GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第六幕 所在不明

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原始のもので、素の塊のもの。
類するものはなく、生まれた時には既にその姿で、人間の中に紛れ込んだもの。
補食するには、それに近寄らねばならない。
それに、何者にもバランスがある。聞いたことがあるだろう?天敵がいない外来生物の氾濫で、古来の生物が死滅する話を。それは決して下層の生物に限ったものではない。
生態系のどんなに上位にいるものにも、天敵は存在する。大昔の人間にとって、天敵は野生生物で、野生生物の天敵は人間だった。そして原始のものはまだ人外というものではなく、なんのことはない野生生物のひとつだった。より純度の高い宝石のような力の塊の生き物で、人に擬態する知恵を持っていただけ。
人ではないから、人の外のものと呼ばれるようになるのは、それから遥かに後のこと。
遥か昔に激しくぶつかり合って、奇跡的に結晶化した原始のモノの欠片。
それは大量に生じて、粉々に砕けて当たり一面に飛散してしまった。
一番近い場所で飛散した欠片は長槍のように巨大なもので、それは離れれば離れるほど細かく微細に砕けて散ってしまう。最後にはほんの爪の先程の欠片になって、皮膚に刺さった棘としか思われないものもあるし、波間に揺蕩いやがて魚にのまれ巡りめぐって別な生き物に飲まれたものもある。何にも取り込まれずに、闇の底に雪のようにハラハラと散り落ちて降り積もったものもある。
それはそのままにはならない。
お互いに引き合い結び付く。
食し、結ばれ、中で精製され、また新たに引き付け合う。
時には真逆の性質に再び微細に砕けて散ることがあっても、決して無にはならなかった。それが完全な無になるには、どうしても一度完璧に戻り全てを覆さないとならないからだ。少しずつ少しずつ引き合い結び付き、沢山の欠片をより集め精製し、何時しか大きな結晶が生まれるようになっていく。
それが大きければ大きいほど純度が高ければ高いほど、より結晶は宝石のように価値を増していく。その価値が宝石のような金銭での価値ではないだけで、それは光を放つ力の塊に成り代わっていくのだ。
そうして時が過ぎる。
時を重ねてそれは予想よりも許容範囲を越えた、純度の高い大きな結晶に精製されてしまっていた。だからそれは今までには見られなかった、変化を生じてしまったのだと言う。その沢山の変化が、自分に繋がっている。

本当なら、選ばれるのは…………自分ではなかった……

鮮やかな一面の油菜の世界。
視界に広がっているのは空の赤と足元を覆う黄色のみ。
こんな場所初めての筈なのに、同時に昔ここに来たことがある。そう分かるのは記憶ではなく、どうやら本能的なもののようで目の前の世界に目を細めてしまう。
穏やかな声は告げる。
ここでなら今なら全て分かっていると微笑みながら、そして深い哀しみにくれながら穏やかに静かにそれは告げて真っ直ぐに見つめていた。広大でまるで雲のような豊かな油菜の花畑の中に足元を完全に覆われて、その足がどうなっているのかすら見えない。

引き留めこの世に縫い止めたのは、選ばれる筈の存在だった。

それは穏やかに鮮やかな黄色の花畑の中に佇み、静かに舞い上がる小さな花弁に目を細め微笑む。いつか見た赤い燃えるような夕陽、伸ばせば触れられそうな真っ白な手、穏やかないつまでも何一つも変わらない微笑み、凛とした涼やかな瞳。

多分ずっと前に死んでいた。けれど、生きながらえることができた

穏やかな声は柔らかな口調で告げ、風に舞い上がり頬にかかる髪をスゥッとしなやかな動きで耳にかける。そしてあれは長い年月を待って来たからと、それは穏やかに遥か向こうの大きな古木に向けて目を細めた。黄色の花畑の向こうには緑の鈴なりの実を揺らす棗の古木が最初と変わらぬ姿で佇んで、そこにはあれが

終わりと始まりと、それを見るために………………は……

言葉はやがて滲んで、花弁にとけて散っていく。



※※※



チリチリと空気が、絶え間無く振動していた。
それはジワジワと弱まっている地脈の流れの中で四方の壁に当たり、壁に傷を作り自身は砕けて小さくなりながら押されて流されている。近づいて、巡りめぐって残り二つの内の一つが砕けそうになりながら押されて転っていた。急激に地脈の流れが弱まっているのは、ここ暫くの同胞達の大層な活動の成果と言える。地の底に降り積もった欠片は、闇の中のほんの小さな塵芥に引き寄せ合い共に喰らい合う事をさせてきた。その内生命で言えば進化のように、それらの中には適応し欠片を大きくして地の底ではない場所に引き付けられるようになっていく。

人間を食らうのを好むのは、人間の中にある力の素が他の生物より大きいからだ。

そう自分は理解した。この体に宿り成長して、この体に溜め込まれた知識を得て、それを理解するに至ったのだ。人間がこんなにこの世界で繁栄したのはこの貪欲さがあったからだろうし、この貪欲さはある意味で人外と呼ばれるものと変わらない。

人でないから人の外

そう呼んだだけで、今の世の中には元々あった人の基準を逸脱して、人から外れた生き物が山のように氾濫している。貪欲に何もかも奪い尽くして、自分さえ良ければ何も構わないのが当然の弱肉強食の世界は地の底と何も変わらない。

