GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第五幕 護法院跡地

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その異変の起こる少し前、青龍と言葉を交わした後。
智美は青龍に促されて、礼慈と一緒に渡り廊下を越えて一足先にその場から離れようとしていた。ところが建物を越えた激しい雨足の中、既に先に車に乗り込んでここから遠ざかっていた筈の数人が未だに立ち尽くしているのに気がつく。その先の霞む雨足の中に、止められたままの車の姿はちゃんと見えている。それなのに何故か人影はその場を動かず、空気に戸惑いすら漂わせているのに智美と礼慈は眉を潜めた。

何をやってるんだ…………この緊急事態の中で……

建物を挟んだからもう安心だなんて、そんな生易しい事ではない。出来る限り一秒でも早くここを離れないとならないのに、そう考えながら雨の中急ぎ足で歩み寄ると、それが予想外の事態のためなのだと気がついた。靄の中に紛れて上手く見えていなかったが、そこにいるのは院の逃げ遅れだけではなかったのだ。雨に濡れ黒いスーツに見える一団が行方を遮り、しかもこの雨の中ご丁寧に銃器を向けていた。この雨の中で拳銃なんて暴発でもしたらとか、考えないのかと思うが傘を指しかけているのもいる。どちらにせよこの場で足止めをする事が、愚の骨頂だと知らない馬鹿がいるのは事実だ。

「…………何のつもりだ?」

銃を持っているからと言って周辺の警察署の警察官ではない、でも銃器の携帯をするのは許されている立場の人間。見たことがある顔もいるが、今までは式読の指示には従っていたのに、今はまるで智美の言葉に従う気はない。つまり、銃口はこちらに向けられたままで、下ろす気は毛頭なさそうだ。

「大人しく、ご同行願います。」

抑揚もなく淡々とした一見丁寧な命令。いうことを聞かなければここで殺してしまいますよと言われているようなものだが、今ここでこれが起きる理由なんて一つしか浮かばない。

…………馬鹿にしやがって。

さっさと先に逃げたのはこういうことかと、一気に智美の頭が駆け巡り始める。ワザワザこの忙しい最中にあのくそ爺が姿を表したのは偶々だったのだろうが、こいつらの行動はきっとあの糞爺の想定内に違いない。全段階の準備が仕上がって、しかも嵐の状況に動きの悪い状況を狙い、現在の式読である智美の排斥を目論んでいたわけだ。ということは未だに姿を見せない玄武は何らかの方法で既に捕獲されているということで、青龍と礼慈の目に見えないのは当然か。やっぱり先に仁に逃げるように電話をしておいたのは、正解だったなと智美は目を細める。

「どういうことか説明を。」
「……説明は後程に。」
「説明が出来ない使者とは、随分だな?使い走りか?」

平然と相手を馬鹿にして嘲笑う智美の声に、相手の顔色が僅かに青ざめ智美の言葉が気持ちよく勘に障ったのがわかる。確かに抵抗して殺されるのはごめんだが、だからといってワザワザ子供ぶって可愛くいうことを聞く気なんか智美には毛頭ない。どうせならプライドぐらいへし折ってやってから、連行されてやろうじゃないか。

「ああ、すまないな、それでもこれも一応は重要な役割かもしれないか。」

謝罪の言葉が、これほどに適当にあしらうように聞こえるのも珍しい。

「こんな最前線に程近い場所に、大事な情報を掌握する立場の人間が彷徨のはあり得ないから、しかたがないよな。」

しかも隣の礼慈も全く止めるつもりがない上に、そうですねなんて同意して見せたりもする。

「こんなとこに雨の中、命懸けで高々高校生なんぞを、ワザワザ迎えに来るのも大事な仕事だよな?上のものは道もわからないだろうしな。」

暗にというより、大分あからさまにしたっぱの捨てゴマと言われているのは理解した様子で、目の前の男の顔が見る間に青ざめていたのから赤くなる。嫌みをを微笑みもせずに投げつけられてもここで智美を殺すわけにもいかないのは、相手側が式読という役目に執着しているからで院全てを解体したいわけではなく中身をすげ替え式読に収まりたいのだろう。

