パパとママだって血が繋がってないのに、どっかしら似てる気がする事あるよね。テレビのお爺ちゃんお婆ちゃん夫婦が、兄妹みたいに見えることだって結構ある。小さい頃から会ってた事のある早紀ちゃんと、鳥飼さんとが少し似た雰囲気なのもそうかな?あ、でも鳥飼さんと香坂君は会ってないのに勝手に似てるとこあるなんて考えてたから、気のせいなのか。
「真見塚君ってどっか鳥飼さんに似てるよね。」
あぁぁ!馬鹿!わたしったらまた余計なこといった!
そう思った瞬間、思いもよらぬ事に目の前の真見塚君は私の言葉に何だか凄くうれしそうな恥ずかしそうな表現仕様のない可愛い表情で、照れる様に顔を紅くして凄く勢いよく「そんなことないよ!」といいながら踵を返してしまった。あーっ机にぶつかるっと思ったら、普段の彼ならスマートに避けるだろうにガッツリ角に当たってる。あれ地味に痛いやつだよね、やっぱり、痛かったよ?あれ。だって真見塚君無言だけど地味に悶絶してるもん、顔見なくても分かるくらい背中プルプルしてるし。見たことない表情に加えどじっ子オンパレードの真見塚君が、実は元々の本当の彼の顔なのかもしれない。そんな事を私は感じてしまう。
結局世にも珍しい表情を見ることになった私と早紀ちゃんは2人とも凄く驚いたように眼を見合わせて、動揺したような彼の背中を見送っていたのだった。
実は今朝も昨日の喫茶店での出来事の後からなのか、少し早紀ちゃんの様子がおかしい。何だか何かを気にしてるって言うか、少し悩んでいるって言うか、まぁそんな感じで。だけどそれが何なのか聞こうにも、言葉で表現ができないでいる。
結局それをどうしたらいいのか分からなくて、私は無意味に明るく振舞っている気がする。日直の仕事で職員室からかさばる大量のプリントを両手に抱え、そんなことを考えながら廊下をテクテクしてる。崩れ始めたプリント山を落とさないように苦心しながら、廊下を教室に向かってあるいていたら目の前に他のクラスの人と話して丁度別れる姿が見えた。
「あ、真見塚君。」
不意に目の前に姿を見せたその姿に思わず名前を呼んでしまい、振り返った彼の顔をまじまじと眺める。話が終わった真見塚君は、私の方にスタスタと歩いてくると貸してとそっけなく言いながらプリントをひょいっともってくれた。意外とこうして考えてみると、真見塚君て本当は凄く優しいのかもしれない。最初だって家まで送ってくれたし、ハンカチのお礼だって態々届けてもくれたし、香坂君に話しかけたり、あの時躊躇いもなく助けに行ってくれたり。あれ、凄く優しくてイイ人じゃない?これって。それって何処か見ず知らずの女子高生が泣いてるから心配して傍にいてくれたり相談にまで乗ってくれる鳥飼さんにも似てるような気がするななんて思いながら横顔を眺めた。
「何?」
そっけない学校での優等生の仮面で言う彼にふと意地悪な気持ちが湧いたような気がした。鳥飼さんと一緒の時にいるみたいにもう少し優しい顔してればいいのに。
「鳥飼さんとお茶したよ?いい人だね?かっこいいし。大人だし。」
私の言葉に真見塚君の表情が少し変わった。それは何だか今迄で一度も見たことのない彼の表情だった。けど、やっぱり何処か鳥飼さんの困ったような表情に似てるような気がする。それで少し調子に乗ってしまった。
「鳥飼さんって真見塚君のおうちの道場に通ってるんでしょ?」
そう私が言った瞬間、凄く冷ややかな怖いほどの表情で真見塚君は私の事を見下ろした。それは、ある意味では野性的な美しさみたいな純粋な感じで、同時に凄く怒っている様な困っている様な凄く不思議な表情だった。
「君には関係ないだろ。それにあの人に関わるのはやめてくれないか?」
私に投げられた突然のきつくて冷たい棘のある言葉に私自身が呆然と彼を見上げていると、言った当の本人である真見塚君の方が凄く傷ついたように見える表情を一瞬浮かべた。
