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448.百日紅

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公園の百日紅が鮮やかに紅に近い花をつけ、残暑の気配が漂いはじめた頃。
香坂智美が宮井麻希子にたってのお願いですと低姿勢にLINEを寄越したのは、これまた遊びのお誘いで。しかも夏祭りにいきたい、一緒に行こうというお誘いだった。どうせ人数は増えるだろうから、既に須藤香苗と志賀早紀、真見塚孝おまけに宇野衛は誘ってあるなんて動きが早い。夏祭りは正月に初詣に行った八幡宮の夏の催事で、初詣とはまた一味違って出店が多いからそれが目当てなのは言うまでもなかった。

これって絶対、夏の出店制覇する気だよね……。

花見の時期の出店をタイミング悪く逃したのを未だに根に持ってると香苗がいっていたが、当然のようにきたなぁと麻希子は思わず笑ってしまう。夏休みもあと残り僅かで受験勉強で必死な筈の時期とは思えない、智美の夏休み満喫ぶりだ。
因みに既にグループLINEでは夏休み明けを見越して文化祭のことがチラホラ話題に上がっていて、今年は本気で三年一組は喫茶にする気らしい。何やら智美と若瀬達が画策しているが、近藤に麻希子は今年は他にレシピ提供禁止と言われてしまった。去年みたいに四方にレシピ提供してたら客が来なくなるなんて言われるのだが、

別に同じの作らなきゃいいと思うけどー……。

そう思うので喫茶に関係なさそうな物はレシピ提供しようと密かに思うわけで。何しろ茶道部の子達のラブコールと、何でか園芸部からもハーブティを作ってクッキーにハーブを入れたいとかなんとか。それだけでなく調理部の佐藤すみれや花泉英華にも相談にのってねと既に言われている。
それにしても皆相変わらずのやる気満々で、こうして学校が活気づいて来るのはいいことだ。

「まーちゃーん!ぼ、僕も、お祭りーっ!!いくのーっ!!」

バタバタと駆け込んできた衛は、ここに来てまた一段と背が伸びた。もう実は頭が麻希子の肩より少し上になりつつあって、これは今年のうちに絶対に追い越されそうな気がしているのに、なんで小二で高校生を追い越すかなぁ?!と密かに思う。それにしても成長著しくて、まだ体幹は子供なので手足がひょろっとしてるのはここだけの話だ。宮井有希子がホクホクと麻希子に浴衣を着せ初め、何でか流れで迎えにきた香苗にまで着付けている。有希子は浴衣はそれほどむずかしくないと言うものの、それにしても手早くてあっという間に着せられ、お土産は烏賊焼と焼きそばねと三人は家からあっという間に追いたてられてしまっていた。

「浴衣ーっ!まーちゃんも香苗ちゃんも綺麗だねーっ!」
「まもちゃん似合うねーっ!カッコいいなあー。」

浴衣でご満悦の香苗と甚平姿で少し可愛らしい衛の微笑ましい姿を眺めながら、カラカラと下駄を鳴らして夕暮れの街を歩く。遠くからお祭りのお囃子が微かに聞こえ初めていて、何だか夕暮れの空気も何時もと違って霞んで見える気がする。まるでボンヤリそれ自体が発光している見たいにオレンジに光り、何時も見ている場所とは別世界に見えてしまう。

仁君も来たかったろうな。

ふとそう考えるが、きっと何時かまた一緒にこれるかもしれないから口にはしない。既に参道の前の鳥居の下に浴衣姿の早紀と孝がいて三人に手を振っていて、近寄ればもう何人かクラスメイトが来てるという。久保絢と鈴木貴寛が一緒に来たというし、近藤雄二と木村勇と浦野太一がカタヌキで既に激戦を繰り広げていて、若瀬透と八幡瑠璃が弟の八幡宝珠を連れて目下金魚すくいをしているそうだ。それを聞いて目をキラキラさせている衛に背後から目を塞いできたのは

