22 / 181
潜伏期
22.★
しおりを挟む
ヒョゥ…………ザザ………ン…
微かに閉じられている窓の向こうから、あの哭き声と重なる潮騒の音がした。閉じている筈なのに、まるで直ぐ近くて聞こえているみたい。そう感じるのは今のアキコは、リエになっていて聴覚に異様に集中しているからなのか。そして今までは完全に雑談しかしなかった筈のフィが、唐突に低く掠れるような声で誘うように囁きかけてきたからかもしれない。
何がしたいの?
そう柔らかく小さな声で問いかけられて大きく喉が鳴ったのは、アキコにも隠しようもない事実だった。自分の中に三週間の間、何もせず溜め込まれていた渇望。それが恋愛感情を自覚したせいで、より生々しい性の渇望に感じ取れてしまう。それは今までのように蛍光灯の灯りの下でするのが躊躇われてしまう程、とても後ろめたい行為に変わろうとしている。
何しろ相手は親が真下で眠っている自宅にいて、自分の欲情にまみれた声に反応しているのだと考えるとより背徳感が増していた。
『……裸になってごらん?出来る?』
柔らかく、それでいて有無を言わせない。その声に従って言われるままアキコは暗闇で裸になり、ベットの上で自ら足を左右に大きく開く。その姿は真正面から姿見に映りこんで、どれだけはしたない格好なのかは口にするまでもない。
『言われた通りにした?出来てる?』
ドクドクと頭の中で鼓動が鳴り呼吸が荒くなっていく。そんな興奮し切ったリエの様子を耳にしながら、対してフィはひどく穏やかな声で命令を続ける。それでも電気の消えた室内で行われている秘め事を隠すように、圧し殺した吐息が自分だけでなく電話口からも溢れてくるのに気がつく。
フィも興奮してる?
いつの間にか受話器の向こうで自分の指を操る声も、普段より熱を帯びていて。アキコは文字ではない、声というものに魅了されていく。
『……気持ちいい?』
低く淫らな問いかけが、熱で少し湿っているのが分かる。こちらは別に声を出しても構わないのだからうんと返したいのに、声を出すと喘いでしまいそうでアキコには出来ない。そうすると少しヒヤリとした冷たい声の命令が、突然鼓膜に突き刺さった。
『お返事ができない悪い子には、ここで終わりだね。』
その言葉に怯えるようにアキコは、声を振り絞る。
「まっ…、…ごめ………なさいっ!!気持ち……いいですっ」
『どうして直ぐお返事ができなかったの?』
溜め息混じりに言う甘く意地悪な声は、彼の言うことを聞けない悪い子を絶対に許さない。恥ずかしくて言いたくないこともきちんと言わないと、彼に良い子だとは誉めてもらえないし、褒めて貰えないと最後のご褒美も当然貰えないのだ。
『ちゃんと言われた通りしてる?』
「してますっ…指で擦って……ますっ」
『それじゃ、聞かせてごらん?ちゃんとしてるって。』
聞かせてと言われてもどうしたらいいのかアキコが分からないでいると、フィは動かしながら受話器をそこに向けるんだよとヤンワリと命令を重ねた。ただでさえ恥ずかしくて仕方がないのに、なおのこと足を開いて自分の指で陰部を擦りたてるクチュクチュという音をワザワザ受話器に拾わせろというのだ。
「でも…………そんな…………っ」
『早く。』
命令。それに従わないという選択は、アキコには与えられない。震える手で赤面しながら電話を足の間に向け、反対の手で尚更音が立つように股間を捏ね回す。やっとの事で命令をこなして耳元に電話を戻すと、受話器の向こうが微かに興奮の吐息を溢すのか聞こえた。
『…………いやらしい……。』
ああ、恥ずかしい……恥ずかしい音を聞かれてしまった……。
感嘆めいた声にそう羞恥に煮えるような頭で考えると、フゥともう一度熱い吐息を吐き出す音がしてフィが穏やかに問いかけてくる。アキコのたてる淫らな音を聞いて、興奮の滲んだ声に、リエの中に沸いた羞恥心は何故か強い喜びに結び付いていく。
『じゃどうして直ぐお返事ができなかったの?』
それでも最初に言う通りにできなかったことを、フィが許すわけがない。
