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第三部
第六幕 都市下外崎邸及び沿岸部研究施設内
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鳥飼信哉が姿を消したので探して欲しい。
そう幼馴染みの四倉梨央から外崎宏太は依頼され、梨央から話を聞いている内に次第にキナ臭い感じがしていた。表立っては経営コンサルタント業をしつつ、裏側では所謂情報屋と探偵の中間といった事を趣味でやっている外崎宏太は危険を察知する能力が高い。だかそれは避けるためには使われず以前なら危険を察知すると面白がってわざと自分から突っ込んで行くというはた迷惑な察知能力なのだが、最近は大事な相手に泣かれるので少しそれは控えているところだった。それでも話が事幼馴染みのの頼みだったり、澪の息子が関わるとなっては話は違う。姿を消してから自宅には存在していない筈の親戚が乗り込んでいて、今は事情があってとか適当な理由で信哉はいないというのだ。
梨央は信哉の恋人で、信哉は外崎にとっては幼馴染みの澪の息子。澪のように暫く前からこいつ居なくなりそうだなんて感覚を感じさせることはなかったし、どう考えても最近の信哉の様子もしっているだけに自分から失踪とは思えない。となると
それにしてもあの人間兵器を拉致ねぇ。熊用の罠でも張ったか?
と思わず考えた矢先、宇野智雪から更に失踪が広範囲だと言うのを知らされた。
土志田悌順に、恐らく宇佐川義人、槙山忠志
どいつもこいつも拉致するには一筋縄ではいかないと分かっている面子。悌順は都立第三高校の体育教師だが、夜回りもしている熱血教師の一面と案外ヤンチャで武闘派の一面がある。宇佐川義人は若瀬クリニックの看護師だが、人並外れた観察眼で下手なことは出来ない。槙山忠志は元体操選手で三メートル程度の鉄柵なら乗り越えられる破格の運動神経の持ち主だ。大概つるんでいる事が多いらしいが、これがより集まってるのを拉致するのは大抵の事では不可能だろう。しかも土志田の家にも存在しない筈の親戚が、当然のように入り込んでいるという。
そして、それ以外にも土志田の教え子の香坂智美。その後見人という友村礼慈。調べてみるが香坂と友村の情報は、かなり綿密に隠し込まれていてあっけに取られる有り様だ。
次に連絡が来た時には、それに更に真見塚一家迄消えたときた。
成孝さんを拉致……アホか。
真見塚成孝が拉致された等と鳥飼澪が生きていて知ったら、澪は恐らく誰にも止められないほど激怒して周辺地域が恐ろしい事になったに違いない。それにしても合気道の道場主の成孝も、当然息子も妻だってそう簡単には拉致はできない筈だ。
こんなにも大々的に動いて、人が次々消えていても問題にすらならない。どこも問題にならないように最低限の予防線を張り巡らせて、それが疑問に感じていても公的機関が動けなくされてもいる。
こうなると状況の悪化が酷すぎて、尚更密かに動くしかなくなった。これはマトモな社会で生きてたら起こりうるような出来事ではなく、しかも警察も動かないのは宇野と知り合いからの情報で判っていた。そうなるとこれは警察も動けないようなものが、背後に蠢いている危険性が上がる。
「よお。」
『あん?何よ、こっちに電話って珍しいわね?トノ。』
「悪いがよ、本気で力借りたい。」
茶化すように話始めた筈の相手が黙りこみ、状況を説明している内に相手の反応が変化していくのがわかる。相手は社会の裏側で密かに蠢いているものを追いかけ続けているから、外崎の話には目の色を変えるに違いなかった。
