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8月
閑話25.木内梓
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自分が間違ってる何て思わない。
それに何でと聞かれても間違ってないって信じてるからだとしか、梓には答えられない。小さい時からそれが当然の中で生活してきた。それが少しずつ変わっていくなんて考えたこともないし、両親だって同じように考えているのは知っている。
梓が楽しければ正義、両親がよければ正しい。
そういう世界の中で生活してきた。だから、須藤香苗の彼氏ですら梓を女王様にして、彼女の香苗を奴隷にしたのだ。梓が奴隷に何て言ったら金切り声をあげて、男に掴みかかってやっただろう。でも、矢根尾は迷いもなく梓を女王様としたので、梓は満足だった。初めての彼氏ではなかったが、今までの彼氏よりも年上の茂木や貞友を二人も連れて歩くのは気分が良かった。女王様みたいにかしづかれて、自分と同じ年の同級生が奴隷になる。それは梓にとって新しいゲームみたいなものだ。
ところが、唐突に香苗が連絡をしてこなくなって、矢根尾迄姿を消してしまったと茂木から聞かされた。3人でホテルのベットとで遊ぶのは楽しくもあるけど、奴隷がいないとつまらない。何度もLINEするけど途中から既読にすらならなくなって、貞友に画面を見せる。
「既読にすらなんないの。何してんのかな。」
「それ、ブロックされてんだよ、梓。」
頭がいい貞友晴一は色々なことを知っていて聞くと分かりやすく教えてくれる、ノリのいいお調子者な茂木とは正反対だ。二人は同級生だった訳じゃないけど矢根尾が会わせてから、いつも一緒に遊ぶようになったと話していた。てっきり梓と香苗もそんな風になっていくと思ったのに、突然連絡を断ち切ってしかもLINEブロック?
「嫌われちゃったな、アズ」
そんなことない、梓は貞友にそう答えようとしたが言葉にならなかった。頭の中に本当に嫌われてないと言い切れるかと考えようとしたら、クラスメイトに平手打ちされたことを思い出したのだ。
アイツだって私の気に入らないことをしたからシメてやったのに、私は痛みを知らないとか何とか言ってきた。
志賀早紀のいう言葉は堅苦しくて理解もできなかったが、あの女が楽しげにクラスで何人かと話していたのは知っている。その中には香苗が友達だって言っていた宮井麻希子もいて、折角何度も呼び出してやっているのにスルーしている友達がいのない女だ。最近香苗が来ないから奴隷役に何人か友達を呼び出しもしてみたが、矢根尾も香苗もいないと奴隷という言葉だけで相手は怒リだして帰ってしまうこともある。今では呼び出そうにも用があると、大概の友達が断ってくる始末だ。
そんな不貞腐れた梓が二人とホテルから出て道を歩いていた時に、バッタリ出くわしたのは当の香苗と友達がいのない宮井麻希子だった。連絡もしないことを詰る梓に、香苗は謝罪どころか上目遣いに睨み付けて呻くように言った。
「もう、嫌なの。」
香苗の小さい呟きは、まだ朝早い街並みに奇妙なくらい綺麗に響いた。友達の言う言葉とは思えないと梓は唖然としながら、苛立ちに声を張り上げる。
「何がやなのよ?喜んでた癖に!」
苛立ち紛れに怒鳴りつけながら梓は、香苗の肩を突き飛ばす。だけど、横で麻希子が腕を掴んでいたから、香苗は怯みもせずに梓に向かって大きな声で口を開く。
「喜んでなんかない、嫌だったけどずっと我慢してた!我慢してきたけど、もう嫌!私はもう嫌!!」
香苗の鋭い言葉に、梓が驚いて怯み後退る。梓にとっては当然のゲームに、相手が実は我慢してたなんて1つも考えたことがなかった。嫌だったら先に言えば良かったのにと考えようとしたが、香苗はそう言われれば嫌がっていたような気もするのだ。間を納めようと茂木がまぁまぁと割り込んで前に出てくるのに、香苗が思わず言葉を続けるのを躊躇う。茂木が香苗の腕を抱き締めている麻希子に目を向けるのが分かる。
「あれぇ、誰かと思ったら最初の合コンの時の処女かぁ?」
そうだ、宮井は最初にカラオケに参加した時、途中で何も言わずに帰ったんだった。あれは何でだったんだろうと、ボンヤリ考える。茂木がニヤニヤしながら近寄るのに、真っ赤になりながら宮井が必死に睨んでいた。
「丁度いいじゃん、カナちゃんに矢根尾さんの話聞きたいし。処女貫通してみたかったんだよな、オレ。」
グイと宮井の腕を掴んだ茂木の言葉に、宮井が青ざめるのが分かる。香苗が必死に叫びながら茂木の手を、宮井の腕から払い落とし背中に庇う。それはまるで志賀早紀みたいに凛として、間違っているのは梓達だといっているみたいに見える。
