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潜伏期
32.
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タガアキコ。
それはヤネオシュンイチという男にとって、今まで全く付き合ったことのない稀有なタイプの人間である事だけは確かだった。ただ生真面目というのとは少し違う、言うなれば正に従順という言葉の相応しい人間。かといって言うことを聞くしかないような、ただの愚鈍な女だという訳でもない。実際に話してみるとアキコは知識も豊富で勘も良いのに、ある一点に関してはまるで借りてきた猫のように決して逆らわない従順さを見せる。そして何よりもあの容姿だ。
何であの容姿で、写真を送るのをあんなに拒絶したんだろう?
ハッキリ言って、可愛らしいとしか表現が出来ない。事前の写真をあれほどに断固拒否したのは、リエなんて可愛らしい名前と反して醜い顔立ちなのかと思っていた。それなのに待ち合わせ場所にやって来たのは、日本人形のような顔立ちをして高校生のように初々しい彼女だった。
時折頭上の時計を眺めて俯く仕草は心細げで、儚い可憐な花みたいに
タガアキコが待ち合わせ場所で再三声をかけられ絡まれているのは、田舎から出てきた世間知らずだと思われているからなのだと本人は思っている。だけど実際にはその容姿で、何時までも待ち合わせに心細げに佇む姿が男の庇護欲を掻き立てるのだ。待ち人をひたすら待ち続けるどこか頼りなげで儚い少女のような姿が、辺りの人の目をその身に惹き付けてしまう。それに気がついていないのは本当に当人だけで、それもシュンイチには不思議で仕方がないことだった。
もしかしたら、地元はこんな美形ばっかりだとか?まさかな…………。
東北には雪深いせいか色白の美人が多いというから、もしかしたら地元ではアキコレベルの容姿は目立たないのかともシュンイチは思った位だ。それほどの顔立ちで、しかも年齢だって自分と一つしか違わないという。どう贔屓目で見たってアキコの見た目は、少なくとも五つか六つは年下に見える。だが、会話をしてみると頭の中は大学生の自分の知識と遜色ない。明確で鋭敏な思考を持ち合わせているのだから、正直言うと驚いてしまう。
最初は本当はどうだったのか知らない。もしかしたら本当に偶々関東に来る用事があっただけかも知れないし、それが彼女の作った架空の理由なのかどうかはシュンイチにはわからないことだ。だけど、彼女が今は自分に会うためだけに、ワザワザ交通費を支払い東北からやって来るのだ。
東北、それもかなり北の方だと話していた……北側で新幹線
一度東北から関東までの旅費を調べはしたのだが、彼女が言うように新幹線を利用すると片道は二万円以上もかかるのにはシュンイチも気がついていた。勿論調べたそこから乗るとは直には聞いていないし、最寄りの新幹線の駅までも自宅は遠いと以前彼女は話してもいるのだから、交通費だけでももっと額がかかっているに違いない。それに加えて食事やホテルの代金も彼女は迷わず自分から支払う。男としてどうなのかとは思うが万単位の金をポンと支払うほどの財力は学生でアルバイトをしている自分にはないし、向こうは看護師で高給取りの筈だと姑息かもしれないが考える。それに支払えと思うなら彼女も一言出してと言えばいいだけなのだし、普通は当然みたいに女の方は常に支払い伝票を放棄して逃げるものだとも思うのだ。
でも、それは決してしない。するつもりもないみたいだ。
タガアキコは頼みもしなくても当然のようにシュンイチに会いに来て、しかも食事もホテルも全ての支払いをしてくれて、当然みたいに自分に従うのだ。奇妙なほどに大人しく従順な彼女は、同時に一緒に歩けば周囲の視線を集め羨望に変える。
奇妙な女だ
それでいてアキコの存在は、いうまでもなく奇妙なのはわかっていた。
※※※
タガアキコ当人には絶対に言える訳がない。言える訳がないのだが、東北の地方都市から何時間もかけてまで遠距離をわざわざ会いに来る彼女。そのことを、友人との飲み会の場で酒の肴にするべくシュンイチは話していたのだった。
「は?ヤネちゃん、作り話?」
「またまた、妄想?」
当然の反応だが、シュンイチは違うと食って掛かる。彼女は本当に存在していて本気でやって来るのだと教えると、今度は友人達はこぞってそれはおかしいといい始めるのだ。勿論アキコが自分から調教を受ける事を目的にして来ているなんて、シュンイチだって口が裂けても言えない。だが、結果としてはアキコは自分と寝るためにやって来ているのは、まごうことなき事実なのだ。
