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第三部
第五幕 都市下・所在不明
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室内にはテレビもなければ、電話なんか勿論ない。
あるのはユニットバス式の簡易バスとトイレへの扉と、ベット。
病院の部屋より最悪。
情報源が何一つない状況で、部屋の真ん中にどっかりと胡座をかいた槙山忠志はチリチリと嫌な気配のする壁に目を向けていた。残念ながら自分には義人のような目もなければ、悌順のような耳もないし、信哉のような鼻もない。何しろ朱雀は五行相応では触覚・五官は舌と来ている。だから以前冗談めかして人外を舐めろって?などと義人と笑い話にしたくらいなのだが、ここでチリチリと嫌な気配のする空気が肌に触れているのには気がついている。
東条とか言う奴が完璧な作り笑いで、忠志に話しかけたのはほんの数時間前。
壁はそこの部分が窓に見える作りになっているようで、窓のように開いた部分もどう見ても普通ではなかった。何か違和感を感じる窓に、忠志は眉を潜める。
「…………なんなんだ、その窓。」
『ああ、ここには水が流れている。窓を割ったり壁を壊すと数秒でそこが水没するほど溜まる仕掛けでね。圧力がかけてある。』
賑やかに笑いながら平然とそう言われて、こいつはここに自分を閉じ込めておきたいのだと直ぐに気がついた。まるで三浦和希が隔離されていた病室のように、ここは忠志にとっての苦手なもので包まれた籠と言うわけだ。そうなるとこいつの性格的には、仲間も同じように隔離されていると言うことかと低く問いかけると、東条はその通りと朗かに笑う。その言葉に呆れもするが、同時に不審にも思うのは当然だ。
「俺達を閉じ込めて、ゲートはどうすんだよ?塞げねぇのがでてきたら?」
『地脈か?』
そう、ゲートを塞ぐためのゲートキーパー。その仲間を全て籠の鳥にして、もし手に負えない規模のものが出てきたら?誰かを出しに誰かを解放?そんな間の抜けた話があるのだろうか。
『穴なんか放っておけばいい。お前だってそうしたかっただろう?』
ゲートを放っておく。そんなことは今まで一度も考えたこともなかったのに忠志は気がつく。あの身の内をジリジリと炙られるような焦燥感に、ゲートが開けば直ぐに閉じるものだとばかり忠志は考えてきたのだ。それを院の人間から当たり前のように、こんな風に放っておけなんて言われるとは思いもしなかった。
「院の人間ってのは…………ゲートが開いてても、なにも感じないのか?」
思わず戸惑いそう口にした言葉に、東条の目が何故か青く輝いて見えた気がした。そして東条は初めて興味深そうに忠志の顔を、まるで珍獣でも見るようにジロジロと眺めると口を開く。
『四神には…………どう感じているんだね?地脈が開くと。』
その口調に激しく違和感を感じて、忠志はその男を思わず睨む。
目の前の男はゲートが開くのに、何も感じていないわけではなさそうだ。だけど、まるでそれが待ちどおしいもののように、感じているような気がする。自分達があれを身の内側を炙られるように感じるのは、あれが本来出るべきでない場所から流れ出る云わば怪我をして出血しているようなものなんだと信哉に言われて忠志はなるほどと納得した。
でも逆の立場のものにしたら、どうなんだろう。
再び青く燃えるような眼をまっすぐに見た瞬間、何故かこいつは変だと直感的に感じる。間にある水の壁に遮られてよく分からないが、感覚として目の前の男は雲英と同じく自分にはどうしても認められないと本能が言っているのだ。
渦を巻くように紅玉に光る瞳で睨み付けながら、忠志は断言するように言葉を放つ。
「……お前、まるで人外みたいだ。」
それをてっきり拒絶するか反論するかと思ったのに、唐突に目の前の男は目をギラギラと輝かせて忠志を見て声をあげて笑い始めていた。
それからずっとこうして考えているが、この壁はどうやらマトモな壁じゃないのは分かった。東条の言う通り自分達が外に出られないように何か細工がしてあるし、壁の向こうが何も分からないと言うことは全体が相剋の水で覆ってあるに違いない。お陰でそのせいなのかゲートが開くあの感覚も遮断されるようで、ここからではゲートが開いているかどうかも今一分からないのは不幸中の幸いだ。ここでもしゲートが開く感覚に身の内を炙られるとなると、命の危険を犯してもここを破る算段を先にしないとならない。
それにしてもあいつ……
多分東条は雲英と同じだと、忠志は本能的に思う。つまり何かの気を持ってるんだと思うが、恐らくはあの青く見える瞳からすると木気だ。同時に雲英と同じだとしたら、中身は雲英みたいに人外になってると言うことかもしれない。それが当然みたいな顔で院の中にいて、自分達をこうして捕らえているのだ。
こういうの絶体絶命とかいう?まずい状況?