「っ……それはっ……」
なんと答えたらフィが気に入ってくれるのかわからないのに、言葉につまったアキコに作ったような溜め息が聞こえる。わざとらしく聞こえるようについた演技の溜め息でも、アキコを縛るには十分すぎるのだ。
『指を二本・中に入れてごらん、親指はクリを擦ったまま人差し指と中指を入れるんだよ。』
言われるままヌプリと自分の中指と人差し指が体内に埋め込まれ、言われたままに親指が陰核を激しくグリグリと擦り始める。それを自分で姿見に映して見ながら刺激するだけで、膣からはトロトロと愛液が滲み始めていた。
「ふぁっ……あぁん!!」
甘ったるい喘ぎが上がり、フィは再び股間の音を聞かせるように命令する。既に興奮しきった自分の体はヌチャヌチャと淫らな水音をたてているのに、耳に当てた電話の向こうでも微かな衣擦れの音がするのにアキコは気がつく。
もしかして…………
言うがまま指を動かす自分のはしたない声が頭の中にも響いて、欲望に更に大きな火が着いたようにアキコは見悶える。アキコの熱の入った淫らな動きに気がついたように、電話の向こうで彼の微かな笑い声が上がっていた。
『もっと、激しく掻き回しながら、クリを強く押し潰すんだ。リエ。』
そうアキコの耳に囁きかけながら、彼が何をしようとしているのかをアキコの耳が聞き止めていた。捲られる服の衣擦れ、そして引き下ろされる下着の微かなゴムの跳ねる音、それに続く濡れた卑猥な音。アキコの頭の中では固く下折たったフィの怒張が、ヌラヌラと先走りの汁を鈴口から滴らせている。それを握り締めるフィの手が緩やかに上下し始めて
『やらしい声だね、リエ。』
カァッと頬に血が昇る。
いけないことをして叱られている自分。
叱られているのにそれを止められないでいる自分。
見られている訳じゃないのに、目の前で見られているような錯覚に陥る。
それに電話の向こうの彼も興奮して、リエの声を聞きながらいけないことをしようとしていて。ヌチッと卑猥な音が微かに電話越しに聞こえてきて、アキコは頭の芯が燃えるのを感じていた。これは互いにモニター越しで何もわからない訳じゃなく、直に吐息で判別の出来てしまう淫らな行為。
「や、やぁ…………恥ずかし……。」
そう言いながら自分の指はまるで音を聴かせようとしているみたいに激しく動いて、チュブチュブと淫らな音を言葉のBGMにしてしまう。それに興奮してグチュグチュと相手が濡れるものを激しく擦る音が、電話口から溢れて淫らにアキコの耳を犯してくる。
『……可愛い声で、泣く、……リエは。』
フッフッと相手の吐息が上がっていく。それにアキコ自身の吐息も重なるように、ハァハァと荒く激しくなっている。
『もっと、……して、ごらん。……もっと、音をたてて、ほら。』
「あぁん!!だめ、あ、あんっ!」
『いやらしいな、グチョグチョ、いってるぞ?リエの、マンコ。』
「いわ、ないでぇ、あん!あぁん!」
『フッ……ん。そんな、グチョグチョ、マンコ、掻き回して。』
卑猥な表現で詰られ、音を聴かせる度に更に快感が増す。
『悪い子だな……、リエは。』
怒張を扱きながらの熱を持った声に惑わされて、アキコの指が更に激しく陰部を弄り続けている。自分の喘ぎ声と淫らな音を聞きながら興奮して怒張を扱き自慰をする相手の様子に、アキコは甘く絡めとられる蜘蛛の糸のように思考が回らない。
間違ったことをしてる。
顔も知らない名前も知らない相手と、電話越しの淫らな行為をする。これは見ず知らずの男とラブホテルでセックスしようとするのと何も変わらないのだ。そうどこか頭の向こうでは自分でも理解しているのに、この淫らな自慰行為をどうしても止められない。
『もっと、掻き回せ、それで、厭らしく、なけ。ほら、はしたなく、喘げ。』
「あふっ、あふぅん!」
『いいぞ、もっとはしたなくだ。指をもっと、激しく動かせ、リエ。』
