GATEKEEPERS  四神奇譚

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終幕 所在不明

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視界にはいる窓から見えるのは空だけで、まるで嵌め込まれたモニターのようだ。しかも蛍光灯が明る過ぎるし夜には奇妙な常夜灯のせいで、闇はより深くて泥のように暗い。ここに入れられて最初から日付を数えていたら違ったかもしれないが、気がついた時には暫く経過していたような気もするから時の経過は分からないのだ。それに必要ならこの話し相手が、どれくらい経ったか教えてくれるのではと思うし。そう自分で考えながら口にもブツブツと漏れ出ているその思考に、相手はキチンと一つ一つ頷いて丁寧に相槌をうってくれる。

「本当にいい人だな、あんた。」

何時かはこの話し相手の名前くらい知りたいと思うが、何しろ目鼻立ちもハッキリしないし、もとはといえばこれは壁に映る自分の黒い影に過ぎないと誰もが考えている。自分でもこうやって壁に向かって影と話すなんておかしいと思われるのは分かっているが、相手は一番の親友で隠し事も何一つない程の友人だから仕方がない。壁だってこっち側でないと外の自然光とか蛍光灯の辺りかたで、今一つ綺麗な影ができないのだ。

「俺も、色々考えてやってるんだ、知ってるだろ?…………うん。」

残念なのはこれが蛍光灯だけの明かりになってしまうと、壁に影はできなくなって床を照らすばかりなことだった。それに室内には蛍光灯を消すスイッチもないのだから、本当に嫌になってしまう。影ができる場所はないかとウロウロと室内を歩き回り、友人の姿が見やすい場所を探し回る。
闇の方が自分と話しやすかったのは最初のうちだけで、次第に闇が来ると自分は怯えるようになった。何しろ闇の中には嫌なものが沢山潜んでいて、その中にはあいつがいるのに気がついてしまったからだ。

「あいつが誰かって?」

説明は難しい。あれは自分と同じ顔をしていて、それに闇の中にいて、何者かと言われると正直分からないのだ。自分と同じ顔だから親戚かもしれないが、少なくとも自分ではないから妄想ではない筈なんだ。でも、自分と同じ同じ顔なのにあれはやって来るとひどく恐ろしくて、震え上がってしまう。

「なぁ、お前だってそう思うだろ?」

そして闇の中にポカリとそれは這い出して、その男の顔を覗きこむ。声もなくただじっと覗きこむその影に男は眠りながら、苦悩の呻きを上げて布団の中で悪夢に魘され身悶えている。
男はあの時あの嵐の中竹林の闇の中に振り返り、マザマザと男の目の中をそれは覗き込んでいた。雷鳴に射し込んだ光に照らされた目の奥に、男の体内に育て上げられた深く淀んだ闇の色が鮮明に浮かんでいるのを見たのだ。

沢山の悪事、罪悪感も持たずに、多くの悪事を働いて、

人を害し痛め付け、犯し、金を奪い、しかも我が子すら殺した男。その殆んどに男は、罪悪感を感じることなく生きていたのだ。それにとってはそういう人間は、心地よく好ましい存在だった。それは傷ついて餌を求めていたのだが、咄嗟に我が身のほんの一部を男の中に潜り込ませて男を見逃したのだ。
見逃したとはいえそれの一部を頭に潜り込まされてお陰で男は完全に頭が狂ってしまったが、元々半分狂いかけていたし、その体内に入ってみれば他にも異物を飼ってもいるから完全に狂うのは時間の問題だったに違いない。
その男の中の別な巣食うものは、それがありがたく頂いて血肉に変えてしまったのはここだけのこと。
男は狂っていてそれには気がつかないし、それがほんの一部でも人語を理解しているとは知らない。それは残念なから一部だから以前ほど賢くはないし、策を練るにも力がないのだが、人にない時間だけはたっぷりとあった。
人が喧嘩していると正しいことを言っている方を食べ、誠実な人がいるとその人の鼻を食べる。悪人がいると野獣を捕まえてその者に贈る、そんな性質をもつ自分は悪人の傍でそれを食いながら育っていくのが一番だ。しかも、この男の傍には別な悪人がにじりよってきていて……

早く取り戻したい、ここはもういい

今から少しずつ闇の中に潜みながら過ごし、人間というものの寿命を待つことにしよう。人間は対して長く生きないから、あと何十年か潜んで耐えていれば恐らくは今の四神はいなくなるのだ。死んでしまえばこちらのもの。以前も二十年程この世界で逃げ回り生き延びた経験はあるから、同じようにするのはきっと容易いことに違いない。そのためにはこの男が死にかけて命を請う状況にならないとならないのだが、それには後ほんの少し我慢していればいいことだった。