それは電話の相手である『ロキ』が闇に紛れて活動する半日ほど前の事、都市下の片隅で別な事件が起きていた。発端になったのはとある青年をストーキングしていた人間が、相手に害を与え始めていたことで外崎宏太はストーカーの確認を依頼されていた。
目下信哉の動向は『ロキ』が主体で動いてくれてはいるが、別な方面から捜索を行っている。捜索範囲はかなり限局していたが、そこに関連している人間を炙り出すのか宏太の方の割り当てだ。
「めんどくせぇなぁ……随分爺ばっかり巻き込んでやがる。」
政治家関係の情報に強い宇野智雪が手を貸してくれているものの、大物政治家の加担に大事感は更に増している。しかも巨体なブラックボックスに手を出そうとしているのに、嫁にバレたら説教ではすまないと苦虫を噛み潰してもいるのだ。
「この人も献金してますよ?あきれるなぁ。」
そんな最中電話が鳴り響き、別な方面からの電話が入ったのだ。ストーカーがこんな朝早くから突然相手に襲いかかったのを取り押さえたのだという。
「ああ?捕り物だと?!お前、怪我はっ?!」
『ん、平気。恭平が一瞬で取り押さえて、こっちは小松川を引き取って話聞いてる。』
小松川というのは最初に青年のストーカーと思われた人間なのだが、実はもう一人ストーカーが存在して別な奴の方が危険性が高い行動に出るストーカーだったのだ。運良くどちらも確保して押さえたが、片方は警察の処理で、そんなに害のない方はこちらで話を聞いてから解放するという。
「ほんとに怪我してねぇんだな?ん?」
『大丈夫だってば、終わったら戻るから。』
暢気な様子だが、この様子だとストーカーの方は大きな問題はなさそうだと宏太は溜め息混じりに電話をきるが、背後の気配に眉を潜める。何を笑ってやがると振り返ると宇野が必死に笑いを堪えているつもりで肩を震わせていて、外崎は見えない目で睨み付けた。
「笑ってんじゃねぇよ。」
「いや、ほんとに尻にしかれてるんだと思ったら、ふっふふふっ。」
以前の外崎の事も知っているからか、とんでもなく面白いらしく珍しく宇野の笑いが止まらなくなっている。苛立ち紛れに何気なく音でも聞くかとテレビをつけた途端、珍妙なニュースが流れ始めたのに宏太は眉を潜めた。国会議員が泡を吹いて倒れたというニュースは別段珍妙とは言えないかもしれないが、それがどうやら見ず知らずの他人の家でとなると話は変わる。しかも泡を吹いて倒れるまでの間、手がつけられない位に暴れまわったらしく病気で錯乱したなんて話に大騒ぎしていて、それがつい今しがた献金云々の話がでた相手。
「献金しすぎて錯乱したのかな?」
「それで錯乱なら、世の中の政治家の半分が錯乱するんじゃねぇか?ん?」
冗談でそう呟いたのにそれが冗談で済まなくなってきているのに気がついたのは、それから二時間もしない間だった。警察の知人でもある風間祥太から電話が入ったのに、背後の宇野も眉を潜める。実は宇野と風間は高校まで同級生で、それこそ信哉と悌順とも面識がある。しかも宏太と知り合う内に槙山忠志とも知り合いになっている人間だ。何があったんだと問いかけるとどうもおかしな事になっていて、次々錯乱したり泡を吹いて倒れている人間は報道されないだけで広範囲に広がり始めている。
『そいつらが、東条って人間から薬を渡されてるらしくて、偶々か飲まないと断った人間が保護を求めてきてるんだ。』
「それで?」
『東条って奴、どうも三浦の投薬の薬の出元らしい。つまり錯乱の原因は、その薬の次世代ってやつらしい。東条自身も服用してると話してる。』