だからこそタガアキコは、稀有で格別な逸材なのだ。
しかもアキコは正直アイドル張りの可愛らしい女性だなんて言っても、まぁ写真もないことだし簡単には誰も信じる筈がない。何しろヤネオシュンイチですら、理解したつもりでいるのだけど少しは何かおかしいとは思っている。が、本当に彼女は素直にやって来ているのだ。
「でもさぁ?ヤネちゃん、彼女いんじゃん、二股?どっち本命?」
「やばくね?二股バレたらさぁ?」
そう丁度この夏過ぎからシュンイチは、バイト先の後輩と付き合い始めたばかりなのだった。初めてアキコと会うほんの何日か前から付き合い始めて今も交際はつづいていて、しかもこの飲み会の友人達は皆同じバイト先の仲間でもあるから全員が同じ塾の講師をしていてシュンイチの今の彼女のことも十分に知っている。
それなのに突然シュンイチが堂々と浮気していることと、相手が東北から出てくる可愛い女の子だなんて話したのだからざわつくのはやむを得ない。あからさまな浮気をどう受け止めるかはそれぞれの感性次第としか言えないのだろうし、大体にしてどっちが本命なんてシュンイチ自身も返答がしがたいものなのだから。
バイト先の後輩はタガアキコほどの造形ではないがまぁまぁの美人だし、日々傍にいるのだから恋人らしい事を求めてくる可愛さはあると思う。方やアキコの方は自分の欲望を解消する完璧な相手なのだが、日常にできる事と言えば最も接するとしても電話だけで、実際に体に触れるには月に一度。しかも確実ではなく会えるかどうかも分からない。
「えー、会うの月一?後の日はどうしてんの?」
「毎晩電話してる。」
「長距離電話?!ヤネちゃん、金持ち!」
端とそういわれて気がつくが自分の方の電話代はそれほど増額がないのは、相手がかけてきて通話料を支払い続けているということに気がついたからなのだった。しかも今では固定電話から携帯にかけてくるアキコの負担は遥かに大きい筈だ。それは酒の肴だし格好がつかないからココではあえて口にはしないが、考えればアキコは自分のためにどれだけの資金を費やしているのだろう。それほどの給料がアキコにはあるから平気なのか、それともそれほどに自分という相手との交流が必要なのか、それとも…………。
「向こうが…………話したがるから、いいんだよ。」
「えー、毎晩電話って、その女ストーカーじゃね?」
思考を遮った言葉に、そんなわけないと即座に言い返したくなる。確かに電話は向こうからかけてくるのだけど、結局はシュンイチの方が今からかけろと命令しているのだ。それにかけてきてもするのは向こうからの一方的な会話ではないのだし、可愛い声でのテレホンセックスという名の調教。つまりは話すのはほぼ自分の方で、アキコは大人しく従順に喘ぐだけ。そしてシュンイチの方がそれを楽しみにしているのは事実で、互いにそれを期待して電話をするのだ。
アキコの可愛い声で喘ぐのを聞きながらシュンイチはタップリぬけるし、お陰で性欲がたまって粗暴になることもない。だから、最近のシュンイチは日々穏やかで後輩彼女だけでなく周囲にも穏和に対応できていて、どこか男の余裕すら感じさせている。
「変な女に捕まった?やばー。」
「超ブスでしょ?デブのブス?」
「オナホじゃないの?ダッチ・ワイフちゃん?」
いいや、彼女は二十四歳で色白の肉感的な美人。恥ずかしそうに上目遣いで笑う顔は、赤い縁の眼鏡越しでも年よりずっと幼くてとても可愛い。しかも自分の命令は大概従順に聞くし、性的にも人間的にも大人しく純真無垢という言葉が似合うような珍しい女なのだ。それにアキコは看護師をしていると話していたが、確かに白衣を着せたら乳はでかいし腰もキュッと括れてるからエロチックで良いだろうなとシュンイチも思う。白衣姿を無理矢理に犯したいなんて考えると、尻を打たれてレイプされ泣いていた時のあの可愛い声が頭を過り股間が熱くなる。シュンイチにとってアキコは、今までずっと溜め込んでいた欲望に余すことなく答えられる稀有な現実の女。
そうなんだ、アキコは稀な存在なんだ…………
繰り返されるアキコの存在の認識。何しろバイト先の後輩彼女は、それと比べてしまうとやはり何処にでもいる普通の女だ。嗜好はマゾヒストでもないし、どこにでもいるような普通の女の子。スタイルもまあまあだし美人と言えなくもないが、アキコと違うのは日々化粧バッチリで化粧を落とすとまるで別人になることだ。流石にそれほど顔が変わると、化粧の力に驚いてしまう。
