GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第七幕 所在不明

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不意に凄い量の花弁が巻き上がり視界を奪われて、咄嗟に忠志は腕で顔を覆う。そして腕をおろして気がついた時には、見事にこの広大な菜の花畑に忠志は一人きりになっていた。正直その可能性を考えていなかった訳じゃないから、義人の姿が掻き消した後に感じたのはヤッパリなぁの一言。案外と冷静にそう考える自分に気がついてしまう。これがよくある話なんて冷静に考えてしまうのは、まあフラグだろとも思うのと、ここは基本的に自分達の居ていい世界じゃないと忠志には理解できているからだ。今までずっとゲートの向こうはきっと暗闇で、何も存在しなくて荒廃した世界だと考えてきた。それに山のように人外が彷徨いていて、なんて考えても来たのだ。

人外が屯している訳ではなかったが、それでもここは自分達の世界じゃない。

護る者もいなければ、護るべきものもない。義人は三途の川だったりしてなんて事を言ったりしていたが、それは強ち間違いでもないような気がする。何しろここには生きていると言う感触が何もないのだ。生きているならどんなに美しい花畑でも、花に必ず個体差があって満開のやつもあれば少し遅いやつもあるし早いやつもある。さっさと先に咲いて、一足先に散ってしまうやつだって一本や日本じゃない。全て同時に満開なんて事はないし、黄色一色で緑の葉が見えないような咲き方なんて尚更あり得ない。何でそんなことを忠志が知ってるかといえば花が好きなわけではなくて、絵を描く時には対象になるものをよく観察するからだ。

…………何だかどれもこれも作り物っぽくて、気味が悪い。

きっとこの菜の花は一つとして枯れもしなければ、散りもしない。永遠にただ満開に咲き誇るだけの作り物の花畑のように、忠志には見えてしまう。確かに綺麗で鮮やかだけど、それが本当に美しいと感じるかといわれると忠志にはそうは思えない。その中で異質な者である自分達に好都合に物事が進むなんてあり得る筈がないというのが忠志の意見であって、正直にいえば虎の巣穴に入ったと言うより蛇の腹の中に居る気分だ。

飛べねぇし……どうやって、探すかな。

義人はああ見えて案外脆いとこがあるから早めに探したいし、さっさとしないと悌順や信哉は助けに突っ込んできかねない。そう分かっては居るがどこからどう

《兄貴。》

その声に一瞬辺りの空気が変わった気がした。嫌な幻覚だと心の底から思うが、恐らく義人が駆け出したのは義人にとってこの声と同じ存在が見えたからなのだろう。そういうやり方で一人ずつにバラけさせて、いいように処理したいってことだ。振り返ると思った通りの人間が居て、忠志は思わず黙りこむ。
双子の妹の利津は、火事で燃え尽きて死んだ。
忠志自身がそれを見ていたし、その体は忠志自身が完全に燃やし尽くして骨すら見つからなかった。その筈の利津が、自分と同じ金色の髪を揺らして、火傷一つない姿で立っている。

《兄貴。》

彼女の口から溢れる言葉。
あれから三年になろうとしているが、あの時の光景は何一つ忘れることもな記憶の中に鮮明に焼き付いている。家だけでなく両親も祖父母も親戚まで飲み込んで、妹も道連れにして燃え盛る炎。体が燃えるのを感じながら、廊下を歩き回り全てが手遅れと自身の目で確かめたあの絶望。二度と忘れることもできない燃え尽き焼け焦げた身内の炭のような体。
放火とされていた槙山家の火災事故は、数ヵ月前に他の事件で捕まった放火犯が自白するというなんとも皮肉な結末を迎えた。そしてその放火犯は、暫くして誰かの手で絞殺されベットのパイプにまるで照る照る坊主のようにぶら下がったのだ。何で絞殺だったかは想像もできないし理由なんて理解しようとも思わないが、そいつに抵抗の跡はなかったようだから犯人の望み通りだったのかもしれない。