独り冗談めかして考えているが、朱雀の自分でこの状況だとしたら他の仲間もそれぞれ相剋の部屋に押し込められているのは本当だろう。相剋……でも、地味に金気の信哉の部屋の回りってどうやって囲んでんのかね?と腕組みしながら考えてもいる。火で全面囲むなんて事をしてたら、信哉は暑くてやってられないだろうなと考えると妙に笑いが浮かぶ。
一先ず今は傷を癒して、動き回るのに支障がないようにしておくしかない。
腹が立つけど、それしかすることないしな。
一瞬の笑いで少し気持ちが前向きに変わるが、そうは思うが忠志とてこの状況をただで済ます気は毛頭ない。自分はたかが三年とはいえ家族も親戚も失い、それでも四神として必死に人を助けて生きてきたのに、この珍獣扱いは幾らなんでも不当だ。しかも、仲間も同じ扱いだと思えば尚更腹が立つのはやむを得ないとは思うだろう?
※※※
馬鹿にされている。
冷ややかに香坂智美は顔色も変えずに思う。
あれから友村礼慈と共に軟禁されようとしている。言い換えれば遂に来た御家騒動といえば言えなくもないが、お陰で香坂智美は式読ではなくなった。東条巌が木気を周囲にひけらかし、自分なら誰にも四神の力を与えられると宣言し智美の代わりに式読を名乗ったのだ。
別に式読の名前なんざ、くれてやる。
まだ未成年の自分にいいように失脚させられたのを根にもって、あの歳でここまでしてくるとは呆れを通り越してある意味では関心すらする。だが、式読が本来なんなのかをしらずに、名前だけの立場だと思っているのだから本当は鼻で笑ってやりたい。だから、名前だけが欲しい・権力が欲しいようだから惜しくもないからくれてやる。しかし予想通り生き字引的に利用するためこれからも軟禁され、しかも礼慈まで一緒に押し込めようとしているのには疑問が残る。勿論礼慈は智美の後見人で智美よりの人間だが、星読の能力は今もずば抜けて高いのだ。それを無視して押し込めると言うことは智美のパソコンでの熱源検知もない今、地脈の管理を院は完全に放棄したとしか思えない。
「その杖を寄越せ。」
したっぱ扱いをされた使い走りにそう言われて流石に智美が露骨に嫌な顔をしたから、相手は嫌味たらしく寄越せとにやつきながら繰り返した。杖がないと歩けない人間から使い慣れた杖を取り上げ行動力を削ごうというよりも、先程馬鹿にされた仕返しなのはよくわかる。だから、普段通り智美はポイと杖を投げ渡してやった。
「ぐあっ!」
中に鉄芯があると知らずに投げられた杖を取り上げようとした男が、智美と同じように片手で持てなくてまんまと足に杖を落としたのだ。間抜けめ、投げられた後の落下速度で重さくらい察しろ。しかも足の甲に落ちたな、それは中々痛快だ。
「いい忘れたが、重いぞ。」
平然と言ってやると悶絶した男が涙混じりの忌々しげな視線で、智美を睨み付ける。因みに孝には教えてあるが、本来歩行用の杖は二百五十グラム程度。ところが香坂智美は護身用として杖術を使うので、杖の中に合金の芯を仕込んで杖の重さは約五倍の一キロと少しある。そんなものを片手で軽々と振り回し取り扱える智美は、実は腕力はこう見えてかなり鍛えてあるのだ。とはいえ杖を取り上げられては如実に移動速度は落ちるし殴り付ける得物もない訳で、腹いせに落とした足の甲が骨折くらいしてればいいと内心思っている。