だけど、アキコは違った
タガアキコは看護師なのと、元々皮膚が弱いからと殆ど化粧をしないと言った。だからホテルで一緒に過ごしても、明け方目が覚めて顔を見ても化粧を落としていても全く変わらないし、マスカラもしていない睫毛は頬に影を落とすほど長い。触れてみたくなるほど透き通ったような白い肌は、夜の闇の中だと発光するように浮かぶ。しかも淫靡な赤いシーツに真っ白な肌は、春画のように艶かしい光景なのだ。
不思議な女…………あんなに美人なのに、わざわざ俺に会うためだけに来る女
シュンイチにアキコは他の女のように物や奉仕をあからさまに求めてこないし、どんなに乱暴に犯されても啜り泣きはしても怒りも文句も言わない。実際に幾らの金額をかけてここまで来ているのか知らないが、それに関しても一言も言ったことがないのはやはり看護師がバイトなんかの自分より高給だからだろうか。
「ヤネちゃーん、彼女ちゃんとうちゃーく!」
頭の中の光景を突き破る言葉に、シュンイチは我に返った。
「こんばんはーぁ。」
「は?!」
突然のここに参加するはずではなかった筈の『彼女』の出現に、シュンイチは思わず今までしていた自分の浮気話に青ざめて口をつぐむ。つい今アキコと比較してしまっていた彼女が当然みたいに小上がりの座敷に上がり込んできて、思わずシュンイチはその姿を見てウンザリしている自分に気がついた。ここにいる誰かが彼女に飲み会の事を話したのは分かるのだが、彼女の参加して当然のような態度が最近の自分には目につくのだ。
実は最近タガアキコと『彼女』の差が、鼻につくことが増えていた。
『彼女』は再三のように、シュンイチを束縛し始めているのだ。しかも男だらけの飲み会にもこうしてやって来て水を指しシュンイチが他の女といないか確認に来るし、次第に普段の行動も逐一報告するように要求されつつある。
朝起きたら、昼出掛けたら何処にいるか誰といるか、帰る前には……
日に何回も何回も報告を要求されて、ならお前はと問い返しても相手はメールをスルーするのだから腹立たしい。しかもその癖セックスは自分が奉仕されるのが基本。シュンイチの好みのことどころかフェラチオ一つしないし、オーラルどころか体位すら要求しても絶対に受け入れない。四つん這いもなければマグロのように寝たままの彼女に奉仕するのは自分の方。
アキなら拘束しても鞭打ちしても言われたまま、俺のさせたいようにさせるし、命令すれは大人しく奉仕もする……
それが本来普通の恋人には決して求められない事なのは十分にシュンイチだって知っているが、その癖相手に監視されての束縛恋愛はハッキリ言えば重いし面倒くさい。この間もアキコとラブホに入って事に及ぼうとした途端に電話を掛けてきて、危なくアキコにあのまま帰られてしまうところだった。まあ、そのお陰で帰ろうとする姿に逆ギレした勢いで、道具をつかってレイプセックスができて、最高に興奮したし泣きながら何度も犯されるアキコは最高によかったが。
「シュンイチさぁん!ひどぉい!こんな楽しいとこ、一人で来るなんてぇ!」
甘ったるい猫なで声。そう言いながら自分と友人の間にワザワザ割り込んで座る『彼女』の姿に、実際には苛立ちを心の底にドロドロとした汚泥のように沸き上がるのを感じている。怒りと嫉妬。闇の底のようなその感情に奥歯が無意識に噛み締められ顔が歪むが、彼女はそれに気がつきもしないのだ。俺の恋人の癖にそんな甘え声を他の男の前で出すなよ、と思わず怒鳴り付けたくなるのを必死に飲み込む。
売女が
ふいにそう頭を過った言葉が『彼女』にはピタリと当てはまるのに、何故かタガアキコには全く当てはまらないとシュンイチはボンヤリと感じていた。
それはヤネオシュンイチという男にとって、今まで全く付き合ったことのない稀有なタイプの人間である事だけは確かだった。ただ生真面目というのとは少し違う、言うなれば正に従順という言葉の相応しい人間。かといって言うことを聞くしかないような、ただの愚鈍な女だという訳でもない。実際に話してみるとアキコは知識も豊富で勘も良いのに、ある一点に関してはまるで借りてきた猫のように決して逆らわない従順さを見せる。そして何よりもあの容姿だ。
何であの容姿で、写真を送るのをあんなに拒絶したんだろう?
