GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第六幕 沿岸部研究施設

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「ふったち。これつけてて。」

『ロキ』が手渡したインカムを耳に着けて、ふったちと呼ばれた青年はググッと背筋を伸ばしながらその前に立ち上がる。途中で何かあってもいいように、連絡を取れるようにしておいて貰わないと彼女だけでなくふったちにも困る理由があるのだ。
二人は最初に見ていた小高い場所から、既に施設の外周を囲む高圧線のフェンスの直ぐ傍までやって来ていた。既に『ロキ』が人伝で仕込んだシステムへの感染は全体の八割を閉めていて、外周の高圧電流は容易く沈黙させる。それでもふったちは内部の人の気配が消えてるし、血の臭い濃くなったと不快そうに告げてムッツリとしていた。ふったちは人間の血液は金気臭いから、血の臭いを好まないのだ。
垂れ込めている黒い雲がこのまま落ちてきそうなほど低く風は湿り気を増して今にも嵐が起こりそうに強く吹き付けてきて、血の気配が強く更に漂うのだとふったちはヒクヒクと絶え間なく風の臭いを嗅ぐ。ふったちがこんなにも苛立っているのはこの場所の血の臭いのせいだけではなく、今まさに自分の住みかでも異変が起こっているからだった。街で起こっている大混乱の情報は既に人擬きから『ロキ』も連絡を受けていたが、その発端になったものがここにあるのなら尚更引き返せなくなった。

「ねぇさん、あれを食うのはいいけどさぁ、俺の記憶が飛んだらちゃんと連れて帰ってよ?」

ふったちには彼女には見えないものが既に感じ取れている。それはふったちが普通の人間ではないからで、実は生まれた時からそうなのだと言う。ただ普段のふったちは普通の人間でもあって普通に暮らしてもいる、所謂『間の子』という存在なのだ。意図してふったちになって活動しつづけると、もう一つの人間の方のふったちには加負荷になるらしく記憶が飛んでしまう。時には記憶がないまま何ヵ月もさ迷うこともあるから、ふったちには『ロキ』達の助けが必要になる。下手をすると人を襲う可能性もあるのだが、ふったちは基本的には穏やかで無害な存在でもあるのだ。

「何よ?この間だって、ちゃんと街まで連れてきてやったでしょ?」
「嘘だぁ、街・真ん中で放り出した癖にぃ。俺一応普段は人間なんだからさぁ……。」

コキコキと関節をならしながら、ふったちが当然のようにフェンスに歩みより手を伸ばす。カジャンと乾いた音をたてた金網に指をかけて、まるでしつけ糸でも切るように容易くブツブツと音をたてて左右に引きちぎっていく。しかも支柱の柱すら飴のようにねじ曲げて、楽に人が通れるようあっという間にフェンスを破壊して見せる。それに反応したように敷地の地面がザワザワと音をあげて盛り上がって不定形のゼリーのようなものが沸き上がり始めた途端、ふったちが不快そうに声をあげた。

「うわ、血生臭!不味そう!!」
「グルメねぇ、ふったちは。」

フゥと深い溜め息混じりに前に進み出たふったちの足音に、不定形生物がゾゾゾと這いずる音をたてて寄ってくる。どうやら音に反応しているらしいのに気がついたふったちが、振り返らずに普段とは違う聞きなれない言葉を使う。