杖だけでなく、沈黙したままとはいえスマホも取り上げられ、外からの情報は全てシャットアウト。テレビどころかラジオも書籍すら与える気がない。お陰で智美が出来るのは何で仕返しをしてやったらスッキリするかと頭の中で散々思案するくらいしかやることがないのだ。言っておくが智美は一度顔を見たら二度と忘れないから、記憶違いなんて言い訳は罷り通らないのを奴等は失念しているに違いない。ここを出たら一人一人散々な目に遭わせてやるし、何からやってやろうと考えている。その様子に入り口で監視している人間の視線を肌で感じている礼慈が艶然と微笑む。
「智美さん、仕返しは後にしましょうね。」
礼慈が笑いながらそういうからには、ことが落ち着いたら思う存分に仕返しをしてもいいと言うことだ。ただ目下問題なのは自分達だけでなく現状で恐らくあの四人にも同様の事が起きていると言えるということなのだ、しかも最近の傾向からするともしかしたら他にも余波があるかもしれない。
例えば孝。
四人の中で一番東条が昔から興味があるのは鳥飼信哉で、母親は違う分興味は落ちるとはいえ孝は血の繋がった弟だ。しかしそうなると鳥飼信哉の身元だけでなく、他の三人の身元も改めて洗い直しにかかるだろう。何しろ今まで智美は密かに残り二人の身元の隠匿に協力していた。やっと四人を確保できたのだから、東条はまだ他にも血縁者が存在するかもと考えるだろうし、何しろ土志田悌順と宇佐川義人なんか実際に従兄弟同士で血縁者なのだ。
チッと智美は監視に聞こえるように舌打ちする。
監視を何とか叩き伏せて逃げることも考えたが、見知らぬ場所で礼慈を置いても行けないし。仕方がないから大人しくしてみたものの、最近の智美にはこの大人しくというのが厄介だ、これがまた腹立たしいことこの上ないのだ。
「あのヒヒ爺め、人が情けをかけてやったのによくもまあ…………。」
浪費家でサディスト、しかも頭の中がファンタジーの世界にトリップしていて、統計学も理解できない・遺伝がどうこうと声高にいうわりにDNAとRNAの機能も説明できなくなっていた男だ。とは言え長年研究部門を統括していたのも事実なので、隠居で済ましてやったのにとんでもない実験をやっていた上に、昨今の自分達の不甲斐なさに嘆いていた院の下部を掌握していたのに気がつかなかったのが腹立たしい。
「智美さん、ヒヒ爺は……。」
「言い過ぎだなんて言うなよ?」
「勿体なくてヒヒに申し訳ないですよ。ヒヒの方が潔いですしね、世の中であのカスに何が当てはまりますかね。」
平然とそう言う礼慈が実は激怒してる気がついて、頬杖をつきながら智美は目を丸くする。しかも冷ややかな声で礼慈は更に続けた。
「どうせ凡人ですから、直ぐにボロが出ますよ。」
「ボロが出る前に人間をやめるだろ、あれは。」
「人間をやめても構いませんけど、そうなるとあれに心酔してるのは間抜けですね。危なくないですか?」
「しるか。自分で選んだんだ、喰われて反省すればいい。」
苛立ちに当然のようにいい放ちながら、そこまでに後どれくらいの時間があるのか模索する。まだヨレヨレだった姿を見たのは一年ほど前で、どう見ても若返って見えるのは東条の言う副作用だろう。若返るのと記憶障害が同時に起こるとして、元々記憶が疾患で障害を受けていればどうなるか。その瞬間鳥飼信哉が火気をもった人間の話をしたのを思い出していた。
三浦和希。
確か記憶障害があると話していたが、暫く前までは病院に隔離されていたはずだ。病院なら投薬はある意味やり易いし、雲英も何らかの場所で隔離されていた人間だとしたら。恐らくは雲英が一番最初の被験者で、少なくとも二人目が三浦、三人目が自分だろう。それなら少なくとも薬自体はグレードアップするか?いや、そんなことが可能なほどの物がないと言わなかったか?