妙な関連で、ことさら妙な方に繋がってしまった。政治家達の献金の先は表には宗教が関連した福祉団体を装っていたが、実態は何やら奇妙な研究施設だと『ロキ』が調べあげている。その研究施設は一度別な場所にあり一度は研究機関事態が抹消されたのに、東条という男がここ数年政治家達の献金を得て密かに立ち上げられたのだという。
元は政府が秘匿してる組織の一部だったのよ、でも、組織の頭が代わって蜥蜴の尻尾切りにされたの
平然と『ロキ』はそういうが、彼女としてはその尻尾がこの世から消えてくれればいいと思っていたのだという。だから数年その東条という男が密かに動き出しているのに、『ロキ』も気がつくのが遅れてしまったのだと話していた。気がついた時には沿岸部の広大な施設を転用して、自分の帝国を作り上げてしまっていたわけだ。そして、そこで研究されて産み出されたものの実験台になったのが、三浦和希。
運命ってのは…………
巡りめぐって、またこうして戻ってくるものなのだろうか。三浦事件の関係者でもある外崎に、三浦事件の一番の発端になったとされる人間と関わりのある宇野、それに風間は現在の三浦和希に関する事件の担当刑事だ。違法投薬をされた疑いのある三浦和希は未だに逃走中で、時折この街でも三浦らしき人間に会うなんて情報が流れている。
献金先の頭になっている東条が投薬の現況で、それに隔離されているという人間はなんの目的か。
「まさか、実験台にしようってんじゃないだろうな……?」
槙山忠志曰く三浦はインドア派でスポーツは得意ではなかったらしい。レジャースポーツ程度ならするだろうが、所謂格闘技なんてものにはまるで興味がなかったという。ところが投薬後の三浦は変貌していて合気道もカポエラも身に付け、二メートル程度なら壁は軽々と乗り越えるし、ブラジリアン柔術を使う宮直行という男を殴り倒し、カポエラをつかえる宇野に重傷を追わせてもいる。
「信哉を実験なんぞに使われたら、とんでもねぇな。」
「外崎さん、冗談にならないから、それ。」
メールで現状を『ロキ』にも連絡しておきながら、風間に献金者と確認できた人間の名簿を情報として流す。『ロキ』は既に東条という男の帝国に踏み込む算段を着けて、目下システムを乗っとるために活動するところだというがこちらはこちらで更に問題が起こり始めていた。
「ああ?!宮、なんだと?」
花街の辺りで突然錯乱し始めた人間が暴れだしているという。最初はカラオケボックス経営の宮もチーマーの小競り合い程度に考えていたが、どうも薬でハイになって暴れているようにも見えて花街の取り纏めの八幡万智が宮に助けを求めてきたらしい。八幡万智も柔道の有段者だが、一人ではどうにもならないということはかなり騒ぎは大きいに違いないし、宮直行はそこら辺のチーマーを従えてもいるから当然の流れなのだろうが、その薬が問題だった。当に本体は潰した進藤隆平が流通させたものだと言うのだ。
ここに来て。
タイミングが悪いのかこれを最初から狙い済ましていたのか。恐らくは狙い済ましていたのだと思う。
さっき話していた三浦事件の最も発端となる存在だったのが、その男・進藤隆平だ。
この街で数ヵ月前までアンダーグラウンドの王様だった人間で、三浦和希の遺伝子学上の父親。そして背後にいる宇野智雪の実の父親を殺して、宮井の両親を殺した男。数えきれないほどの人間と自分の血の繋がった人間を殺し続けていた男は、悪意の塊のような悪魔のような男だった。過去形で話すのは進藤は、外崎の幼馴染み・遠坂喜一と同じ日に死んで、その悪意の計画は一応だが遂に終わった筈だったからだ。