そしておぞましいことに、止められないことを喜んでいる自分が確かにいる。フィに教え込まれていく・刷り込まれていく我慢と快楽が、自分の中で強く結び付いていく感覚に眩暈がする。
「ああっ!いっちゃうっ!」
『ん……俺も………………。』
甘く毒を含んでいるのは相手の声なのか、それとも自分の方なのか実は分からない。そう思いながらリエは電話に向かって喘ぎながら絶頂に達して、その声に煽られて電話口の青年も息を詰めていた。
荒い吐息。
ボンヤリとそれを闇の中で聞き取りながら、耳にはあの遠くからの微かな不気味な哭き声が耳鳴りのように聞こえていて思わずベットの上から窓を見る。カーテンのかかった窓は閉じられている筈なのに、僅かにそのカーテンが揺れているのは室内の自分の動きで空気が動き流れたからか。そんな風に勝手に辻褄を合わせて考えたけれど、どうみてもカーテンは外から内に向かって微かに風に揺れていた。
窓…………開いてた……?
もしかして閉めたつもりで細く開けたままだったかもしれないし、サッシの上下には通風口があるからそのせいかもしれない。そんなことを考えながらカーテンの揺らめきを見つめていると、ほんの僅かなカーテンの隙間から夜の闇が見えた。隙間から覗く何もない真っ暗な闇。
『リエ…………?』
快感から戻ってきたようにフィが問いかけてくるのに、リエと呼ばれてもアキコは凍りついたまま答えることも出来ない。
『いって…………眠っちゃったのか?リエ。』
相手はアキコが快感に達してそのまま眠ってしまったと思った様子だが、実際にはアキコはちゃんと起きていて、ただ目の前の窓から目が離せないだけだった。
真っ黒い闇があるはずがない。
何しろ以前話した通り、ベランダの向こうには看護寮とは違い二階建てとはいえ、医師の官舎があるのだ。医師官舎の玄関の並ぶ通路のある側で、下は駐車場。以前自室のベランダから見下ろして、駐車場の車に向かう眼科の金子医師と声を交わしてもいた。夜間医師だって呼び出されることはあるし玄関の並ぶ通路は蛍光灯で常に照らされ、その灯りはオレンジがかった光で微かに窓から射し込む。だからカーテンは遮光になっていて、それが揺らめいて翻って窓の外が見えたらベランダはうっすらと光が射すように見える筈だ。それなのに部分的に翻るカーテンの向こうが、真っ暗で光が見えない。
『寝ちゃったかな……またな?おやすみ……。』
そう呟いて電話がアキコを残して切れる。リエからアキコに戻った瞬間、アキコは咄嗟に悲鳴をあげないように電話を手放して口元を押さえ込むしか出来なかった。闇にしか見えないものは、ベランダからアキコの部屋の中を覗くように窓を塞いでいて、それは酷く大きい。
影
そうとしか言えないものが、確かに音もなく窓の外にいて、今にも入ってこようとしているとアキコは青ざめ凍りついていた。過去にも見た闇の中に自分に馬乗りになる影、夜中の雨戸を開けアキコを怯えさせた影。それがまたこうしてほんの数メートルのところでアキコを見下ろしていて、怯えて動くこともできないアキコは震えながらそれを見つめる。
影は自分の自慰を見ていた
そう思うと余計に不快感が怯えに変わるのだ。自分を汚そうとしている影に、自分が狙い通り過ちを犯していると知られてしまったのだから。やがて凍りついたままでいることにも限界が訪れて、窓の外のものが入り込んできたらと思うと失禁してしまいそうな程に怖い。しかもそれを見透かしているように、唐突にその影は頭を室内に捩じ込んだ。
「ひっ…………ぅ……。」
泣き出したくなるほどの恐怖に飲まれて、アキコの口から掠れた悲鳴が溢れていた。それに影は喜ぶように更に頭を室内に押し込み、室内にねじ込まれた頭部でグルリと室内を確認するように顔に当たる面を動かしている。そしてその顔は突然にグリとアキコに面を向けて、しかもバカっと音をたててそれは大きな口を裂けさせたのだ。それはおぞましい地獄絵図のように異世界の化け物の顔だとしか思えない顔のまま、なぜかニタリニタリと笑っていてアキコの恐怖は更に増していく。
入ってきたら……どうなるの?
