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4月

閑話79.宇野衛

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あれから随分年月が経って今年で自分は十五になった。早生まれなので直ぐ様高校生になったわけだが、高校は勿論近郊の両親の卒業した都立第三高校に余裕で入ったのは言うまでもない。しかし、体育教師で古くからの友達でもある悌君が、しかも学年主事とかやっているのには驚いてしまう。普通体育教師が学年主事ってないんじゃなかろうか、と問いかけると俺もそう思うと悌君自身が言っているから希望でなったわけではないらしい。三十五で学年主事に生徒指導とは、随分と破格の出世だと思う。並んで歩きながら、昔よりだいぶ近くなった顔を眺める。

「奥さん、産休開けるのいつ?悌君。」
「学校じゃ先生。あともう少しだなー。今からヤル気満々過ぎてなぁ。」

悌君の奥さんは同じ高校の美術の先生だ。女性のわりに凄くサッパリした人で、女子からは姉御のように慕われているし男子からも人気なのだ。元は高校のOGで、実はうちの母の同級生でもある。結婚したのはうちの両親の方が早かったが、子供が出来るのはほぼ同じ時期だった。しかも、もう一人の同級生でもある人もほぼ一ヶ月位の差で出産しているらしいから、三人相変わらず仲がよいと言えば仲のよい話だ。

「そういうお前のとこはどうなんだよ?双子だったんだろ?」
「父も母もてんやわんやしてるよ、祖父母も必死。」

そう、うちの両親は自分の下に、なんと双子が生まれてしまったのだ。母も初産で双子とは、体は小柄なのに随分とチャレンジャーな話だ。お陰で男女の双子な訳で一気に弟と妹が出来たのは正直嬉しいのだが、面白いくらいに同時に泣き出すので世話の大変さが二倍の感じ。

「ま、嬉しそうに世話してるからいいけど。信哉君は?」
「まあ、そろそろってとこかな?」

信哉君もソロソロ結婚するかもと言う話はチラホラしているのだが、まだ決定打がないらしい。それにしてもたった八年程で身の回りの変化は大きくて、正直驚いてしまうことばかりだ。自分の成長だって目を見張るほどなのに、煮え切らない感じの父に母の方から逆プロポーズしたのは二年前の事。母が大学を卒業して、尚且つ栄養士になって調理師の免許もとって、喫茶店をやりたいと言い出したのは結婚して暫くしてのことだ。自分は知らない父の両親がやっていたようなお店をやりたいと、母は昔から考えていたらしいと知ったのはその時が初めて。しかも昔から料理上手だった母の店はそれほど大きくないのに、来店客の口コミと友人達のお陰でかなり繁盛している。
それにしても結局母の方から、プロポーズされてしまったわけで。今は父も脱サラして一緒に喫茶店をやりながら趣味の園芸をしつつ生活している。自分としてはちょっとヘタレ加減が情けないところだが、父は昔っからそういう人間だったし母だってそういう父が好きなのだから仕方がない。それでも父と母の間に子供が出来て、自分はずっと弟妹ができるのを待っていたのだから正直嬉しい。まだ少しハイハイができそうな気配な感じではあるが、自分の事をそれぞれに呼んだらどんなに可愛いだろうと思う。母が癒し系の見た目だからなのか、癒し系な弟妹の這う姿がどうしてもゴマフアザラシの子供に見えてしまうのはやむを得ない。
幼馴染みの貴史と並んで帰途を歩きながら、街並みを眺めると最近出回り始めた新型スマホのポスターが目に入る。写っているのは建築家なのにモデルもやっているとか言う多彩な有名人。かなり人気な人でポスターが至るところに張られていて、相変わらず直ぐポスター盗難されてしまうらしい。他にもドラマでよく見る俳優のポスターも張り出されているのを何の気なしに眺めたが、この人最近のドラマで見ないことないよなと貴史と笑う。最近ドラマの中で冷淡な殺人鬼の役をやったかと思ったら、昨日は別なドラマで田舎丸出しの素朴な男の役で、公園で出会った女の子に一目惚れするなんて役だった。二人で建築家とモデルの二足のわらじって想像もできないし、あんなに色々役柄なんてなぁと話しながら、呑気に歩き続ける。