「嫌って言ったでしょ!耳聞こえないの?!」
香苗がそんな風に逆らったのは始めてみた。矢根尾に詰られて子供みたいに泣き出して、手がつけられなくなった時とは全然違う。何処か大人びて揺るがない強さ。
横の貞友の動きは早く気がついた時には、香苗の下腹部に黒の厚ゾコ靴がめり込んでいた。宮井ごと蹴り飛ばされ道路に転げる香苗の姿に、何故か悪者は自分達だと梓は感じとっている。
「あーあ、貞友を怒らせたら駄目だよ、カナちゃん。」
茂木に乱暴に腕をとられた宮井が、小動物みたいにジタバタする。その時梓の横をすり抜けて大きな背中が入り込んだと思うと、貞友が綺麗に弧を描いて宙を舞った。受け身なんて出来もしない貞友は路上で大の字のまま、首に腕が回され顔色がみるみる青くなって行く。それをしている人が声をあげ、それが土志田だと気がついた。
「雪、頼むから大怪我させるなよ?」
「知るか、クズは死ねばいいんだ。」
視界に見える土志田は、あっという間に貞友が失神したのを確認して腕を離す。そう言えば土志田は柔道部の顧問だったっけと考えながら、茂木の真横に現れた見たことのない青年の氷のような顔を見上げ後退る。そこから逃げ出しながら梓は、何で自分が逃げ出さないといけないのかを考えるのをやめていた。
※※※
数日後に茂木にもう一緒に出歩かないと突然言われて、梓は唖然として彼の顔を見上げた。苦々しい顔は梓が面倒の種だと言っているようで、そんなはずはないと言いたいのに言葉にならない。何時も行っていた居酒屋とか飲食店で、茂木達が梓を同伴すると出入り禁止になってると聞かされて梓は再び唖然とする。
香苗も友達じゃなくなったし、他にいた筈の友達もいなくなった。それを考えると必ず志賀早紀の平手打ちと、あの時の言葉が頭を掠める。そして、今では必ずその後ろに小動物みたいなふりをして、宮井かいるのに気がつく。合コンの時もそうだ、あの後何度も香苗は宮井を誘い出そうとしていた。矢根尾だって連れてこいとしつこかったのは、宮井だけしか記憶にない。FacebookやLINEにあんた何やってんの?と以前の友達が、面白がって連絡をしてくる。梓が飲食店で出入り禁止になってしまったのは、とうに知れわたっているようだ。
あの女、人畜無害みたいな小動物のふりして。
何故かそれは全部宮井がやったんだと、梓は確信していた。どうにかしてとっちめてやりたいと学校に向かった梓は、その姿をやっと教室の中に見つける。
「宮井。」
宮井はキョトンと白々しい視線をあげる。普段の梓とは違う化粧っ気のない顔には、黒々と目の下はくまになって肌も荒れてて別人みたいに見えるのは分かっていた。
「あんた何したの?」
何がと問いかける宮井は、梓の問いかけの意味が分からない様子だ。梓はブルブルと怒りに震えながら、白々しい宮井の襟元を両手で掴んだ。
「しらばっくれても無駄よ!あんた何したのよ!!」
突然の騒ぎに教室の中が騒然とする。宮井は呆然としたまま梓の手で襟を掴まれ、梓の顔を見上げた。
「あんたのせいで茂木君達から、もう来るなって言われたんだ!あんたが何かしたから!!」
全く梓の言葉の意味を理解していない宮井が、襟を捕まれたままポカンとしている。宮井の顔が何時までたっても理解した節がなくて、梓の顔は怒りで真っ赤に変わる。
「あんたが出禁にしたんだろ!」
「はぁ?」
本気で理解できない宮井がポカンとしていて、宮井の家族は飲食店でもないし、父親はサラリーマンだし母親は専業主婦だとか香苗に聞いたような気がする。そんな時って飲食店で何が出来るの?大体にして、宮井は梓がどの店に行っているかも知らない筈だ。
「あんたじゃないの?」
「だから、何のこと?出禁って何処を?学校じゃないよね?」
学校を出禁じゃ退学じゃんと横で三澄が言って、あそうだねと思わず返事をした宮井の間の抜けた言葉に周りが反射的に笑い出す。志賀早紀が険しい顔で宮井と梓の間に入って、梓の顔を睨むと険しい声をあげた。
「何処か知らないけど、木内さんが出入り禁止になるようなことしたんでしょ?麻希ちゃんに掴みかかるなんて言いがかりにも程があるわよ?」
「あんた…。」
何か言おうとする木内梓の顔が、周囲の視線を見回して困惑して黙りこんだ。いつの間にか周囲の視線は凄く冷たい、何やってんだかと呆れまで混じっている。こんなはずじゃないのにと、梓は戸惑いながら辺りを見回す。
「何で私が何かしたって思うの?」
志賀早紀の影から顔を出した宮井が声をかけてくる。何故ってと考えて、梓の困惑は更に強くなる。確かに何で宮井だと決めつけたんだろう、宮井が何かしたのをみたわけでもないのに。でも、周囲の視線はもう以前の梓を見るものじゃないのだけは、凄くよく分かる。