気分が悪い。
どうにもいいように操られているようなのに、それに東条は気がついていないように感じる。というよりも、既に完全に自我を操られていてもおかしくないと思うのは、東条巌が科学的知識を話せないほどにアルツハイマー病を進行させていたのを知っているからだ。だからこそあの時隠居で済ませてやったとも言えるが、こんなことを目論むには他にも賛同して財源を与えたものもいる筈だ。
細胞の蘇生と言ったが蘇生なんて出来るのか?その細胞は本当に生物の細胞なのか。いや、雲英の末路を考えれば結論は生物の細胞ではないのだろう。
「主…………。」
それは恐らく人外の事なのだとは智美も思うが、今までのものとは根本的に何か違う。人間を食わずに人外に変えていくなんて、そんな計画を考えるような人外なんて前例がない。人間の世界に潜むとかではなく、根本的に人間を作り替えようだなんてあまりにも壮大過ぎて唖然としてしまう。
あるのはユニットバス式の簡易バスとトイレへの扉と、ベット。
病院の部屋より最悪。
情報源が何一つない状況で、部屋の真ん中にどっかりと胡座をかいた槙山忠志はチリチリと嫌な気配のする壁に目を向けていた。残念ながら自分には義人のような目もなければ、悌順のような耳もないし、信哉のような鼻もない。何しろ朱雀は五行相応では触覚・五官は舌と来ている。だから以前冗談めかして人外を舐めろって?などと義人と笑い話にしたくらいなのだが、ここでチリチリと嫌な気配のする空気が肌に触れているのには気がついている。
東条とか言う奴が完璧な作り笑いで、忠志に話しかけたのはほんの数時間前。
壁はそこの部分が窓に見える作りになっているようで、窓のように開いた部分もどう見ても普通ではなかった。何か違和感を感じる窓に、忠志は眉を潜める。
「…………なんなんだ、その窓。」
『ああ、ここには水が流れている。窓を割ったり壁を壊すと数秒でそこが水没するほど溜まる仕掛けでね。圧力がかけてある。』
賑やかに笑いながら平然とそう言われて、こいつはここに自分を閉じ込めておきたいのだと直ぐに気がついた。まるで三浦和希が隔離されていた病室のように、ここは忠志にとっての苦手なもので包まれた籠と言うわけだ。そうなるとこいつの性格的には、仲間も同じように隔離されていると言うことかと低く問いかけると、東条はその通りと朗かに笑う。その言葉に呆れもするが、同時に不審にも思うのは当然だ。
「俺達を閉じ込めて、ゲートはどうすんだよ?塞げねぇのがでてきたら?」
『地脈か?』
そう、ゲートを塞ぐためのゲートキーパー。その仲間を全て籠の鳥にして、もし手に負えない規模のものが出てきたら?誰かを出しに誰かを解放?そんな間の抜けた話があるのだろうか。
『穴なんか放っておけばいい。お前だってそうしたかっただろう?』
ゲートを放っておく。そんなことは今まで一度も考えたこともなかったのに忠志は気がつく。あの身の内をジリジリと炙られるような焦燥感に、ゲートが開けば直ぐに閉じるものだとばかり忠志は考えてきたのだ。それを院の人間から当たり前のように、こんな風に放っておけなんて言われるとは思いもしなかった。
「院の人間ってのは…………ゲートが開いてても、なにも感じないのか?」
思わず戸惑いそう口にした言葉に、東条の目が何故か青く輝いて見えた気がした。そして東条は初めて興味深そうに忠志の顔を、まるで珍獣でも見るようにジロジロと眺めると口を開く。
『四神には…………どう感じているんだね?地脈が開くと。』
その口調に激しく違和感を感じて、忠志はその男を思わず睨む。
目の前の男はゲートが開くのに、何も感じていないわけではなさそうだ。だけど、まるでそれが待ちどおしいもののように、感じているような気がする。自分達があれを身の内側を炙られるように感じるのは、あれが本来出るべきでない場所から流れ出る云わば怪我をして出血しているようなものなんだと信哉に言われて忠志はなるほどと納得した。
でも逆の立場のものにしたら、どうなんだろう。
再び青く燃えるような眼をまっすぐに見た瞬間、何故かこいつは変だと直感的に感じる。間にある水の壁に遮られてよく分からないが、感覚として目の前の男は雲英と同じく自分にはどうしても認められないと本能が言っているのだ。
渦を巻くように紅玉に光る瞳で睨み付けながら、忠志は断言するように言葉を放つ。
「……お前、まるで人外みたいだ。」
それをてっきり拒絶するか反論するかと思ったのに、唐突に目の前の男は目をギラギラと輝かせて忠志を見て声をあげて笑い始めていた。
それからずっとこうして考えているが、この壁はどうやらマトモな壁じゃないのは分かった。東条の言う通り自分達が外に出られないように何か細工がしてあるし、壁の向こうが何も分からないと言うことは全体が相剋の水で覆ってあるに違いない。お陰でそのせいなのかゲートが開くあの感覚も遮断されるようで、ここからではゲートが開いているかどうかも今一分からないのは不幸中の幸いだ。ここでもしゲートが開く感覚に身の内を炙られるとなると、命の危険を犯してもここを破る算段を先にしないとならない。
それにしてもあいつ……
多分東条は雲英と同じだと、忠志は本能的に思う。つまり何かの気を持ってるんだと思うが、恐らくはあの青く見える瞳からすると木気だ。同時に雲英と同じだとしたら、中身は雲英みたいに人外になってると言うことかもしれない。それが当然みたいな顔で院の中にいて、自分達をこうして捕らえているのだ。
こういうの絶体絶命とかいう?まずい状況?