あんな自慰を見られてしまったら、この影は容赦なく自分を犯すに違いない。そしてこの影の逸物は蛇のように尖って、自分をそれで腹を突き破るに違いないのだ。そう思うと恐怖で失神してしまいそうで、結果アキコはやがて意識を失ったのだった。
気がつくと既に朝で、窓の外は普段と代わりのない何時もの世界が広がっている。
影の事は仕事に走り回っている内に、夢だったように記憶の彼方に淡く滲んで消えていく。あの時は妙な興奮に飲まれていて、別に影を見たわけでもなく真っ暗に見えただけなのかもしれない。そう考える方が正直なところ、アキコにとっても怯えるでもなく心が楽だったのだ。
微かに閉じられている窓の向こうから、あの哭き声と重なる潮騒の音がした。閉じている筈なのに、まるで直ぐ近くて聞こえているみたい。そう感じるのは今のアキコは、リエになっていて聴覚に異様に集中しているからなのか。そして今までは完全に雑談しかしなかった筈のフィが、唐突に低く掠れるような声で誘うように囁きかけてきたからかもしれない。
何がしたいの?
そう柔らかく小さな声で問いかけられて大きく喉が鳴ったのは、アキコにも隠しようもない事実だった。自分の中に三週間の間、何もせず溜め込まれていた渇望。それが恋愛感情を自覚したせいで、より生々しい性の渇望に感じ取れてしまう。それは今までのように蛍光灯の灯りの下でするのが躊躇われてしまう程、とても後ろめたい行為に変わろうとしている。
何しろ相手は親が真下で眠っている自宅にいて、自分の欲情にまみれた声に反応しているのだと考えるとより背徳感が増していた。
『……裸になってごらん?出来る?』
柔らかく、それでいて有無を言わせない。その声に従って言われるままアキコは暗闇で裸になり、ベットの上で自ら足を左右に大きく開く。その姿は真正面から姿見に映りこんで、どれだけはしたない格好なのかは口にするまでもない。
『言われた通りにした?出来てる?』
ドクドクと頭の中で鼓動が鳴り呼吸が荒くなっていく。そんな興奮し切ったリエの様子を耳にしながら、対してフィはひどく穏やかな声で命令を続ける。それでも電気の消えた室内で行われている秘め事を隠すように、圧し殺した吐息が自分だけでなく電話口からも溢れてくるのに気がつく。
フィも興奮してる?