※※※
「アズちゃん、ママ出掛けてくるから。ご飯好きにしてちょうだいね。」
玄関でママが叫んでる。若作りの化粧をして夜遅くまで帰ってこないつもりだ。パパも最近は何処かでシャワーを浴びてから帰ってきてる。パパもママも家ではそれぞれ違うシャンプーを使ってるのに、最近は同じ香りがするのにとっくに気がついてる。そのシャンプーがよく嗅いだことがある匂いで、もしかしたら同じところに行ってるんじゃないかって薄々感じてる。
部屋の中に籠っていても、両親が何も異変だと感じてもらえないのに気がついて梓は呆然としていた。
Facebookはアカウントを消して、LINEも同級生は皆ブロックした。そうた途端誰からも連絡がなくなって、梓は独りぼっちの自分に気がつく。両親ですらその変化に気がつこうともしないのに、梓は憤った思いで膝を抱える。宮井が何かしたという気持ちは、まだ心の中にあった。何でか知らないけど、宮井が何か梓の楽しみを潰していると考えている。腹立ち紛れに全部宮井のせいと文章にして書き始めると、本当にそんな気がしてペンが止まらない。苛立ちが止まらず、梓は宮井自身をもう一度問い詰めるつもりで出掛けた。
「宮井、あんた何したの?ネットでさらしたの?」
夏期講習帰りの宮井は、ポカーンと梓の言葉に路上で立ち尽くした。宮井がそうだと言えば、全部スッキリしてもっと怒鳴り付けられるのに。宮井は心底梓の言葉が理解できない表情なのだ。
「さらすって何を?」
「とぼけないでよ!あんた以外に考えらんないんだから!」
夏の陽射しにウンザリしながら宮井を眺め、無意識に爪を噛んでしまう。どうして、宮井はキョトンとしたままなんだろうと、苛立ちながら梓は考えた。
「何時もあんたが絡むとダメになるんだから!」
「え?それってまるっきり八つ当たりじゃん。」
全く意にも介さない感じで、宮井がそんなことを言う。苛立ちに頬が熱くブルブルと震えながら、上目遣いに睨み付ける。でも、宮井は全然怯えもしないし、完全に疑問だけで梓に向かって口を開いた。
「ねぇ、私が何をどうしたと思ってんの?出禁になったとかネットで曝すっていうけど、大体にして何か曝されると困ることしたの?」
「えっ?!」
そこまで聞かれて唖然とする。目の前の宮井が本気でそれを聞いているのが分かったせいで、梓が考えているのとは宮井は無関係なのだ。意図して知らないふりをしているわけでなく、宮井は本気で梓の現状を知らない。出入り禁止も茂木達や今までの友達から避けられているのも。何も知らないのに、梓が考えるような裏工作はしようがない。夏の陽射しの中で、不意に宮井が梓を眺める。
「ねぇ。」
「何よ。」
「暑いから、どっか行って話さない?」
宮井の言葉に木内梓が唖然とした顔をする。あまりにも場違いな言葉に梓は毒気を抜かれた気分で、もういいと呟いて宮井に背を向けて歩き出す。
歩きながら茂木にLINEすると、エコーなら入れそうだから会ってもいいと言われて少しだけホッとする。でも、それが今までの全部の終わりになるなんて、梓は微塵も考えもしなかった。
※※※
腹立ち紛れに書いて投げておいた手紙を、家にいない内にママが読んで騒ぎ立てるなんて考えもしなかった。前日の夜だって自分が遊びに出てて、梓が夜に茂木に会いに出たのも知らないのに。朝になってからか梓がいないのに気がついて、部屋に入って投げておいた手紙を読んだママが学校に連絡して騒ぎになってしまった。しかも、何でかホテルを出てきたところで両親と土志田とこの間の氷みたいな目をする人に出くわしてしまう。
ホテルの中で茂木が冗談で買った大人の玩具を入れたバックを、見つけられた驚きで道路に取り落としてしまった。道路に恥ずかしい玩具が転がって、茂木がそんなの買わなければ良かったのにと梓は心の中で考える。なのに逆上したママが、梓に向かって罵声を上げて叩き始めたのだ。
「恥ずかしい!何てことしてんの!このバカ娘!!」
ママだって同じじゃないと言い返したら、余計に逆上して何度も叩かれる。パパはパパで茂木と貞友に向かって殴りかかっていて、その場は異様な状態になっていた。そんな時に限って、ホテルのスタッフの女がお客様何て声をかけたから全員の動きが止まる。
「先日お忘れの指輪の……。」
「あったの?」
ホテルの人に答えたのは他でもないパパだった。唖然とするママの顔が般若のように変わるのが、目の前でみている梓にも分かる。思わず飛びかかってきたママを貞友が飛び退いているのを眺めながら、やっぱりパパもキャロルに来てたんだと梓は呆然と立ち尽くす。どう考えたってママと一緒に来てた訳じゃない。
