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9月
119.ナスタチウム
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土曜日の朝早紀ちゃんに誘われて、香苗と一緒に合気道の演武大会に来た。大会に出ているのは勿論孝君なんだけど、学生だけがする大会じゃないみたい。しかも、合気道って始めてみるけど、柔道とか剣道の試合みたいに勝利すればいいっていうのじゃないんだって。早紀ちゃんが教えてくれるのを聞きながらなんだけど、勝ち負けがないって聞いて、香苗と2人でふえええ?!ってなる。
合気道を習ってる人達が、演武競技って2人一組で決められた動きをするらしい。最初は学生同士で学生演武って言うのが四ヶ所で始まったんだけど、孝君はそれより上手な人達がやってる道場演武って言う方で出てくるって。学生がするのと違って道場で合気道の動きが違ったりするから、道場の中で上手でも選ばれないと出られないみたいだ。
それよりもっと上になると指導者演武とか師範演武って言うのになって、もうすっかり先生になってる人達がするみたい。あとは師範になった人達が自由にするのもあるみたいだけど、初めての私達にはあんまり違いが分からないんだ。
でも、会場はピンッと空気が張りつめて、畳を歩く音と着物や袴の空を切る音がひびく。何も知らない私達が見ていても凄いなって分かる。キャアキャア応援するわけにもいかない、張りつめた空気の中で揺るぎもしない孝君が白地の袴姿で畳に上がる。袴姿の男の子って見たことがないけど、柔道着とかとはちょっと違う。足の運びとか、少し袴の裾を回すように捌かないとカッコよく動けない。
お爺さんみたいな歳をとってても流石師範って言う人たちは、スッスッって滑るみたいに流れるように袴をはいて動いてる。あんなにお年を召しててもできるのも凄いけど、孝君位の歳で滑るみたいに動くのは遠目だけど格好いい。
道場演武の方には孝君位の年齢の人は殆どいないけど、道場演武に学生の時に出る事自体が実は珍しいみたい。真剣な顔で畳に一度腰を下ろして相手に綺麗なお辞儀をして演武を始める孝君を、横で早紀ちゃんが息を詰めて見つめている。
シュッと畳を滑るように足を運び動く孝君は、普段の学校の優等生の顔ではなくてもっとずっと真剣そのものだった。
相手は孝君よりずっと年上で、しかも背も体も一回り大きい。なのに、自分より大きな体の大人が弧を描く見たいに、クルンと回るのは不思議。でも、それが孝君だけの力じゃなくて、相手の人もきちんと技を受けてないと減点されるらしい。ただ技をかけるだけじゃ駄目で、相手もキチンと技を受けてないとならないなんて難しい。しかも、私なんかじゃ技をかけられて、キチンと受けてるかどうか見てもよく分からない。それでも私も香苗も、早紀ちゃんと同じように息も出来ないで孝君の動きを目で追いかける。演武が終わってもう一度袴姿の孝君が礼をするまで、私達は緊張しっぱなしだった。
舞台から降りた孝君の視線が私達の方に気がついたように見上げて、少し恥ずかしそうに笑顔を浮かべる。孝君のそんな顔見たことなくて、正直ちょっと可愛い笑顔だったと思う。早紀ちゃんはフウッと息を吐いたけど、少し残念そうに呟く。
「ちょっと減点されちゃったみたい。」
ええ?早紀ちゃんは見てて何がダメなのか分かるんだ!と感心してると、舞台から降りた後の孝君が客席まで袴姿のままで現れる。
「早紀、宮井達も来たんだ?」
息を切らせて少し子供っぽく笑う孝君は汗だくで、あの演武って凄く体力も使うんだろうなって私にも分かった。早紀ちゃんがタオルを渡すと、孝君は笑ってそれを受け取ってる。夏休みの前より2人の距離感が近くなってて、思わず私と香苗が2人を暖かい目で見守っているのに早紀ちゃんが頬を染めた。
「ちょっと最後の捌きがよくなかったんだ、減点されるよ。失敗だったな。」
「でも、凄かったよ。孝君。」
やっぱり早紀ちゃんが見てて減点されるって言ってたけどそうなんだ。私や香苗にはただただ凄いなってしか考えなかったけど、もっと凄いっていうのもあるのかって感心してしまう。そう言えば鳥飼さんもやってたって言ってたけど、鳥飼さんも凄いのかなぁなんて心の中で考える。ここでそれを言っちゃいけないのはもう分かったから言わないけど。こういう武術とかってドンドン困難に打ち克つっていうか、難しくなっていくのかなぁ。剣道とか柔道とか昔からあるものを身に付けるのって、大変なんだろうなって染々思う。孝君はもう出番は終わったけど、一緒には帰れないらしくて3人で並んで観客席から出口に向かう。
あれ?
