GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第五幕 都市下・宇野邸及び所在不明

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麻希子が毎晩夕飯を作りに来ていてくれて、キッチンでその日に分かったことを話してくれる。クラスメイトは仁の事を心配してくれていて、でも記憶が混乱しているからと麻希子に任せているんだって言うのに少しだけホッとする。もし皆と顔をあわせて仁が既に九割以上の人間を覚えていないと皆が知ったら哀しむだろうと、密かに仁も考えてしまう。
宇野智雪には正直に話した。
自分はもう殆どの記憶が残っていなくて思い出せるのはほんの数人だけ、何とか衛の声と麻希子の笑顔で保てている程度で学校の場所すら分からない。そう素直に話したら宇野智雪は暫く仁を見つめ、頭を撫でて信哉が戻ってきたら思い出すかもしれないから気にするなと言ってくれた。それまでは保てる分だけていいから頑張ろうなと言われて、泣いてしまったのは二人だけの秘密だ。
宇野は何人かと信哉達の行方を探っているが、自宅を出た姿すら確認できない状況に困惑している。聞けば仁が信哉の家を出た姿は確認できているらしいが、あの嵐の中信哉が何時家を出たのかも他の三人が何時家から出たかも分からないという。勿論仁自身あの晩の事は記憶から消えてしまっていて、もう智美の電話の事すら記憶にない。

役にすら立たない

そう思うけれど誰も仁を責めようとはしない。仁には心の奥底で自分こそが責められるべき存在なのだとずっと感じているのに、誰も決して仁を責めたりしないのだ。

「皆でねー、色々と情報集めててね、西警察病院で智美君のお家の車を見たって。」

料理を作りながらそんなことを話している麻希子が、皆ってば情報収集上手だよねなんて笑う。仁には西警察病院も分からないが、それでも皆が一生懸命香坂智美を探しているのは分かった。それに真見塚孝も家族と一緒に消えてしまったのだという。

「孝……。」
「鳥飼さんの弟の孝君。」

麻希子は仁の記憶があやふやなのを理解して説明してくれる。孝は数日前の日曜の夕方から行方が分からないというが、色々と情報がおかしいのだと言う。母親が倒れて病院にいっているとか、合気道の大会で急に休むとか、でもどれもあり得ないから皆は智美と同じく心配している。

誰も皆……優しい……

聞いててそう感じる。香坂智美の自宅に行こうとしているようだが、タイミング悪く落雷の影響で近寄れないのだと麻希子は話している。そんなことを話している麻希子の姿は光をホンノリと放っていて、眩しげに仁は目を細めた。目映い程ではないけれど光は確かにそこにあって、それに気がつくと街のそこかしこに同じく仄かな光が光っている。信哉達のように白熱灯のようではないけれど、ホンノリと自分の身の回りだけを少しだけ照らす光だ。

これはずっと存在してたのかな…………



※※※



場所の特定。
それは案外難しいことではない。
ただし何処からかという起点が分かりさえすればだ。でも、起点は分かった。
西側の竹林である男が白痴めいた自失状態で、雨の中ユラユラと揺れながら立ち尽くしていたのが見つかったのだ。男はブツブツと同じ言葉を繰り返し傍には誰かが倒れ込んだような後と女物のバックが落ちていて、その中身からバックの持ち主の女の身元がわかる。
男は矢根尾俊一
女は多賀亜希子
二人は過去に一度婚姻関係にあって、二人は性格の不一致と言うことで数年で離婚している。周囲の話からすると多賀は東北の実家に戻ったようだが、矢根尾は全くそれに納得していなかった模様で何時までも多賀亜希子は自分に惚れていると公言し友人達は矢根尾の執着する様子に次第に離れていった。何しろ矢根尾の偏執狂は筋金入りのようで、過去二十年近くもネット上に悪事か暴露され続けている。

それでよく警察に捕まらないって?いや捕まっているし、でも嫌疑不十分ですり抜けてもいる。

一番古いのは二十代。
何度か恋人が暴力を振るわれたと警察に駆け込んだのは、興奮して手が当たったとかSMしたくてとかって誤魔化したようだ。当時痴話喧嘩には警察は余り関わらないから、これは仕方がない。同時期小児に性的な悪戯も数件犯人と背格好が似ていると事情を聞かれているが、こちらも矢根尾が別段特徴がない顔なのと相手がハッキリ証言できなかったから釈放。体液でも採取できれば一発で分かっただろうが、そこまでの悪戯を完遂して訴えた人間がいなかったのもその理由だ。
その後は暫く多賀亜希子のお陰でおとなしかったが、時々周辺住民が警察に悲鳴が聞こえると通報している。ここで多賀亜希子の方に事情を聴けていたら違ったろうが、矢根尾だけが対応していて詳細は不明。だけど矢根尾の身近な友人達は、多賀亜希子に同情していたようだ。