勿論一応なのは、悪意の塊が残した三浦和希が逃亡をつづけているからだが、あれから三浦は表だって人を殺すような事件を起こしていない。模倣犯はいるが、当人は一端は大人しくしているのだ。
「くそ、まだうちの奴等は戻ってねぇか。」
小松川咲子は花街にある塾に勤めている人間で、話を聞いた後どうしたかは連絡が来ていない。正直なところ外崎の大事な人間は頭はキレるし勘のいい人間だが、格闘技は身に付けていないし戦闘といわれると盲目で四十路の外崎の方がよっぽど動ける。
それと殆ど同時に風間からも同様の情報が流れて警察も大混乱になっているのが分かったが、こんな風な大混乱は以前もあったなと頭に過ってしまう。
去年の十月の都市停電の時もだし、十二月に起きた都立第三高校の騒動もだ。
苛立ちながら『ロキ』が活動を開始したのに気がついたのは、カウントダウンを『ロキ』が始めたからだった。恐らくシステムの端に侵入が出来たに違いないが、それと街中の錯乱した人間を止める手だてはあるのだろうか。まるで大きなニュースにはならないが、何人か泡を吹いて倒れた政治家の話は流れていて、こちらから流した情報で先手を打てているとも風間は言う。それでもジワジワと街中の空気が変わり出しているのが、感じ取れるのに外崎は小さく舌打ちして他に薬が流通してそうな場所を調べ始めていた。
※※※
血の臭いが遠くなるように歩いたのは意図しての事だった。流石に血の臭いが濃い場所には、さっきの不定形生物の巨大版がいたりする可能性があるし、それと出会っていたら対応しきれない。それに一番濃い血の臭いがする辺りには、何だか近寄りたくないと感じる。足音をたてないように進んでいくと、カチカチと点滅する蛍光灯に照らされた開けた場所に出て、何気なく辺りを見渡す。
病院っぽい
あんまり病院というものはいい覚えがなくて不快だが、消毒薬と薬品の臭い、それに空間の間取りがなんとなくそれを思わせる。そんなことを思いながらそっと足を進めると、震えるような呼吸の気配が微かに肌に感じて、何気なく棚の合間に視線を投げるとそこには白衣の女性が青ざめたままで目を見開いて自分を見上げていた。
やっぱり病院……。
何でかそう考えたが、相手は普段着の和希の姿に呆気にとられたように見上げている。恐らくここに私服の人間は現れないのを充分に理解していて、同時に何でかあの不定形生物から逃げることが出来たようだ。
「おねぇさん、ここに詳しい?」
そう問いかけてみたのは広大な施設の中で血の臭いは避けられても、亜希子や忠志の居場所までは和希には探しきれないからだった。
そう幼馴染みの四倉梨央から外崎宏太は依頼され、梨央から話を聞いている内に次第にキナ臭い感じがしていた。表立っては経営コンサルタント業をしつつ、裏側では所謂情報屋と探偵の中間といった事を趣味でやっている外崎宏太は危険を察知する能力が高い。だかそれは避けるためには使われず以前なら危険を察知すると面白がってわざと自分から突っ込んで行くというはた迷惑な察知能力なのだが、最近は大事な相手に泣かれるので少しそれは控えているところだった。それでも話が事幼馴染みのの頼みだったり、澪の息子が関わるとなっては話は違う。姿を消してから自宅には存在していない筈の親戚が乗り込んでいて、今は事情があってとか適当な理由で信哉はいないというのだ。
梨央は信哉の恋人で、信哉は外崎にとっては幼馴染みの澪の息子。澪のように暫く前からこいつ居なくなりそうだなんて感覚を感じさせることはなかったし、どう考えても最近の信哉の様子もしっているだけに自分から失踪とは思えない。となると
それにしてもあの人間兵器を拉致ねぇ。熊用の罠でも張ったか?
