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二度目の5月
358.ミズバショウ
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5月3日 水曜日
ゴールデンウィーク後半の連休初日、衛と両親は朝早くから颯爽と旅行に出掛けていった。衛達は電車で温泉旅行がてら色々なとこに行く予定らしくって、初日で桜に追い付くって話していたから行き先は東北方面。宿泊場所の名前だと北東北なのはわかるけど、よく予約とれてたなぁ。ママは私におばあちゃんの予行演習とか言っていたんだけど、何処まで本気なんだろうか。なんか見てると何故かパパもその気っぽいのが、薄々感じるのはどうしてかなぁ。衛は滅多に乗らない長距離電車に目をキラッキラッに輝かせて、新幹線初めて乗るんだよねと大興奮だ。指定席とってあるからって言ってたから、乗れないなんて事はなさそうだしね。東北の方はまだ桜が咲いてるっていうから、美しい思い出になりそうだし衛にとっては初めての大きな旅行なんだ。
「本当は僕がつれていってやりたかったんだけど……。」
雪ちゃんが家の玄関で見送りながらそんなことを呟いてるのに、少しだけ可哀想だなって思ってしまう。だって雪ちゃんはそうしたくても一人で今まで育ててたんだもん、お仕事もしておうちの事もしてたんだし。
「これから少しずつしたらいいと思うよ、ね。」
「……麻希子も一緒に行ってくれる?」
「いいよ。」
私が笑うと雪ちゃんはホッとしたように微笑みながら、さてと背筋を伸ばす。お出掛けの前に幾つか行きたいところにいくのも付き合ってくれる?と雪ちゃんが笑うのに、私はうんと元気よく頷いた。
※※※
綺麗に整えられた公園みたいな場所。奥には椿のような艶やかな葉の木が一本立っていて、誰かが綺麗にお世話をしているのがわかる。手を繋いで眺めていると、雪ちゃんが私の手を引いて柔らかい土を踏みながら中に足を踏み入れた。
なんだか何処と無く見覚えがあるような
住宅地の隅っこで少し街中よりは静まり返った場所。雪ちゃんはその真ん中で、片隅の樹を眺めている。もしかして園芸が好きな雪ちゃんが育てているのかなって思いながら顔を見上げたら、そこにあったのは何時もの雪ちゃんとは違う雪ちゃんだった。悲しそうな寂しそうな顔で辺りを眺めている横顔は、この間の草臥れ果てて帰ってきた時に似ていて私は思わず手を強く握りしめる。雪ちゃんは私の手の感触に気がついたように、柔らかく微笑んで私の顔を見下ろした。
「あれ、苣木っていうんだ、椿科の樹なんだよ。」
椿に似た花が咲くんだと雪ちゃんが穏やかな声で呟いたのに、私はここがどこなのか一瞬で理解できた。それに私は何て言ったらいいかわらかなくて、言葉を失ったまま。ここは元雪ちゃんのお家だった場所なんだって気がついてしまったから。こんなに近い場所だったのかって内心驚いちゃうくらい、駅を挟んでそれほど遠くない場所だったのに実際に何処にあるのかまでは知らないでいたのは私が子供だったからかもしれない。
「冬になると綺麗な花が咲くんだ、今度一緒に見に来ようね。」
うんと頷くと雪ちゃんは穏やかな顔で辺りを見渡して、溜め息を深くついた。
「やっと……踏ん切りがついたんだ。苣木はそのままって約束で、ここを売ることにしたんだ。」
思わずえ?!と声が溢れ落ちると、雪ちゃんは市に売却して公園になるのだと話す。何で?としか聞けなかったけど、雪ちゃんはずっとここの所有者だったけど全く手を入れられずにいたんだって。そうして最近色々なことのけりがついて、ここをこのままにしておけなくなったんだって静かに話す。市は苣木をそのままにしてくれるという条件を飲んでくれたし、敷地そのまま公園にしてもらえれば両親だって喜ぶと思うって。ここら辺の周囲に住んでる人達も雪ちゃんの両親の事件は覚えているけど、雪ちゃんの両親の事も覚えていて花が咲く公園ならいいんじゃないかって賛同してくれてるらしい。
「でも、雪ちゃんのお家……だったんだよ?」
「うん。」
「寂しくない?」
「公園なら、もっと気楽に苣木を見にこれる。」
そう笑う雪ちゃんの手は少しだけ冷たく感じて、私は両手でその手を握りしめた。雪ちゃんは半分本気で話してるけど、半分はきっと踏ん切りをつけてここから新しくやり直そうとしてるみたい。きっと一人で雪ちゃんは何度もここに来ていたんだろうけど、昔のお家を思い出して辛かったんじゃないかな。それが公園に変わったら、少し穏やかな気持ちでここにこれると考えたんだと思う。そう思ったから私は何だか泣きそうな気持ちになりながら、雪ちゃんに微笑みかける。
「なら沢山お花植えてもらってね。そしたら、何時でも衛も一緒に見にこれるよね。」
「うん………。」
一瞬雪ちゃんが泣き出してしまいそうな風に見えたけど、雪ちゃんはまた穏やかに微笑んで一緒に来れて良かったって呟く。ここには昔『苣木』っていう雪ちゃんのお父さんとお母さんのやってた喫茶店があって、名前を聞いて思わず目を丸くする。そうしたら『苣木』から名前を貰って『茶樹』にしたんだってって、マスターさんが雪ちゃんのお家の常連さんだったんだよって教えてくれた。
