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12月

閑話56.宇野衛

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大掃除って言うけど、家の大掃除は普段とそれほど変わんないと僕は思う。って言うのもお正月はまーちゃんのお家でお年越しもお年始も過ごすから、普通にお掃除をして30日からはお僕のお家は何時もお留守なんだ。
今迄は毎年雪が出来る限りのお掃除をしてきたんだけど、今年は僕も小学生になったから出来ることをすることにした。僕も小学生だし自分のお部屋くらい、ちゃんとしないと一人前の男としてどうかなって思うんだよね。流石に窓ふきは駄目って言われてるから、僕はもうひとつのお部屋の埃を払って床を拭いている。ここは元々はママのお部屋だったんだ。もうママが居なくなって2年もたってしまったから、服だってクローゼットを開いてみてもママの匂いじゃない。ママの匂いはここにはあんまり残っていないけど、僕の記憶の中にはママの匂いも少し残ってるって言ったら雪はどんな顔をするのかな。でも、半分それは病院の臭いでもある理由も、僕にはもう分かってる。



※※※



僕のママは僕がお腹にいる時に、体に悪い病気が見つかった。病気を治療をするには、僕を産めなくなるってママは看護師さんで分かっていたから、ママは僕を産む方を選んで、病気は何も治療をしなかったんだ。僕が何でそんなことを知ってるのかって?内緒にしておいてたんだけど、この間学校で一番最初の思い出を話したでしょ?それとおんなじで、多分ママは僕が理解できないと思って、難しい言葉で普通に僕に向かって話してたんだ。だから、実は僕は色々なことを知ってると思う。まだ言葉が難しすぎて、意味が分からないだけで。

「癌って、嫌な病名よね?衛。」

ママの声は悲しそうなのに、何処かおかしいものでも聞いたみたいに少し笑いを含んでいる。僕の顔を真っ直ぐに見つめながら、ママの瞳は僕ではなくパパを見てるんだと思う。だって、僕の名前はパパから貰ったって、ママが話していたから。

「あの時ね、子供は諦めろって言われたのよ?乳癌のステージ4で、この年で、次なんてあるわけないでしょ?放射線治療や抗癌剤なんて無駄よ。だって高齢出産な上に相手が死んじゃってるのよ、貴重児なのよ?馬鹿言わないでよって言っちゃったわ。絶対自然分娩してみせる!この子は私の宝物なんだから!!って啖呵きったんだから。」

あの時はママの言葉の意味が殆どわからなかったけど、信哉くんからパソコンを貰ったから僕は今になって色々なことを調べたんだ。ママは乳癌っていう病気で、おっぱいに悪い出物があって凄く病気は進行してた。手術はもう出来なくて、放射線治療や抗癌剤治療をしか方法がないって言われるほど。でも、その時お腹に僕がいたママは、それをすると僕が出産出来なくなるから全て拒否したんだ。僕のママは雪やパパよりずっと年上で、赤ちゃんを産めるのは僕が最初で最後だって知ってたんだ。ママの言う貴重児って何だろうって調べたら、赤ちゃんを作る治療をしてたり年をとってから出来た赤ちゃんのことを大事な赤ちゃんって意味で看護師さんたちがそう言うんだって。基本的には大切な赤ちゃんだからお腹を切って手術するんだって、でもママは癌があるからそれができないって分かってて自然に産んでやる!ってお医者さんに言い切ったんだ。
そんな感じで、僕のママは結構強気で独りで何でもしちゃう人だった。けど、雪が一緒にいてくれるようになって、凄く安心したんだと思う。でも、内緒よとママは、僕にだけ囁く。

「雪にね、凄く悪いことしてるのよ、衛。衛の変わりをしてもらおうとしてるの。だからね、大きくなったら雪の幸せも叶えてあげてね?衛。」

頭を撫でて僕にそう言うママは次第に痩せていく。抱き締めてて色々な話をしてくれたのを僕が覚えてるよと、僕がママにキチンと言葉で伝える前にママは天国のパパのところに旅に出ていなくなってしまったんだ。僕はよく分からなかったんだけど、他の子よりお話が上手になるのが少し遅かったんだって。ママは理解できてるし少しずつ練習してれば大丈夫って言ってたけど、ママに分かってるよってお話しできなかったのは凄く残念だ。残念だけど何時か僕がママやパパのいる天国に行った時に、その事はママに教えてあげるつもり。
その辺りから時々僕は雪のパパの弟、叔父ちゃん達のお家に預けられることが出てきた。やっぱりママの病院にいったり独りで僕を育てるには、まだ働き始めたばかりの雪は凄く大変だったんだ。そんなおじちゃんのお家には僕が行く前から、僕より10才も年上の女の子が一人いた。