この男が気に入らなければ、出てから新しく探して…………

一先ずこの男から解放されるためにも、この真っ白な部屋から出たかった。何しろここにはこの男が狂ってから闇を怖がるせいで、自分には十分な闇が生まれない状況なのだ。男が怯える自分の顔をしたものは、それが当の昔に食ったのに未だに男が怯える意味が分からない。

腹立たしい……

以前人間の世界で潜むうちに学んだ『苛立ち』というものだけは、ほんの一部のにすぎないそれにも何故か残っていた。何故それがこんなにも鮮明に残ってしまったかは分からない。それでも苛立ちは感じるし、早くここから出たかった。

そう、早くここから出て、窮奇は自由になりたいのだ。



※※※



「ねえ、ゲートキーパーって知ってる?」

街の大通りを外れ角を曲がり、少し奥まった場所にあるとある喫茶店。目立たぬような立地のわりに客足が割りと多いのは、本格的に自火焙煎している珈琲と現地までいって入荷する紅茶の茶葉・一介の喫茶店にとは思えないクオリティのケーキやパフェを始めとしたフード類・そして居心地の良さのせいかもしれない。
その日もいつもと変わらない穏やかな珈琲と紅茶の芳しい香りが、店内には満ちていて客足は相変わらず盛況。夕方のお茶タイムで女性の方が幾分割合が高いようだが、近くの唐突な意図の見えない大学生らしい女性の声が聞こえてふと宮井麻希子は視線を上げる。すると目の前にいた志賀早紀と須藤香苗も聞いていた様子で、同じように視線をあげて麻希子と目があう。と言うのもずいぶん前に同じ質問を、香苗が麻希子と早紀にしたことがあったのを思い出したからだった。

「あれってさぁ、自殺したい人に話を聞いたりしてあげたりする人のことなんだって。」
「なにそれ、なんでゲートキーパー?」

以前はその名前自体が、一時ニュースになることもあった。「命の門番」を意味する言葉だが、こうして時が過ぎて色々な経験を重ねてしまうと、命の大切さは身に染みるほどだと染々と三人は思う。別段自殺を考えるわけではないし身近にそれが起こった訳ではないけれど、大事な人が怪我をしたり行方不明になったりと色々経験した。そんな三人は、高校生とはいえ命の大切さを痛切に感じる。

「でもさぁ、ちょっとおかしいよね。」
「何が?」
「門でしょ?」

以前香苗が感じて麻希子も同意した同じ疑問。命の門等と表現されると、まるで出入りが出来てしまいそうで、麻希子的には申し訳ないが行き来できる生命の門は古事記とか神話の世界にお任せしたいと思ったものだ。

「門番ってことは門を守るんでしょ?じゃあさ?人は守らなくない?」

捉え方は自由だけど世界の常識に自分の非常識をぶつけないで欲しいと、その話し相手が笑っている。でも、実際には麻希子達も初めにこの話題を持ち上げた時、同じような会話になった。生命を守るのと生命の門を守るでは確かに違うものみたいで、人を守るのか出入り口を守ってるのか、実際には門を通る人を守って間違った道を進ませない位の意味で考えるべきなんだろうかとか。まさか、本当に向こうから来るものを押さえるための門番だったりしてねとも笑い混じりに考えたのだ。

「体から魂を出さないように、ガードするんじゃない?」
「じゃ、人間自体が門ってこと?」

流石に大学生になると視点が違うらしい。そうかと麻希子は納得したように、アイスティーをストローでかき混ぜながら考える。出るべきでない魂が体から出ていくのを遮る命の門番か、それなら何となくわかる気がする。だが、時々考えてしまう。
ほんの数週間前、麻希子の友人の一人が忽然と姿を消してしまっていた。
名前は澤江仁。
なのに、その事を記憶に残しているのは今ではほんの数人だけで、目の前の二人もあんなに一緒に過ごした彼との記憶を無くしてしまった。その事を誰かに訴えようともしたのだが、麻希子はその後密かにもう一度だけ彼に出会って約束したのだ。

いつかまた会う。

そうして彼と別れたのだけれど、麻希子は澤江仁はそれこそ門を潜って何処かに旅立ったのだと感じてしまう。まるで異世界のように美しい菜の花畑を脳裏に思い出す度に、あそこは門の向こうに向かうための場所なんじゃないだろうかと思うのだ。何しろ一瞬だけどそこに足を踏み入れた自分と宇野衛は、もう既に亡くなった筈の人達と出会い会話をした。