「多分、あの苣木を植えたのも久保田さんだと思うんだ。」
そう雪ちゃんは穏やかに呟いていた。
ゴールデンウィーク後半の連休初日、衛と両親は朝早くから颯爽と旅行に出掛けていった。衛達は電車で温泉旅行がてら色々なとこに行く予定らしくって、初日で桜に追い付くって話していたから行き先は東北方面。宿泊場所の名前だと北東北なのはわかるけど、よく予約とれてたなぁ。ママは私におばあちゃんの予行演習とか言っていたんだけど、何処まで本気なんだろうか。なんか見てると何故かパパもその気っぽいのが、薄々感じるのはどうしてかなぁ。衛は滅多に乗らない長距離電車に目をキラッキラッに輝かせて、新幹線初めて乗るんだよねと大興奮だ。指定席とってあるからって言ってたから、乗れないなんて事はなさそうだしね。東北の方はまだ桜が咲いてるっていうから、美しい思い出になりそうだし衛にとっては初めての大きな旅行なんだ。
「本当は僕がつれていってやりたかったんだけど……。」
雪ちゃんが家の玄関で見送りながらそんなことを呟いてるのに、少しだけ可哀想だなって思ってしまう。だって雪ちゃんはそうしたくても一人で今まで育ててたんだもん、お仕事もしておうちの事もしてたんだし。
「これから少しずつしたらいいと思うよ、ね。」
「……麻希子も一緒に行ってくれる?」
「いいよ。」
私が笑うと雪ちゃんはホッとしたように微笑みながら、さてと背筋を伸ばす。お出掛けの前に幾つか行きたいところにいくのも付き合ってくれる?と雪ちゃんが笑うのに、私はうんと元気よく頷いた。
※※※
綺麗に整えられた公園みたいな場所。奥には椿のような艶やかな葉の木が一本立っていて、誰かが綺麗にお世話をしているのがわかる。手を繋いで眺めていると、雪ちゃんが私の手を引いて柔らかい土を踏みながら中に足を踏み入れた。
なんだか何処と無く見覚えがあるような
住宅地の隅っこで少し街中よりは静まり返った場所。雪ちゃんはその真ん中で、片隅の樹を眺めている。もしかして園芸が好きな雪ちゃんが育てているのかなって思いながら顔を見上げたら、そこにあったのは何時もの雪ちゃんとは違う雪ちゃんだった。悲しそうな寂しそうな顔で辺りを眺めている横顔は、この間の草臥れ果てて帰ってきた時に似ていて私は思わず手を強く握りしめる。雪ちゃんは私の手の感触に気がついたように、柔らかく微笑んで私の顔を見下ろした。
「あれ、苣木っていうんだ、椿科の樹なんだよ。」
椿に似た花が咲くんだと雪ちゃんが穏やかな声で呟いたのに、私はここがどこなのか一瞬で理解できた。それに私は何て言ったらいいかわらかなくて、言葉を失ったまま。ここは元雪ちゃんのお家だった場所なんだって気がついてしまったから。こんなに近い場所だったのかって内心驚いちゃうくらい、駅を挟んでそれほど遠くない場所だったのに実際に何処にあるのかまでは知らないでいたのは私が子供だったからかもしれない。
「冬になると綺麗な花が咲くんだ、今度一緒に見に来ようね。」
うんと頷くと雪ちゃんは穏やかな顔で辺りを見渡して、溜め息を深くついた。
「やっと……踏ん切りがついたんだ。苣木はそのままって約束で、ここを売ることにしたんだ。」
思わずえ?!と声が溢れ落ちると、雪ちゃんは市に売却して公園になるのだと話す。何で?としか聞けなかったけど、雪ちゃんはずっとここの所有者だったけど全く手を入れられずにいたんだって。そうして最近色々なことのけりがついて、ここをこのままにしておけなくなったんだって静かに話す。市は苣木をそのままにしてくれるという条件を飲んでくれたし、敷地そのまま公園にしてもらえれば両親だって喜ぶと思うって。ここら辺の周囲に住んでる人達も雪ちゃんの両親の事件は覚えているけど、雪ちゃんの両親の事も覚えていて花が咲く公園ならいいんじゃないかって賛同してくれてるらしい。
「でも、雪ちゃんのお家……だったんだよ?」
「うん。」
「寂しくない?」
「公園なら、もっと気楽に苣木を見にこれる。」
そう笑う雪ちゃんの手は少しだけ冷たく感じて、私は両手でその手を握りしめた。雪ちゃんは半分本気で話してるけど、半分はきっと踏ん切りをつけてここから新しくやり直そうとしてるみたい。きっと一人で雪ちゃんは何度もここに来ていたんだろうけど、昔のお家を思い出して辛かったんじゃないかな。それが公園に変わったら、少し穏やかな気持ちでここにこれると考えたんだと思う。そう思ったから私は何だか泣きそうな気持ちになりながら、雪ちゃんに微笑みかける。
「なら沢山お花植えてもらってね。そしたら、何時でも衛も一緒に見にこれるよね。」
「うん………。」
一瞬雪ちゃんが泣き出してしまいそうな風に見えたけど、雪ちゃんはまた穏やかに微笑んで一緒に来れて良かったって呟く。ここには昔『苣木』っていう雪ちゃんのお父さんとお母さんのやってた喫茶店があって、名前を聞いて思わず目を丸くする。そうしたら『苣木』から名前を貰って『茶樹』にしたんだってって、マスターさんが雪ちゃんのお家の常連さんだったんだよって教えてくれた。
「多分、あの苣木を植えたのも久保田さんだと思うんだ。」
そう雪ちゃんは穏やかに呟いていた。
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