ハッキリ言って、可愛らしいとしか表現が出来ない。事前の写真をあれほどに断固拒否したのは、リエなんて可愛らしい名前と反して醜い顔立ちなのかと思っていた。それなのに待ち合わせ場所にやって来たのは、日本人形のような顔立ちをして高校生のように初々しい彼女だった。
時折頭上の時計を眺めて俯く仕草は心細げで、儚い可憐な花みたいに
タガアキコが待ち合わせ場所で再三声をかけられ絡まれているのは、田舎から出てきた世間知らずだと思われているからなのだと本人は思っている。だけど実際にはその容姿で、何時までも待ち合わせに心細げに佇む姿が男の庇護欲を掻き立てるのだ。待ち人をひたすら待ち続けるどこか頼りなげで儚い少女のような姿が、辺りの人の目をその身に惹き付けてしまう。それに気がついていないのは本当に当人だけで、それもシュンイチには不思議で仕方がないことだった。
もしかしたら、地元はこんな美形ばっかりだとか?まさかな…………。
東北には雪深いせいか色白の美人が多いというから、もしかしたら地元ではアキコレベルの容姿は目立たないのかともシュンイチは思った位だ。それほどの顔立ちで、しかも年齢だって自分と一つしか違わないという。どう贔屓目で見たってアキコの見た目は、少なくとも五つか六つは年下に見える。だが、会話をしてみると頭の中は大学生の自分の知識と遜色ない。明確で鋭敏な思考を持ち合わせているのだから、正直言うと驚いてしまう。
最初は本当はどうだったのか知らない。もしかしたら本当に偶々関東に来る用事があっただけかも知れないし、それが彼女の作った架空の理由なのかどうかはシュンイチにはわからないことだ。だけど、彼女が今は自分に会うためだけに、ワザワザ交通費を支払い東北からやって来るのだ。
東北、それもかなり北の方だと話していた……北側で新幹線
一度東北から関東までの旅費を調べはしたのだが、彼女が言うように新幹線を利用すると片道は二万円以上もかかるのにはシュンイチも気がついていた。勿論調べたそこから乗るとは直には聞いていないし、最寄りの新幹線の駅までも自宅は遠いと以前彼女は話してもいるのだから、交通費だけでももっと額がかかっているに違いない。それに加えて食事やホテルの代金も彼女は迷わず自分から支払う。男としてどうなのかとは思うが万単位の金をポンと支払うほどの財力は学生でアルバイトをしている自分にはないし、向こうは看護師で高給取りの筈だと姑息かもしれないが考える。それに支払えと思うなら彼女も一言出してと言えばいいだけなのだし、普通は当然みたいに女の方は常に支払い伝票を放棄して逃げるものだとも思うのだ。
でも、それは決してしない。するつもりもないみたいだ。
タガアキコは頼みもしなくても当然のようにシュンイチに会いに来て、しかも食事もホテルも全ての支払いをしてくれて、当然みたいに自分に従うのだ。奇妙なほどに大人しく従順な彼女は、同時に一緒に歩けば周囲の視線を集め羨望に変える。
奇妙な女だ
それでいてアキコの存在は、いうまでもなく奇妙なのはわかっていた。
※※※
タガアキコ当人には絶対に言える訳がない。言える訳がないのだが、東北の地方都市から何時間もかけてまで遠距離をわざわざ会いに来る彼女。そのことを、友人との飲み会の場で酒の肴にするべくシュンイチは話していたのだった。
「は?ヤネちゃん、作り話?」
「またまた、妄想?」
当然の反応だが、シュンイチは違うと食って掛かる。彼女は本当に存在していて本気でやって来るのだと教えると、今度は友人達はこぞってそれはおかしいといい始めるのだ。勿論アキコが自分から調教を受ける事を目的にして来ているなんて、シュンイチだって口が裂けても言えない。だが、結果としてはアキコは自分と寝るためにやって来ているのは、まごうことなき事実なのだ。
だからこそタガアキコは、稀有で格別な逸材なのだ。
しかもアキコは正直アイドル張りの可愛らしい女性だなんて言っても、まぁ写真もないことだし簡単には誰も信じる筈がない。何しろヤネオシュンイチですら、理解したつもりでいるのだけど少しは何かおかしいとは思っている。が、本当に彼女は素直にやって来ているのだ。
