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456.蝋梅

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お正月が開けて高校三年の受験戦争は本格化。センター試験も過ぎて、それぞれに先導もなく手探りでも先行きを探していく。先見の明があるわけではないのだろうが、今年の三年一組は滑り出しから上々の進学率で、しかも複数合格なんて人もいたりして教頭先生を初めとして先生達には嬉しい悲鳴の面もないわけではない。それはこの物語の主人公が高校三年生達なのだから大事な話ではあるのだが、今回はそこからは少しはなれたお話。



※※※



これは1月も末。丁度冬土用に入り始めて、立春まであと数日になった頃。
真見塚孝の異母兄である鳥飼信哉の妻・梨央が妊娠9ヶ月と数週間目…………実際にはおよそ39週目だというから双子としては途轍もなく安定した妊娠期間だったというしかない。双胎の自然分娩は現実として可能でも近年では母体の負担も考えて、事前に少し早い37週前後で帝王切開を選択することも多い。というのも36週目を過ぎると胎児は成熟の期間に入り37週目からは正期出産の扱いになるのだが、つまりは2500グラム前後の胎児が二人腹の中にいるわけだから、その選択は当然説明しなくとも理解できるだろう…………にして陣痛を迎えたのだった。そう鳥飼梨央は妊娠初期からの宣言通りきっちりと自然分娩で、しかも夫・信哉の立ち会いのもと長女と長男を各々2500グラム台という医師も呆気にとられる安定さで出産。鳥飼梨央は四十七歳という余り聞かない高齢でありながらの双胎、しかも自然分娩とは思えない安産で初産を終えたのだった。
そうしてそこからほんの一週間で双子を連れ最近新築したばかりの新居に帰宅した訳だから、初産とは思えない豪胆さだと思う訳だ。本来なら出産後は実家に戻りなんてこともあるだろうが、実家・四倉家には両親は既に他界しているし、実兄・四倉藤路は過保護なシスコンなので梨央は面倒臭いの一言だったそうで。新居は以前の住居だったマンションからすると駅を挟んで北西の竹林の再開発部の一角。かなり広大な土地ではもう一棟大きめの建物が建築中なのだが、そこの方が落ち着くというし、何しろ夫・信哉は家事一般の問題もなく育児に迄協力的だし甲斐甲斐しい上に、身の回りの世話をしに何故か夫の友人を始めとして有能な人間がワラワラと訪問する。そうして夫妻は元気な珠のような赤ちゃんと共に、新たな暮らしを始めていく。



※※※



「い、いいのかな……まだ、半月だよ?」

本来なら身内でもないのにとは思うが、そこまでで既に真見塚孝を始めとした血縁者だけでなく、既に鳥飼信哉の幼馴染み土志田悌順も宇佐川義人だけでなく、四倉家舎弟の津田宗治なんかも連日のごとく新居にはやってきているのだという(因みに津田を始めとして四倉家が余りにも入り浸るので、前日の朝梨央が出ていけと実兄を追い出したとか出さないとか)。そこに当の信哉から気にしなくていいから是非顔を見に来てと誘われたのは、言う迄もなく主人公・宮井麻希子とその彼氏・宇野智雪である。

「麻希子、あれはね、信哉が子供を見せたくて言ってるの。子供を見せびらかしたいの。」

だから平気だよと呑気に言う雪は当たり前のように、門柱の横のインターホンを迷いもなく押している。新居を建てる予定なのだと以前から話していたというけれど、何時の間にと驚くのは既にこちらでの生活の方が始まっていたからで、しかも邸宅というのに相応しい広いお家の後ろには確かにもう一棟。孝曰く合気道の道場を鳥飼信哉は再興するそうで、既に何人かお弟子さんもいるのだというから驚きだった。

「麻希ちゃん、雪、いらっしゃい。」
「こ、こんにちわっ!鳥飼さん!」
「よ、信哉。」

当然二人を玄関までお出迎えするのは主人である信哉の方で、通されたリビングでユッタリと寛いでいる妻の方が尚更女主人然と見えるのはここだけの話し。

「左が澪で、右が仁だよ。麻希ちゃん。」

病院で看護師をしていた時に入院した麻希子自身も梨央とは知り合いになっているし、雪の方も5月の入院で梨央の世話になっている。和やかに促され側に歩み寄ると生後二週間ちょっととは思えない確りと艶々の髪をした二人の赤ん坊が並んで赤ん坊専用の布団の中にいて、その見えているかいないか分からないクリクリお目目で覗き込んだ麻希子達の顔を見上げていた。その赤ん坊を見た瞬間なんと表現したら言いか分からない気持ちが胸の奥に沸き上がって、悲しい訳じゃないのに麻希子の瞳からは大粒の涙が溢れ出す。
心が惹かれる。
ゆかしさとでも言えばいいのか、それとも別に相応しい言葉があるだろうか。
新たに慈しみ育まれる存在。
それが何故かひどく懐かしくて、安堵してもいて。

君とお姉ちゃんに沢山話してあげたいことがあるの。

そう、心の中で思う。
隣にいた雪が唐突な麻希子の涙にあわてふためくけれど、何故か信哉と梨央は穏やかにそれを見つめていて、ホヤホヤと先に泣き始めた双子の片割れである娘の方を信哉が手慣れた様子で抱き上げる。信哉が手慣れた様子で抱き上げあやし始めると、麻希子の涙に反応しただけなのか澪は直ぐ様落ち着いて。

「ほら、澪、よしよし。」
「麻希ちゃん、仁のこと抱っこするか?」

しかもまだ泣き止まないでいる麻希子に、布団の中でまだキョトンとしている双子の片割れを母親の梨央が抱かせたのだった。腕の中に感じる確かな暖かさを感じさせる重み、腕の中で不思議そうに麻希子の顔を見上げているキラキラした瞳。それを見ているだけで、胸が熱くなって麻希子の涙が止まらない。そうだ、何よりも君に言いたい言葉があると心の中で語りかける。

おかえり

そうそっと心の中で囁く声はとても暖かく穏やかな優しさに満ちていた。




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