こんな役目くれてやる。もう、拝謁の間もないんだからな。

こんな場所は不要だと考えるに至った智美は、大体にして式読に最初から未練も何もないのだ。ただ継げと言われて居場所もないから従ってきただけで、今の智美であれば式読を捨てるのにも迷いもない。ただ一つ問題なのは式読でなくなったからと言っても頭の中の情報は膨大に保持されていて、それを相手は必ず必要とするだろうから智美は殺されないし今後監禁されるのが分かってしまう。

「ぐちゃぐちゃいうな、大人しく従え。」
「…………使い走り程度で偉そうな口を利くな。先ず部下を逃がしてもらおうか?」

歌うような声にすら聞こえるその言葉には、肌に鳥肌が立つような冷え冷えとした気配が漂って思わず相手が怯む。その瞬間だった、足元の空気が一瞬にして凍りついたように冷えたのは。



※※※



既に朝日が僅かに周囲を闇から引き上げて、柔らかに照らし始めていた。
ゼェゼェと肩で息をする朱雀は全身が切り傷だらけで、離れた場所には脇腹に切傷を負って岩に叩きつけられ服もボロボロで気を失った義人の姿があった。地面には食い千切られて飛び散った檮杌の黒い血が、染みのようにあちこちで白い玉砂利を碁石のように黒く染めている。そしてその視線の先にはキラキラと黒光りする石柱に取り込まれるようにして、張り付けられ信哉が意識を失って項垂れていた。
あれから何が起こったのかを、満身創痍の朱雀が説明するのは難しい。
檮杌をあっという間にズタボロのゴミ屑に変えても、青龍の言った通り白虎は冷静には戻らなかった。白虎の激しく空気を震わせる咆哮が、まるで哭いているように聞こえて胸に突き刺さる。哀しくて、憂いて、怒りが押さえきれないと、全身の毛を逆立てて叫んでいる様にしか見えなくて、その姿に誰よりも信哉が仲間を失うのを恐れていたことに忠志も今更気がついてしまったくらいだ。
その白虎を引き留めようとしても、白虎自体が強すぎて全く自分達二人では歯が立たない。出来たことは二人で上手く力を組み合わせ、白虎を同じ場所に縫いとめ力を消費させ続けることくらいだ。木気で無理やり出現させた樹木を一瞬で熱で高質に炭化させ続け、白虎をその中に必死に押し留めたのだ。それでも朱雀も青龍もボロボロで、最初に金気で打ち崩されていた建物は火気と木気の余波で殆どが燃え上がって見る影もない。日本庭園だった場所も無惨に荒れ果て、竹林ですら燃えかすのようだ。

人外が暴れてもおんなじ結果…………だよな……

肩で息をする忠志が、これが限界だと膝をついた瞬間だった。
不意に身知らぬ奇妙な白い宇宙服の様相の人間達が、ゾロリと大勢何処からともなく姿を見せ忠志の目の前で倒れている仲間に向かって歩みよりだしている。しかも意識のない義人をまるで物でも扱うように、そいつらは頭髪を掴んでグイと引き起こしたのだ。

「何しやがる!」

思わず駆けよりその人間を突き飛ばした忠志は、まるで宇宙服の白い奇妙な服を着こんだ者を睨み付ける。突き飛ばされて悲鳴をあげて地面に尻餅をついたその人間は、まるで一枚のプラスチック板越に自分達を病原菌のように見上げていた。既に忠志には目に見える火気を放つほどの余力はないが、それでも普通の人間とは基礎的な運動能力は違う。たがそれを知る筈もない相手は、怒りを露にした忠志の姿に尻餅をついたまま音をたてて後退った。