「でもさぁ?ヤネちゃん、彼女いんじゃん、二股?どっち本命?」
「やばくね?二股バレたらさぁ?」
そう丁度この夏過ぎからシュンイチは、バイト先の後輩と付き合い始めたばかりなのだった。初めてアキコと会うほんの何日か前から付き合い始めて今も交際はつづいていて、しかもこの飲み会の友人達は皆同じバイト先の仲間でもあるから全員が同じ塾の講師をしていてシュンイチの今の彼女のことも十分に知っている。
それなのに突然シュンイチが堂々と浮気していることと、相手が東北から出てくる可愛い女の子だなんて話したのだからざわつくのはやむを得ない。あからさまな浮気をどう受け止めるかはそれぞれの感性次第としか言えないのだろうし、大体にしてどっちが本命なんてシュンイチ自身も返答がしがたいものなのだから。
バイト先の後輩はタガアキコほどの造形ではないがまぁまぁの美人だし、日々傍にいるのだから恋人らしい事を求めてくる可愛さはあると思う。方やアキコの方は自分の欲望を解消する完璧な相手なのだが、日常にできる事と言えば最も接するとしても電話だけで、実際に体に触れるには月に一度。しかも確実ではなく会えるかどうかも分からない。
「えー、会うの月一?後の日はどうしてんの?」
「毎晩電話してる。」
「長距離電話?!ヤネちゃん、金持ち!」
端とそういわれて気がつくが自分の方の電話代はそれほど増額がないのは、相手がかけてきて通話料を支払い続けているということに気がついたからなのだった。しかも今では固定電話から携帯にかけてくるアキコの負担は遥かに大きい筈だ。それは酒の肴だし格好がつかないからココではあえて口にはしないが、考えればアキコは自分のためにどれだけの資金を費やしているのだろう。それほどの給料がアキコにはあるから平気なのか、それともそれほどに自分という相手との交流が必要なのか、それとも…………。
「向こうが…………話したがるから、いいんだよ。」
「えー、毎晩電話って、その女ストーカーじゃね?」
思考を遮った言葉に、そんなわけないと即座に言い返したくなる。確かに電話は向こうからかけてくるのだけど、結局はシュンイチの方が今からかけろと命令しているのだ。それにかけてきてもするのは向こうからの一方的な会話ではないのだし、可愛い声でのテレホンセックスという名の調教。つまりは話すのはほぼ自分の方で、アキコは大人しく従順に喘ぐだけ。そしてシュンイチの方がそれを楽しみにしているのは事実で、互いにそれを期待して電話をするのだ。
アキコの可愛い声で喘ぐのを聞きながらシュンイチはタップリぬけるし、お陰で性欲がたまって粗暴になることもない。だから、最近のシュンイチは日々穏やかで後輩彼女だけでなく周囲にも穏和に対応できていて、どこか男の余裕すら感じさせている。
「変な女に捕まった?やばー。」
「超ブスでしょ?デブのブス?」
「オナホじゃないの?ダッチ・ワイフちゃん?」
いいや、彼女は二十四歳で色白の肉感的な美人。恥ずかしそうに上目遣いで笑う顔は、赤い縁の眼鏡越しでも年よりずっと幼くてとても可愛い。しかも自分の命令は大概従順に聞くし、性的にも人間的にも大人しく純真無垢という言葉が似合うような珍しい女なのだ。それにアキコは看護師をしていると話していたが、確かに白衣を着せたら乳はでかいし腰もキュッと括れてるからエロチックで良いだろうなとシュンイチも思う。白衣姿を無理矢理に犯したいなんて考えると、尻を打たれてレイプされ泣いていた時のあの可愛い声が頭を過り股間が熱くなる。シュンイチにとってアキコは、今までずっと溜め込んでいた欲望に余すことなく答えられる稀有な現実の女。
そうなんだ、アキコは稀な存在なんだ…………