ネット上とはいえ矢根尾の悪事は曝され始めていた。

加虐嗜好の浪費家。多賀亜希子への暴力だけでなく、奴隷のように寝る間もなくこきつかっているのが見えてくる。助けてやりたかったが下手に手を出したら、彼女が殴られたという記録もある。警察行っても無駄だったとも、やっと彼女から見切りをつけて逃げ出しても矢根尾の情報は止まらない。まるで何処にでも矢根尾を監視する目が潜んでいたみたいだ。

これでここらで暮らし続けてて、よく平気だ。

素直にそう感じるが兎も角男は偏執的に狂いながら、ずっとここ周辺で闇の中のように生きていた。
多賀の方は大分実家の方で穏やかにくらしていたようなのに、何故かこの街に戻り倉橋という男と再婚している。ところが夫の倉橋は実は寝たきりの植物状態で、それは義父・倉橋健吾の愛人としてだったとも言われたようだ。倉橋健吾と夫・倉橋俊二の死亡後総合病院の院長でもあった倉橋の遺産の殆どが多賀に渡され遺産目的なのかと疑う節もあったようだが、多賀はその遺産の殆どをDV被害者等の慈善団体に寄付して、また看護師をするつもりのようだった。ただ失敗だったのは遺産のニュースがマスコミに取り上げられ、表に顔が一度出てしまった事だろう。
そのせいで矢根尾はここいらに多賀が再び戻って来ていたことを知ってしまったようだ。
その二人が十年もたって何故か以前二人が夫婦として暮らした街で鉢合わせ、女の方は忽然と姿を消した。最初は男が女を殺して、何処かに遺体を投棄したのか埋めたのかと考えられた。何故なら女性ものの衣服と思われる繊維が、矢根尾の爪の間から採取できたからだ。ところが当の男はマトモに話もできず、卑猥な言葉をブツブツ繰り返す虚になってしまって、当時周辺を襲ったゲリラ豪雨と激しい落雷のお陰で彼女の痕跡は完全に途絶えていた。

それが起点だ。

何故そう感じるのか聞かれると答えるには少し難しい。
正直に言えば勘だ。
自分の中にある何かがそこから辿れと本能に訴えてきたから、そこから追う事にしただけだった。
矢根尾は都立総合病院に隔離されたが、唐突に被害者の可能性のある多賀の捜索は打ち切られている。多賀の家族には打ちきりの件は何一つ伝えられていないし、表立っては打ち切られたことすら話に上がらない。警察側でも疑問視している人間もいるが、上層部の決定を無視できる訳がないのだ。

多賀の居場所を知ってるから、打ち切られた。

多賀亜希子が生きていて何処かに隔離されているから、捜索の必要性がない。解放されないのは何らかの理由があるだろうが、一番考えられるのは見ては駄目なものを見てしまったからというところか。多賀亜希子は頭のいい女で、頭の回転も早いし、想像力も豊かだ。普通なら起こり得ないことも理解してしまう嫌いがあるから、例えば……



※※※



竹林火災の件は一欠片も信じていない。宅地に落雷が落ち火災で全焼したというのに、それをニュースにも取り上げないのに、竹林だけ落雷で焼けてニュースにもならず侵入禁止なんて馬鹿馬鹿しくて笑えてしまう。本当に竹林火災が起きてたら周辺には避難指示が出てもおかしくないが、一時規制はあったようだが周辺住民は破裂音すら聞いていない。竹ってのは中は空洞で空気だから燃えると膨張して、パンパンと弾ける音がするのだ。そこから既に数日も経って情報が何もないなんて笑わせてくれる。
密かに侵入した通信網は竹林の位置施設だけでなく、政府の重要施設ともネットワークが構築されていて秘密裏に活動していた証拠の山だった。

まさか去年の都市停電まで関連事項とはね。

昨年の十月末に起きた都市部での地盤沈下及びそれに伴う広範囲の停電。あれを引き起こしたのが何なのか知っている組織。しかも日本政府よりも長い年月それに関与して密かに活動してきた本拠地が燃え、そこに住んでいた筈の人間が多数消える。
大量の人間が巻き込まれるような事故や事件が起こると、何故かマスコミの情報は悉く同じような経過を辿って不可解な終末を見せる理由。暴き出すには余りにも巨大だが、その残っているデータの中にその名前があったのに彼女は息を詰めた。

《二藤久》

幾つもの名前の分類の中にあった最愛の人間の名前。しかも、本人情報のみならず家族・親戚、そして自分の大切な宝物だった筈のものまで。全てが無慈悲に記載されているのは藤久のものだけではない。藤久の死を伝えてくれた氷室優輝のことも、それ意外にも信じられないくらいの人数のデータが幾分破損しながら残されていた。

なんなの……気持ち悪いわよ。

データのほぼ全員が死亡で終了とされ、しかもほぼ全員が男で結婚は兎も角子孫がいない。藤久が最初に子供はできないと自分に告げたのは、この為なのかとすら思えてしまう死の羅列に不快を通り越して怒りすら感じてしまう。