独り冗談めかして考えているが、朱雀の自分でこの状況だとしたら他の仲間もそれぞれ相剋の部屋に押し込められているのは本当だろう。相剋……でも、地味に金気の信哉の部屋の回りってどうやって囲んでんのかね?と腕組みしながら考えてもいる。火で全面囲むなんて事をしてたら、信哉は暑くてやってられないだろうなと考えると妙に笑いが浮かぶ。
一先ず今は傷を癒して、動き回るのに支障がないようにしておくしかない。
腹が立つけど、それしかすることないしな。
一瞬の笑いで少し気持ちが前向きに変わるが、そうは思うが忠志とてこの状況をただで済ます気は毛頭ない。自分はたかが三年とはいえ家族も親戚も失い、それでも四神として必死に人を助けて生きてきたのに、この珍獣扱いは幾らなんでも不当だ。しかも、仲間も同じ扱いだと思えば尚更腹が立つのはやむを得ないとは思うだろう?
※※※
馬鹿にされている。
冷ややかに香坂智美は顔色も変えずに思う。
あれから友村礼慈と共に軟禁されようとしている。言い換えれば遂に来た御家騒動といえば言えなくもないが、お陰で香坂智美は式読ではなくなった。東条巌が木気を周囲にひけらかし、自分なら誰にも四神の力を与えられると宣言し智美の代わりに式読を名乗ったのだ。
別に式読の名前なんざ、くれてやる。
まだ未成年の自分にいいように失脚させられたのを根にもって、あの歳でここまでしてくるとは呆れを通り越してある意味では関心すらする。だが、式読が本来なんなのかをしらずに、名前だけの立場だと思っているのだから本当は鼻で笑ってやりたい。だから、名前だけが欲しい・権力が欲しいようだから惜しくもないからくれてやる。しかし予想通り生き字引的に利用するためこれからも軟禁され、しかも礼慈まで一緒に押し込めようとしているのには疑問が残る。勿論礼慈は智美の後見人で智美よりの人間だが、星読の能力は今もずば抜けて高いのだ。それを無視して押し込めると言うことは智美のパソコンでの熱源検知もない今、地脈の管理を院は完全に放棄したとしか思えない。
「その杖を寄越せ。」
したっぱ扱いをされた使い走りにそう言われて流石に智美が露骨に嫌な顔をしたから、相手は嫌味たらしく寄越せとにやつきながら繰り返した。杖がないと歩けない人間から使い慣れた杖を取り上げ行動力を削ごうというよりも、先程馬鹿にされた仕返しなのはよくわかる。だから、普段通り智美はポイと杖を投げ渡してやった。
「ぐあっ!」
中に鉄芯があると知らずに投げられた杖を取り上げようとした男が、智美と同じように片手で持てなくてまんまと足に杖を落としたのだ。間抜けめ、投げられた後の落下速度で重さくらい察しろ。しかも足の甲に落ちたな、それは中々痛快だ。
「いい忘れたが、重いぞ。」
平然と言ってやると悶絶した男が涙混じりの忌々しげな視線で、智美を睨み付ける。因みに孝には教えてあるが、本来歩行用の杖は二百五十グラム程度。ところが香坂智美は護身用として杖術を使うので、杖の中に合金の芯を仕込んで杖の重さは約五倍の一キロと少しある。そんなものを片手で軽々と振り回し取り扱える智美は、実は腕力はこう見えてかなり鍛えてあるのだ。とはいえ杖を取り上げられては如実に移動速度は落ちるし殴り付ける得物もない訳で、腹いせに落とした足の甲が骨折くらいしてればいいと内心思っている。
杖だけでなく、沈黙したままとはいえスマホも取り上げられ、外からの情報は全てシャットアウト。テレビどころかラジオも書籍すら与える気がない。お陰で智美が出来るのは何で仕返しをしてやったらスッキリするかと頭の中で散々思案するくらいしかやることがないのだ。言っておくが智美は一度顔を見たら二度と忘れないから、記憶違いなんて言い訳は罷り通らないのを奴等は失念しているに違いない。ここを出たら一人一人散々な目に遭わせてやるし、何からやってやろうと考えている。その様子に入り口で監視している人間の視線を肌で感じている礼慈が艶然と微笑む。
「智美さん、仕返しは後にしましょうね。」