いつの間にか受話器の向こうで自分の指を操る声も、普段より熱を帯びていて。アキコは文字ではない、声というものに魅了されていく。
『……気持ちいい?』
低く淫らな問いかけが、熱で少し湿っているのが分かる。こちらは別に声を出しても構わないのだからうんと返したいのに、声を出すと喘いでしまいそうでアキコには出来ない。そうすると少しヒヤリとした冷たい声の命令が、突然鼓膜に突き刺さった。
『お返事ができない悪い子には、ここで終わりだね。』
その言葉に怯えるようにアキコは、声を振り絞る。
「まっ…、…ごめ………なさいっ!!気持ち……いいですっ」
『どうして直ぐお返事ができなかったの?』
溜め息混じりに言う甘く意地悪な声は、彼の言うことを聞けない悪い子を絶対に許さない。恥ずかしくて言いたくないこともきちんと言わないと、彼に良い子だとは誉めてもらえないし、褒めて貰えないと最後のご褒美も当然貰えないのだ。
『ちゃんと言われた通りしてる?』
「してますっ…指で擦って……ますっ」
『それじゃ、聞かせてごらん?ちゃんとしてるって。』
聞かせてと言われてもどうしたらいいのかアキコが分からないでいると、フィは動かしながら受話器をそこに向けるんだよとヤンワリと命令を重ねた。ただでさえ恥ずかしくて仕方がないのに、なおのこと足を開いて自分の指で陰部を擦りたてるクチュクチュという音をワザワザ受話器に拾わせろというのだ。
「でも…………そんな…………っ」
『早く。』
命令。それに従わないという選択は、アキコには与えられない。震える手で赤面しながら電話を足の間に向け、反対の手で尚更音が立つように股間を捏ね回す。やっとの事で命令をこなして耳元に電話を戻すと、受話器の向こうが微かに興奮の吐息を溢すのか聞こえた。
『…………いやらしい……。』
ああ、恥ずかしい……恥ずかしい音を聞かれてしまった……。
感嘆めいた声にそう羞恥に煮えるような頭で考えると、フゥともう一度熱い吐息を吐き出す音がしてフィが穏やかに問いかけてくる。アキコのたてる淫らな音を聞いて、興奮の滲んだ声に、リエの中に沸いた羞恥心は何故か強い喜びに結び付いていく。
『じゃどうして直ぐお返事ができなかったの?』
それでも最初に言う通りにできなかったことを、フィが許すわけがない。
「っ……それはっ……」
なんと答えたらフィが気に入ってくれるのかわからないのに、言葉につまったアキコに作ったような溜め息が聞こえる。わざとらしく聞こえるようについた演技の溜め息でも、アキコを縛るには十分すぎるのだ。
『指を二本・中に入れてごらん、親指はクリを擦ったまま人差し指と中指を入れるんだよ。』
言われるままヌプリと自分の中指と人差し指が体内に埋め込まれ、言われたままに親指が陰核を激しくグリグリと擦り始める。それを自分で姿見に映して見ながら刺激するだけで、膣からはトロトロと愛液が滲み始めていた。
「ふぁっ……あぁん!!」
甘ったるい喘ぎが上がり、フィは再び股間の音を聞かせるように命令する。既に興奮しきった自分の体はヌチャヌチャと淫らな水音をたてているのに、耳に当てた電話の向こうでも微かな衣擦れの音がするのにアキコは気がつく。
もしかして…………
言うがまま指を動かす自分のはしたない声が頭の中にも響いて、欲望に更に大きな火が着いたようにアキコは見悶える。アキコの熱の入った淫らな動きに気がついたように、電話の向こうで彼の微かな笑い声が上がっていた。
『もっと、激しく掻き回しながら、クリを強く押し潰すんだ。リエ。』
そうアキコの耳に囁きかけながら、彼が何をしようとしているのかをアキコの耳が聞き止めていた。捲られる服の衣擦れ、そして引き下ろされる下着の微かなゴムの跳ねる音、それに続く濡れた卑猥な音。アキコの頭の中では固く下折たったフィの怒張が、ヌラヌラと先走りの汁を鈴口から滴らせている。それを握り締めるフィの手が緩やかに上下し始めて
『やらしい声だね、リエ。』
カァッと頬に血が昇る。
いけないことをして叱られている自分。
叱られているのにそれを止められないでいる自分。
見られている訳じゃないのに、目の前で見られているような錯覚に陥る。
それに電話の向こうの彼も興奮して、リエの声を聞きながらいけないことをしようとしていて。ヌチッと卑猥な音が微かに電話越しに聞こえてきて、アキコは頭の芯が燃えるのを感じていた。これは互いにモニター越しで何もわからない訳じゃなく、直に吐息で判別の出来てしまう淫らな行為。
「や、やぁ…………恥ずかし……。」