「何のつもりだ?!お前ら!!」

ギラリとその瞳が睨み付けるのに奇妙な服の中の温度がはね上がったと感じたのだろう男は悲鳴をあげて四つん這いで逃げ出していたが、実際にはそんな力はもう忠志には残っていないのだ。忠志は実のところ限界まで力を使い果たしていて、今にも失神しそうなのに必死に汗を滲ませて耐えているだけだ。

「治療をするだけです、その怪我では普通の病院に掛かれません。」

酷く冷淡な声にハッとした様に振り返ると年齢のハッキリしない少し老獪さを思わせる三十代半ばに見える僧衣の人物が、真っ直ぐに忠志を見つめて立っている。他の者達と違い素肌を晒しているものの、何でか一つも安堵できないその相手は作業を再開しろと声をあげる。その声に再び作業を再開した者達に、忌々しげに視線を走らせながら忠志は憤った声を上げた。

「だったら、何だよ!!こいつらのカッコウは!?」
「……………あなた方、四神は人外の血が普通の人間にとってどれだけ有害か、知りもしないのでしょうな。」

鷹揚にも聞こえる声音は陽射しの中で、全ての正義が自分にあると言いたげに言葉を繋ぐ。確かにそんなことは気にもしたことがないが、そんなに有害なものなのかと思わず忠志は迷う。信哉や悌順ならこれにどう反応するかわかっているだろうが、忠志にはそう言われて違うと否定する知識もないのだ。ただ目の前の人間は理知的にも見える視線な筈なのに、どうしても酷く冷淡で残酷に自分を人間として見ていない。その視線が癇に障り忠志は、思わず自分の感情が弾けそうになるのを感じ取る。爆ぜる様な音を立ててその両手からほんの微かな火花を散らした姿に、周囲の白い人影が再び怯えたように後退さるのに、その者は無感情に忠志を眺めた。

「…………俺の、仲間を物みたいに扱うな………、ただじゃすまさねぇぞ!」

熱を含んだその声と視線を意にも反さずに見つめながら、不意にその視線が朝日に細められるようにスゥと変化を見せる。信哉と義人の二人を抱えて飛んで逃げる、それが出来るかどうか忠志が一瞬脳裏で算段しようとした瞬間、ダツッと左肩の後ろに衝撃と痛みが走った。

「え……?」

肩越しに見下ろすと、テレビでしか見たことのない麻酔銃の矢が自分の肩の後ろに揺れていて忠志は唖然としていた。人間相手にまるで猛獣でも扱うように離れた場所から狙撃された衝撃は余りにも大きくて、同時に既に視界がグラグラと崩れて回り始めている。

なんだよ、これ

ずっと以前信哉と悌順が院に自分と義人を連れていかないのは、人体実験をされるからだと苦笑いしながら話していた。でも自分はそれは完全に冗談で、信哉達が大分話を盛って大袈裟に話しているんだろうなんて暢気に考えてもいたのだ。だけど今更だが人に向かって麻酔銃が平然と放たれていて、それは自分を取り押さえるつもりだからだと分かりきっている。

こんなに必死に、人間に被害が及ばないよう戦い続けた代償が……これか……?

そこまで考えるので限界だった。意識が途切れかけて前のめりに倒れ込み自分の言葉など全く気にもしていないその様子に激しく憤りながら朱雀は、それぞれにまるで感染病でも持った者の様にビニールに包まれた担架に乗せられる義人の姿を見つめた。

「先代からの悪習か、四神は我等との関係を断とうとしている…………。」

不意に口にされた言葉に朱雀は、目の前の人物にもう一度その激しい感情を含んだ視線を上げた。

「それでも助けて治療を施してやろうというのだから、感謝するべきだろうが?……化け物の癖に。」

その言葉は酷く忌々しく忠志の心に鋭く突き刺さる様に響き、自分の歳嵩の仲間達二人が危惧していたモノの意味を改めて突き付けられた様な気がした。

お前達はモルモットだ。

その視線が明確に言っている気がして忠志は唇を噛み、その姿を無言のまま睨みつける。できる事なら殴り付け叩き伏せてやりたい。だが、そうするにはこの体がもう言うことをきかないのも分かっていて、抵抗できない二の腕を物のように乱暴に掴まれ引きずり起こされた。それでも麻酔が回り始めて足をたてることも出来ないが、忠志の瞳はまだ強い意思を宿したままでいる。