「あねさん、音ぁたでんなよ。……あど……つらぁば、ぜってぇみんなよ?」

ガハァと突然聞きなれない音をたてて、彼女には見えないようにしてふったちが口を大きく開く。
彼が方言の時は、振り返りは絶対にしてはいけない。

「おらぁあくじぎだどもやぁ……、こったに血生ぐせぇのばぁどでんするなはぁ……」

これで彼が振り返って『ロキ』を一目見たら、彼女の方があっという間に死ぬことになるのは判っている。青年の時は何も起こりはしないが、彼が『経立』に変わっている時は顔を見てはいけない。彼自身も振り返ることも出来ないし、相手に振り返られるのも許されない。それが『経立』というもののルールだし、守らなければ死ぬか新しいふったちになるのだという。そうやって人を害することもあるが、ルールを守れば害さない。
『間の子』
外人と日本人のハーフみたいなもの、そうふったちは考えているという。それが時として人間以外のものと交わっていて、彼の生まれ育った土地では珍しくなくて当然のように皆が知っているのだという。あまり『間の子』は育たないし多くないと彼は言うが、ふったちのようにそれには気がつかずに大分成長するものもいる。『間の子』ですら自分のルーツになるモノのルールを知らなければ、自分で首を絞めることになるし、親でも子でも友人でもルールを守らないと共に過ごすことはできない。お陰でふったちは既に家族を失ったと思うという。記憶にないから分からないが、多分ルールを守らなかったんだろうと思っている。それでもその後も彼のように、どっち付かずのまま『間の子』でいられるのは珍しい。けれどルーツは違っても同類が世の中に全く居ないわけではないし、ふったち自身も上手く気をつけて生きれば問題は起こさない筈……だと思っているそうだ。
昔から彼の生まれた土地では二つの世界の境界が曖昧で交わって生きているから先祖帰りみたいなものだとふったちはいうが、それは秘密として彼の生まれや生い立ちとして理解するだけで、それがどういうことなのか解明なんか出きる筈がない。だけど、そういうことを無理矢理に解明したがる人間が割合世の中には大勢いるもので、ここを狂った帝国として作り上げた東条巌と言う男もその類いの一人だった。

その解明の大義名分のために私の藤久は死んだ。

「うげぇ!、みずくせ!にげぇ!なんたら、あめでらよった!まっずうぅ!!」

ゲフゥとはしたない音をたてて全て食いつくしたわりに、散々に文句をいいながらふったちが口を拭う。僅かな時間に普段の顔に戻って、いいよーと暢気に顔を向けてから目を開き『ロキ』を見る。振り返ったわけでもなく『経立』でもない人間の顔で見るのには、ルールは適応されないのだというが、ルールを破るとどうなるかは彼もよく知らないという。
既に彼の目の前には地面ごと噛りとられたように何もない空間が広がっていて、そこには湿った風が吹き込んでくるだけだ。不定形のゼリーのようなものは視界からは完全に消え去っていて、ふったちが再び臭いを嗅ぐのと一緒に『ロキ』は端末の図面を眺めながら敷地に踏み込むと歩き出していた。



※※※



そこは一見すればホテルのシングルルームのように見えなくもない。ただ残念ながら窓は嵌め込みで扉には外側からしか開けられないように確りと鍵がかけられていて、女の力では突破は難しいのは目に見えている。空調完備、三食付き、ただし外部との連絡はとれないし、テレビや何か情報を得られるようなツールもない。

困ったわね…………。

目を細めて多賀亜希子は溜め息をつきながら、壁越しに辺りを見渡していた。壁を完全に透過して見えているわけではないが、申し訳ないがこの程度なら亜希子は人の気配くらいなら察する。なんでとは聞かないで欲しいのは、亜希子自身もなんで出来るかは説明が難しいからだ。
昼前から何でか溢れていた筈の人の気配が減り出していた。
施設の広さがかなりあるので流石に地下まで全部は見えないが、少なくとも施設内には百人単位の人間が様々動き回っていたのだ。それなのに、次第にそれがポツリポツリと建物の中で消え始めている。いい忘れていたが、もと看護師として働いた亜希子は観察力は高く現状を察するのは昔から得意だ。

何か起きてる。

それもマトモではない何かだ。人がこんな風に気配を消すのは普通では起こらない。というのも人間は消えるのではなく去るものだからだ。ところがここでは亜希子でも分からない範囲まで去っていくのではなく、フッとその場で蝋燭が消えるように消えていく。つまりはその場所で消えるような事が起きている。

ここに連れ込まれてから約一週間。こんな事態になるとは思ってもみなかった……

本当は自分ではなくあの背の高い青年だけを、彼らは連れ去りたかったのだと亜希子は思っている。まあ、拉致目撃者じゃ一緒に連れてこられたのは確定だろうが、それにしても余計な一名分のお世話をさせられる人も可哀想なものだ。というのも来てからなにもされてはいないが、食事を運んできたりする人間は恐らく看護師だと踏んでいる。何処からと言われれば動き、視線、それに判でおしたような時間、勤務のクールはかなりコンスタントだが、恐らくはなんなかの場所で看護師として勤めていると考えていた。
目撃者として連れてこられたが、何も今のところなにもされていないのは、目的が達成していないからであって、亜希子自身に何か有効性があるわけではない。あえて言えば人質位に考えるかどうか、という程度の感じだ。