繰り返されるアキコの存在の認識。何しろバイト先の後輩彼女は、それと比べてしまうとやはり何処にでもいる普通の女だ。嗜好はマゾヒストでもないし、どこにでもいるような普通の女の子。スタイルもまあまあだし美人と言えなくもないが、アキコと違うのは日々化粧バッチリで化粧を落とすとまるで別人になることだ。流石にそれほど顔が変わると、化粧の力に驚いてしまう。
だけど、アキコは違った
タガアキコは看護師なのと、元々皮膚が弱いからと殆ど化粧をしないと言った。だからホテルで一緒に過ごしても、明け方目が覚めて顔を見ても化粧を落としていても全く変わらないし、マスカラもしていない睫毛は頬に影を落とすほど長い。触れてみたくなるほど透き通ったような白い肌は、夜の闇の中だと発光するように浮かぶ。しかも淫靡な赤いシーツに真っ白な肌は、春画のように艶かしい光景なのだ。
不思議な女…………あんなに美人なのに、わざわざ俺に会うためだけに来る女
シュンイチにアキコは他の女のように物や奉仕をあからさまに求めてこないし、どんなに乱暴に犯されても啜り泣きはしても怒りも文句も言わない。実際に幾らの金額をかけてここまで来ているのか知らないが、それに関しても一言も言ったことがないのはやはり看護師がバイトなんかの自分より高給だからだろうか。
「ヤネちゃーん、彼女ちゃんとうちゃーく!」
頭の中の光景を突き破る言葉に、シュンイチは我に返った。
「こんばんはーぁ。」
「は?!」
突然のここに参加するはずではなかった筈の『彼女』の出現に、シュンイチは思わず今までしていた自分の浮気話に青ざめて口をつぐむ。つい今アキコと比較してしまっていた彼女が当然みたいに小上がりの座敷に上がり込んできて、思わずシュンイチはその姿を見てウンザリしている自分に気がついた。ここにいる誰かが彼女に飲み会の事を話したのは分かるのだが、彼女の参加して当然のような態度が最近の自分には目につくのだ。
実は最近タガアキコと『彼女』の差が、鼻につくことが増えていた。
『彼女』は再三のように、シュンイチを束縛し始めているのだ。しかも男だらけの飲み会にもこうしてやって来て水を指しシュンイチが他の女といないか確認に来るし、次第に普段の行動も逐一報告するように要求されつつある。
朝起きたら、昼出掛けたら何処にいるか誰といるか、帰る前には……
日に何回も何回も報告を要求されて、ならお前はと問い返しても相手はメールをスルーするのだから腹立たしい。しかもその癖セックスは自分が奉仕されるのが基本。シュンイチの好みのことどころかフェラチオ一つしないし、オーラルどころか体位すら要求しても絶対に受け入れない。四つん這いもなければマグロのように寝たままの彼女に奉仕するのは自分の方。
アキなら拘束しても鞭打ちしても言われたまま、俺のさせたいようにさせるし、命令すれは大人しく奉仕もする……
それが本来普通の恋人には決して求められない事なのは十分にシュンイチだって知っているが、その癖相手に監視されての束縛恋愛はハッキリ言えば重いし面倒くさい。この間もアキコとラブホに入って事に及ぼうとした途端に電話を掛けてきて、危なくアキコにあのまま帰られてしまうところだった。まあ、そのお陰で帰ろうとする姿に逆ギレした勢いで、道具をつかってレイプセックスができて、最高に興奮したし泣きながら何度も犯されるアキコは最高によかったが。
「シュンイチさぁん!ひどぉい!こんな楽しいとこ、一人で来るなんてぇ!」
甘ったるい猫なで声。そう言いながら自分と友人の間にワザワザ割り込んで座る『彼女』の姿に、実際には苛立ちを心の底にドロドロとした汚泥のように沸き上がるのを感じている。怒りと嫉妬。闇の底のようなその感情に奥歯が無意識に噛み締められ顔が歪むが、彼女はそれに気がつきもしないのだ。俺の恋人の癖にそんな甘え声を他の男の前で出すなよ、と思わず怒鳴り付けたくなるのを必死に飲み込む。
売女が
ふいにそう頭を過った言葉が『彼女』にはピタリと当てはまるのに、何故かタガアキコには全く当てはまらないとシュンイチはボンヤリと感じていた。
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