「奥さん!落ち着いて!!」
「何で浮気しやがった!このロクデナシ!」
「いでぇ!やめろ!!」
駆けつけた警察官に押さえ込まれているのに、パパに飛びかかるママは完全に般若だ。路面に転がり出た物の異様さにジロジロと通り係の人が梓達親子を好奇の視線で見ていく。
なんなの?これ。
梓が堪えきれずに泣き出す。こんな馬鹿げた話なんてあるだろうか、親と子が同じラブホテルでそれぞれ別な相手とエッチしてますなんて。子供が泣き出して落ち着くかと思った母親は泣き声に逆上し、梓を怒鳴り付け殴りかかる始末だ。土志田が押さえに加勢してもママの怒りは収まる気配すらない。ホテルのスタッフが女性でなく、男に変わって顔を出し警察官の問いかけに答える。
「ええ、そうです、困るんですよ、入口でこんなことされたら。」
その男性スタッフの視線は、真っ直ぐに木内の母親を見据え完全に指をさしながら告げた。
「何時もご贔屓にしていただいてありがたかったですけど、こんな騒ぎを起こされちゃ出入りご遠慮さしてもらいます。」
凍りついたママの顔に、やっぱりママもなんだと正直梓はウンザリした。そうなるような気がしたけど、本気で親子揃ってろくでもないことしかしてないんだ。
「あ、あたしはっ」
「言い訳は結構です、あ、あんたも関係者?あんたももう入れないからね!」
唖然としたパパと茂木と貞友にもそう告げて、スタッフはわざとらしくやれやれと言いたげに警察官に頭を下げる。その言葉に我に帰ったように、今度はパパがママに逆上し掴みかかった。
※※※
土志田には腹立ち紛れて書いたもので、手紙の内容は本当のことではないと正直に話した。横にいるママはその言葉に放心状態で、肩を落として育て方を間違ったとブツブツ言っている。
そう言われたってママだってパパだって自分がやりたいようにやって、梓のことなんか気にもしてなかったくせに。
心の中でそう呟くと、目の前の土志田が突然厳しい声でママに向かって口を開いた。
「木内さん。」
「何よ、まだ何か文句あるの?」
その言葉がとんでもない言いがかりだと、横で聞いている梓にだって分かる。文句を言っているのはママの方で、土志田は何一つ文句なんか言っていない。ママはまるで何時もの梓がするみたいに不貞腐れた顔で、土志田の顔を一瞬もみようともしない。
「いいえ、文句ではありませんが、木内さん。」
土志田の声は何時もよりもずっと厳しくて、普段の暢気な陽気な声とは別人みたいに固く強ばっていた。
「子供は親を見てるんです、親が思うよりもずっと多くの事を見てますよ?」
「だからなんだって言うのよ?」
「子供の目は欺けません、木内さんがしている事が梓さんの基準なんです。」
土志田の言葉はパパやママがしていることが、今の梓の基準なんだと梓に教えている。でも、それは必ずしも正しい基準なんかじゃなくて、間違っている可能性も実はあるんだ。梓はそれを聞きながら、土志田の顔を始めて真っ直ぐに見たと感じた。一瞬こんな顔をしていたんだと感じた自分に気がついて、土志田の顔を自分が真っ直ぐに見たことがないのだと我にかえる。真っ直ぐに見た土志田の顔は、考えているよりずっと若くて純粋な思念に満ちた瞳をしていた。
いつの間に人の顔を見なくなってたんだろう。
斜めにしか見たことのない友達の顔。真っ直ぐに見たことがないって事は、同時に相手も真っ直ぐに見たことがないってことなんだ。そう考えた時梓は宮井の視線が何時も真っ直ぐに自分を見てくるのが、正直羨ましかったし怖かったのだと思う。そう思った途端、何故か酷く寂しくなった。
あの時、別なとこでもう少し話してみたら、宮井の顔も真っ直ぐ見れたのかな。
ママは土志田の言葉を結局理解しなかった。散々文句を言った上に、あんたのせいで家庭が壊れたと詰りあんたの親の顔が見てみたいと吐き捨てる。すると、土志田先生は真顔で残念ですがと、口許を微かに歪ませた。
「私の両親は故人ですが、親の顔に泥を塗るような真似はしたつもりは一切ありません。木内さんも梓さんに恥じない行動をなさってください。」
そう言った土志田先生にママが恥じ入ったように黙りこんで、梓は先生が初めてもう両親が亡くなっていたのだと知る。先生はどんな気持ちで自分達を見ているのだろうとママの隣に立ちながら考えた。ママが喚きながら書類を書いているのを、梓はジッと土志田先生を眺めながら考え続ける。
私、間違ってた。
そう、梓はひっそりと考える。これからの生活がどうなるのか考えられないけど、落ち着いたらまず宮井に手紙を書こうと思う。次に香苗と志賀早紀にも。後は友達達に順に。最後は土志田先生に。それが何を意味するかは分からないけど丁寧に手紙を書こう、そう梓は考えていた。
