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11月
175.カリン
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11月1日 月曜日
午前中の後片付けの後、午後は休校で明日もお休みだ。そんな訳で早紀ちゃんと2人で久々の『茶樹』へ行くことにする。香苗も誘ったんだけど、香苗は何か別な用事があるみたい。そんな道すがら相談しようとしていた、あの女の人と出くわすことになった。あの女の人が『茶樹』から出て来たのだ。この間とは違って間近で見ると、豊麗って言葉が似合う豊かな胸元は白いブラウスではち切れそう。艶やかな唇に右の目元には泣き黒子があって、大人の女の人の見本みたいな人だ。扉から出て来たその人は少し微笑みながら、ぶつかりそうになった私達二人にごめんなさいと口にして歩みさっていった。雪ちゃんと話してたんだから多分出版社の関係の人で、ここら辺で出会う可能性はあるって分かってる。でも、何でか凄く会いたくない気分だった。それが私の勝手な気持ちだってことは良く分かってるんだけど、私の表情に早紀ちゃんが不思議そうな顔をする。『茶樹』に入って事の次第とさっき出会った女の人がその人なんだって説明すると、早紀ちゃんは納得したみたいに私の顔を見つめた。
「嫉妬の解消方法ねぇ。」
うんと頷く私に早紀ちゃんが、アイスティのグラスを片手に宙を眺めて考え込んでいる。唯一の恋を大事にしてきた早紀ちゃんはその気持ちが通知るまでは、ずっと孝君の事を見つめていた。孝君は告白騒動が起きる前も結構告白されることが多かったみたいだし、早紀ちゃんがその時どうしていたか教えてもらえたら私もどうしたらいいか分かるかも。
「無いと思う。」
ええー?って顔した私に早紀ちゃんが少し苦笑いを浮かべて、だって私が嫉妬して喧嘩したじゃないと言われてしまった。そう言えばそんなことあった気が。でも、あれってその後告白だし、とか考えるけど、言われてみたらそうなのかってションボリしてしまう。
「嫉妬してるって相手に分かって貰うしか方法がないと思うわ。」
「雪ちゃんに?」
「うん、嫉妬してるって伝わらないと解消出来ないと思う。」
それが出来たらしてるーって嘆いた私に、早紀ちゃんが少し嬉しそうに笑う。何がそんなに嬉しいのかなって考えたら早紀ちゃんてば、私も恋してるなーって感じて嬉しくなったって言う。そうなの?これって?って言ったら、相手に1番に自分の事見てて欲しくて、他の女の人に嫉妬してるんでしょって言われてしまった。そうか、そうなのかも。今迄より雪ちゃんに1番に自分の事を見ててって何処かで考えるようになってきてるのかも。でも、嫉妬してるって伝えるって凄く難しい事なんだよ。相手に嫉妬してるから、他の女の人に笑顔で話しかけないでなんて言えないじゃない?って言ったら早紀ちゃんはそこが難しいとこなのよって、同意してくれる。好きって伝わったからって相手の行動迄支配するのは、ヤッパリちょっとおかしい事なんだ。そう言うのの極端なのが、香苗が付き合ってた矢根尾って人なんだろうなって思う。あの後も他の塾で働いてたらしいけど、その塾が火事になってから矢根尾って人の噂はパッタリ聞かなくなった。火事で亡くなったのは大学生の講師バイトの人とかだったらしいし、怪我したとかって噂はなかったけど。西側の隣の駅で見たって行ってた子がいるから、ここら辺にはいるだろうけど会わないに越したことはない。
好きな人に1番にしてほしいけど、かといって相手の行動迄支配しちゃダメ。恋心って凄く難しいし、段々欲張りになっているような気がする。
鍵の事だってそうだよね。
大事にキーホルダーをつけて持って歩いてる雪ちゃんのお家の鍵。最初は時々日曜日にご飯を作ってあげに行こう位の気持ちだったけど、ここのところは毎週行っててママなんか日曜の朝私が持っていける食材をスタンバイしてる。そう言えばママやパパに雪ちゃんとお付き合いしてますって話してない。こう言うのって改めてママ達に言わないといけないことなんだよね。ムゥッてなってしまった私に、早紀ちゃんが少し心配そうに覗きこむ。そんな矢先ドアの開く音と同時に姿を見せたのは松理さんだった。ただ何時もと様子が違って、ちょっと店内の様子を伺っている。