と思わず考えた矢先、宇野智雪から更に失踪が広範囲だと言うのを知らされた。
土志田悌順に、恐らく宇佐川義人、槙山忠志
どいつもこいつも拉致するには一筋縄ではいかないと分かっている面子。悌順は都立第三高校の体育教師だが、夜回りもしている熱血教師の一面と案外ヤンチャで武闘派の一面がある。宇佐川義人は若瀬クリニックの看護師だが、人並外れた観察眼で下手なことは出来ない。槙山忠志は元体操選手で三メートル程度の鉄柵なら乗り越えられる破格の運動神経の持ち主だ。大概つるんでいる事が多いらしいが、これがより集まってるのを拉致するのは大抵の事では不可能だろう。しかも土志田の家にも存在しない筈の親戚が、当然のように入り込んでいるという。
そして、それ以外にも土志田の教え子の香坂智美。その後見人という友村礼慈。調べてみるが香坂と友村の情報は、かなり綿密に隠し込まれていてあっけに取られる有り様だ。
次に連絡が来た時には、それに更に真見塚一家迄消えたときた。
成孝さんを拉致……アホか。
真見塚成孝が拉致された等と鳥飼澪が生きていて知ったら、澪は恐らく誰にも止められないほど激怒して周辺地域が恐ろしい事になったに違いない。それにしても合気道の道場主の成孝も、当然息子も妻だってそう簡単には拉致はできない筈だ。
こんなにも大々的に動いて、人が次々消えていても問題にすらならない。どこも問題にならないように最低限の予防線を張り巡らせて、それが疑問に感じていても公的機関が動けなくされてもいる。
こうなると状況の悪化が酷すぎて、尚更密かに動くしかなくなった。これはマトモな社会で生きてたら起こりうるような出来事ではなく、しかも警察も動かないのは宇野と知り合いからの情報で判っていた。そうなるとこれは警察も動けないようなものが、背後に蠢いている危険性が上がる。
「よお。」
『あん?何よ、こっちに電話って珍しいわね?トノ。』
「悪いがよ、本気で力借りたい。」
茶化すように話始めた筈の相手が黙りこみ、状況を説明している内に相手の反応が変化していくのがわかる。相手は社会の裏側で密かに蠢いているものを追いかけ続けているから、外崎の話には目の色を変えるに違いなかった。
それは電話の相手である『ロキ』が闇に紛れて活動する半日ほど前の事、都市下の片隅で別な事件が起きていた。発端になったのはとある青年をストーキングしていた人間が、相手に害を与え始めていたことで外崎宏太はストーカーの確認を依頼されていた。
目下信哉の動向は『ロキ』が主体で動いてくれてはいるが、別な方面から捜索を行っている。捜索範囲はかなり限局していたが、そこに関連している人間を炙り出すのか宏太の方の割り当てだ。
「めんどくせぇなぁ……随分爺ばっかり巻き込んでやがる。」
政治家関係の情報に強い宇野智雪が手を貸してくれているものの、大物政治家の加担に大事感は更に増している。しかも巨体なブラックボックスに手を出そうとしているのに、嫁にバレたら説教ではすまないと苦虫を噛み潰してもいるのだ。
「この人も献金してますよ?あきれるなぁ。」
そんな最中電話が鳴り響き、別な方面からの電話が入ったのだ。ストーカーがこんな朝早くから突然相手に襲いかかったのを取り押さえたのだという。
「ああ?捕り物だと?!お前、怪我はっ?!」
『ん、平気。恭平が一瞬で取り押さえて、こっちは小松川を引き取って話聞いてる。』
小松川というのは最初に青年のストーカーと思われた人間なのだが、実はもう一人ストーカーが存在して別な奴の方が危険性が高い行動に出るストーカーだったのだ。運良くどちらも確保して押さえたが、片方は警察の処理で、そんなに害のない方はこちらで話を聞いてから解放するという。
「ほんとに怪我してねぇんだな?ん?」
『大丈夫だってば、終わったら戻るから。』
暢気な様子だが、この様子だとストーカーの方は大きな問題はなさそうだと宏太は溜め息混じりに電話をきるが、背後の気配に眉を潜める。何を笑ってやがると振り返ると宇野が必死に笑いを堪えているつもりで肩を震わせていて、外崎は見えない目で睨み付けた。