私がどうしていいか解らないで無言でその視線を正面から見つめていると、彼はさっと視線をずらしてスタスタと歩き出してしまう。私は自分が言った事の何が悪いのかが解らないまま、凄く気まずい雰囲気のその背中を見つめながらトボトボと後ろをついて歩いていた。
その後、私の表情から何かおきたのだと感じた早紀ちゃんに事の顛末を弁卓を囲みながら話し終えると、彼女はお弁当を口に運ぶ手を止める。ふと教室の前の方で食事をするでもなく、何かじっと考え込んでいる風の真見塚君を眺めた。
優等生の学級委員長の澄ました様な横顔は、彼が何を考えてどう感じているのかは分からない。私が見たもうひとつの笑顔とは全く違うもので、私はさっきの凄く冷たい声を思い出してみる。何が真見塚君のソコまで気に障ることだったんだろうと悩む私に、早紀ちゃんは小さな溜息をついて俯いた。
「前言ったよね?真見塚君、中学に入る頃にお家で色々あってって。私も詳しく知らないけど…。」
早紀ちゃんは溜息混じりにお弁当のおかずを気のない仕草でつついている。
「それって、信哉さんとも少し関係があることなの。」
だから真見塚君はお家の事とか信哉さんの話をすると嫌がるのと早紀ちゃんは静かに囁くように言って、色々ふに落ちなかった言葉の理由が私にもやっと繋がったような気がした。
最初から真見塚君は余り関わらないで欲しいといっていたし、その話も余りしないで欲しいと私にい言ったんじゃなかったっけ?あ、でも私が個人的に出会ったことはいいのかな?、さっきの話は謝った方がいいのかな?でも何で謝るんだろう?って言うか謝っていいことなのかな?触れない方がいいこと?
私がぐるぐると考え事で眼を回しそうになっている横で、ふと真横に影が振り落ちて早紀ちゃんが息を飲んだのに気がついた。私がつられて視線を上げると、横には凄く困った顔をした噂の真見塚君が立っている。
「た…真見塚君。」
私が余りにも驚いて口が利けないでいるのを代弁するような早紀ちゃんの声に、一瞬真見塚君は困ったように早紀ちゃんを見た。でも、そこには何処か早紀ちゃんにも聞かれてもいいんだというような感じが何処かあって、静かに真見塚君は口を開いた。
「さっきは…あんな言い方することなかった、ごめん。宮井さん。」
思わず大きいまま口に入れたおかずが、ゴグンと喉を通り大きな音を立てるのを聞きながら私は眼を丸くする。
そこに見えた表情はやっぱり鳥飼さんに似ていて、鳥飼さんと一緒の時に見せる子供のような表情にも近いものが少しあるような気がして、私は不思議な気持ちになった。身近な人って何処か似てくるのかな?パパとママだって血が繋がってないのに、どっかしら似てる気がする事あるよね。テレビのお爺ちゃんお婆ちゃん夫婦が、兄妹みたいに見えることだって結構ある。小さい頃から会ってた事のある早紀ちゃんと、鳥飼さんとが少し似た雰囲気なのもそうかな?あ、でも鳥飼さんと香坂君は会ってないのに勝手に似てるとこあるなんて考えてたから、気のせいなのか。
「真見塚君ってどっか鳥飼さんに似てるよね。」
あぁぁ!馬鹿!わたしったらまた余計なこといった!
そう思った瞬間、思いもよらぬ事に目の前の真見塚君は私の言葉に何だか凄くうれしそうな恥ずかしそうな表現仕様のない可愛い表情で、照れる様に顔を紅くして凄く勢いよく「そんなことないよ!」といいながら踵を返してしまった。あーっ机にぶつかるっと思ったら、普段の彼ならスマートに避けるだろうにガッツリ角に当たってる。あれ地味に痛いやつだよね、やっぱり、痛かったよ?あれ。だって真見塚君無言だけど地味に悶絶してるもん、顔見なくても分かるくらい背中プルプルしてるし。見たことない表情に加えどじっ子オンパレードの真見塚君が、実は元々の本当の彼の顔なのかもしれない。そんな事を私は感じてしまう。
結局世にも珍しい表情を見ることになった私と早紀ちゃんは2人とも凄く驚いたように眼を見合わせて、動揺したような彼の背中を見送っていたのだった。
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