それに何でと聞かれても間違ってないって信じてるからだとしか、梓には答えられない。小さい時からそれが当然の中で生活してきた。それが少しずつ変わっていくなんて考えたこともないし、両親だって同じように考えているのは知っている。
梓が楽しければ正義、両親がよければ正しい。
そういう世界の中で生活してきた。だから、須藤香苗の彼氏ですら梓を女王様にして、彼女の香苗を奴隷にしたのだ。梓が奴隷に何て言ったら金切り声をあげて、男に掴みかかってやっただろう。でも、矢根尾は迷いもなく梓を女王様としたので、梓は満足だった。初めての彼氏ではなかったが、今までの彼氏よりも年上の茂木や貞友を二人も連れて歩くのは気分が良かった。女王様みたいにかしづかれて、自分と同じ年の同級生が奴隷になる。それは梓にとって新しいゲームみたいなものだ。
ところが、唐突に香苗が連絡をしてこなくなって、矢根尾迄姿を消してしまったと茂木から聞かされた。3人でホテルのベットとで遊ぶのは楽しくもあるけど、奴隷がいないとつまらない。何度もLINEするけど途中から既読にすらならなくなって、貞友に画面を見せる。
「既読にすらなんないの。何してんのかな。」
「それ、ブロックされてんだよ、梓。」
頭がいい貞友晴一は色々なことを知っていて聞くと分かりやすく教えてくれる、ノリのいいお調子者な茂木とは正反対だ。二人は同級生だった訳じゃないけど矢根尾が会わせてから、いつも一緒に遊ぶようになったと話していた。てっきり梓と香苗もそんな風になっていくと思ったのに、突然連絡を断ち切ってしかもLINEブロック?
「嫌われちゃったな、アズ」
そんなことない、梓は貞友にそう答えようとしたが言葉にならなかった。頭の中に本当に嫌われてないと言い切れるかと考えようとしたら、クラスメイトに平手打ちされたことを思い出したのだ。
アイツだって私の気に入らないことをしたからシメてやったのに、私は痛みを知らないとか何とか言ってきた。
志賀早紀のいう言葉は堅苦しくて理解もできなかったが、あの女が楽しげにクラスで何人かと話していたのは知っている。その中には香苗が友達だって言っていた宮井麻希子もいて、折角何度も呼び出してやっているのにスルーしている友達がいのない女だ。最近香苗が来ないから奴隷役に何人か友達を呼び出しもしてみたが、矢根尾も香苗もいないと奴隷という言葉だけで相手は怒リだして帰ってしまうこともある。今では呼び出そうにも用があると、大概の友達が断ってくる始末だ。
そんな不貞腐れた梓が二人とホテルから出て道を歩いていた時に、バッタリ出くわしたのは当の香苗と友達がいのない宮井麻希子だった。連絡もしないことを詰る梓に、香苗は謝罪どころか上目遣いに睨み付けて呻くように言った。
「もう、嫌なの。」
香苗の小さい呟きは、まだ朝早い街並みに奇妙なくらい綺麗に響いた。友達の言う言葉とは思えないと梓は唖然としながら、苛立ちに声を張り上げる。
「何がやなのよ?喜んでた癖に!」
苛立ち紛れに怒鳴りつけながら梓は、香苗の肩を突き飛ばす。だけど、横で麻希子が腕を掴んでいたから、香苗は怯みもせずに梓に向かって大きな声で口を開く。
「喜んでなんかない、嫌だったけどずっと我慢してた!我慢してきたけど、もう嫌!私はもう嫌!!」
香苗の鋭い言葉に、梓が驚いて怯み後退る。梓にとっては当然のゲームに、相手が実は我慢してたなんて1つも考えたことがなかった。嫌だったら先に言えば良かったのにと考えようとしたが、香苗はそう言われれば嫌がっていたような気もするのだ。間を納めようと茂木がまぁまぁと割り込んで前に出てくるのに、香苗が思わず言葉を続けるのを躊躇う。茂木が香苗の腕を抱き締めている麻希子に目を向けるのが分かる。
「あれぇ、誰かと思ったら最初の合コンの時の処女かぁ?」
そうだ、宮井は最初にカラオケに参加した時、途中で何も言わずに帰ったんだった。あれは何でだったんだろうと、ボンヤリ考える。茂木がニヤニヤしながら近寄るのに、真っ赤になりながら宮井が必死に睨んでいた。
「丁度いいじゃん、カナちゃんに矢根尾さんの話聞きたいし。処女貫通してみたかったんだよな、オレ。」
グイと宮井の腕を掴んだ茂木の言葉に、宮井が青ざめるのが分かる。香苗が必死に叫びながら茂木の手を、宮井の腕から払い落とし背中に庇う。それはまるで志賀早紀みたいに凛として、間違っているのは梓達だといっているみたいに見える。
「嫌って言ったでしょ!耳聞こえないの?!」
香苗がそんな風に逆らったのは始めてみた。矢根尾に詰られて子供みたいに泣き出して、手がつけられなくなった時とは全然違う。何処か大人びて揺るがない強さ。
