GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第六幕 沿岸部研究施設内部

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カチリと鍵の開く音に視線をあげた孝はドアの動きに、息を飲んだ。既にここに監禁されて一週間になろうとしていて、父は兎も角・母は窶れが見え始めている。これまで父が何度か検査と称して廊下に出されたが、健康診断だなと呆れ返るばかりで目新しく何か特別なことは行われてはいないと言う。自分と母はまだ何もされていないが、正直なところ自分達には余り興味がないのではとすら思っている。

恐らく僕らが連れてこられたのは兄さんを大人しくさせるためだろう

それにしても兄の情報は何一つ得られず、兄の方はいったいどんな検査を受けているのか心配になる。そんな最中今日は随分人が来ないし、遂に昼の食事まで届かなかったのに異変を感じてもいた。
ドアの開く音に視線を向けたら、そこから奇妙なことに開けてからノックをして女性がヒョコリと顔を出した。白衣ではなく自分達と同じ病衣のその女性は、赤い縁の眼鏡をかけていて自分と目が合うと人懐っこい笑顔で笑う。

「あの…………、一応助けに来たんですけど。」
「え?あ?はい。」

思わずあなたがと口にすると、彼女は多賀亜希子と言いますといたって普通に挨拶までする始末だ。父と母も驚いたようすだが背後から金髪のもう一人がヒョコッと顔を出したのに槙山忠志かと思ったと成孝が呟く。その言葉に青年は考え込んだように、彼女に語りかける。

「やっぱり忠志は下なのかなぁ。亜希子。」

聞けば金髪の青年は和希といい、槙山忠志の知り合いなのだと口にした。もしかして髪の色から親戚と考えるが、なんとなく聞き覚えのある名前に孝は首を傾げながら促されるままに人気のない廊下に足を踏み出す。

「亜希子、俺下に行ってみてくるからさ、亜希子はこの人達外につれていって。」
「でも。」
「後何人かこの階に居そう?」

そう問われた彼女はユルリと視線を見渡して、ここにはいないけど、地下に数人かしらと呟く。どうやるとそれが分かるのか全くもって理解はできないが、少なくともこの棟にはいないと彼女は溜め息混じりにいう。

「亜希子、疲れるでしょ?それ。」
「それはそうだけど、和希一人じゃ危ないわ。」
「見てくるだけだよ。ダメなら直ぐ逃げるから。」

亜希子やこの人達を連れて地下に行く方が危ないよと、青年は確かに何処か槙山に似た暢気さで笑う。そう言われると仕方がないと言いたげに彼女は分かったわと呟いて、まるで子供にするみたいに青年の頭を撫でる。

「気を付けてね?ちゃんと戻ってきて顔を見せにくるのよ?」
「子供扱いしないでよぉ。」
「あなたみたいな子供がいてもおかしくない年よ。」

え?と思うが金髪の青年は自分とそれほど年が変わらないように孝には見える。つまりはこの女性はもしかして見えないけど四十代?!と驚いてしまう。兎も角その場で青年と別れた多賀亜希子はなるべく音をたてないで・詳しくは敷地から出たら話しますと三人に言うと、廊下を音もたてず滑るように歩き出していた。



※※※



それにしてもと智美は辺りの変化に気が付いて、青ざめた監視の男達を眺め考える。昼過ぎにそこから一歩もでないようになんて珍妙な指令があってから、既に七時間が過ぎて交代も来ないし連絡もとれなくなった監視の男達は次第に恐慌をきたしつつあった。元は五人もいたがその内一人が様子を見てくると口にして先に姿を消して五時間。そしてもう一人が様子を見てくるといい出ていったが、ほんの微かに絶叫が聞こえてから二時間だ。

まあまあ、…………堪えてるかな。

十中八九、東条巌が人間でいる限界点を越えたと智美と礼慈は考えているし、礼慈の目には最悪の状況が既に見えてもいる。範囲としては敷地の中心から外れのここまでは、二百メートルあるかないかだという。その後出ていこうとした監視をいかない方がいいですよと礼慈が、やんわり引き留めたのは流石に知っていて見殺しにするのも可哀想になったからだ。それに逆らって出ていったもう一人の直ぐ側での絶叫に、残された監視の二人は青ざめてここからどうやって逃げるかヒソヒソと相談し始めている。