「だれーっ?!」
「だれだ?」
「……それ、声でばれるだろ?」
「えー、だれーっ?」

喧騒のせいか衛はまるで気がついてないが、背後で目を塞いでいるのは香坂智美で、横には鳥飼信哉と梨央、それに友村礼慈が一緒にいる。こんばんはとそれぞれに声をかけると梨央がにこやかに微笑んでくれて。因みに文面から分かるとは思うが、既に鳥飼夫妻であって、孝は梨央に抵抗を諦めたらしい。何しろ暫く孝はグヂグヂしていたら義理の兄になる四倉の兄共々、「男なんだから言いたいことがあったら、直に言え。」と梨央に一喝されたそうだ、流石漢前な梨央。既に梨央のお腹の子供は四ヶ月が過ぎ、しかも双子なので細身の梨央はお腹も目立つのが早い。

「姉さん、お腹大丈夫ですか?」
「うん、重くなってきたけどな。」
「えーと、えーっと、智美くん?」
「あーたり。」

そんなわけでスポンサーだと言われて引き摺られて来たらしい信哉に容赦なく集る気満々の智美を含めお祭り初体験に盛り上がり初めていた。
夏祭りと言えば
金魚すくいにヨーヨー釣り、射的にカタヌキ。
因みに射的は文句なしで信哉が断トツに上手く、一番下手なのが孝だったのは大爆笑だ。金魚すくいで才能を発揮したのは香苗で圧巻の十五匹、一回で諦めた麻希子の五倍も挑戦して全く掬えなくて屈辱にプルプルしたのは智美と衛。ヨーヨー釣りは早紀が妙に上手くて、全員分釣っても切れない和紙の釣り針に早紀自身がこれ大丈夫ですかと店主にきく始末だ。
カタヌキは殆ど全員が目も当てられない下手くそレベルで、先に挑戦して綺麗に抜けて景品をゲットした木村に大爆笑された。でも一番下手だったのはどう贔屓目で見ても、後から参戦の八幡瑠璃だと思う。
後はかき氷にりんご飴に、チョコバナナ、わたあめ。勿論定番の焼きそばとフランクフルトに烏賊焼き。あれもこれもと次々食べ流石に集りまくりの智美に礼慈が恥ずかしそうに声をかけるが、衛を巻き込んで智美はどこ吹く風だ。

「あの、智美さん……もう少し……遠慮してください……。」
「気にするな、礼慈。」
「信哉もそう言ってる。なー、衛。」
「あー信哉くん、あれなに~?」

信哉の子供に集られて連れていかれる姿が完全にお父さんのようなのに梨央が楽しそうに笑うと、早紀や麻希子もつられて笑ってしまう。香苗が既に大きさがわかりつつある腹部を眺めて、梨央に問いかける。

「梨央さん、性別ってもうわかったの?双子ちゃん。」
「もう少ししないとな、でも多分男と女。」
「ええ?なんで分かるんですか?」

当然みたいに答える梨央に、三人が目を丸くする。

「何と無く?母の勘。信哉も男女で名前考えてるし。」
「はっや!名前もう考えてるの?!」
「早くないわよ!香苗ちゃん!」

ワイワイ盛り上がっているのに、クラスメイト達が時々通りすぎて声をかけていく。この後花火があるから余計なのかもしれないと考えてながら、人混みで梨央のお腹がなんともないかヒヤヒヤしているといつの間にか戻ってきていた信哉が上手くエスコートしている。屋台巡りを続けたい面子と、少し座って休みながら花火をみるからと一旦別れることにして夫妻が仲良く離れると感心したように香苗が頷く。

