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5月

4.イベリス

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水曜日。
私は目下、完全な寝不足でフラフラしてる。
出きることなら、学校なんか休んで1日ベットとお友だちになりたい位に寝不足。何故なら昨日の真夜中に唐突にLINEしてきた香苗の電話に延々と付き合わされたからだ。昨日の昼間の鬼の顔は何処に置いてきたのかと聞きたくなる勢いで、最初ッからこっちの答えを一つも聞かないスタートダッシュで話し始められたのには流石に私も唖然とした。
内容ですか?全部愚痴ですけどなにか?
香苗が噂の最近付き合い始めた彼氏とさっき喧嘩したってとこから始まって、今度の日曜に遊びに連れていってくれないとこまでの愚痴を延々2時間。
相手が年上で仕事してるってとこは何とかわかったけど、仕事とかしてて都合がつかないなら仕方ないと私は思う。香苗は全くそうは思わないようだけど。でも、ついでに言うと仕事してる社会人って事は、17歳女子高校生と付き合うって法律だか法令だか条例だかに違反じゃないのかと突っ込みたいけどあえて止めた。
私は香苗の愚痴だけでもうお腹一杯です。
途中スマホを充電しながら置き去りにして、他の事をしてたけどそこは仕方ない。だって、悪いけど酔っぱらいの愚痴みたいに愚痴ってる内容がもう3周目くらいだったんだもん。仕方ないデスヨネー。
流石にウンザリした私は悪くない。聞いてて悪くないと思うでしょ?だって夜中の2時過ぎだよ?その後小一時間付き合ったってとこは問題だと思う。私って優しいのか優柔不断なのか。
しかも、この電話が終わるきっかけが何と香苗の『あ、ダーリンからLINE~、ごめ~ん』って一言。私怒ってもいいよね、普通。


そんな訳でフラフラと朝起きてママからお小言迄言われて不機嫌な私。眩く爽やかな朝日の中とはいえ頭の中は完全に眠った状態でボケェッとしながら、無造作に教室の扉を開いて前に足を踏み出した。そしたら、まともに人の背中にドカンとぶつかった。
もう最低。
それになんでこんなとこでボーッと、しかも扉の前に立ってるのよ?
と思いながらぶつけた鼻を抑えて睨みがましく見上げた視線の先にいた姿に、私は思わず息が詰まったような気がした。ほんの数日前にも見た綺麗な顔が、少し驚いたように私を見下ろす。

あ、意外と背が高い。

一瞬考えたそんな馬鹿な思考と一緒になって眠気と共に頭がグルグルする。

「ごめん。大丈夫?」

何気ない小さな声。
大人しくって繊細そうな綺麗な茶色の瞳が眼鏡のレンズ越しに私を見下ろしている。睫毛の上に何本もマッチが乗りそうなほど長いし、今気がついたけど目の色もやっぱり少し普通と違う。

もしかしたら定番のハーフとか、クォーターとか?

まとまりなくグルグルする考えが自分の頭の中でめまぐるしく小鳥の囀りのようにお喋りしてるのに、相変わらず私の口からは適切には言葉が出てこなくて思わず首を横に振って返事にしてしまった。

ああ、最悪。

どうして、漫画とか小説に出てくるヒロインの可愛い女の子らしい行動が咄嗟にできないの?私って。思わず顔が赤くなるのを自覚するけど、私にだってどうしようもない。でも、私が首を横に振ったから大丈夫だと判断してくれたのか、香坂君は小さな声でそうとだけ言って背中を向けてゆっくり杖をつき歩き出してしまった。

ああ、止まってたんじゃなくて歩き出そうとしてたのよね、香坂君ごめんなさい。それにしても目の前で足を庇うような彼のゆっくりした動作は凄くしなやかで綺麗。何だか朝日の中でも特別に私の心を惹き付けるような気がするのはどうしてかな。それと、何も言ってくれなかったけど、日曜に一度私と会った事は覚えてなかったのかな?

そんなことをグルグル思いながら結局私は何も話しかけずに席に着いた。
次々と登校してくるクラスメイトも始めてみる香坂君の姿にザワザワしている。気がついたけどクラス替えしているとはいえ1年生の時に香坂君の話しは一度も聞いたことがなかったから、彼って2年生からの転校生なのかな等と思う。それでも彼はちっとも周りを気にする様子もないので、誰も話しかけられない。
暫くして登校してきた香苗も彼を見ると目を丸くして、駆け寄るように素早く私に歩み寄ってきた。私より寝てないはずなのに随分元気そうだなんて心の中で思っていると、興味津々と言う顔で私に向かって声を潜める。

「超美形!かっこいい子だね?足が悪いのもなんか繊細って感じ?ちょっと病弱なんだってよ?」

あのですね、気がついてないようですけどその情報を教えたのは私。心の中でつい数日前私がその情報を教えたんだろ?と一瞬に言葉が浮かんで口から飛び出しかけたけど何とか飲み込んだ。
それよりも周りも気にせず凛とした香坂君の姿をただ眺めている時間のほうが私には大事なような気がした。

土志田先生が朝のホームルームで、香坂君が病気で休んでいたことは皆に話したけど彼自身からは何も挨拶がなかった。皆はどうか知らないけど、私がそれに気がついたのはもう昼を過ぎた頃だった。

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