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二度目の5月

371.オダマキ紫

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5月14日 日曜日
「雪ちゃん、月末は衛の運動会なんだよ?」

衛はかけっこの勝利への決意を固めていて、だから運動会に雪ちゃんに来て欲しいんだよ。私もお弁当を作って行く約束したんだよ。そう手を握って話しかけるけど、雪ちゃんはまだ眠ったまま。冷たい雪ちゃんの手は私の手を握り返してはくれないけど梨央さんから教えてもらったし、雪ちゃんと私は約束した筈だから。一人で話し続けるのは傍目には愚かに見えるのかもしれないけど、梨央さんの言ったことを私は信じる。

聞こえてるよね?ちゃんと聞いてるものね?

そう思いながら手を握り、出来るだけ傍で話し続ける。なんでもいい、雪ちゃんとしたいこと。雪ちゃんがそうだったって思えること。なんでもいいから、なるべく話し続ける。

「雪ちゃんと一緒にね、角館の桜を見に行きたいな。来年とかその先とか、衛も一緒に温泉に行こうね。凄く沢山桜並木なんだって。」

他にも雪ちゃんとしたいこと、沢山あるんだ。私が栄養士とか調理師になりたいのはね、それも生かしてお店がしたいんだよ。多分雪ちゃんのお父さん達のお店みたいな、そんなお店がしたいって小さいときからずっと思ってたんだ。だからね、

「雪ちゃんは園芸が好きでしょ?いつか私は喫茶店をやりたいんだ。そのお店のお庭は雪ちゃんが作るんだよ?約束ね?」

夢かもしれないし、無理かもしれないけど夢だからいいよね?目標だもの。お庭が作れたらそこにも苣木を植えておこうね?そんなことを話しながら、雪ちゃんの手が少しだけ私の体温で暖かくなったような気がする。
救急病棟の面会時間が短いのってなんでかな?確かに入るのにガウンとかマスクとか手間なんだけど、ちゃんとしたらもう少し長く傍にいてもいいんじゃないかと思うんだけど。でも、看護師さんは始終患者さんの体から線の繋がったモニターを見ながら、体の向きを変えたり様々な数値をメモしたりしている。点滴とかの管理も秒単位みたいだし、私の入院した急性期病棟よりもっとしなきゃいけないことが多いのもよくわかってしまう。

「雪ちゃん、またね?また来るね?」

声をかけても反応は分からないけど、これもきっと聞こえてる。そう信じながらホールに向かって歩いていたら、私の視界の先に梨央さんと話をしている人が目に入った。顔色の悪いように見える鳥飼さんが、白衣姿の梨央さんと話をしている。あれ?梨央さんと鳥飼さんって知り合いなの?二人は声を落として話していたけれど、歩み寄る私の姿に気がついて少しだけ視線を緩めた。

「麻希ちゃん。」
「鳥飼さんって梨央さんとお友達なんですか?」
「まあ、そんなところ。雪は明日病棟を移るんだって?」

今のところ雪ちゃんの状態は落ち着いてはいるというから、予定通り明日には梨央さんの働く急性期病棟に移動する。そうみたいですと答えると、鳥飼さんは少しだけ表情を曇らせた。そういえば手術室の前で謝っていた鳥飼さんだけど、謝ることなんかなんにもなかったと私は思う。鳥飼さんは青ざめて倒れそうになったあの『茶樹』の常連の目の悪い人を助けていたのだし、怪我をさせたのは三浦って人。鳥飼さんが助けてくれなかったら、私と衛を庇いながらの雪ちゃんはナイフ相手に手も足もでなかった。ちゃんと分かっているし、雪ちゃんだってそう思ってると思いますって私が言ったら鳥飼さんは余計に顔を曇らせる。

「でも……。」
「もーウジウジ言うなよ、信哉。麻希ちゃんだって困るだろ?!」

唐突に容赦ない振りでペチンと後頭部を叩かれ、梨央さんにそんなことを言われた鳥飼さんが眉をあげる。あれ?二人ってそんな感じでお話しする間柄なの?っていうか、梨央さんって私的な時の口調、ちょっと看護師の時とイメージ違う?っていうか、鳥飼さんのこと呼び捨てにする間柄?孝君、知ってるのかなぁ。なんてふと考えてしまう私に、鳥飼さんたら孝にはまだ秘密だからなんて言う。え?あの、えーと、お二人はそういう間柄と言うことなんでしょうか?梨央さんが不思議そうに私と鳥飼さんの会話を聞いていて、

「なんだよ?なんで?麻希ちゃんに口止め?」
「弟と同級生なんだよ、弟にバレると向こうに筒抜けになる。」

別に構わないのになんて平然と梨央さんが言うのに、鳥飼さんはそういってられないと何故か苦笑いだ。孝君のお家にバレると……もれなくブラコンの孝君がついてくるだけじゃないのかなぁ?でも、ちょっと面倒臭いといわれれば、そうかもしれない。

「梨央さんのところに移ったら、鳥飼さんもお見舞いにきて雪ちゃんに発破かけてくださいね。月末に衛の運動会だから。」

私がそう言うと鳥飼さんは少しだけ気を緩めて微笑んでくれる。雪ちゃんは目を覚まさないけど、少なくとも自分で呼吸もしてるし熱が出たりしてるわけではない。悪い状況にはなっていない筈だから、そう言うと鳥飼さんは分かったと小さな声で約束してくれる。早く目を覚ましてって皆でいい続けるしか、今私達に出来ることはないんだから。

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