人混みの中に見慣れた後ろ姿を見たような気がして、私は立ち止まる。早紀ちゃんと香苗が不思議そうに私の事を振り返るけど、私は今見たのは鳥飼さんだったような気がした。一瞬だけだったけど背の高くて艶のある黒髪は、見間違いではないと思うんだけど。
「麻希ちゃん?」
「どうかしたの?麻希子。」
口にしても良いのか迷って、私は黙っておくことに決める。もし、本当に鳥飼さんだとしたら、鳥飼さんは優しいから孝君が気になってこっそり見に来たのかもしれない。
「お腹すいちゃった、何か食べに行こうよ。」
私の能天気な声に早紀ちゃんと香苗が笑いをながら、どこにいく?と問いかけてきた。
合気道を習ってる人達が、演武競技って2人一組で決められた動きをするらしい。最初は学生同士で学生演武って言うのが四ヶ所で始まったんだけど、孝君はそれより上手な人達がやってる道場演武って言う方で出てくるって。学生がするのと違って道場で合気道の動きが違ったりするから、道場の中で上手でも選ばれないと出られないみたいだ。
それよりもっと上になると指導者演武とか師範演武って言うのになって、もうすっかり先生になってる人達がするみたい。あとは師範になった人達が自由にするのもあるみたいだけど、初めての私達にはあんまり違いが分からないんだ。
でも、会場はピンッと空気が張りつめて、畳を歩く音と着物や袴の空を切る音がひびく。何も知らない私達が見ていても凄いなって分かる。キャアキャア応援するわけにもいかない、張りつめた空気の中で揺るぎもしない孝君が白地の袴姿で畳に上がる。袴姿の男の子って見たことがないけど、柔道着とかとはちょっと違う。足の運びとか、少し袴の裾を回すように捌かないとカッコよく動けない。
お爺さんみたいな歳をとってても流石師範って言う人たちは、スッスッって滑るみたいに流れるように袴をはいて動いてる。あんなにお年を召しててもできるのも凄いけど、孝君位の歳で滑るみたいに動くのは遠目だけど格好いい。
道場演武の方には孝君位の年齢の人は殆どいないけど、道場演武に学生の時に出る事自体が実は珍しいみたい。真剣な顔で畳に一度腰を下ろして相手に綺麗なお辞儀をして演武を始める孝君を、横で早紀ちゃんが息を詰めて見つめている。
シュッと畳を滑るように足を運び動く孝君は、普段の学校の優等生の顔ではなくてもっとずっと真剣そのものだった。
相手は孝君よりずっと年上で、しかも背も体も一回り大きい。なのに、自分より大きな体の大人が弧を描く見たいに、クルンと回るのは不思議。でも、それが孝君だけの力じゃなくて、相手の人もきちんと技を受けてないと減点されるらしい。ただ技をかけるだけじゃ駄目で、相手もキチンと技を受けてないとならないなんて難しい。しかも、私なんかじゃ技をかけられて、キチンと受けてるかどうか見てもよく分からない。それでも私も香苗も、早紀ちゃんと同じように息も出来ないで孝君の動きを目で追いかける。演武が終わってもう一度袴姿の孝君が礼をするまで、私達は緊張しっぱなしだった。
舞台から降りた孝君の視線が私達の方に気がついたように見上げて、少し恥ずかしそうに笑顔を浮かべる。孝君のそんな顔見たことなくて、正直ちょっと可愛い笑顔だったと思う。早紀ちゃんはフウッと息を吐いたけど、少し残念そうに呟く。
「ちょっと減点されちゃったみたい。」
ええ?早紀ちゃんは見てて何がダメなのか分かるんだ!と感心してると、舞台から降りた後の孝君が客席まで袴姿のままで現れる。
「早紀、宮井達も来たんだ?」
息を切らせて少し子供っぽく笑う孝君は汗だくで、あの演武って凄く体力も使うんだろうなって私にも分かった。早紀ちゃんがタオルを渡すと、孝君は笑ってそれを受け取ってる。夏休みの前より2人の距離感が近くなってて、思わず私と香苗が2人を暖かい目で見守っているのに早紀ちゃんが頬を染めた。
「ちょっと最後の捌きがよくなかったんだ、減点されるよ。失敗だったな。」
「でも、凄かったよ。孝君。」
やっぱり早紀ちゃんが見てて減点されるって言ってたけどそうなんだ。私や香苗にはただただ凄いなってしか考えなかったけど、もっと凄いっていうのもあるのかって感心してしまう。そう言えば鳥飼さんもやってたって言ってたけど、鳥飼さんも凄いのかなぁなんて心の中で考える。ここでそれを言っちゃいけないのはもう分かったから言わないけど。こういう武術とかってドンドン困難に打ち克つっていうか、難しくなっていくのかなぁ。剣道とか柔道とか昔からあるものを身に付けるのって、大変なんだろうなって染々思う。孝君はもう出番は終わったけど、一緒には帰れないらしくて3人で並んで観客席から出口に向かう。
あれ?
人混みの中に見慣れた後ろ姿を見たような気がして、私は立ち止まる。早紀ちゃんと香苗が不思議そうに私の事を振り返るけど、私は今見たのは鳥飼さんだったような気がした。一瞬だけだったけど背の高くて艶のある黒髪は、見間違いではないと思うんだけど。
「麻希ちゃん?」
「どうかしたの?麻希子。」
口にしても良いのか迷って、私は黙っておくことに決める。もし、本当に鳥飼さんだとしたら、鳥飼さんは優しいから孝君が気になってこっそり見に来たのかもしれない。
「お腹すいちゃった、何か食べに行こうよ。」
私の能天気な声に早紀ちゃんと香苗が笑いをながら、どこにいく?と問いかけてきた。
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