私の子供は死んで生まれた。

その遺体は奪われ、このデータの文字に変わっていた。藤久の系譜の最後に死産の子供として。腹立たしく、胸が苦しい程の絶望。目が覚め気がついた時には遺体は奪われて、子供の埋めなくなった自分だけが残されていた。それが偶々ではなく何度も繰り返されてきたことなのだと知らされ、彼女が再び怒らない筈がない。燃え尽き壊れかけたデータを横取りして何をしてきたかハッキリさせてやると目を光らせた彼女がついに見つけ出したのは、奇妙で膨大なプログラムだった。
起動させるには幾つか手間がかかったのは使用するのが地上だけの物ではなくて、遥か頭上の衛星をフル活用するプログラムだったからだ。下手に起動するとロキの存在を逆に突き止められかねないから、それを煙にまくのに新たなプログラムを構築しないとならない。お陰で竹林火災から大分期間がかかった上に、可愛い姪っこにも泣きつかれてしまった。

お陰でもう一つ分かったけどね。

鳥飼信哉の父親が生きているとは知らなかった。しかも、直ぐ傍で当たり前のように接してきた一家の主、それと弟までいる。彼らが行方不明になっているのは、鳥飼信哉が行方不明なのと関連があるし、鳥飼信哉達四人と藤久は同じだと彼女は思う。
そして、それとトールの友人の行方不明も繋がっている。

起点は四人。そしてあの竹林周辺に住んでいた香坂智美。それと火災の後誰も入れない場所。

惣一にお願いして現場の状況を見てもらって来ているけど、ちょっと危険かもしれない。後で臨時ボーナスあげないとねと笑いながら、彼女の手は休むこともなくやっと構築出来た新しいプログラムを起動させていた。

「ふふん?サーモグラフィ…………じゃない?」

思ったものとは違う。わざわざ衛星まで使っていて、何か固有の条件だけを熱源のように特殊探知しているプログラム。しかも、その条件のデータの中にはニ藤久だけでなく、氷室優輝や鳥飼信哉、しかも鳥飼信哉の母親鳥飼澪も含まれて、姪の担任・土志田悌順も含まれる。そしてそれはプラス側のデータで、反するものも組み込まれていて……

画面は反するものばかりが表紙されて見えるが、これがマトモな表示なのだろうか。



※※※



まるで弟が出来たみたいに宇野衛は自分の傍にいて、麻希子は笑いながら自分達の行動を眺めている。家主の宇野智雪は今夜は少し遅くなると連絡をしてきたらしく、夕飯を終えてリビングのテーブルの上にプリントを広げた衛が仁に向かって問いかける。

「仁くん、これなんて読むの~?」
「躑躅森。」

何でかそれは衛がネットで友人になった人物が、読めるかとクイズニだしてきたんだという。相手はどうやら高校生位なんじゃないかと衛は思っているようで、テスト期間中だから暇潰しにクイズをくれたんだというのだ。殆どは調べられたようだが幾つかが出てこなくて唸っていた衛に見せてもらったら、どうしてか読み取れるのに気がついてしまった。

「じゃこっちは?」
「善知鳥(うとう)。」
「じゃーこれ。」
「勅使河原。」

これなにと聞かれて何気なく「苗字」と答えてしまった。友人の名前も殆んど思い出せないのに、こんな妙ちくりんな苗字だけ読めてもなんの得にもならない。そうは思うが衛が嬉しそうなので、仁は問われるまま答えてやる。難読苗字とはいえ、世の中にこの苗字の人間は確かにいるので、答えられるようになる分には問題ないかもしれない。

「んー、これは?に?」
「二じゃないよ。したなが。」
「仁くん、すごーい!」
「何で知ってるの?仁君すごーい!」

麻希子に何でと聞かれて仁は思わず首を傾げてしまうが、何故か読めてしまう。記憶がなくてもテスト問題が読めたのと何も変わらないのだと思う。学校に行ったら今までのことをこんな風に思い出せたらと思うと、哀しく微笑んでしまう。

「学校は……どう?」

麻希子はその問いかけに少し困ったみたいに微笑んだ。もう麻希子は仁が話さなくても、同級生達の記憶が無くなっているのに気がついてしまっているに違いない。だから仁がこんな風にまるで他人の事のように、学校はどうなんて聞くのになんて答えるべきか思案している。

「皆心配してるよ、早く元気に学校に来てほしいって。」

優しい麻希子に笑いながら感謝を込めてうんと呟く。毎晩の夢は鮮明に刻み込まれてしまって、起きても消えてくれない。あそこにやがて戻らなくてはと自分の中でも気がつき始めていて、それがドンドン近づいてくるのだ。毎朝夢から覚めて天井を見るとここが何処なのか分からなくなると呟いたら、衛は心配そうに仁を見上げる。

「仁くん、思い出したら何処か行っちゃうの?」
「衛っ!」

麻希子が慌てて衛の言葉を止める。

「何処にもいかないよ……。」

笑いながらそういうと衛はホッとしたように笑う。それはある意味では嘘ではないけれど、今までで最大の嘘でもあると仁にもちゃんと理解できていた。

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