「惣一君、菊池君来た?」
「さっき居たけどね、また逃げてるのかい?」
逃げてる?!私と早紀ちゃんが目を丸くしていると少し目の下に隈を作った松理さんが、何時もの調子ではぁいと手を振る。松理さんは私の横に座ると私の頭を撫で撫でしながら、溜め息をついた。
「あー、癒されるわあ、まーちゃんの純粋さ。」
「松理ちゃん、何から逃げてるの?」
「さっち、世の中にはねぇ恐ろしーい編集っていう鬼がいるのよぉ。」
「松理がちょくちょく締め切り前に姿を眩ますから恐ろしい者になるんだよ。」
久保田さんが苦笑いしながら普段より濃く見えるアイスコーヒーを松理さんの前に置く。そうそう、この間松理さんから聞いたんだけど、松理さんは作家さんなのだ。ペンネームは《奈落》っていって推理小説が多い作家さんで、私も本を持っている位。ずっと男の人だと思っていたけど、鳥飼さんの例もあるし案外書く文章のイメージとご本人とは差があるものみたいだって痛感してる。それにしても松理さんが抱き締めながら撫で撫でするので、松理さんの柔らかい胸が腕に当たります。私が困っているのに早紀ちゃんが、松理さんに不満顔を見せてくれる。
「松理ちゃん、麻希ちゃんが困ってるわ、離してあげて。」
「やぁよ、殺伐とした小説の世界ばっかで純粋な塊みたいなまーちゃんに癒して貰ってるんだもーん。」
「見つけましたよ!奈落先生!!」
扉を開くと同時にかけられた声に、文字通りピャッと松理さんが飛び上がる。扉を開けて姿を見せたのは以前雪ちゃんとここで出会ったことのある人で、松理さんは文字通り久保田さんの背中に隠れようと身を縮めた。
「後2枚なんですよ!」
ええ?!2枚で逃げてたの?!って1枚単位って原稿用紙?ってことはもうオチがついて最後の場面ってこと?それとも連載とかなのかなぁ?
「その2枚を生み出すパワーの充電をしに来たの~。」
「そう言って逃げようったってダメです!」
午前中の後片付けの後、午後は休校で明日もお休みだ。そんな訳で早紀ちゃんと2人で久々の『茶樹』へ行くことにする。香苗も誘ったんだけど、香苗は何か別な用事があるみたい。そんな道すがら相談しようとしていた、あの女の人と出くわすことになった。あの女の人が『茶樹』から出て来たのだ。この間とは違って間近で見ると、豊麗って言葉が似合う豊かな胸元は白いブラウスではち切れそう。艶やかな唇に右の目元には泣き黒子があって、大人の女の人の見本みたいな人だ。扉から出て来たその人は少し微笑みながら、ぶつかりそうになった私達二人にごめんなさいと口にして歩みさっていった。雪ちゃんと話してたんだから多分出版社の関係の人で、ここら辺で出会う可能性はあるって分かってる。でも、何でか凄く会いたくない気分だった。それが私の勝手な気持ちだってことは良く分かってるんだけど、私の表情に早紀ちゃんが不思議そうな顔をする。『茶樹』に入って事の次第とさっき出会った女の人がその人なんだって説明すると、早紀ちゃんは納得したみたいに私の顔を見つめた。
「嫉妬の解消方法ねぇ。」
うんと頷く私に早紀ちゃんが、アイスティのグラスを片手に宙を眺めて考え込んでいる。唯一の恋を大事にしてきた早紀ちゃんはその気持ちが通知るまでは、ずっと孝君の事を見つめていた。孝君は告白騒動が起きる前も結構告白されることが多かったみたいだし、早紀ちゃんがその時どうしていたか教えてもらえたら私もどうしたらいいか分かるかも。
「無いと思う。」
ええー?って顔した私に早紀ちゃんが少し苦笑いを浮かべて、だって私が嫉妬して喧嘩したじゃないと言われてしまった。そう言えばそんなことあった気が。でも、あれってその後告白だし、とか考えるけど、言われてみたらそうなのかってションボリしてしまう。
「嫉妬してるって相手に分かって貰うしか方法がないと思うわ。」
「雪ちゃんに?」
「うん、嫉妬してるって伝わらないと解消出来ないと思う。」