「笑ってんじゃねぇよ。」
「いや、ほんとに尻にしかれてるんだと思ったら、ふっふふふっ。」
以前の外崎の事も知っているからか、とんでもなく面白いらしく珍しく宇野の笑いが止まらなくなっている。苛立ち紛れに何気なく音でも聞くかとテレビをつけた途端、珍妙なニュースが流れ始めたのに宏太は眉を潜めた。国会議員が泡を吹いて倒れたというニュースは別段珍妙とは言えないかもしれないが、それがどうやら見ず知らずの他人の家でとなると話は変わる。しかも泡を吹いて倒れるまでの間、手がつけられない位に暴れまわったらしく病気で錯乱したなんて話に大騒ぎしていて、それがつい今しがた献金云々の話がでた相手。
「献金しすぎて錯乱したのかな?」
「それで錯乱なら、世の中の政治家の半分が錯乱するんじゃねぇか?ん?」
冗談でそう呟いたのにそれが冗談で済まなくなってきているのに気がついたのは、それから二時間もしない間だった。警察の知人でもある風間祥太から電話が入ったのに、背後の宇野も眉を潜める。実は宇野と風間は高校まで同級生で、それこそ信哉と悌順とも面識がある。しかも宏太と知り合う内に槙山忠志とも知り合いになっている人間だ。何があったんだと問いかけるとどうもおかしな事になっていて、次々錯乱したり泡を吹いて倒れている人間は報道されないだけで広範囲に広がり始めている。
『そいつらが、東条って人間から薬を渡されてるらしくて、偶々か飲まないと断った人間が保護を求めてきてるんだ。』
「それで?」
『東条って奴、どうも三浦の投薬の薬の出元らしい。つまり錯乱の原因は、その薬の次世代ってやつらしい。東条自身も服用してると話してる。』
妙な関連で、ことさら妙な方に繋がってしまった。政治家達の献金の先は表には宗教が関連した福祉団体を装っていたが、実態は何やら奇妙な研究施設だと『ロキ』が調べあげている。その研究施設は一度別な場所にあり一度は研究機関事態が抹消されたのに、東条という男がここ数年政治家達の献金を得て密かに立ち上げられたのだという。
元は政府が秘匿してる組織の一部だったのよ、でも、組織の頭が代わって蜥蜴の尻尾切りにされたの
平然と『ロキ』はそういうが、彼女としてはその尻尾がこの世から消えてくれればいいと思っていたのだという。だから数年その東条という男が密かに動き出しているのに、『ロキ』も気がつくのが遅れてしまったのだと話していた。気がついた時には沿岸部の広大な施設を転用して、自分の帝国を作り上げてしまっていたわけだ。そして、そこで研究されて産み出されたものの実験台になったのが、三浦和希。
運命ってのは…………
巡りめぐって、またこうして戻ってくるものなのだろうか。三浦事件の関係者でもある外崎に、三浦事件の一番の発端になったとされる人間と関わりのある宇野、それに風間は現在の三浦和希に関する事件の担当刑事だ。違法投薬をされた疑いのある三浦和希は未だに逃走中で、時折この街でも三浦らしき人間に会うなんて情報が流れている。
献金先の頭になっている東条が投薬の現況で、それに隔離されているという人間はなんの目的か。
「まさか、実験台にしようってんじゃないだろうな……?」
槙山忠志曰く三浦はインドア派でスポーツは得意ではなかったらしい。レジャースポーツ程度ならするだろうが、所謂格闘技なんてものにはまるで興味がなかったという。ところが投薬後の三浦は変貌していて合気道もカポエラも身に付け、二メートル程度なら壁は軽々と乗り越えるし、ブラジリアン柔術を使う宮直行という男を殴り倒し、カポエラをつかえる宇野に重傷を追わせてもいる。
「信哉を実験なんぞに使われたら、とんでもねぇな。」
「外崎さん、冗談にならないから、それ。」
メールで現状を『ロキ』にも連絡しておきながら、風間に献金者と確認できた人間の名簿を情報として流す。『ロキ』は既に東条という男の帝国に踏み込む算段を着けて、目下システムを乗っとるために活動するところだというがこちらはこちらで更に問題が起こり始めていた。