「麻希子?」
「あ?うん?何?」
「ボーッとしてる。」

友人の声に笑いながら麻希子は思うのだ。
案外再会まではそんなにかからないんじゃないかなと。あの生と死の境の何処かに門が開いているか閉じているかなんて知らないけれど、出てきたがっているものを抑え込める力なんて早々ないような気がしてしまうのだ。



※※※



そこは有名な廃墟だった。
何もかもが朽ち果てて、地上にあった建築物が丸々土石になって数メートル落ち込んだ廃墟。フェンスのギリギリまでクレーターか崖のように落ち込んでいて、幾つもkeep outや進入禁止の立て札が至るところにくくりつけられている。更地に戻したいらしいが、土地の持ち主が行方不明で危険な状態のまま放置されていて、持ち主箱の建物の崩落に巻き込まれたとかいないとか。お陰で真しやかに持ち主らしい老婆の幽霊が出るとか、持ち主とおぼしき老人が徘徊しているとか色々噂がたっている。瓦礫のしたに潰されているとしたら全部掘り返さなきゃならないと考えると、まるで変化のないまま時が経ちこのまま放置されると周辺では噂されていた。
そうなると当然ここは、ひとつの観光地に変容する。肝試しにやって来た無鉄砲な人間のどれくらいに何が起きているかなんて、正確な真実が伝えられる筈もないし本当の危険がどんなものなのかも人間は知りもしない。そうして今夜もこうして間近に止めた車のヘッドライトを消して、闇の中にキャアキャアと声たてて数人の男女が縺れ合いながらフェンスを覗きこむ。

「ねー、どっからかはいれるの?」
「ひぇー、真っ暗!」
「あ、ほらあそこ、金網壊れてる!」

こうして行くなと言われれば闇夜に紛れてやってくるし、入るなと言われてもこうやって人数にものを言わせて入る。それで何かが起きてしまえば怪談か都市伝説が生まれ、新たに同じことをする人間を引き寄せ、更に経験譚が語られていく。次第に話が大きく誇張されることがあれば、逆にドンドンと真実が覆い隠されていくものものある。そんなこととは何一つ知らないでガシャガシャと金網を開き潜り抜けて、年の頃は二十歳よりは都市を重ねている男女が懐中電灯片手に脆い敷地の中に足を踏み入れた。

「うひゃー、すっごい!底見えない!」
「やだ、落ちないでよー?」
「何か寒くない?」
「げー、底見えなくないか~?」

地下水が出てるらしいから、そのせいで涼しいんだと男の一人が言う。元々ここら辺の地盤は火山灰の上にあるらしいが、実際には沿岸部が近く湧水の類いは存在しない。なのに、この建物はゲリラ豪雨なんかと湧水のせいで、地盤が落ちて建物ごと崩落したと言われている。底の方から常にヒンヤリと冷たい風が上がってくるといい、それが施設崩落の時に忍び込んでいた人間が死んだからだとか、以前まだこの施設が保養施設として使われていた時に死人が出たとか原典はハッキリしない幽霊がまことしやかに伝えられている。

「なんも、ないって。」

何もないといいながら、本音では何かが起きることを期待している。何しろこれは肝試しなのだから、男性として見ればここでひとつ女性にいいところを見せないと収穫がないのだ。女性に腕を絡められながら崖のような淵を歩きながら、懐中電灯で下を照らす。

「え。」

そこにほんの一瞬人の顔が見えた気がして、男性の口から思わず言葉がこぼれる。ほんの一瞬流れた光の輪の中に、真っ白な人間の顔がしたから自分達を見上げていた気がしたのだ。どうかしたと声をかけられても、自分が見たものがハッキリとはしていないから言葉にならない。言葉にならないが何かを確かめようともう一度懐中電灯が、闇を照らすのにそこにいた人間達は黙りこくって先を見つめていた。

そして、暫く後に残ったのは闇の中に地面に転がったまま、何もない場所を照らす懐中電灯だけで、何が起こったのかはそれこそ神のみぞ知るのだ。



※※※



星空の下の何処か闇の下で人知れず異能を持つ者が闇を切り裂く彗星の様に光の尾を引いて、人知れず大地に流れる『地脈』に開かれた『穴』を閉じ続け密かに日常を守りを続けていく。決して人に知られることのない闇の中での密かな出来事に気がついているのは、僅かな人間と人間以外のモノ達と。
それは決して史実には残らない、歴史の陰の出来事、そうして今もまだ続く長い物語の一部。
地脈の穴の向こう側という世界とこちら側の世界の扉を守る力を持つ、異能の人間達の物語は少しずつ形を変えてこれからも続いていく。そして知る者は、彼等を異能の門番『ゲートキーパー』と呼ぶ。
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