待ち望んだ時がくる

地の底にいるものはこの時がくるのをずっと待っていた。こうして地の底と言う概念を埋め込まれ、あの場所に身を沈めてからずっとずっと待ち続けていたのを知っているのは、地の底にいるものが自分にさらに知識を与えたからだ。
人間でもあり、既に人間から逸脱している者はニィと笑って辺りを見渡す。
東条巌
誰よりも優れて叡智を得ていた筈の優秀な頭脳。それを買われて人間を逸脱した存在を解明し、国のために有効に活用する事が最初の目的だった。この国土で国民として暮らしているのだから、国を繁栄させるためにその力を捧げるのは当然のことだ。その思考は過去のこの国では普通の考え方で、巌もそう信じて様々なことを学び続け模索し続けた。

国のためにその身を捧げて当然

なのに神の化身だからと戦地にも送られず、保護の元でのうのうと暮らしている四人。そして古文書の塊のような院の支配者。それはおかしいと訴えてもこの力ありきの環境では、知識だけの自分の方が異端児で、誰も自分の話を聞きはしない。若い自分の話を聞く筈がないとがむしゃらに知識を漁り、自分の話を聞かせるためには自分が地位をあげるしかなかっただけだ。そうして解明したものを平凡で力のない者に与えられれば。そうでなくても自分のような優れたものに、力が与えられるようになるには解明が必要で。そう考えて七十年以上も足掻いてきたのに、病に襲われてしまった。

助けてくれ

何よりも大切な叡智が失われてしまう最悪の病に、絶望し狂人のようになっていく。巌はそれを止めてくれるのなら、命を差し出してもいいと願った。
そして、それを助けたのは地の底の神の声。
病に死にかけて崩れ落ちて次々と脱落していた脳細胞は、まだ何も刻まれていない新たなもので埋められ、知らなかった事を新たに知ることが出来る。それは巌にとって何よりも素晴らしい快楽だった。

結局は人間も人外も何も変わらない。

下手をすれば本能で生きるだけの人外の方が、欲望だけでなく人情とか思いやりだとか訳のわからない理由をつけて理解しがたい行動をとる人間より理解が容易い程だ。巌は辺りを眺めて血飛沫に真っ赤になった四方に目を走らせる。ビリビリと空気の振動はさらに大きくなり、やがて床は黒く口を開けていた。そこから音もなく姿を見せたのは、虹色にも見える一メートル程の石。

地脈の中に流れている要石

石と便宜上呼ぶが、本来は鉱石ではない。
これは地脈の中にあった飛散した微細な結晶が、押し流す地脈の勢いで集められ、それ自身が引き付け合う力で結び付いて行ったものなのだ。これは地脈の中ではそれほど脆いものではないのに、空気に曝されると急激に脆くなり砕ける。面白い反応だと思うが、元来この結晶は何か容器の中でないと存在できないものなのだ。タンパク質で形成したカプセルの中で、酸素や水素に曝さなければ暫くは目に見える結晶として維持できることからそれは証明できた。そのくせその状態で生物に投与してみると、結晶は溶けてしまったように体に吸収され二度と検出されない。一度ラットに投与して数人の部下を食い殺して逃げたのには流石に危険だと考えたが、結晶の純度が高ければそれは全く違う効果を引き起こしてくれるのに気がつけた。
ここまで大きい石を地上で砕くと純度の高い結晶が再び飛散して、新たに生き物に力の種となって植つけられる。面白いもので千年近く前から少しずつ成長してきたのだ。小さめのものを丸飲みして矮小なものが、突然の進化を起こす事もあるし、ここまで巨大になると吸収できる大きな器が必要になる。しかも引き付け合う力は純度が高ければより高く、こうして大量の人間の中に潜むものと自分の力に引き寄せられ姿を見せる。

飛散させず、全て吸収しつくしてやる

純度の高い結晶を取り込んで、更に知識を得る。そして四神や大きな欠片を持つ人間を取り込む。そうすれば自分は更に膨大な知識を得ることに至るのだ。やがては地の底のものすら飲み込んで、世界に唯一の心理を得るに違いない。



※※※



大小の様々な矛盾を生じ始めているのに、東条巌の鋭敏な筈の頭脳は気がついていないでいる。
元は国の繁栄のために四神と言う特殊な能力を解明するためにやって来た若い研究者だった。長い年月を過ごすうち、それは自分には持てない力への羨望に変わり、何故自分には得られないのかという疑問にかわっていった。選民意識が尚更、自分が得られないものへの羨望に塗り変わり、それが固執になり偏執に塗り変わっていく。
最初は純粋な解明への使命感であった。
それは今では巌自身が神になろうという野望に生まれ変わっている。



※※※



ピクンと闇の中でそれは頭を揺らした。
惹かれるように頭が上がり空気が震えるのを感じとると瞼が上がり、真っ黒な瞳が辺りを見渡す。
そのものの名前は角端(かくたん)という。炎駒、聳孤と同様でありながら異質の存在は黒曜石の瞳で遥か遠くにある気配を感じとり、同時に時間が来ると心の中で呟く。そうしてそれは音もなく立ち上がると、そこから静かに足を踏み出している。



※※※



「ロキねぇさん、まだかなぁ?チリチリしてんだけど。」

まるで毛を逆立てた獣のように苛立ちながら青年がいうのは、嫌な気配が夜の空気に風にのってビンビンと感じるのだという。『ロキ』の方もその気配は肌にジワリと焼けつくように感じてはいるが、全てを飲むには後少し時間が必要だと呟く。

「あっち、何やってんの?力借りたら?」

誰の事を言っているかは言われなくても分かっている。だが、結局は感染が終了しないことには、下手な行動をすると助ける相手を全滅させかねないのだ。

「うう、血生臭いなぁ……、気持ち悪…………。」

自分よりも遥かに敏感なふったちと呼ばれる青年が、ヒクヒクと空気を嗅ぎながら眉を寄せて獣のように唸る。もう少して終わるわよと舌打ち混じりに『ロキ』は夜風に眉を潜めて、渦を巻き始めた夜の雲を見上げていた。


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