横の貞友の動きは早く気がついた時には、香苗の下腹部に黒の厚ゾコ靴がめり込んでいた。宮井ごと蹴り飛ばされ道路に転げる香苗の姿に、何故か悪者は自分達だと梓は感じとっている。
「あーあ、貞友を怒らせたら駄目だよ、カナちゃん。」
茂木に乱暴に腕をとられた宮井が、小動物みたいにジタバタする。その時梓の横をすり抜けて大きな背中が入り込んだと思うと、貞友が綺麗に弧を描いて宙を舞った。受け身なんて出来もしない貞友は路上で大の字のまま、首に腕が回され顔色がみるみる青くなって行く。それをしている人が声をあげ、それが土志田だと気がついた。
「雪、頼むから大怪我させるなよ?」
「知るか、クズは死ねばいいんだ。」
視界に見える土志田は、あっという間に貞友が失神したのを確認して腕を離す。そう言えば土志田は柔道部の顧問だったっけと考えながら、茂木の真横に現れた見たことのない青年の氷のような顔を見上げ後退る。そこから逃げ出しながら梓は、何で自分が逃げ出さないといけないのかを考えるのをやめていた。
※※※
数日後に茂木にもう一緒に出歩かないと突然言われて、梓は唖然として彼の顔を見上げた。苦々しい顔は梓が面倒の種だと言っているようで、そんなはずはないと言いたいのに言葉にならない。何時も行っていた居酒屋とか飲食店で、茂木達が梓を同伴すると出入り禁止になってると聞かされて梓は再び唖然とする。
香苗も友達じゃなくなったし、他にいた筈の友達もいなくなった。それを考えると必ず志賀早紀の平手打ちと、あの時の言葉が頭を掠める。そして、今では必ずその後ろに小動物みたいなふりをして、宮井かいるのに気がつく。合コンの時もそうだ、あの後何度も香苗は宮井を誘い出そうとしていた。矢根尾だって連れてこいとしつこかったのは、宮井だけしか記憶にない。FacebookやLINEにあんた何やってんの?と以前の友達が、面白がって連絡をしてくる。梓が飲食店で出入り禁止になってしまったのは、とうに知れわたっているようだ。
あの女、人畜無害みたいな小動物のふりして。
何故かそれは全部宮井がやったんだと、梓は確信していた。どうにかしてとっちめてやりたいと学校に向かった梓は、その姿をやっと教室の中に見つける。
「宮井。」
宮井はキョトンと白々しい視線をあげる。普段の梓とは違う化粧っ気のない顔には、黒々と目の下はくまになって肌も荒れてて別人みたいに見えるのは分かっていた。
「あんた何したの?」
何がと問いかける宮井は、梓の問いかけの意味が分からない様子だ。梓はブルブルと怒りに震えながら、白々しい宮井の襟元を両手で掴んだ。
「しらばっくれても無駄よ!あんた何したのよ!!」
突然の騒ぎに教室の中が騒然とする。宮井は呆然としたまま梓の手で襟を掴まれ、梓の顔を見上げた。
「あんたのせいで茂木君達から、もう来るなって言われたんだ!あんたが何かしたから!!」
全く梓の言葉の意味を理解していない宮井が、襟を捕まれたままポカンとしている。宮井の顔が何時までたっても理解した節がなくて、梓の顔は怒りで真っ赤に変わる。
「あんたが出禁にしたんだろ!」
「はぁ?」
本気で理解できない宮井がポカンとしていて、宮井の家族は飲食店でもないし、父親はサラリーマンだし母親は専業主婦だとか香苗に聞いたような気がする。そんな時って飲食店で何が出来るの?大体にして、宮井は梓がどの店に行っているかも知らない筈だ。
「あんたじゃないの?」
「だから、何のこと?出禁って何処を?学校じゃないよね?」
学校を出禁じゃ退学じゃんと横で三澄が言って、あそうだねと思わず返事をした宮井の間の抜けた言葉に周りが反射的に笑い出す。志賀早紀が険しい顔で宮井と梓の間に入って、梓の顔を睨むと険しい声をあげた。
「何処か知らないけど、木内さんが出入り禁止になるようなことしたんでしょ?麻希ちゃんに掴みかかるなんて言いがかりにも程があるわよ?」
「あんた…。」
何か言おうとする木内梓の顔が、周囲の視線を見回して困惑して黙りこんだ。いつの間にか周囲の視線は凄く冷たい、何やってんだかと呆れまで混じっている。こんなはずじゃないのにと、梓は戸惑いながら辺りを見回す。
「何で私が何かしたって思うの?」
志賀早紀の影から顔を出した宮井が声をかけてくる。何故ってと考えて、梓の困惑は更に強くなる。確かに何で宮井だと決めつけたんだろう、宮井が何かしたのをみたわけでもないのに。でも、周囲の視線はもう以前の梓を見るものじゃないのだけは、凄くよく分かる。
※※※
「アズちゃん、ママ出掛けてくるから。ご飯好きにしてちょうだいね。」