「まーもーる?」

座って話もせずに大人しくしている僕に、同じ視線の高さで真ん丸の瞳をした優しそうな女の子が声をかける。僕はその女の子とそんなに会ったことがないのに、人懐っこい笑顔をして僕を構ってくれる。でも、僕は理由が分からなくて僕はキョトンとして、その相手を見つめていた。けど、相手はそれを気にした風でもなく、ニコニコして僕の手を僕より大きな手で包み込む。

「まーもーる?わたし、まきこだよ?仲良くしようね?」

まきこ。そう名前を告げる真ん丸の瞳はキラキラ光っていて、その手はママの手みたいに暖かい。まだ言葉を上手く扱えない僕を馬鹿にする事もなくって、凄く優しい声で話しかけてくる。

「…まー?」
「わぁ、上手!うん、まーだね。あーでも、衛も私もまーだ。」

まきこは楽しそうに笑い声を上げてそう言うと、まだ上手く歩けもしない僕の事を抱き上げたりした。自分の事が上手く出来ない僕を全然嫌そうでもなく、それが当たり前みたいに僕の事を大事にしてくれるんだ。
それから、まーちゃんは僕にとっても特別。まーちゃんは大概僕が困ってると気がついちゃうし、雪のことだって同じくよく分かってる。これは内緒だけど本当はね、まーちゃんは将来僕のお嫁さんにするって考えてたんだ。でもさ、ずっと見てると分かるようになるんだよ、雪がまーちゃんを僕よりもずっと見つめているんだって。僕とか信哉くんを見るのとは全然違う視線で、まーちゃんのことを大切なものを見る目で見つめてる。

「しんやくん、ゆきはまーちゃんのこと、どして見るの?」

まーちゃんのお家以外に時々僕を預かってくれる信哉くんは、雪のおさななじみっていうので幼稚園からのお友だちなんだって。色々な事を知ってて、僕が聞くと僕に分かりやすく説明してくれる。彼も僕の事を子供だと馬鹿にしないし、僕の事をいじめたりもしない。彼の事を雪は天然のひとたらしって呼んでるけど、そこんとこの意味はまだ僕にはちょっと分かんない。

「んー、そうだなぁ、雪はまーちゃんが好きなんだろうな。」
「すき?すきってなにー?」
「ちょっと衛には早いな、段々大きくなったら分かるよ。」

笑いながらそう言う信哉くんは、僕にとってはようちえんの先生みたいなもので色々な事を教えて貰った。
これがおかしな話だなって、今はもうよく分かるようになったんだ。だって、僕は本当のお父さんもお母さんも死んじゃってて、義理のお父さんの雪と暮らしてて、時々信哉くんやまーちゃんとまーちゃんのママとパパにお世話してもらって、まーちゃんにとっても可愛がってもらってる。両親がいない子は大概、おじいちゃんやおばあちゃんの家で暮らしてるって言うけど、僕にはそのどっちもいない。そういう子は本当はしせつに入るんだって、ようちえんで仲の悪かった子が言ってた。でも、僕には義理のお父さんの雪がいるから、しせつにははいってないんだ。これが凄く特別なことで、僕のママが天国に行く前に雪にお願いしたことなんだって僕は知ってる。雪がちゃんと約束を守ってくれてるのは、雪が好い人だからだって言うのも知ってるんだ。
今ではまーちゃんも雪の事が好きって知っているし、僕が最初にお嫁さんにしてもいいの好きはその好きとは違うのもわかってる。まーちゃんと雪の好きは、清子ちゃん達が言うパパとママの好きで特別の好きなんだって。僕の好きはそれよりは、僕のママの好きに近いんだと思う。僕のママとおんなじ感じで、僕はまーちゃんの事が好きなんだ。だから、まーちゃんが雪の奥さんになって新しいママになってくれたら、僕は正直凄く嬉しい。だって、そうするとまーちゃんママとパパが、僕の初めてのおばあちゃんとおじいちゃんになるんだ。それに、まーちゃんがママなら、僕のお家にまーちゃんが毎日いることになる。そうなったら毎日まーちゃんと雪と3人で暮らせるし、他の子達みたいに授業参観にママが来てもらえたりするんだよ。それって凄いイイ事だって、僕は思うんだけど。