どうせなら、俺にそいつと直にタイマンでもさせてくれたら良かったのに。

そんなことを密かに考えたのは誰にも話していない。話しても無駄なことだし、いったからと言って家族も親戚も妹だって戻らないのだ。しかも、その犯人ですら戻りはしない。

《兄貴。》

繰り返される声は妹そっくりだけど、それが妹だとは忠志には思えない。ここがもしあの世だとして、利津はこんな場所に留まるような人間ではないと叫びだしたくなる。妹は夢だった看護師になってやっと働き始めたばかりだった。天真爛漫で真面目で、それで人を助けたいと願った純粋な願い。それを一つ叶えたばかりの妹が、こんなところで迷う筈がない。喉に言葉が張り付いて声にならない忠志を真っ直ぐに見つめて、利津は忠志には見慣れた笑顔を浮かべる。

《兄貴、頼むね。》

何をと心の中で問い返そうにも答えは分かっている気がした。何時もそうだった、利津は大概のことは自分で出来る妹だったし、こう言う頼み方をするのは凄く限られたことだけだ。分かっているが何でここでとも思う。同時にここだからこそ、利津は忠志に言うに違いない。こんなとこにグズグズしてないで、頼むねと。

「利津。」

双子だからこそ言葉でなくても通じることが二人には幾つかあって、二卵性なのに二卵性とは思えないとまるで一卵性みたいだと両親はよく笑っていた。そうして目の前でまるで泡のように溶けて消えていくその姿に、忠志は心が折れそうになるのを感じる。どうして、何でここでこんな風に現実を突きつけてくると思うと同時に、そうやって心が折れるのを待っているんだろうと思うと怒りも感じていた。こうやって人のことを弄んで、心が折れるのを待ち引き込んでいく。

「じょ…………冗談…………じゃねぇっ!!!」

ここまでして我慢してろなんて我慢の限界だった。不意にバチバチと全身から火花が飛び散るような音が弾けて、その紅玉の瞳が紅蓮の渦を巻き始めていく。



※※※



パニックに成りかけた気持ちを義人が無理矢理に飲み込んだのは、自分の手をもう一度見下ろした時だった。ここでパニックに陥るのは良いことではない。看護師が急変患者の目の前でパニックに陥ったら、必要なことが出来なくなる。

落ち着け、よく看るんだ、周りにあるものを余すことなく看るんだ

キュと何度か手を開閉し深呼吸と共に指先を見下ろす。そこにあるのは見慣れた青い異装に繋がる手甲の青金の指止め。触れればヒヤリと指先に硬いが、それは自分の力で生み出していて現実に準備して着用するものではない。それでもそれは確かに見えていて触れていて、そしてこの異装全部が自分の力の顕現。布も金具も。力が体から出てこなければ、顕現はしない布。なのに同じく体外に溢れさせ操作する力は、風が操れず空も飛べない。体から溢れだす気配も感じ取れない。

それはなんでだ?
 
顕現しているなら力はつかえているということなのに、実感として力が使えない。全く使えないなら顕現しているものも消えて当然なのに、異装は顕現したまま消えていないし消える気配もない。しかも、一瞬で隣にいた筈の忠志が消えて、目に見えたと思った筈の父親の姿も消えた。それをどう考えるのがもっとも納得できるかを考え込む。そして同時に音もなく何も感じないこの世界。どんなに青龍の青水晶の瞳を向けてもまるで、地面に生える菜の花に繋がる木気の僅かな生命の営みすら見えないのだ。

力が使えないから見えないのではないすれば

答えは一つしかない。考え付くことが点から線になって結び付いていくと、何だかとてつもなく腹立たしい。腹立たしく感じるのは、それがなんでか薄々分かっているからだと義人は目を細めた。

ムカつく。

小綺麗に作り込まれた仮想現実のような花畑。死んだ筈の身内の姿。嘲笑うように消え去る仲間。それを考えれば、ここがなんなのかは自ずと見えてくる。そうすると尚更腹立たしくて、全身が怒りに満ちていくのが分かる。容赦なくやっても別に構いはしない筈だ、何しろ唯一幸いなのはここはゲートを越えた向こう側の世界で、被害を気にする必要だけはなにもないのだから。ミチミチと怒りに瞳が青さを増して空気が義人の肌に触れている場所から振動を始めたのは次の瞬間からだった。



※※※



視界に広がるのは菜の花畑。そこに立ち尽くしていて不意に意識が戻ったのは、暫く前のことだった。湿った土の臭いとあまりにも強い花の香りにむせ返りそうになりながら溢れた花畑を周囲を見渡すと、何かが幾つも通りすぎていく気配がしていて頭上も足元もざわめかしい。

