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おまけ18.鳥飼さんちの家族(仮)

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津田宗治。

そろそろ津田も齢40なる頃合いだが、四倉の家にその身元を引き受けて頂いて早30年以上にもなる。というのも津田宗治の父親は宗治が産まれる前から長く四倉家に厄介になっていて、しかもその両親が早くに亡くなったために宗治は子供時代に天涯孤独になったのだ。それを四倉の亡き先代が、それならお前はお嬢付の御用聞きになれと宗治を引き取ってくれちゃんと高校まで学校に通わせて育ててくれたのだった。

大恩ある四倉のうちのためなら・お嬢のためなら命だって。

そう考えながらここまでずっと生きてきて。もうこのままお嬢の身の回りを守って暮らしていくのだと密かに思っていたが、去年の夏に想像も出来ない出来事が宗治には起こった。

お嬢が結婚………………結婚?!

しかもその時には既にお嬢の腹の中には双子の赤ん坊がいて、しかもその子供の父親になる相手の男はあの恐怖の魔王の息子だというのだ。

因みに恐怖の魔王襲来事件は任侠一家の四倉家が土建屋に半分形を変える原因になった事件で当時本家いた人間には完璧にトラウマとなっている。勿論、宗治も既にその時には本家にいたので、魔王が堂々と正面か殴り込みをかけてドスやら何やらを持った本家の面々を素手で蹴散らしたのを柱の影から見ていた。漫画か何かか?と思うようなその光景は現実とは思えないもので、何しろ魔王は女子中学生の制服姿で四倉の屈強の猛者を一人で殲滅していたのだ。
おまけにその息子だという男と来たら、なんと10何年か前に四倉家が完全に土建屋に職業を変える原因となった(そこまでは土建屋という名前はありつつも、任侠の体裁もあったのだ。そう素人学生に潰されるほど弱体化していると世間に知られなければ、四倉は今もそうだった筈だが)関西支部壊滅の犯人だった。当時関西から引き上げてきた経験のあった古株達が、この男の顔を見て青ざめ脱兎のごとく逃げ出したところを見ると魔王の息子はやはり魔王らしい。そんな男がお嬢を嫁に貰うと宣言したのに、お嬢を目にいれても痛くないほどに可愛がっている四倉本家の主・藤路は悶絶していたのは言うまでもない。

それでもお嬢が選んだ男…………なんだが

それでもお嬢の腹にお子がいるなら、お嬢のためならばと宗治を初めとした面々も男の事は諦めるしかなかった。何しろお嬢のため、お嬢のお子のためなのだ。そんなわけでお嬢が幸せに過ごせるよう、主・藤路の命令で宗治はマメにお嬢のお世話をするために奔走することになった。
が、腹が立つのはこの・鳥飼信哉という男は、背中といわず身体中に目がついているとしか思えない。

「津田さん、そこは俺がやるんで置いておいてください。」

今までお嬢のために世話をしてきた事を悉くこの男は先取りでやってしまうし、そこは手を出すなと言うのを、こうしてワザワザ牽制までかけてくる。しかも、それに対してお嬢は

「宗治!お前は邪魔なんだよ!!失せろ!」

擁護どころか、この一言。
今までお嬢が独り暮らしをしていたアパートに津田は普通に出入りして、買い出しに料理に掃除に(流石に過去に洗濯をして差し上げたら、お嬢に拳骨で殴られたので今は手は出さない。)と身の回りのお世話をしてきたのにと津田は四倉本家の自室で亀の子になっている。縁側をドカドカ歩く音が近づいてきて、スパーンといい音を立てて障子が開く。

「何だよー、宗治。また亀の子かー?バカか?」

この声は高城宗輝という宗治の3つ年下の男で、元は津田と同じお嬢の御用聞きだったのだ。が、自身が嫁を貰うのを期に身を固めるからと、10年一寸前から四倉の土建の方に仕事を移している。親のいない宗治と違って宗輝は中学迄は一応父親と暮らしていたが、碌でなしの父親から逃げ出して姉と一緒に四倉に拾われた過去を持つ男で、そんな宗輝は今では嫁持ち子持ちの立派な親父になっている。因みに宗輝の姉の方は、藤路の紹介で同じ四倉土建の社員で事務方の男と幸せな家庭を持っているのは言うまでもない。

「お前みたいな子持ち女房持ちにはわかんねぇ…………。」

その言葉に宗輝は呆れたようにまるでどっかのガキみたいだなと低く呟くと、どっかりと宗治の前に胡座をかく。

「わかんねぇわけじゃねぇよ。お前、邪魔しすぎだって。」
「あぁ?!」
「新婚にそんな四六時中顔出してたら、夫婦でいちゃこく時間が減んだろ?減んだぞ?マジでウザいって。宗治。」
「いちゃこくってお嬢が?!ありえねぇ!!!」

あり得なくねぇと宗輝は平然と言うが、あのお嬢が野郎といちゃつきたくて自分を遠ざけるなんてと宗治としては悶絶してしまう。当時の建前として一応御用聞きとして宗治がこの家に引き取られたのは、まだほんのガキの頃で、その時には既にお嬢はお嬢…………。

漢前なお嬢は、男と女みたいにイチャイチャなんてしたことがない

そう言い張る宗治に宗輝はアホかといい、お嬢だってちゃんと女なんだよなんてことを言うのに宗治は更に悶絶するしかなかったのだ。



※※※



宗治が一人で悶絶していたのは、既に8ヶ月以上も前。当時はよく分かっていなかったがお嬢は妊娠に伴う悪阻やら何やらで矢鱈目ったらストレスが貯まっていたということで、かなりイライラとしていた時期だったらしい。目下お産が終わって二人のお子の育児に夫婦で大わらわの鳥飼家には、オムツやら何やらを日々持参する宗治はかなり重宝されている。

「あうーっ!!」
「うーう!!」
「おお!仁坊!流石です!!」

双子の子達は御成長著しく布団の上で手足をバタつかせて、しかもハイハイと言うにはまだ少し早いが腹這いで少しとは言え前に進むようにすらなっている。腹這いで前に進む鳥飼仁に拍手している宗治に、仁がご満悦の顔を見せていて。

「だうーっ!!」
「おお!流石!!お嬢のお子だ!!澪嬢は天才です!」

俯せの体勢から頭を持ち上げた天使のようなキラキラの鳥飼澪の瞳が宗治を眺めていて、思わず宗治が拍手をしているのに呆れたように鳥飼梨央がポコンと頭を叩く。

「うるせぇよ、宗治。」
「いや、お嬢!仁坊も澪嬢も天才っすね!」

その呼び方なんとかしろよと思うが、何せ梨央の呼び方ですら宗治には変えられないので、これはもうどうしようもないのかもしれない。

「お前さぁ、こっち入り浸ってていいのかよ?本家は?」
「いや、俺の仕事はお嬢の御用聞きなんで。」
「いつの話だよ。兄貴の仕事、増えてんじゃねえだろうな?」

あまりにも甲斐甲斐しく身の回りの世話をし続けてきて周囲には嫁がこないと呆れられ続けてきた宗治は、実際には四倉本家の事務方の取りまとめも兼任でこなしているのだ。それでも未だにこうして梨央の御用聞きは返上しないから、密かに本家では梨央の第二のおかんとまで呼ばれている有り様。

まぁ大事にして貰ってるのは分かってるけどな

そう梨央だって分かってはいるし、夫の信哉もそこら辺は理解してくれてもいる。そんなわけで新居に再三顔を見せて子供達を構っている宗治も、まぁ鳥飼家の家族みたいなものなんだよなと認識されつつあったりするのだった。
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