「どう思う?礼慈。」
「音でしょうね、敷地の中で音をたてると集まるようです。この建物は防音設備がしっかりしてて良かったですね。」
「……彼らは?」

智美の言う彼らが四神なのは言うまでもなく、三人は自由になりましたと礼慈は目を細めて地下を眺めながら言う。誰かがどうやら侵入したようで上手いこと隔離されている人間を次々に解放しているというが、その一端は恐らく薄々知っている『ロキ』という人物だろうと智美も想定している。
会ったことはないが、会話だけはしたことのある相手。
『ロキ』は過去の四神の親友と告げて、幼い智美に接触してきた人物だ。しかも智美の考えを聞いて、研究所を一度潰すための情報を智美に惜しみ無く与えてくれた。それにしてもまさか東条が自分を実験台にしてまで復活してくるとは、智美も『ロキ』も微塵も思わなかったのだ。

流石に人間をやめてまで固執してくるなんて、世のストーカーも真っ青だな。

そんなことを考えながら監視の男達を見ていると、智美と視線があい逃げ出したいとその瞳が訴えているのに気がつく。あの悲鳴を聞いてもまだここから逃げ出す意欲はなかなかのものだなと、智美は口を開く。

「逃げても良いが、外のは音に反応しているようだから、悲鳴とか走ったりとかするなよ。」

サラリと口にされて二人の男は顔を見合わせ、何であんたらはそんなに落ち着いているんだと震える声で言う。監視の二人は院の人間ではなく、政府の管轄の人間だ。ここで院の人間を監視に使えば、智美や礼慈の口車にのせられるとでも考えたのだろう。その点では、東条も少し鋭いなと失笑せずにはいられない。とは言え場馴れしている訳ではないが、こんなことくらいであわてふためいていたら式読も星読も務まるかと呆れてしまう。死にたくないから音をたてないようにしてると言ってやると、逆にそれで男二人はここにいた方がましかもしれないと考え直した風だ。



※※※



スルリと通風口から頭を出すと、三浦和希は床を見渡した。見える範囲には人もいないし、不定形生物もいない。死臭は強いがそれはこの施設に入った時から変わりようがないので、濃くなったか薄くなったか位の差しかないから考えないことにした。勘は鋭い方だと思うが、亜希子のように壁を通り抜けてまで気配を探すことは、和希には無理だ。

それにしても、亜希子スゴいなぁ。

不安なパニックを起こしかけていた看護師を意図も容易く操って鍵を受け取り、音をたてないように歩かせて避難させたのは亜希子だ。連れてあるいた方が落ち着くかと思ったらしいが、こんなの普通の人間には無理よねと彼女は笑う。その瞳はまるで青い水晶のような瑪瑙のような、とても不思議な色をしている。しかも瞳孔が異様に縦に長く鋭く伸びてしまっている。そんな目になる亜希子は初めてで思わず和希は感心したように口を開く。

亜希子は普通じゃないの?

和希が初めて気がついたように問いかけると、鍵を手にした彼女は少しだけ悲しそうに「私は半分死んでるの」と何時ものように繰り返した。何時も一度死んだとかもう死んでると亜希子は平然と言うが、実はそれは嘘でもなければ例えでもないのだという。

「本当に死んでるの。だから化け物の『間の子』なのよ、私。」

そんな人間は割合いるのよと亜希子はいう。産まれた時亜希子は仮死状態で産まれたと思われていたが、その時に死んで半分別なものの命を借りて育った。次第にそれが亜希子の人生を狂わせて、色々な経験をさせて、亜希子はもう一度自分で自分を殺してしまったのだと言う。そのせいで人間の亜希子は死んで、残ったのはこの体で生活していた亜希子の真似をした『鵺』。