玄関でママが叫んでる。若作りの化粧をして夜遅くまで帰ってこないつもりだ。パパも最近は何処かでシャワーを浴びてから帰ってきてる。パパもママも家ではそれぞれ違うシャンプーを使ってるのに、最近は同じ香りがするのにとっくに気がついてる。そのシャンプーがよく嗅いだことがある匂いで、もしかしたら同じところに行ってるんじゃないかって薄々感じてる。
部屋の中に籠っていても、両親が何も異変だと感じてもらえないのに気がついて梓は呆然としていた。
Facebookはアカウントを消して、LINEも同級生は皆ブロックした。そうた途端誰からも連絡がなくなって、梓は独りぼっちの自分に気がつく。両親ですらその変化に気がつこうともしないのに、梓は憤った思いで膝を抱える。宮井が何かしたという気持ちは、まだ心の中にあった。何でか知らないけど、宮井が何か梓の楽しみを潰していると考えている。腹立ち紛れに全部宮井のせいと文章にして書き始めると、本当にそんな気がしてペンが止まらない。苛立ちが止まらず、梓は宮井自身をもう一度問い詰めるつもりで出掛けた。
「宮井、あんた何したの?ネットでさらしたの?」
夏期講習帰りの宮井は、ポカーンと梓の言葉に路上で立ち尽くした。宮井がそうだと言えば、全部スッキリしてもっと怒鳴り付けられるのに。宮井は心底梓の言葉が理解できない表情なのだ。
「さらすって何を?」
「とぼけないでよ!あんた以外に考えらんないんだから!」
夏の陽射しにウンザリしながら宮井を眺め、無意識に爪を噛んでしまう。どうして、宮井はキョトンとしたままなんだろうと、苛立ちながら梓は考えた。
「何時もあんたが絡むとダメになるんだから!」
「え?それってまるっきり八つ当たりじゃん。」
全く意にも介さない感じで、宮井がそんなことを言う。苛立ちに頬が熱くブルブルと震えながら、上目遣いに睨み付ける。でも、宮井は全然怯えもしないし、完全に疑問だけで梓に向かって口を開いた。
「ねぇ、私が何をどうしたと思ってんの?出禁になったとかネットで曝すっていうけど、大体にして何か曝されると困ることしたの?」
「えっ?!」
そこまで聞かれて唖然とする。目の前の宮井が本気でそれを聞いているのが分かったせいで、梓が考えているのとは宮井は無関係なのだ。意図して知らないふりをしているわけでなく、宮井は本気で梓の現状を知らない。出入り禁止も茂木達や今までの友達から避けられているのも。何も知らないのに、梓が考えるような裏工作はしようがない。夏の陽射しの中で、不意に宮井が梓を眺める。
「ねぇ。」
「何よ。」
「暑いから、どっか行って話さない?」
宮井の言葉に木内梓が唖然とした顔をする。あまりにも場違いな言葉に梓は毒気を抜かれた気分で、もういいと呟いて宮井に背を向けて歩き出す。
歩きながら茂木にLINEすると、エコーなら入れそうだから会ってもいいと言われて少しだけホッとする。でも、それが今までの全部の終わりになるなんて、梓は微塵も考えもしなかった。
※※※
腹立ち紛れに書いて投げておいた手紙を、家にいない内にママが読んで騒ぎ立てるなんて考えもしなかった。前日の夜だって自分が遊びに出てて、梓が夜に茂木に会いに出たのも知らないのに。朝になってからか梓がいないのに気がついて、部屋に入って投げておいた手紙を読んだママが学校に連絡して騒ぎになってしまった。しかも、何でかホテルを出てきたところで両親と土志田とこの間の氷みたいな目をする人に出くわしてしまう。
ホテルの中で茂木が冗談で買った大人の玩具を入れたバックを、見つけられた驚きで道路に取り落としてしまった。道路に恥ずかしい玩具が転がって、茂木がそんなの買わなければ良かったのにと梓は心の中で考える。なのに逆上したママが、梓に向かって罵声を上げて叩き始めたのだ。
「恥ずかしい!何てことしてんの!このバカ娘!!」
ママだって同じじゃないと言い返したら、余計に逆上して何度も叩かれる。パパはパパで茂木と貞友に向かって殴りかかっていて、その場は異様な状態になっていた。そんな時に限って、ホテルのスタッフの女がお客様何て声をかけたから全員の動きが止まる。
「先日お忘れの指輪の……。」
「あったの?」
ホテルの人に答えたのは他でもないパパだった。唖然とするママの顔が般若のように変わるのが、目の前でみている梓にも分かる。思わず飛びかかってきたママを貞友が飛び退いているのを眺めながら、やっぱりパパもキャロルに来てたんだと梓は呆然と立ち尽くす。どう考えたってママと一緒に来てた訳じゃない。
「奥さん!落ち着いて!!」
「何で浮気しやがった!このロクデナシ!」
「いでぇ!やめろ!!」