「お、前………何者、だよ?」

ニヤリとその瞳を覗きこんだ相手の眼の中に、何故か義人と同じ木気の気配を感じ取った気がして酩酊しつつある忠志が眉を潜めた。それに気がついているのか男は、酷く楽しげに笑いながら口を開く。

「私は東条と申します。あなた方を管理をする新しい式読です。」
「しき……?」
「ていのいい猛獣使いですよ。…………さっさと連れていけ。」

和やかに聞こえる言葉の先に抜け目のない残忍さと冷淡さを臭わせ、その姿に忠志は不信感を露に目を細めやがて意識を失った。朝日の中で炭素化していた石柱を砕いて、鳥飼信哉の体が地面に叩きつけられ全てが運び出された周辺を見回して、東条と名乗る男はホウ……と溜息をつくと僧衣の袖をひらめかせ苦々しく辺りを見渡す。ここに昨日まであった筈の建築物は跡形もなく、院の建物の凡そ七割が全壊してしまっていた。なんとも凄まじい力だが、これでも押さえ込まれ、被害を押さえ込もうとしての話なのだ。これを国家に反映することができ、尚且つ自分のように問題のない状態で能力を持てるように薬を量産化出来たら。世界でこの国に逆らえる国など存在しなくなるし、しかもそれをもたらした自分は神のように崇められるに違いない。惜しむとすればあの一瞬の鮮やかに浮かび上がった銀光の四神の絵図。

せめて、拝謁の間の壁を直にもう一度見てみたかった……

この姿になり変わっても研究への探求はとどまらない。あの鮮やかな銀光が何によって反応して光るのか色々と試してみたかったし、あの鮮やかな四神の絵図を詳細まで見聞したかった。もしかしたら何か碑文のようなものが、じっくり見れば隅にでもかかれていたかもしれない。これでここは自分のものになると考えたのに、これではここはただの廃墟にかわりないから折角の探求心をみたすこともできないが、この体は活発で時間は無制限にある。
昨夜香坂智美に見せた最後の一個のカプセルの飲み干し、東条巌は五十四個のカプセルを全て体内に吸収した。

ここまでがどれだけ待ち遠しかったか。

最初に投薬した綺羅宗嗣が記憶障害を起こしていくのを観察していたし、次の被験者は最初から記憶障害を起こしていて退行している人間を選らんで投薬してみた。そこから記憶障害を起こしているのは、投薬後の細胞の活性化により新たに作られない筈の脳細胞が一部新生するからではないかと考えられたのだ。何しろ大脳に障害を起こしている第二被験者は、やがて感情を取り戻し、しかも運動能力や記憶力に格段の進歩を示していた。まあ、お陰で何人か警察官が死んでいるが、それも科学の進歩のための仕方がない犠牲というやつだ。

何しろこの体は、人間に一番無意味に必要なものが不要になる。

睡眠も食欲も起きず、しかも体は若返る。
投薬開始から三週間東条巌は全く一睡もしていないが、眠くなることもなければ疲れもない。流石の四神でも睡眠時間は減りはするが不眠不休は不可能なのに、今の自分には完全にそれが可能になった。しかも自分は改良された物で過剰な記憶の障害もなく、叡知を得て狙い通りの地位を得ることも出来たのだ。これからは本物の四神を実験台にして、この国のため、いや自分のために働く人工的な四神を量産することを研究できる。
それを思うと歪んだ笑みを強いて、東条巌は運ばれていくモルモット達を嬉々として眺めていた。
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