GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第四幕 護法院・日本庭園及び奥の間周辺

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パニックになっているものも次第に落ち着きを取り戻しつつあったが、それがよい傾向とは言い切れない。東条を逃がしたことが酷く不快感を産み出していて、それは正直胸騒ぎどころではなく現在進行形で何かが起きているとしか思えなかった。住居に切り替わる渡り廊下を越えさせて進む方向を指示している礼慈を視界に、智美は少し離れて何十メートルか離れた奥の院の方向西線を向ける。

「君も向こうに渡ってくれると、少しは安心なんだけどね。」

その声に頭上を振り仰ぐと、暗い曇天の中に青い裾を翻した青年の姿がある。いつの間にか変化をといた青龍が音もなく宙に浮かび、自分達が歩きやすいように雨を払っていてくれたのに気がついた。住居を越えた数メートル先はどしゃ降りの雨だが、智美が普段使う車と他にも車が置かれている。そこまでこの十人にも充たない人数を保護すれば、青龍は戦闘に戻ることができると考えているに違いない。

「青龍、玄武は?」

さっきからずっと疑問に思っていたことを智美が口にすると、音もなく降りてきた青龍は巻き込まれた女性を離れた場所まで連れていったと答える。

「恐らく相手が意識が戻るのを待ってるんでしょう。置き去りにも出来ないでしょうし、彼には治癒を促進も出来ますから。」

気を失った女性が傷を負っていないか、妖気に当てられていないか確認するために時間がかかっていると言う。適材適所は当然の事だから玄武なのは仕方がないのは理解できるし、青龍ですら自分達の護衛についてくれている。幾ら白虎が強いとはいえと思うと、白虎も朱雀も青龍も何故かここに来て潜在的な能力を更に解放しているのだと不機嫌に青龍は言う。玄武と従兄弟だけあって青龍の口調は何処か玄武に似ていると思いながら、智美が視線を向けると青龍は溜め息混じりに早く向こうに行きませんかと促してくる。

「僕も貴方を放置するわけにはいかないの分かりますよね?」
「青龍、院の人間が、普通の人間に投薬して雲英を作った。」
「は?」

青龍が表では看護師として働いていて、元は医師を目指していたのも知っている。それでも智美の言葉に呆気にとられた様子の青龍に、智美はもう一度同じことを繰り返した。

「……投薬だ。気の力を使えるようにするために、人為的にその素地を体内に埋め込んでる。…………副作用は記憶障害と細胞の蘇生。」

その言葉に医学的知識を持ち合わせている彼は目を細めて、智美の顔を見つめた。恐らく雲英がその対象だったことは、智美が口にしたことでもう想像がついているに違いない。

「他にもいるんですか?」
「投薬した爺は、自分を含めて三人だと言った。木崎蒼子は含まれない。」

少なくとも後一人は自分達の預かり知らない投薬の被験者がいる。しかも、人外になる可能性を秘めていて、四神は少なくとも後一人は気を有している人間を直に見つけてもいた。

「…………ウィルスみたいですね。まるで。」

人工的に投与されて人外になるものも、木崎のように人外になるものもいるのなら、確かにその言葉は良い得て妙だ。しかも白虎の話では最初の力の結晶は四方に飛散して、人間に棘のように突き刺さり魂と同化しているのだと言う。それでは感染症となにも代わりがないと、智美だって思うのだ。

「玄武は遅すぎないか?」
「………………本当を言えば、僕もそう思ってます。」

本来ならこの風雨に荒れた悪天候の中では、水気の玄武と木気の青龍の能力が効果を発揮するのだ。雨の中では火気は勢いを削がれるし、雨脚と風が強いせいで木気が強まり金気は木気を押さえ込めない。
それと同時に銀光の四方に書かれていた文字が、智美の脳裏に鮮明に浮かび上がる。
四方の四神と共に、周囲に記されていた文字。

混沌は渦を巻き太極となる。
太極は陰と陽となる。
陰の底に水気が生まれたる。
次いで陽の中心で火気が生まれ、
陽の気の残りが風となって木気が生まれ、
陰の気の残りが金気と生まれたり。
その果てに土気が生まれ落つ。
陰と陽、全ては等しくあり。

護法院は建てられた時から、一度も移動したことがないといわれている。戦時中も寺院を模しているためか、竹林に遮られたのか、周囲の都市部が大きな被害を受けた爆撃にもさらされていない。拝謁の間の建物に関しては大規模な改修の記録もないし、自分がパソコン等を配置するのに古老達が必死に抵抗したくらいだ。勿論爺どもがこれを知っている訳ではないから、ただ単に智美を都合のいい手駒にしたかっただけなのだが。

あれは銀光で浮かんだ。

つまりはあの場所には四神だけではなく、対極の存在も訪れると想定されて作っていたことになる。それがどういう意味なのか考えると、智美は愕然としてしまうのだ。

この場所は四神のためだけの場所ではない。

対極のものが訪れあの文字を理解できたとしたら、人外も四神は何も変わらないと書いているのだ。それを浮かび上がらせたのは力の結晶をわざと体内に入れた人間で、その内の一人は人外に変容した。なら、あの銀の光は以前も同じような人間がいて、その人間は院の中にいたと言うことなのではないのか。
それに対極に浮かぶ四神の金の光の中の秘文。