そう言いながら自分の指はまるで音を聴かせようとしているみたいに激しく動いて、チュブチュブと淫らな音を言葉のBGMにしてしまう。それに興奮してグチュグチュと相手が濡れるものを激しく擦る音が、電話口から溢れて淫らにアキコの耳を犯してくる。
『……可愛い声で、泣く、……リエは。』
フッフッと相手の吐息が上がっていく。それにアキコ自身の吐息も重なるように、ハァハァと荒く激しくなっている。
『もっと、……して、ごらん。……もっと、音をたてて、ほら。』
「あぁん!!だめ、あ、あんっ!」
『いやらしいな、グチョグチョ、いってるぞ?リエの、マンコ。』
「いわ、ないでぇ、あん!あぁん!」
『フッ……ん。そんな、グチョグチョ、マンコ、掻き回して。』
卑猥な表現で詰られ、音を聴かせる度に更に快感が増す。
『悪い子だな……、リエは。』
怒張を扱きながらの熱を持った声に惑わされて、アキコの指が更に激しく陰部を弄り続けている。自分の喘ぎ声と淫らな音を聞きながら興奮して怒張を扱き自慰をする相手の様子に、アキコは甘く絡めとられる蜘蛛の糸のように思考が回らない。
間違ったことをしてる。
顔も知らない名前も知らない相手と、電話越しの淫らな行為をする。これは見ず知らずの男とラブホテルでセックスしようとするのと何も変わらないのだ。そうどこか頭の向こうでは自分でも理解しているのに、この淫らな自慰行為をどうしても止められない。
『もっと、掻き回せ、それで、厭らしく、なけ。ほら、はしたなく、喘げ。』
「あふっ、あふぅん!」
『いいぞ、もっとはしたなくだ。指をもっと、激しく動かせ、リエ。』
そしておぞましいことに、止められないことを喜んでいる自分が確かにいる。フィに教え込まれていく・刷り込まれていく我慢と快楽が、自分の中で強く結び付いていく感覚に眩暈がする。
「ああっ!いっちゃうっ!」
『ん……俺も………………。』
甘く毒を含んでいるのは相手の声なのか、それとも自分の方なのか実は分からない。そう思いながらリエは電話に向かって喘ぎながら絶頂に達して、その声に煽られて電話口の青年も息を詰めていた。
荒い吐息。
ボンヤリとそれを闇の中で聞き取りながら、耳にはあの遠くからの微かな不気味な哭き声が耳鳴りのように聞こえていて思わずベットの上から窓を見る。カーテンのかかった窓は閉じられている筈なのに、僅かにそのカーテンが揺れているのは室内の自分の動きで空気が動き流れたからか。そんな風に勝手に辻褄を合わせて考えたけれど、どうみてもカーテンは外から内に向かって微かに風に揺れていた。
窓…………開いてた……?
もしかして閉めたつもりで細く開けたままだったかもしれないし、サッシの上下には通風口があるからそのせいかもしれない。そんなことを考えながらカーテンの揺らめきを見つめていると、ほんの僅かなカーテンの隙間から夜の闇が見えた。隙間から覗く何もない真っ暗な闇。
『リエ…………?』
快感から戻ってきたようにフィが問いかけてくるのに、リエと呼ばれてもアキコは凍りついたまま答えることも出来ない。
『いって…………眠っちゃったのか?リエ。』
相手はアキコが快感に達してそのまま眠ってしまったと思った様子だが、実際にはアキコはちゃんと起きていて、ただ目の前の窓から目が離せないだけだった。
真っ黒い闇があるはずがない。
何しろ以前話した通り、ベランダの向こうには看護寮とは違い二階建てとはいえ、医師の官舎があるのだ。医師官舎の玄関の並ぶ通路のある側で、下は駐車場。以前自室のベランダから見下ろして、駐車場の車に向かう眼科の金子医師と声を交わしてもいた。夜間医師だって呼び出されることはあるし玄関の並ぶ通路は蛍光灯で常に照らされ、その灯りはオレンジがかった光で微かに窓から射し込む。だからカーテンは遮光になっていて、それが揺らめいて翻って窓の外が見えたらベランダはうっすらと光が射すように見える筈だ。それなのに部分的に翻るカーテンの向こうが、真っ暗で光が見えない。
『寝ちゃったかな……またな?おやすみ……。』
そう呟いて電話がアキコを残して切れる。リエからアキコに戻った瞬間、アキコは咄嗟に悲鳴をあげないように電話を手放して口元を押さえ込むしか出来なかった。闇にしか見えないものは、ベランダからアキコの部屋の中を覗くように窓を塞いでいて、それは酷く大きい。
影
そうとしか言えないものが、確かに音もなく窓の外にいて、今にも入ってこようとしているとアキコは青ざめ凍りついていた。過去にも見た闇の中に自分に馬乗りになる影、夜中の雨戸を開けアキコを怯えさせた影。それがまたこうしてほんの数メートルのところでアキコを見下ろしていて、怯えて動くこともできないアキコは震えながらそれを見つめる。