「ああ?!宮、なんだと?」
花街の辺りで突然錯乱し始めた人間が暴れだしているという。最初はカラオケボックス経営の宮もチーマーの小競り合い程度に考えていたが、どうも薬でハイになって暴れているようにも見えて花街の取り纏めの八幡万智が宮に助けを求めてきたらしい。八幡万智も柔道の有段者だが、一人ではどうにもならないということはかなり騒ぎは大きいに違いないし、宮直行はそこら辺のチーマーを従えてもいるから当然の流れなのだろうが、その薬が問題だった。当に本体は潰した進藤隆平が流通させたものだと言うのだ。
ここに来て。
タイミングが悪いのかこれを最初から狙い済ましていたのか。恐らくは狙い済ましていたのだと思う。
さっき話していた三浦事件の最も発端となる存在だったのが、その男・進藤隆平だ。
この街で数ヵ月前までアンダーグラウンドの王様だった人間で、三浦和希の遺伝子学上の父親。そして背後にいる宇野智雪の実の父親を殺して、宮井の両親を殺した男。数えきれないほどの人間と自分の血の繋がった人間を殺し続けていた男は、悪意の塊のような悪魔のような男だった。過去形で話すのは進藤は、外崎の幼馴染み・遠坂喜一と同じ日に死んで、その悪意の計画は一応だが遂に終わった筈だったからだ。
勿論一応なのは、悪意の塊が残した三浦和希が逃亡をつづけているからだが、あれから三浦は表だって人を殺すような事件を起こしていない。模倣犯はいるが、当人は一端は大人しくしているのだ。
「くそ、まだうちの奴等は戻ってねぇか。」
小松川咲子は花街にある塾に勤めている人間で、話を聞いた後どうしたかは連絡が来ていない。正直なところ外崎の大事な人間は頭はキレるし勘のいい人間だが、格闘技は身に付けていないし戦闘といわれると盲目で四十路の外崎の方がよっぽど動ける。
それと殆ど同時に風間からも同様の情報が流れて警察も大混乱になっているのが分かったが、こんな風な大混乱は以前もあったなと頭に過ってしまう。
去年の十月の都市停電の時もだし、十二月に起きた都立第三高校の騒動もだ。
苛立ちながら『ロキ』が活動を開始したのに気がついたのは、カウントダウンを『ロキ』が始めたからだった。恐らくシステムの端に侵入が出来たに違いないが、それと街中の錯乱した人間を止める手だてはあるのだろうか。まるで大きなニュースにはならないが、何人か泡を吹いて倒れた政治家の話は流れていて、こちらから流した情報で先手を打てているとも風間は言う。それでもジワジワと街中の空気が変わり出しているのが、感じ取れるのに外崎は小さく舌打ちして他に薬が流通してそうな場所を調べ始めていた。
※※※
血の臭いが遠くなるように歩いたのは意図しての事だった。流石に血の臭いが濃い場所には、さっきの不定形生物の巨大版がいたりする可能性があるし、それと出会っていたら対応しきれない。それに一番濃い血の臭いがする辺りには、何だか近寄りたくないと感じる。足音をたてないように進んでいくと、カチカチと点滅する蛍光灯に照らされた開けた場所に出て、何気なく辺りを見渡す。
病院っぽい
あんまり病院というものはいい覚えがなくて不快だが、消毒薬と薬品の臭い、それに空間の間取りがなんとなくそれを思わせる。そんなことを思いながらそっと足を進めると、震えるような呼吸の気配が微かに肌に感じて、何気なく棚の合間に視線を投げるとそこには白衣の女性が青ざめたままで目を見開いて自分を見上げていた。
やっぱり病院……。
何でかそう考えたが、相手は普段着の和希の姿に呆気にとられたように見上げている。恐らくここに私服の人間は現れないのを充分に理解していて、同時に何でかあの不定形生物から逃げることが出来たようだ。
「おねぇさん、ここに詳しい?」
そう問いかけてみたのは広大な施設の中で血の臭いは避けられても、亜希子や忠志の居場所までは和希には探しきれないからだった。
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