そは土なり。
土中より金属が生まれ、金属の表面には凝結した水が生じ、水は木を養い、木が燃えて炎となり、炎が消えた後に灰は土に還る。
全て流転の中にあり、陰と陽も等しく滔々と流転す。
流転に太極を保ち、人の世を成形せしめ。
瑞、齢を経て、そよりいづ
そをもってよしとし、要を四方に処す。
これをもちて須べからく、理は陰と陽にあるとせん。
流転の果てに混沌を目にすれば日より月に転ず。
月より転ずればそいずる
陰と陽は表裏なり

まだ一部しか読み溶けていないが、内容で繰り返されているのは陰と陽はどちらも同じく存在して流れていく。つまり結論はどちらが正しいものなのかは、人間が勝手に人の世の中と決めただけと言いたいのではないのだろうか。同時に白虎が見たと言う記憶から、四神ですら人外の力を選定されて与えられた人間と言うことになる。どちら側よりの人間になるかは、恐らく本人次第だったのではないか。人間に敵対する立場をとる四神も長い歳月の中には、きっと存在していたに違いない。銀の光も金の光も結論は同じ、そして今まで考えてきた人外というものも実際には人の道から外れて人間に敵対する側に回った存在なのだとしたら。

人間の中には元々あんな化け物の形になるような素地があるのかもしれない。

それは血の中に何かを埋め込まれこの能力を代々引き継いでいきている、自分の家系も同じことなのではないだろうか。だが、自分は見ることも戦うこともできないのは何故か、式読に与えられたのは記憶の保持だ。

記憶

不意に智美は愕然として、雨に霞む世界を眺めた。他のモノ達と違うのは記憶、そして親しい友人からお前は普通じゃないなと笑われたのは、智美の異様な食事の事だ。
五行の中で、五官が口・五腑は胃・五味が甘で味覚・五情は怨・五志は思い……頭の中でまるで早回しのように情報だけが流れていく。
高校の同級生で親しい友人の若瀬透によく言われている。

お前たちってさぁ、見た目違うのに兄弟みたいだよな?

繰り返し言われるのは智美と彼が同じ程度に食事をするからで、二人を面白がった若瀬透が近郊の大盛料理の店を渡り歩いたほど。今のところどこでも物を残したことはないし、全て美味しくいただいているのに彼はいいのかなぁと首を傾げていた。
澤江仁と自分は似ている。
フラリと出没したところも、異様に高い学力も、異様な食事量も、浮き世離れしている姿も、若瀬は兄弟みたいだと笑った。違ったのは自分は記憶を消して忘れないが、澤江仁は記憶喪失で記憶障害で記憶を失う。
土気を宿した人外は殆ど確認できていない。今まで確認できたのは、氷室優輝を殺した八握脛程度だ。それに人間にも土気の存在は確認できていないが、澤江仁は土気の麒麟と関係があると考えられている。でも普段の澤江仁はと一緒に過ごしても、一緒に暮らしている白虎ですら土気は感じないと話していた。

自分の……血の中に埋め込まれたのが土気だとしたら…………

混乱しながら隣にいる青龍を見つめる智美の瞳は、微かな雷光に金色に光って見えていた。



※※※



白虎が雨粒を飛び散らせてその動きを遮る動きに、玉砂利が跳ねて音をたてる。意図して大きな音をたてて動く白虎に、檮杌は低く哭きながら首を巡らせ体を跳ねらせていた。ある意味では助けられた形になった窮奇はここぞとばかりに玉砂利を這おうとするが、その音をたてると檮杌が牙を向くのに舌打ちをする。

「白虎!何でだよ!」

頬っておけば窮奇は檮杌がけりをつけてくれるのに、ワザワザそれを遮ってまで自分が戦う姿に朱雀が戸惑うのはわかる。

「説明は後でする!朱雀!」

どうみても檮杌が窮奇を食い殺そうとするのを遮ろうとしている動きに戸惑うが、朱雀は白虎の声に舌打ちしながら中空に飛び上がった。少なくとも人の気配は周囲から遠ざかっていて、先程よりは躊躇いなく火気を全身に纏うことができる。それに伴い温度を下げ始めていた夜の雨が、モウモウと水蒸気にかわって辺りを白く包み込む。

水を玄武が払ってくれっと早いんだけどなっ

火気が蒸発させる水蒸気が上空に巻き上がり、大粒の雨に変わっているのは朱雀にもわかっている。だが水をどかそうにも雲をどかそうにも、火気ではこの状況ではあまり効果的とは言い切れない。少なくとも青龍が上手く式読達をここらか逃がして戻ってくれるのを待つしかないのは事実だ。

檮杌が辺り構わず威嚇するお陰で、窮奇が逃げられないのだけが幸いだ

どんなに火球を練り上げて青くなる程の高熱に引き上げても、効果は僅かに雨と風に遮られてしまう。それが分かるようになったのは成長だろうが、苛立ちが増しているのは事実だった。僅かずつ身を削り取り気を浄化し続けている白虎も苛立ちは同様にしか見えないが、削られる方も苛立ち咆哮をあげて空気を震わせた。

《このおおぁおおぉ!!》

滅多やたらに金気を放ち日本庭園の石塔が綺麗に寸断されて崩れ落ちる音に、檮杌自身が飛び掛かる様は滑稽だがそれを笑うわけにもいかないのだ。




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