礼慈が笑いながらそういうからには、ことが落ち着いたら思う存分に仕返しをしてもいいと言うことだ。ただ目下問題なのは自分達だけでなく現状で恐らくあの四人にも同様の事が起きていると言えるということなのだ、しかも最近の傾向からするともしかしたら他にも余波があるかもしれない。
例えば孝。
四人の中で一番東条が昔から興味があるのは鳥飼信哉で、母親は違う分興味は落ちるとはいえ孝は血の繋がった弟だ。しかしそうなると鳥飼信哉の身元だけでなく、他の三人の身元も改めて洗い直しにかかるだろう。何しろ今まで智美は密かに残り二人の身元の隠匿に協力していた。やっと四人を確保できたのだから、東条はまだ他にも血縁者が存在するかもと考えるだろうし、何しろ土志田悌順と宇佐川義人なんか実際に従兄弟同士で血縁者なのだ。
チッと智美は監視に聞こえるように舌打ちする。
監視を何とか叩き伏せて逃げることも考えたが、見知らぬ場所で礼慈を置いても行けないし。仕方がないから大人しくしてみたものの、最近の智美にはこの大人しくというのが厄介だ、これがまた腹立たしいことこの上ないのだ。
「あのヒヒ爺め、人が情けをかけてやったのによくもまあ…………。」
浪費家でサディスト、しかも頭の中がファンタジーの世界にトリップしていて、統計学も理解できない・遺伝がどうこうと声高にいうわりにDNAとRNAの機能も説明できなくなっていた男だ。とは言え長年研究部門を統括していたのも事実なので、隠居で済ましてやったのにとんでもない実験をやっていた上に、昨今の自分達の不甲斐なさに嘆いていた院の下部を掌握していたのに気がつかなかったのが腹立たしい。
「智美さん、ヒヒ爺は……。」
「言い過ぎだなんて言うなよ?」
「勿体なくてヒヒに申し訳ないですよ。ヒヒの方が潔いですしね、世の中であのカスに何が当てはまりますかね。」
平然とそう言う礼慈が実は激怒してる気がついて、頬杖をつきながら智美は目を丸くする。しかも冷ややかな声で礼慈は更に続けた。
「どうせ凡人ですから、直ぐにボロが出ますよ。」
「ボロが出る前に人間をやめるだろ、あれは。」
「人間をやめても構いませんけど、そうなるとあれに心酔してるのは間抜けですね。危なくないですか?」
「しるか。自分で選んだんだ、喰われて反省すればいい。」
苛立ちに当然のようにいい放ちながら、そこまでに後どれくらいの時間があるのか模索する。まだヨレヨレだった姿を見たのは一年ほど前で、どう見ても若返って見えるのは東条の言う副作用だろう。若返るのと記憶障害が同時に起こるとして、元々記憶が疾患で障害を受けていればどうなるか。その瞬間鳥飼信哉が火気をもった人間の話をしたのを思い出していた。
三浦和希。
確か記憶障害があると話していたが、暫く前までは病院に隔離されていたはずだ。病院なら投薬はある意味やり易いし、雲英も何らかの場所で隔離されていた人間だとしたら。恐らくは雲英が一番最初の被験者で、少なくとも二人目が三浦、三人目が自分だろう。それなら少なくとも薬自体はグレードアップするか?いや、そんなことが可能なほどの物がないと言わなかったか?
気分が悪い。
どうにもいいように操られているようなのに、それに東条は気がついていないように感じる。というよりも、既に完全に自我を操られていてもおかしくないと思うのは、東条巌が科学的知識を話せないほどにアルツハイマー病を進行させていたのを知っているからだ。だからこそあの時隠居で済ませてやったとも言えるが、こんなことを目論むには他にも賛同して財源を与えたものもいる筈だ。
細胞の蘇生と言ったが蘇生なんて出来るのか?その細胞は本当に生物の細胞なのか。いや、雲英の末路を考えれば結論は生物の細胞ではないのだろう。
「主…………。」
それは恐らく人外の事なのだとは智美も思うが、今までのものとは根本的に何か違う。人間を食わずに人外に変えていくなんて、そんな計画を考えるような人外なんて前例がない。人間の世界に潜むとかではなく、根本的に人間を作り替えようだなんてあまりにも壮大過ぎて唖然としてしまう。
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