それが出来たらしてるーって嘆いた私に、早紀ちゃんが少し嬉しそうに笑う。何がそんなに嬉しいのかなって考えたら早紀ちゃんてば、私も恋してるなーって感じて嬉しくなったって言う。そうなの?これって?って言ったら、相手に1番に自分の事見てて欲しくて、他の女の人に嫉妬してるんでしょって言われてしまった。そうか、そうなのかも。今迄より雪ちゃんに1番に自分の事を見ててって何処かで考えるようになってきてるのかも。でも、嫉妬してるって伝えるって凄く難しい事なんだよ。相手に嫉妬してるから、他の女の人に笑顔で話しかけないでなんて言えないじゃない?って言ったら早紀ちゃんはそこが難しいとこなのよって、同意してくれる。好きって伝わったからって相手の行動迄支配するのは、ヤッパリちょっとおかしい事なんだ。そう言うのの極端なのが、香苗が付き合ってた矢根尾って人なんだろうなって思う。あの後も他の塾で働いてたらしいけど、その塾が火事になってから矢根尾って人の噂はパッタリ聞かなくなった。火事で亡くなったのは大学生の講師バイトの人とかだったらしいし、怪我したとかって噂はなかったけど。西側の隣の駅で見たって行ってた子がいるから、ここら辺にはいるだろうけど会わないに越したことはない。
好きな人に1番にしてほしいけど、かといって相手の行動迄支配しちゃダメ。恋心って凄く難しいし、段々欲張りになっているような気がする。
鍵の事だってそうだよね。
大事にキーホルダーをつけて持って歩いてる雪ちゃんのお家の鍵。最初は時々日曜日にご飯を作ってあげに行こう位の気持ちだったけど、ここのところは毎週行っててママなんか日曜の朝私が持っていける食材をスタンバイしてる。そう言えばママやパパに雪ちゃんとお付き合いしてますって話してない。こう言うのって改めてママ達に言わないといけないことなんだよね。ムゥッてなってしまった私に、早紀ちゃんが少し心配そうに覗きこむ。そんな矢先ドアの開く音と同時に姿を見せたのは松理さんだった。ただ何時もと様子が違って、ちょっと店内の様子を伺っている。
「惣一君、菊池君来た?」
「さっき居たけどね、また逃げてるのかい?」
逃げてる?!私と早紀ちゃんが目を丸くしていると少し目の下に隈を作った松理さんが、何時もの調子ではぁいと手を振る。松理さんは私の横に座ると私の頭を撫で撫でしながら、溜め息をついた。
「あー、癒されるわあ、まーちゃんの純粋さ。」
「松理ちゃん、何から逃げてるの?」
「さっち、世の中にはねぇ恐ろしーい編集っていう鬼がいるのよぉ。」
「松理がちょくちょく締め切り前に姿を眩ますから恐ろしい者になるんだよ。」
久保田さんが苦笑いしながら普段より濃く見えるアイスコーヒーを松理さんの前に置く。そうそう、この間松理さんから聞いたんだけど、松理さんは作家さんなのだ。ペンネームは《奈落》っていって推理小説が多い作家さんで、私も本を持っている位。ずっと男の人だと思っていたけど、鳥飼さんの例もあるし案外書く文章のイメージとご本人とは差があるものみたいだって痛感してる。それにしても松理さんが抱き締めながら撫で撫でするので、松理さんの柔らかい胸が腕に当たります。私が困っているのに早紀ちゃんが、松理さんに不満顔を見せてくれる。
「松理ちゃん、麻希ちゃんが困ってるわ、離してあげて。」
「やぁよ、殺伐とした小説の世界ばっかで純粋な塊みたいなまーちゃんに癒して貰ってるんだもーん。」
「見つけましたよ!奈落先生!!」
扉を開くと同時にかけられた声に、文字通りピャッと松理さんが飛び上がる。扉を開けて姿を見せたのは以前雪ちゃんとここで出会ったことのある人で、松理さんは文字通り久保田さんの背中に隠れようと身を縮めた。
「後2枚なんですよ!」
ええ?!2枚で逃げてたの?!って1枚単位って原稿用紙?ってことはもうオチがついて最後の場面ってこと?それとも連載とかなのかなぁ?
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「そう言って逃げようったってダメです!」
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