「双子の弟妹ねぇ。十五も離れてるとどうよ?」
「可愛い。」
「煩くないか?」
「いや、全然。」

ずっと期待してたし、自分としては希望通り。しかも泣いてても自分の顔を見ると二人ともヘニャっと嬉しそうに笑うなんて、昔の母そっくりで見るだけでとっても癒される。これで将来大きくなって、いつか誰かと付き合いますとか結婚するとかなったら、まさに父親のように反対してしまいそうだ。何しろ父は母一筋なので娘の結婚にまで反対する意欲があるかどうか、想像もできないし。母の友人達と自分は今も親しくしていて、色々と社会ってものを感じることがあるが、自分としては随分と日々は穏やかな日常に見える。

「ただいまー、貴史もいるんだけど。」
「おかえりー、なにか食べる?簡単なのでいいかな?」
「あ、すみません、麻希子さん。」
「ひとんちの母親名前で呼ぶなよ。」
「えー、衛だって麻希子さんって呼んでるじゃん。」
「俺は昔からだからいいの。」
「だって、おばさんって感じじゃないしさぁ、麻希子さん若いし。」

確かに母は二十六になったばかりで、父より十一も年下だから実際かなり若い。自分とだって十一しか違わないのだから、妙な話といえば妙な話したけど本当のことだから仕方がない。貴史は自分の本当の母が子供の時に死んでいるのは知っているし、小学生時代にまだ高校生の母と会ってもいるから驚きもしなかったし今ではすっかり慣れてしまっている。母は手早くオムライスを仕上げて二人の前に出してくれ、他の客にもにこやかに話しかけている。

「麻希子さん、雪は?」
「奥で真智と智樹のお世話してもらってるの。」

真智と智樹は言わずと知れた妹と弟のことだ。真智の方がお姉ちゃんで智樹の方が末っ子ってことなのだが、どっちも可愛い弟妹。あっという間に二人でオムライスを平らげてから、奥のドアを開いて家に足を踏み入れる。こんな幸せな空間をキチンと記憶しておける目を持っていて本当に自分は幸せだと感じながら、自分はもう一度ただいまと家の中に声を張り上げる。



※※※



そんなところで目が覚めて、僕は暫く夢の中の事を反芻しようとする。雪とまーちゃんが夫婦になってて何処かで喫茶店をやってて、僕には双子の弟妹ができていて、高校は悌君が仕事をしているところに通ってて。次第に夢だからドンドン薄らいでしまっていくんだけど、それでも僕は何度も繰り返して覚えておこうと何度も夢の中身を繰り返す。悌君はもう結婚してて赤ちゃんがいて、信哉君はソロソロ結婚しそうで、あとは、あとは。

「真智と智樹」

僕の妹と弟の名前。もう殆ど夢の中は朧気に変わってきていて、夢の中では鮮明だった未来の弟妹の顔も覚えていない有り様だ。早くこれが本当のことになるといいんだけど。そんなことを考えながら僕の頭の中に残っていた夢は淡雪みたいに溶けきってしまっていた。記憶力と夢は関係ないらしくて、ほんのちょっとしか覚えていられない。まーちゃんがいつお嫁さんになってくれるのか、とかハッキリしておきたいところは全然駄目だ。勿論これは夢なんだから本当のことじゃないってことくらいは僕にだってわかってるけど。僕はそう思いながら残念だなって思いながら、起き上がると顔を洗いに歩き出す。歩き出しちゃうとすっかり夢のことは消えてしまって、いい夢を見たなぁくらいにしかならないんだけどね。
そうそう、ゴールデンウィークの五月の方で、まーちゃんママ達がお出かけに連れていってくれるんだ。まーちゃんと雪はなしで、まーちゃんママ曰く『よこうえんしゅう』ってやつなんだって。どういう意味って聞いたら、将来の練習ってことで仲良くする練習なんだって。僕もまーちゃんママもまーちゃんパパも仲いいのにっていったら、僕らじゃなくてまーちゃんと雪の事なんだってさ、納得。二人が早く仲良しになってお嫁さんになってくれたら僕も嬉しいし。
雪は昨日は仕事を持って帰ってきてて夜遅くまで仕事してて、五月の連休はお休みする予定で必死だ。早くまーちゃんと雪が沢山仲良くしてくれるといいんだけどなって僕は思いながら冷蔵庫のドアを開けて卵を取り出した。
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