「はー、流石旦那さん。」
「然り気無くああいうことができるのは格好いいよねー。」

香苗と二人で妙に納得して話していると、りんご飴を片手に衛が駆け寄ってくる。が、そのもう片方の手が引っ張ってきたのは、なんと土志田悌順だ。どうやら祭りで生徒が羽目を外さないよう見回りに来ていたらしいのを、衛に確保されてしまったらしい。香苗が目を丸くして固まっているのに、相手の悌順も浴衣姿の香苗に目を丸くしている。

「まーちゃん、悌くん見つけた~っ!」

そんなわけで人混みの中、衛が迷子にならないよう肩車した悌順と香苗、そして孝と早紀。杖があるからとゆっくり歩く智美にあわせて歩く麻希子に別れて…………

「智美君、礼慈さんは?」
「アイツはめずらしがって歩き回ってる。」
「それってはぐれたって言わない?」

探さないとという麻希子に、智美はアイツは探さなくても自分で見て見つけるから平気なんて暢気なことをいう。この人混みだよと麻希子に言われても、問題ないなんて言っている内に、気がついたら他の面子とも麻希子と智美はあっという間にはぐれてしまっていた。花火を見に来た客足にどうにもできないで、思わず人の流れから二人で外れる。
少なくとも花火が終われば、人波が切れるかなと麻希子は苦笑いして夜店の前を埋め尽くす人波を見渡す。横の智美も暢気に真横の夜店からまたチョコバナナを買って、麻希子に一本手渡してくる始末だ。

「前は屋台で物が買えなかったのにねぇ、智美君。」

初詣の屋台では自分で買えなくて麻希子にあれ買ってこれ買ってと強請っていたのに、随分変わったんだねと麻希子が笑うと智美は少しは成長したんだと言う。そう言われれば買い食いもしてるし、社会勉強と称して休み中は礼慈と色々な場所にいったと話す。

「何処にいったの?海には皆でいったけど。」
「水族館、動物園、遊園地。」
「誘ってよー、水族館行きたかった。」
「そうだな、今度は誘う。衛も。」

それにしても夏休み大満喫だねと笑うと、楽しいことを沢山して覚えておきたいと智美は少し悲しそうに言う。その表情の意味がわからなくて麻希子が不思議そうに覗き込むと智美はパクパクとあっという間にチョコバナナを食べきって、迷いもなくもう一本と頼んでいる。

「アイツの分まで楽しんで、覚えておくことにした。これからの人生。」

そう呟く智美に、麻希子はそうだねと小さな声で同意する。
何時かまたであったら、こんな楽しいことがあったと話してやるつもりで、智美は今しか出来ないことを楽しむつもりなのだろう。そんな風に考えた瞬間突然大きな破裂音に智美が驚いて、頭上に開いた花火に目を丸くする。

「凄い……大きいな。」
「直ぐ傍だからね、遠くでみるのとまた少し違うよね。」

打ち上げ花火を真下に近い場所で見たことがないと呟いた智美の瞳が、キラキラと降り落ちるような花火に吸い寄せられている。二人で並んだまま頭上に幾つも花開く花火、それにボンヤリとしたオレンジの灯火の下に霞む屋台。色とりどりの浴衣姿の人波。
参道から少し外れた場所には百日紅が溢れだしたように咲き誇っていて、まるで別な世界に来たみたいに見えてしまう。何かのアニメの映画みたいだよねと麻希子が思わず笑うと、若瀬がまあ見てみろと勧めたのでそれは見てみたと智美も笑う。食べ物が美味しそうだったと当然みたいに言う智美は、並んでそれを眺めていた麻希子の指にソッと触れる。

「麻希子。」
「何?智美君。」
「好きだ。」

え?と思わず問い返して横顔を見上げるが、智美はまるで何も言わなかったみたいに花火を見上げていて麻希子のことをみていない。今のは聞き間違い?それとも何か別なものがとも思うが、横の智美はそれ以上は何も言わないし、まるで表情も変えずに何もなかったように花火を見つめている。やがて手を引きながら皆と合流しようと歩き出した智美の姿に、麻希子はどう考えていいのか分からないままだった。
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