影は自分の自慰を見ていた
そう思うと余計に不快感が怯えに変わるのだ。自分を汚そうとしている影に、自分が狙い通り過ちを犯していると知られてしまったのだから。やがて凍りついたままでいることにも限界が訪れて、窓の外のものが入り込んできたらと思うと失禁してしまいそうな程に怖い。しかもそれを見透かしているように、唐突にその影は頭を室内に捩じ込んだ。
「ひっ…………ぅ……。」
泣き出したくなるほどの恐怖に飲まれて、アキコの口から掠れた悲鳴が溢れていた。それに影は喜ぶように更に頭を室内に押し込み、室内にねじ込まれた頭部でグルリと室内を確認するように顔に当たる面を動かしている。そしてその顔は突然にグリとアキコに面を向けて、しかもバカっと音をたててそれは大きな口を裂けさせたのだ。それはおぞましい地獄絵図のように異世界の化け物の顔だとしか思えない顔のまま、なぜかニタリニタリと笑っていてアキコの恐怖は更に増していく。
入ってきたら……どうなるの?
あんな自慰を見られてしまったら、この影は容赦なく自分を犯すに違いない。そしてこの影の逸物は蛇のように尖って、自分をそれで腹を突き破るに違いないのだ。そう思うと恐怖で失神してしまいそうで、結果アキコはやがて意識を失ったのだった。
気がつくと既に朝で、窓の外は普段と代わりのない何時もの世界が広がっている。
影の事は仕事に走り回っている内に、夢だったように記憶の彼方に淡く滲んで消えていく。あの時は妙な興奮に飲まれていて、別に影を見たわけでもなく真っ暗に見えただけなのかもしれない。そう考える方が正直なところ、アキコにとっても怯えるでもなく心が楽だったのだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
random face
碧
ミステリー
上原秋奈。
それが今の私の名前。上原秋奈なんて平凡で有りがちな名前だけど、それがいい。誰かの心に残ってもたいした大きな思い出にはならなそうだから。
私と外崎宏太、そして風間祥太
出会わなかったら、何も起こらなかった。
でも、運命の悪戯で私は宏太に出会って、祥太とも会ってしまった。
怪物どもが蠢く島
湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。
クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。
黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
GATEKEEPERS 四神奇譚
碧
ホラー
時に牙を向く天災の存在でもあり、時には生物を助け生かし守る恵みの天候のような、そんな理を超えたモノが世界の中に、直ぐ触れられる程近くに確かに存在している。もしも、天候に意志があるとしたら、天災も恵みも意思の元に与えられるのだとしたら、この世界はどうなるのだろう。ある限られた人にはそれは運命として与えられ、時に残酷なまでに冷淡な仕打ちであり時に恩恵となり語り継がれる事となる。
ゲートキーパーって知ってる?
少女が問いかける言葉に耳を傾けると、その先には非日常への扉が音もなく口を開けて待っている。
Catastrophe
アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。
「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」
アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。
陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は
親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。
ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。
家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。
4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる