鵺の哭く刻

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疼くように顔と頭が痛む。
それでも痛みがあるが顔の傷がどうなっているのかは分からないのは、この土蔵の中には顔を見るような鏡が置かれていないからだ。だから傷の確認のしようがないのだと気がついたアキコは、暗がりの中で土蔵の中を見渡すように顔をあげた。すると目の前には真っ黒な小山のような影がニタニタと歯を剥き出して嗤いながら、ほんの数センチの距離でしゃがみアキコの顔を覗き込んでいる。普段なら恐怖で怯えてしまう筈のその姿が、何故か今は安堵すら感じる見慣れたものに変わっていた。確かに影は恐ろしいものだが、シュンイチのような暴力はふるわない。それが分かっているから、ここにきてしまえば暴力はふるわれないと分かっているからだ。

お前がわるい。

それが何を指していう言葉なのか、アキコは改めて影の顔を見上げた。今の顔は闇に半分沈んでいて人間だとは分かるが、誰かを判別することは出来ない。だけども四つ足のそれは確かにアキコが悪いのだと言うから、アキコは思わず問い返した。そうしないと全て飲み込まれて、アキコ自身も何がなんだか分からなくなってしまいそうだから

「…………何で…………私が悪いの………………?」

お前が生まれてきたのが悪いと、目の前の影はアキコのことを嗤いながら言う。そうなのだ、祖母がやったという蛇を殺した呪いで生まれた時からアキコは呪われたと告げられ、どんなに頑張っても幸せになれない。幸せになりかけると直ぐに地の底に突き落とされてこうして咽び泣くしか出来ないばかり。ただ生まれてきたのが悪いと言われてしまったら、どうにもしようがないではないかと涙が溢れるのを影はニヤニヤと嗤きながら哭くか?と問う。

「哭いたらどうなのるよ?」
 
哭けばお前は忌み嫌われる。

そう影は嗤いながら更に悲しくなるようなことを平然と言うのだ。こんなに苦しんでいるのに哭けば更に忌み嫌われるという影に、アキコは絶望しながら咽び泣く。それでも哭けと言うのかと泣いているアキコの顎を影は力ずくで上向けて、ニイと口を横に開き歯を剥き出して嗤う。

お前は本当…………を、知らない。

本当とは何のことと思わず問い返したくなる。この土蔵は何なのかと問いかけたい強い衝動に戸惑いながら、ここに延々と閉じ込められるのは自分とこの影だけなのだとふと気がついてしまう。それに影は気を良くしたのか、アキコを腕に引き寄せてくる。

気持ちよくしてやろう、痛いことにも堪えられるように…………

そんなのは嫌と答えても既に遅い。土蔵に引き込まれた時点で影には既に逆らう術がないアキコは、無理矢理奥に向かって引き摺りこまれていく。必死に畳に爪を立てて抵抗しようにも、力も何も抵抗できるものはなくて、あっという間に闇の中でアキコは閨に飲まれていた。
真っ暗な闇の中でヌプリと股間に舌が捩じ込まれ、シュンイチ相手では冷えた氷の塊になる蛇が熱くトロリと体内を潤わせてヌチヌチと淫らな音をたて出す。何故どうしてと繰り返しても激しい水音は素直に土蔵に響き渡り、やがては甘く蕩けた歓喜の声に塗り変わる。乱れた白無垢、銀糸の帯で梁に吊るされて、穴という穴を太く硬い獣の逸物と蛇で掻き回される快楽に溺れてしまう。

「あっ、はぅ、あっ!ああっあぅっ!」

ギシギシと梁を軋ませながら前後に揺さぶられ何度も絶頂に潮を吹き散らしながら、やがてはその先を強請る言葉を叫び始める府設楽な空間に土蔵の中が変わる。逃げ出そうと必死に畳に爪を立てていた筈なのに、いつのまにかそれはただ床に這いつくばり身体を支えるために変わってしまっていた。それにすらアキコが気がつかないほど、影が痛みを忘れるために与える快楽は深い。深くて澱んで溺れてしまいそうに快楽に飲まれて沈んでいく。

「ああっ!もっと!もっとして!もっとぉ!!」

これが現実なのか妄想なのか、幻覚なのか。答えがそのどれだとしても自分は闇に落ちて既に狂い始めている、喘ぎ続けるアキコにはそうとしか思えなくなり始めているのだった。



※※※



目が覚めると窓の合間から目映い日射しが射していた。押し付けていたために床に張り付いてしまったような頬をベリッと剥がして、アキコは息を詰め恐る恐る視線を動かす。
乱雑な衣類が散らばる赤いソファ、テーブルには煙草の吸殻だらけの灰皿、そして朝の光に埃の舞う室内には誰も人の姿はないリビングの空間。そこは気を失った筈の玄関前の廊下では無く、リビングのドアの入り口の直ぐ傍フローリングの端だった。それでもアキコが床にいたことには代わりなく全身は氷のように冷えきっていたが、目を覚ましたアキコは下半身にかけられた薄いバスタオルに気がつく。ヨロヨロと何とか手をついて上半身を起こすと、ガンガンと割れるように頭が痛い。それが二日酔いではないのは痛みの場所で分かったし、それでも朝日に目が眩みグルグルと廻る全身の痛みに一瞬何が起きているのかが自分でも分からなかった。

何が…………起きて…………

よく見れば上半身は濡れているとはいえ一応服を着ているのに、下半身は乱雑に脱がされていた。奇妙に引き下げられたジーンズや下着などの衣類が、マトモではない形で足に絡み付いてくる。暫く痛む頭を巡らせてボンヤリとそれを見下ろしていたが、そうかシュンイチが脱がしたのだと端と気がついた。

………………脱がされた。しかも、…………下半身だけ。

それを理解した途端に昨夜の暴力が甦って、同時に自分の姿でシュンイチが何を思って脱げと言ったのかも暴行の意図も合点が行く理由が見えてしまっていた。
恐らく彼はまさに不運の巡り合わせか、アキコが帰ってくるの姿を何処かで見たのだろう。どこでみたかもしかして何かの用事に外に出ていて途中ですれ違ったかもわからないが、アキコが泣きながらコバヤカワケイに抱き締められるか手を繋ぎ歩いている姿を見たのだ。泣き上戸の酔っぱらいを介抱して気遣い歩く姿を、手を繋いで歩く二人をシュンイチがどう判断したかはこの結果でよくわかる。

だから脱げか。
下半身を確認して……これで満足?

最悪の気分だし酷く腹が立っているのは、今までアキコは一度もシュンイチとは違って他の男に靡いたことがないからだ。それをちゃんと知っていてそれでもシュンイチは、アキコの下半身を引き剥がして、気絶しているアキコの下半身を開き確認した。

今まで私をどうとらえてきたのだろう。
どこまで誠心誠意尽くせば私を信じるのか。
それ以上に自分のしてきたことはどう思うのか。

勢いをまして膨れ上がる怒り。沸き上がる不快感と共に拭えないどす黒い怒りが膨れ上がったのを知りながら、アキコはふらつきながら壁に捕まり立ち上がる。今日が仕事が休みで本当によかったと思いながら扉を開き、ヨロヨロと洗面所へむかう。

ああ、………………明日どうしよう……………

蹴りつけられ床に当たった額から頬にかけてが、完全にどす黒く内出血を起こしていた。痛む筈だ、二度思い切りぶつけていた額と頬の腫れ上がったアキコの顔は一言では表現出来ない程酷い有り様だ。色白な分、内出血は鮮明で、まるで交通事故のあとのように恐ろしい顔になっていた。
いつまでも痣を見ていても仕方がないと視線を外して足首から乱暴に脱がされた衣類を抜き取ると、無理矢理引き摺られたのだろう膝下が大きく擦り痕で傷ついている。それに溜め息をついてから軋む腕を伸ばして、乾いて張り付いた上半身の衣類を剥がし脱ぎ始める。一晩中水濡れの状態で冷たい床に放置された体は、悲鳴をあげているのがわかったがこれを着たままではいられない。

どうせ脱がすなら全部脱がせば良いのに、下半身だけってどこまで器の狭い。

しかも、確認した下半身を隠すためだけに毛布でなくバスタオルをかけただけ。その上無理矢理脱がされ無理矢理膣の中まで確認されたのだろう、股間には鈍痛が脈打っていて体が怠くて重い。

最悪、最低、あぁもう嫌だ…………。これから……どうしたらいいの?

出来るなら思い切り泣きたいのに、絶望しすぎて一粒の涙もでない。やっとのことで全裸になった裸を洗面所の鏡で調べれば、肩や背中も新しくて大きな内出血だらけだ。足なんか内出血で斑模様に成り代わってしまっていて、自分で見ても言葉もでない有り様だった。

そういえば、これをつけた相手はどうしたんだろう。

朝日が指していたのを思えば、調べた結果が白と思って満足して寝ているのかも知れない。そりゃそうだ、昨日呑んだのは職場の同僚だし、コバヤカワケイと偶然出会ったがそれ以外の異性と会話するのは患者と職場の職員位で性的なものなんて何一つありもしないのだから。

大体にして、膣を見ただけで性行為してるなんて分かるものなんだろうか。

もし黒と考えたら起きるまで殴ってそうなものだが、もしかして職安も独りで行けない小心者だからアキコが頭を打って気を失ったことで怖くなったかも。いつになく止まらない悪態めいた思考がそう思った瞬間、突然居間の方から激しいドンドンと足音が駆けてくる音がしてアキコはその場に彫像のように凍りついた。そして勢いよく洗面所の扉を明け姿を見せた男にアキコは息を詰める。

「アキ、気がついたのか、よかった!」

その言葉に唖然とする。
あんたがやったことだろと怒鳴り付ければ幾らかスッキリするかもしれないが、アキコは青ざめ凍りついたまま男の様子を油断なく伺う。アキコの顔や体についた内出血の痣にまるで、事故にあった恋人をみるかのように痛ましげに表情を歪ませてシュンイチがアキコを優しく抱き締める。

「可哀想に、痛かっただろ?」

何言ってるんだ、あんたがやったんだろうがとハッキリ言いたいのに、恐怖で凍りついた喉で言葉が形にならない。

「廊下で気を失ったから、居間までは連れていってあげたんだよ?」

いや、引き摺ってきたんだろ?しかも、元凶の気を失ったのもお前が頭踏んだからだよな?大体にしてその図体で小柄なアキコを引きずるってどんな神経よ?体重だってあんたの半分しかない女のアキコを襟首つかんで引き摺ったんだろ?

「寒そうだったから、バスタオルもかけてやったんだよ?」

それ、違うよな。マンコに他の男のもの咥え込んだか確かめるために下半身だけ剥ぎ取って、満足だったか?マンコ確認して見たんだろ。見てどう思ったか知らないが満足したからそのまんま放置したんだろ?でも、気を失ってる女をそのまま放置して死んでたら言い訳できないもんな、だから下半身だけ隠すためにバスタオルかけたんだろ。

「起きるまで待ってようかと思ったけど少し仮眠とってる間に目が覚めたんだね。」

モノはいいようだよな、自分は暖かな布団でヌクヌク寝てたわけだ。アキコに冷蔵庫から持ってきた冷や水ぶっかけた上に、びしょ濡れの服着せたまま冷たい床に放置したのはお前だろ?違うか?

「アキ?どうしたの?大丈夫?」

おかしい。狂ってる。自分がやったことをここまで綺麗サッパリ塗り替えて喋るあんたは狂ってる。心の中でそう叫んでいるのに、一言もアキコの口からは声が出てこないまま。
優しげな笑顔でアキコを心配する男はそれが演技のようには見えず、更にアキコの中で不快感が膨れ上がった。心の声を全て口にしたらアキコはスッキリするかもしれないが、目の前の男にアキコは殺されるかもしれない。今度はさんざんに殴られて放置されて、そのまま死ぬのかもしれない。 

前から彼はこんな狂っていたのだろうか。
それとも、私といたから狂ったのだろうか。
もしかして、私のせいで狂ったのだろうか。
だったら、一緒にいる私も同類なのか。

「アキ?お風呂に入って一緒に寝よう?」

優しげにアキコを抱き締めるこの男は何者なのだろう。

「ほら、お前が良い子にしていれば、よくしてあげるから、ほら、おいで。」

狂った男に手を引かれてアキコは言葉もなく、風呂場の中に引き込まれる。自分がつけたはずの痣に全く罪悪感も見せず、男は笑いながら可哀想にと繰り返し最後に良い子にしてれば全部よくなると繰り返す。まるで、その言葉は自分に言い聞かせているみたいで、聞いているアキコが狂いだしそうだ。そうして微笑みながらアキコの体を洗う男に、この先始まるのだろう躾という名の暴力を思う。歯車の狂った運命の中でアキコは狂った男の所有物となって、逃げる場所も誰かに救いを求めることもできない。その事にアキコは絶望するしかなった。



※※※



結局アキコの心配の一つは杞憂に終わった。
アキコは翌日から高熱を出しほぼ一週間ほど寝込んだため、仕事に出るまでには化粧で隠せる程度に内出血と腫れはひけていたのだ。それが幸いとは全く思えないが。
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