「だから、この体が駄目になったら、ただの鵺に戻るんだけど中々ね。丈夫なのよ、この体って……。」

何回か自殺して生き返てしまっているし、交通事故でも無傷なのと暢気に彼女は言う。そして和希が顔を覚えていられるのは、そういう特殊な能力がある人間だけなんじゃないかしらというのだ。

そう言われると槙山忠志も家族全員焼死したのに、ほぼ無傷で生き残ったんだよなぁ……。

後はクオッカの女子高生に自分は何かした筈だが、彼女も元気だ。確かにそう言われると納得できる面もあるが、同じように顔を覚えていられた自分の父だと言った男は死んでしまった。彼は亜希子とは違うの?と問いかけると、全部が分かる訳じゃないと彼女は笑う。だが進藤隆平も何度も自殺未遂をしても、まるで死ねなかったとは言うのだ。ならどうして死んだのかと問いかけると、亜希子は呟くように言った。

「隆平はやり尽くして、もういいやって考えてしまったんじゃないかしらね。」
「亜希子は?まだやり尽くしてないことある?」
「私はねぇ、痛いのとか苦しいってことが本気で嫌いなの。だから、痛かったり苦しかったりして死にたくないのよねぇ。」
 
暢気な言葉に呆れてしまうが、亜希子が言うのには納得も出来る。でも亜希子は和希は自分達のような混じり物とは違うとも言うのだ。生まれつきではない後天的に生み出されたモノだから、亜希子とは違うし進藤とも違う。
亜希子は生粋の『間の子』だが、和希は人工的に作られた『間の子』。
それに、まるでそんなのとは別な存在もいるともいうし。色々面倒だねと言うと別に面倒じゃないと亜希子は暢気に言い、関係なくしてれば何も問題ないのよと笑うのだ。
天井の通風口の縁に捕まったまま、音もなくクルンと体を反転させる。こんなことが出来るようになった理由は兎も角、人の顔は別としても配管図や設計図なんかは一目で覚えられるのは随分楽だし得していると思う。というのもここに忍び込む前に、和希はネットワーク経由でこの施設の設計図は入手して頭に叩き込んでもいる。こんな方法を身に付けさせたのは、死んだ進藤で、進藤はそういうことが得意でもあった。

……かおるがみつかんなかったら、俺、探偵かなにかでもしよかな。

和希が生きる目的はかおるを探すことだけ。そう冗談めいて考えるが、自分が希望も絶望もないからこの状態を保てるのは薄々理解してきている。かおるを見つけ自分は死ぬだけ、そして和希はもう死ぬことに躊躇いもないから、和希はこうして変わらないでいられると気がついていた。
それに気がついたのは数日前、自分と同類が弾けて消えたのを感じたからだ。

同類って言っていいのかはわかんないけど

本能的に自分と同じ物が弾けて消えたと感じた。絶望でもしたのか膨らんで変質して、泡のように弾けて消えてしまったのだ。そして今ここで施設の底から流れてくる空気は、同類のものだとやっぱり思う。そしてそのもう一人も何か熱望でもしていたのか、膨らみ闇に呑み込まれていこうとしている。

欲張るからだよ、どうせやがては死ぬだけなのに。

そう考えながら音もなく床に降りると、和希はチリと肌にまとわりつく不快な感覚に気がついた。本来ならグルッと通路をまわって降りてこないとならない場所に、通風口や何かを上手く使って最短で降りたはいいが空気の不快さは更に強く人の気配は皆無だ。亜希子を上に置いてきて正解だったが、自分も余りここで過ごすのは得策ではなさそうだと考える。
そんなチリチリ震えるような空気の中、和希は音もたてずに強い気配がその空気の向こうで揺らめくのに気がついた。

濃くて純度の高い気配が哀しげに哭いている。

そんな風に感じてソロリと音もたてずに足を進め始めた和希は、やがて一枚の歪んだ扉の前に立ち尽くす。その中にいるものの気配があまりにも強すぎて、他にも誰かがそこにいるのかどうかまるで感じとれない。もしこれでこの強い気配が自分に良くない相手だったとしたら、一発でおしまいだと分かってはいたが和希は誘われるようにその歪んだ扉を力ずくで開き始めていた。
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