 

※※※



僕はママがいないから、まーちゃんに代わりになって貰えばいいやって思ってる訳じゃないんだ。ただ、まーちゃんが新しいママで僕に兄弟が出来たり、おじいちゃんとおばあちゃんがいたり、そうなったら凄くイイって考えてる。他の子達の兄弟の話とか、おじいちゃんやおばあちゃんの話とか、そう言うのが僕だって羨ましい。
今だってこうしてまーちゃんが来てくれるけど、まだまーちゃんは奧さんじゃないから僕の兄弟は出来ないってことは分かったんだ。だって、清子ちゃんが両親がいて、仲良くしてないと赤ちゃんは出来ないって言うし。僕のパソコンはそう言うのは見ちゃダメって設定してあって、雪が許してくれるまで設定を解除したらパソコンは取り上げられちゃう約束なんだ。

大人のじじょうっていうヤツなんだ。

よく分かんないけど、まだ早いんだって信哉くんにも言われてる。僕は一回見ると覚えちゃうから、余計ダメなんだって。でも、結婚は女の子は16才で出来るって調べられたから、まーちゃんは17才だ。だから、後は雪がいいよっていって、まーちゃんママ達がいいよって言えばイイだけなんだよ。
床をピカピカにしてママに綺麗になったよって天井を向いて報告しながら、ママにその話も報告する。ママは雪の願いも叶えてねって話してたんだ。

「衛ー?静子さんの部屋の床おわった?」
「雪。」
「ん?なに?」

扉から顔を出した雪に話しかけると、忙しそうな雪が足を止める。僕は自分の記憶力が普通じゃないのはわかったけど、それを知っても雪やまーちゃんは全然変わらないでくれる。ただ、普通じゃないのは結構大変な事だった。だってさ、今まで僕が普通だって思ってたことが、本当は皆と違って普通じゃないって知らなかったんだ。

「雪、何時になったらまーちゃんを奥さんにするの?」

ガタガタッてドアの向こうで転んでるのか何なのか、雪が何かをひっくり返している。僕はこの間まーちゃんに確認したら、まーちゃんはお嫁さんにはなりたいけど雪がいいよって言わないとなれないんだよってちゃーんと教えてくれた。つまり前もそうだったからもう分かってるけど雪がヘタレじゃなきゃ、まーちゃんはお嫁さんになってくれて奥さんになってくれる筈なんだ。

「お、お前……最近…。」
「ママなら雪がまーちゃんと結婚するのいいよって言うよ?雪が前からまーちゃんの事好きなの知ってると思うな。って言うかママだったらなにグズグズしてんのよ、早くしなさいって怒ると思うな。」

ドアの向こうで何かが雪崩みたいに崩れてる。普段そうでもないのに雪ってまーちゃんが関わると、どうしてこんなに何もできなくなるのかなぁ。普段とかわりなくまーちゃんにもすればいいのに、そうしたら雪の事お父さんって呼んでもいいのにな。雪がドアの向こうで慌てて何かを片付けている音がしてるのを聞きながら、ママはとっくにパパと一緒にいて幸せにしてると思うのになって考える。僕だって大きくなったから、雪の考えてる事を叶えたらいいのに。

「ねぇ、雪ー?」
「な、なに…?」
「なんで、雪ってまーちゃんの事になるとヘタレなの?」

静かになったからドアの向こうを覗いてみると、何か雪が脱力して床にヘタリこんでいる。あ、落としたのお洗濯ものの籠だったんだ。

「ヘタレって…あのなぁ…。」
「だって、まーちゃんに聞いたら、まーちゃんはお嫁さんになりたいけど雪がいいよって言わないとなれないんだよって。」

その言葉に何と怒ったらいいかと考えてたみたいな雪が目を丸くしたのに僕は気がついていた。




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