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二度目の7月

閑話103.香坂智美

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これが新居。

そう思った時、実は内心・大興奮だったのは自分だけの秘密にしておく。
あの押し込められた竹やぶしか見えない山の中ではなく、窓の外には広々と街並みが間近に見えて、しかも高層階。いや、いつぞや飛行機に乗った時に隣の席の子供を馬鹿にしたのは正直に心の中で謝る。

「ここは最近リフォームしたばかりだから、ベランダがグルッとキッチンの向こうまで繋がってて。」

目下オーナー特権で、内密に事前に内見させて貰っているところ。実は二棟のマンションのオーナーだったりする鳥飼信哉の自宅は丁度通路の反対側の角部屋だが、一年ほど前まではここは真逆の作りの同じ広さの部屋だったらしい。タイミングよく隣が空いたのと、部屋の傷みが気になる部分もあってリフォームがてら最上階の部屋二つを繋いで見たのだという。元々広目の4LDKだったのだが、リフォームしてなんとまあゆったり広い和室込みの7LDK。

「本当は大家族向けというか、富裕層向けというか。元々防音も耐震もしっかりだから築十年越えにしては、まあいいとこだろ?」
 
前オーナー……勿論鳥飼信哉の母親・鳥飼澪のことなのだが、彼女の意向で十年以上も前にしては、マンション自体がかなり先進的な考えで耐震面でも防音面でもキッチリと建てられていたという。

まあ、その理由は分からないでもないのだが。

そして引き継いだ現オーナーとしてもそこは絶対曲げないらしく、共用部分もかなり手入れがしっかりしている。お陰で定住率が高いから中々空き室が出来ないと言うが、ここは実は一年くらい前から空き室なのだ。実際には前の住人が交通事故で死んだそうだが、その頃警察を呼んだりと騒ぎを起こしたりしていたのでリフォームを理由に暫く寝かしておいたのだという。他の賃貸契約の部分も少しずつだが以前からリフォームしているというが、これほど大きなリフォームは初めてらしく感想を知りたいというのもあるらしい。それにしても前の住居を考えても自室をそれぞれにしたとして、自分と友村礼慈と敷島湊が住むなら十分過ぎる広さだ。

「……因みに過重は、どれくらいいける?」
「頼むから部屋を図書館に改造はしないでくれよ?最上階なんだから。書庫を作りたきゃせめて一階か別な土地でしてくれ。俺の家の書架棚程度は、十分安全だから後で見に来ればいい。」

おまけにオーナー直々にパソコンはマトモに考えて三台位にしておかないと、ブレーカーがあるからなと釘を刺される。アンペアをあげればと言うと集合住宅の負荷も検討に含めるようにと賑やかに笑いながら言われてしまった。そうか、今までのようにはいかないものも割合あるようだが、自分の資産をたんまり稼ぐまではここで何とかしないとならないだろう。

それにしても窓からの景色!

そんなことを考えていたら何でか鳥飼信哉が後ろで吹き出し、思わず眉を潜めて振り返る。

「…………なんだよ。」
「お前、案外子供っぽいとこあるんだな、仁と変わらない反応してるぞ?」

何がと思ったらどうやら思っていたよりも、自分はずっと窓の方を見てソワソワしていたらしい。しかも飛行機の中で子供だと笑った仁みたいだと、自分が笑われて思わず赤くなってしまう。
鳥飼信哉も智美も仁のことは忘れられない。
他の友人にもほんの数人はいるが、他の者達より自分達の記憶は鮮明。
恐らく次第に遠退いていくことすらないのは、言わなくても分かっている。それでもなかったように穏やかに過ごしていくしかないのに、時々自分の中に仁と同じ一面が浮かんでしまう。

「仕方ないだろ、産まれて初めてこんな高い場所に住むんだぞ。」
「まあな、部屋は喧嘩しないで決めろよ?契約しにいくんだろ?」

暫くは同じマンションの住人だなと笑う彼は、行く行くはここを出て一軒家を建てる予定だという。驚いたことにいつの間にか美人と交際していただけでなく、子供まで出来たと聞いて呆気にとられた。

「そっちはどうなんだ?弟が血相変えてるんじゃないのか?」
「いや、結納迄は秘密にしておく。」
「何で?」
「孝の時代錯誤は、俺だってキツい。」

その言葉に今度は逆に智美の方が吹き出してしまう。何しろ修学旅行の晩に先ず嫁ありきの孝の話に、仁を含めて腹を抱えて笑ったのはつい最近のことだった。おかしいだろと五十嵐に指摘され、そんなことない相手を大事にするという心構えだといい放った孝は、その勢いで早紀にはちゃんと結婚前提でお付き合いしてるんだからなと言い切ったものだから尚更。余りにも智美と仁と透が笑い過ぎて、孝の枕爆撃が飛び交うまで対して時間はなかったくらいだし、土志田悌順に煩いと怒鳴り込まれたくらいだ。

あんな風に楽しかったのは初めてだった

同じ年の人間と旅行して泊まる。本当は行かないと考えていたのに、目の前のオーナー始め担任やその友人達にまでバカなこと言うな一度だけなんだから行け!と押しきられたのだ。そのお陰であんなに楽しくて仕方がない時を記憶の中に鮮明に残して、これから生きる。

「智美。」
「なんだ?」
「これからも色々とあるんだ、楽しめよ?」

それが何を意味しているのか分からないで立ち止まると、目の前の彼は窓越しの青空を眺めて目を細める。

「何時かまた仁が来たら、話してやらないとならないだろ?あいつ、結構好奇心が強いぞ?」

そんなことは自分だってよく知っている。仁と自分は基本的に記憶力以外は、大差がないのだと分かっているのだから。



※※※



自分達で暮らすというものは、予想しているよりずっと物入りだ。引っ越ししてくるものは殆どないが、その代わり新しいものを大量に買わないとならない。家具は勿論、家電に食器まで。暫くは店屋物でと口にした途端、礼慈に冷ややかに節約と口にされてしまった。

まあ、これからは自分の学費は稼がないとならないし。

勿論また前のような仕事が消えたわけでもない。それでも新しい環境で新しい暮らしを始めるのに、智美は広く見える青空を自分の部屋の窓から眺める。こんなに空が広いなと眺めたのは、高校に通い始めて色々面倒になって貯水槽に上って以来だ。あの時も空が広いのに驚いたのに、あれよりももっと広く見えるのは籠の鳥出はなくなったからなのかもしれない。そんな風に考えながら、さて、今後の進路はどうしようかと笑いながら考え始めていた。
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