ここは一体……

辺りを見渡しても今は花以外に何が見えるわけではないが、ここは奇妙な場所だと言うのは理解できた。果てのない花畑に過ぎていく様々な気の気配と、まるで地表一枚の下に何かが淀みのように揺らめき蠢く感触がしている。何が通りすぎているのかは自分の瞳では見定めることができないが、それは酷く懐かしいものからまるで知らないものまで千差万別なのは、うっすらと理解できた。空気はユックリと流れはしているようだが、どちらからどちらへ流れているのか分からない。何故か足から全身にチリチリとそれを感じていて、それが良いのか悪いのかも理解できないまま。

皆はどうしているんだろう……

辺りを見渡す視線の先にいつの間にか若い男が佇んでいる。それに気がついてユックリと慎重にその男に歩み寄っていくと、黒髪を緩く束ねた黒髪を揺らしながらその男は悠然と振り返って自分を眺めた。

何故だろう……こいつ、何処かで…………

相手の姿は何処か見覚えがあるのに、それが誰なのかは分からない。だがあまり好ましい相手でないのはその全身から放たれる気配で薄々分かりきっていた。

「本当に貴様は思う通りにならない……昔から。」

相手はそう呟くと何故か目を細めて自分の事を見据える。昔から、それほどの付き合いがある相手には感じないが、相手にしてみればそういうことなのかも知れず、そして相手はそれを快く思いはしていない。チリチリと肌に障る気配にそれは言われずとも分かっていたし、大体にしてこの空間自体が奇妙な世界でまともな時間の中にないのはわかる。しかも、何でか空気には他の仲間の気配が滲み出していて、戸惑いながらこの場に留まるしかない。ここはいったい何処なのだろうと考えながら、むせ返る花の香りに得意の嗅覚が鈍るのを感じとる。仲間の気配がどこから滲むのかを嗅ぎとろうにも、余りにも花の香りが強すぎて目眩がしそうだ。

「最初からお前が気にくわなかったんだ。」

その言葉は忌々しげに毒のように吐きかけられて、思わず眉を潜めその顔をマジマジと見つめる。見覚えがあるような気はするが誰なのかは分からないのに、相手は自分に憎悪を向けて語りかけてくるのだ。こんな風に憎悪の目を向けられたのは、ここ暫く無いことでその目には確かに見覚えがある。何度も何度も同じように憎悪で睨み、死ねばいいのにと吐き捨てられ……

「……東条?」

その名前が溢れ落ちた途端、相手は何処か驚いたように目を丸くした。まるで気がつく筈もないと考えていた風で確かに様相だけだったら気がつけなかっただろうが、その目の憎悪は変わりようがないのに本人も気がついていないようだ。しかし相手が東条巌なら容貌が変わりすぎていて、その理由は一つしか考えられない。

「それで、自分も人間をやめたっていうのか?」
「人間なんて括りは無駄なんだ、とうに気がついているんだろ?お前だって。」

相手は嗤いながらそう口にする。必死に自分達が守っていると考えていた人間の世界、実際にはその境界線は曖昧で何百年も人外と共存してきた土地すらあった。確かにゲートを閉じるのは自分達の役目だが、ゲートとはまるで関係ない方法で境界を曖昧にする方法が存在している。そのルールさえ知っていればゲートなんて必要がない。なら何故このゲートは開かれ何度も繰り返すのか?

「ゲートを開くのは人間が浅はかだからだ。」

人間が何も考えずに血脈を切り裂くから、予想だにしない場所で穴が開く。結局人間の尻拭いのために割りをくっているのが四神だと東条は嗤うのに、唇を噛んで黙り込んでしまうのは反論のしようがないからだ。無意味なことのために必死に自分達が命懸けで生きてきたと言われて、反論をすることができない事ほど苦痛なものはない。黙れと叫んでやりたくても、その言葉が院で培われた知識でもあるのもわかっている。

「もうやめたらどうだ?自由になるだけだ、私のように。」

自由。
その結果が、人間をやめて別な種族に生まれ変わることなのだと、東条は言う。人間に縛られずに、ゲートも無視して自由に

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