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5月

15.トルコギキョウ

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昨日の暗い泥のような重い気分を胸に抱えたまま私の足は何時もの喫茶店に向かっていた。私の重い気持ちなんて全くお構い無しで、ママは朝から陽気に鼻唄混じりで手の込んだ料理に挑戦するらしい。従兄の息子を預かることが多いから、その子にでも食べさせる気なんだろうけど私の気分も察して欲しい。
そんな5月最後の日曜日は、折りしも再び天候は雨で私の気持ちそのものだ。一人でいる私の気持ちみたいにどんより暗くてじめっとしてる。

今日は傘の花束もそんなに綺麗に見えない…。

そんな事を考えた私の前には何時ものように琥珀色の紅茶が揺れている。ボンヤリとそんな事を思いながら下を歩く傘の群れを見ていた。この間の仲のいい親子は今日は現れないし、傘の色もそんなに代わり映えしないから本当に私の気分そのままの風景だ。

香苗や木内梓はあの後どうしたのかな。

木内梓のヤル気満々な様子を考えれば、17歳で知らなくていいこととかしなくていいことを勉強に行っているのかなと考えてしまい、気分は余計に重りを乗せられたみたいだ。
視界の中でふっと傘の花のひとつが、微かに他と違う動きをしたから気になって私はそれをボーッと見下ろす。でも、その傘の花はまるで私を知ってるよって言うみたいに、かぶっていた傘を斜めに動かして本当にこちらを見上げた。

「…あれ?」

思わず私の口から声が出る。
そして視線の先の傘も同じことを感じたみたいに、私を見つめながら微かに微笑んだ。その眼が「そこに行ってもいい?」って聞いてるように気がして私は思わず席から腰を浮かしながら大きく手を振る。私の姿に彼女は雨の中でもハッキリ見える程、鮮やかで綺麗な微笑みを花開かせていた。

少しの間の後で店に上がってきて横に並んだ普段着の志賀さんは、やっぱり正統派純和風の清楚な可愛い子なんだと自覚した。
この天気なのになんて爽やかなと唸りたくなる可愛さで、洋服なのに日本人形みたいだ。雨が降ってもうねりもしない黒髪はサラサラで、今日は緩く1つに三編みにされている。ちょっと嬉しそうに見える笑顔で私のところまで来てくれたのに、落ち込んでいた私の気分もほっこりする。

しかし、この奥ゆかしい感じ。もしさっき手を振らなかったらそのままそっと帰っちゃったんじゃないだろうか?

香苗だったら嬉々として乗り込んできそうだけど、志賀さんは空気を読むのが完璧だから私の暗い顔に気がついてたら気を使ってくれるだろうなと染々思う。なんて比較した私に少し意地が悪くなってるのかもしれないと考えた。

見れば見るほど、同じ歳にしては不思議な気がする。
くせ毛の茶色がかってる私の髪とは元が違う艶々の黒髪は雨に少し濡れて解れたところは絹糸みたいだ。着ている洋服だって、淡い色のブラウスに同系色のカーディガンとスカート。特別な装いじゃないのに特別に見えるような気がするから凄い。眼鏡をかけてるのも知的にも見えるし、物静かで綺麗な顔立ち。
私の不躾な視線に気がついていないのか、彼女は小さく首をかしげて微笑む。

「宮井さんにあえると思わなかった。」
「うん、私も。」

どうやら志賀さんは1階の本屋さんに来たらしいけど、たまたま少し喫茶店にでもと考えて2階が喫茶店なのを思いだし何気なく見上げたらしい。というか、こういう偶然もあるんだなぁって私は嬉しくなる。

それから暫くの間、2日間話しができなかった分を取り返すみたいに2人でいろいろな話をした。
好きな作家さんの話とか、好きな映画やゲームの話。
香苗は興味がなくってこの系統の話をすると、オタクって馬鹿にしてくるので私が不快になるからしない話。でも、志賀さんは楽しそうに私の話を聞いてくれて、志賀さんも同じのが好き、同じ趣味だねと内緒話をするみたいに肩を竦めて笑いかけてくれる。

「ゲームしてると時間忘れちゃって怒られちゃうの。」
「志賀さんも?私もだよ、最近妖精の国に行くゲームあるんだけど。」
「フォークロアゲートでしょ?」
「えー、やってるの?ねぇねぇ海の国クリアできた?」

志賀さんが学校で見るよりずっと子供っぽい笑顔なのに気が付いたけど、その笑顔の方が学校で微笑んでるのより何倍も可愛い。楽しそうに自分から話してくれる声も何時もより高くて可愛い。

「海の国って隠しキャラいる?探してるんだけど、見つけれなくって大分ウロウロしてるの。」
「主人公どっち?リリア?ロウ?」

最近発売されたテレビゲームの話で今までになく話しが盛り上がる。ベースは北欧っぽいが妖精の国に主人公達がそれぞれの捜し物を見つけるために旅に出ると言うストーリーで、沢山の妖精の国を渡り歩くがそこにいる妖精が変化して敵となって襲いかかってくる。主人公は2人で同じ場所でも出てくる妖精が違うし、妖精を倒して妖精の魂を集めると妖精の能力が主人公も使えるようになる。出会うのが難しかったり倒しにくい妖精ほど、その能力が強いのはゲームとして当然の話だ。志賀さんの言う隠しキャラは、探すのも倒すのもより難易度が高い特別キャラの事だ。もう片方の隠しキャラは私もまだ見たことがないけど、運良く私が会ったことのある方のキャラだったので嬉々として場所を教えてあげる。志賀さんは大きな瞳をキラキラさせながら、私のいう場所を頭の中で呼び起こしてるみたいだ。まだ、攻略本が出版されてないし、ネットでも詳しい攻略はあまりない。大体にして私は自力派なので、攻略本がでても暫くは購入を我慢するくらい(まあ、攻略本自体が高校生には高価なので、直ぐ買えないのもあるけど)なのだ。

「大体は分かるけど、その小道って私見落としてるみたい。見つけにくいの?」
「あー、珊瑚の木の陰になってるかも。あ、もし良かったら分かんない時相談しよう?」
「嬉しい!じゃ私のLINE教えるね?」

ホクホクしながらLINE交換する私に、志賀さんは少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「タカちゃんしか同じ学校の人のLINE知らないから、嬉しい。」

そうなんだ~って笑い返したけど、一瞬私は心の中でん?タカちゃんって誰?って考える。いやいや、普通に志賀さんだって同じ中学からの友達とLINEくらいしてるよと1人心の中で突っ込みなからも、ホンノリ頬を染めて微笑む志賀さんに私までほっこりする。

いいなぁ志賀さんって、ドンドン好きになるよー。

凄く楽しい語らいの時間を過ごして、いつの間にか私の気分を現したみたいに晴れ間の覗いた青空を見上げながら私は志賀さんと手を振ってわかれた。







あ、どうせだったら、同じ作家さんが好きなんだってって香坂君の話をしてみればよかったかな。

志賀さんとのお喋りが楽し過ぎて、そのことをすっかり忘れてた自分に気がついたのは、もう家についてお風呂に入ってる最中だったりする。


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