駆けつけた警察官に押さえ込まれているのに、パパに飛びかかるママは完全に般若だ。路面に転がり出た物の異様さにジロジロと通り係の人が梓達親子を好奇の視線で見ていく。
なんなの?これ。
梓が堪えきれずに泣き出す。こんな馬鹿げた話なんてあるだろうか、親と子が同じラブホテルでそれぞれ別な相手とエッチしてますなんて。子供が泣き出して落ち着くかと思った母親は泣き声に逆上し、梓を怒鳴り付け殴りかかる始末だ。土志田が押さえに加勢してもママの怒りは収まる気配すらない。ホテルのスタッフが女性でなく、男に変わって顔を出し警察官の問いかけに答える。
「ええ、そうです、困るんですよ、入口でこんなことされたら。」
その男性スタッフの視線は、真っ直ぐに木内の母親を見据え完全に指をさしながら告げた。
「何時もご贔屓にしていただいてありがたかったですけど、こんな騒ぎを起こされちゃ出入りご遠慮さしてもらいます。」
凍りついたママの顔に、やっぱりママもなんだと正直梓はウンザリした。そうなるような気がしたけど、本気で親子揃ってろくでもないことしかしてないんだ。
「あ、あたしはっ」
「言い訳は結構です、あ、あんたも関係者?あんたももう入れないからね!」
唖然としたパパと茂木と貞友にもそう告げて、スタッフはわざとらしくやれやれと言いたげに警察官に頭を下げる。その言葉に我に帰ったように、今度はパパがママに逆上し掴みかかった。
※※※
土志田には腹立ち紛れて書いたもので、手紙の内容は本当のことではないと正直に話した。横にいるママはその言葉に放心状態で、肩を落として育て方を間違ったとブツブツ言っている。
そう言われたってママだってパパだって自分がやりたいようにやって、梓のことなんか気にもしてなかったくせに。
心の中でそう呟くと、目の前の土志田が突然厳しい声でママに向かって口を開いた。
「木内さん。」
「何よ、まだ何か文句あるの?」
その言葉がとんでもない言いがかりだと、横で聞いている梓にだって分かる。文句を言っているのはママの方で、土志田は何一つ文句なんか言っていない。ママはまるで何時もの梓がするみたいに不貞腐れた顔で、土志田の顔を一瞬もみようともしない。
「いいえ、文句ではありませんが、木内さん。」
土志田の声は何時もよりもずっと厳しくて、普段の暢気な陽気な声とは別人みたいに固く強ばっていた。
「子供は親を見てるんです、親が思うよりもずっと多くの事を見てますよ?」
「だからなんだって言うのよ?」
「子供の目は欺けません、木内さんがしている事が梓さんの基準なんです。」
土志田の言葉はパパやママがしていることが、今の梓の基準なんだと梓に教えている。でも、それは必ずしも正しい基準なんかじゃなくて、間違っている可能性も実はあるんだ。梓はそれを聞きながら、土志田の顔を始めて真っ直ぐに見たと感じた。一瞬こんな顔をしていたんだと感じた自分に気がついて、土志田の顔を自分が真っ直ぐに見たことがないのだと我にかえる。真っ直ぐに見た土志田の顔は、考えているよりずっと若くて純粋な思念に満ちた瞳をしていた。
いつの間に人の顔を見なくなってたんだろう。
斜めにしか見たことのない友達の顔。真っ直ぐに見たことがないって事は、同時に相手も真っ直ぐに見たことがないってことなんだ。そう考えた時梓は宮井の視線が何時も真っ直ぐに自分を見てくるのが、正直羨ましかったし怖かったのだと思う。そう思った途端、何故か酷く寂しくなった。
あの時、別なとこでもう少し話してみたら、宮井の顔も真っ直ぐ見れたのかな。
ママは土志田の言葉を結局理解しなかった。散々文句を言った上に、あんたのせいで家庭が壊れたと詰りあんたの親の顔が見てみたいと吐き捨てる。すると、土志田先生は真顔で残念ですがと、口許を微かに歪ませた。
「私の両親は故人ですが、親の顔に泥を塗るような真似はしたつもりは一切ありません。木内さんも梓さんに恥じない行動をなさってください。」
そう言った土志田先生にママが恥じ入ったように黙りこんで、梓は先生が初めてもう両親が亡くなっていたのだと知る。先生はどんな気持ちで自分達を見ているのだろうとママの隣に立ちながら考えた。ママが喚きながら書類を書いているのを、梓はジッと土志田先生を眺めながら考え続ける。
私、間違ってた。
そう、梓はひっそりと考える。これからの生活がどうなるのか考えられないけど、落ち着いたらまず宮井に手紙を書こうと思う。次に香苗と志賀早紀にも。後は友達達に順に。最後は土志田先生に。それが何を意味するかは分からないけど丁寧に手紙を書こう、そう梓は考えていた。
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