それにしても矢根尾は死んだかしら…………

竹林で大きな黒い影に飲み込まれた元夫である男を、一応は心配してはいる。ロクデナシで男としては最低だったが、あの男を最初に自堕落な狂った人間に堕ちるのを引き留めず、手伝いみたいな行動を無意識にしてしまったのは亜希子にも半分は責任があるからだ。人間としてはあれから十年も経っててまだレイプしようとする精神はどうかとは思うが、化け物に喰われて最後を迎えるのは流石に可哀想な気もする。

せめて痛くなきゃいいけれど

そう考えて違うわねと自分に突っ込みたくなる。痛くなきゃ食われててもいいと言うわけてはないのだが、そんなことを暢気に考えてる場合ではなく、人の気配がジリジリ減り続けているのと同時に風に血の臭いが混じり始めていた。
看護師をしていると血の臭いや死の臭いには過剰に反応する。
それ以上に亜希子の目は本来の視力は悪いが、違うものはよく見えてしまう。

嫌だわ…………ここに来るかしら…………。

音をたてずにいるとバタバタと駆ける音がして、それは駄目と心の中でだけ呟く。無言で音もなく気配も消してやり過ごす。そうしないとそれは追うと本能的に感じ取れるから、亜希子は無言でまるで岩のように気配を消したまま駆ける音を追いかけるものを眺める。
鍵か扉にかかっているから逃げ出したいけど、現状を見極めないと動きはとれなさそうだ。ここには他にも何人か勘の鋭い人間がいるようで、亜希子と同じように息を潜めている者も居るし、あの追うものよりも遥かに強いから追うものが近づかない存在もいる。

それにしても隔離されて、人が居なくなったら映画見たいに隔離されたまま死ぬのかしら…………

最悪の時は仕方がないから、亜希子の傍にいる影に任せるしかない。それをすると記憶を失うしその後に何が起こるか予期できないから、本当はあまりしたくはないがここで死ぬのは嫌だから最悪の時には考えておくしかないと亜希子は部屋の中でもう一度溜め息をつく。

ヒョゥ

そう声をたてて哭くと彼女は空気が血の臭いに代わるのに、改めて気配を殺して考え込む。黒い雲に雷雲が近くにあるのは空気の震える感覚でしっているが、それを利用したくても自分の影よりずっと強い何かが辺りを満たしている。自分と似た性質だからこうして息を殺していられるが、似たモノという程度であまりいいものではない。強いて言えば勘に障るものだ
それから約五時間。
人の気配は格段に減って数える程周囲には驚くほど人は居ないし、風には血の臭いが濃く漂ってピリピリした空気に変わっている。目には見えないのに濃い気配は、靄がかかっているように感じてしまう。

…………山瀬がまとわりつくみたい

以前住んでいた海辺の土地の自然現象のように、湿度の高い肌にまとわりつくような空気。こういう空気が自然でなく起きるのは、あまりよい傾向ではないのを亜希子はよく知っている。そんなことを考えている矢先、不意に人の気配が足音を殺して扉に近づくのに気がついた。静かにカチリと小さな音をたてて開く扉に、亜希子は室内のベットに腰かけたまま長閑に見える微笑みで迎え入れてる。

「亜希子。怪我してない?」
「和希ってば、何?……その頭、似合わない。」

震えている看護師と一緒に室内に滑り込んできたのは、三浦和希。何でか亜希子が監禁されているのを助けに来てくれたのは分かるが、第一声がそこなの?と三浦和希に呆れた顔をされてしまう。何しろ亜希子の知っている三浦和希は黒髪の青年で、目の前の彼は目も覚めるような金髪。助けてくれた青年と同じ色になってると呟いてしまう。

「……やっぱり忠志も捕まってんの?亜希子。」

その答えに亜希子は相手の名前も知らないからノンビリと多分?と答えていた。
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