GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第四幕 都市下・西部竹林

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苛立ちを煽る雲英の言葉に、朱雀の不快感は更に増して苛立ちに擦り変わっていく。

「……お前が何でここに居る?」

女性を抱きかかえた玄武の声に、その青年は冷ややかな視線を向けた。雨を避けるわけでもないその顔が、雷光に面のように白く無表情に浮かぶ。謹慎させられている筈なのは知っていたが、相手は当然のように外を出歩いている。

「お前達に言う必要がない。」

何でこんなにも喧嘩腰で自分達に対応するのか青龍も戸惑いを隠せない。同じ気を持つ存在なのだから強請しあえば活動は変わるかもしれないのに、雲英は気がつくと悉く自分達を拒絶するような態度をみせる。

「何で……。」

闇の中でその姿は白々と光っていて、まるで白虎の様にそこに立っている。それなのに全く異質な自分達とは相容れない存在なのに、玄武はもしかしたら他の火気や水気、もしかすれば存在するかもしれない木気も自分達とは相容れないのかもしれないと思ってしまう。その瞬間空を切るような気配と共に姿を見せたもう一人の姿にその場が凍りついた気がした。倒れ付している姿と寸分たがわぬ青年が白い異装姿で竹林の奥から姿を見せ、その場の状況に眉を潜める。

「随分遅い到着だな。」

凍りついた冷ややかな刃のような嫌味を添える声に、一瞬もう一人の金気の青年はその場の状況に息を呑み足を止めた。サクリと足音を立てながら足を向ける作務衣姿の青年は酷く冷ややかな視線で睨み付けながら、倒れ付している体を跨ぎもう一人の金気の青年に歩み寄る。
闇の中対峙する二人の青年の姿は全く違うものなのに何処か似通っている様な気がして、他の三人は言葉もなく見つめた。

「遊んでる位なら役目は俺によこせ。」

遊んでいるわけでもないし、仕事を休む嵌めになったのは目の前の男のせい。そうわかっていてもそれを口にする訳にもいかない。あからさまに苛立つ朱雀に気がついているのか、白虎は酷く穏やかな口調で諭すように言う。

「そう容易くこなせるものではない……。」
「ちゃんと屠ってやったろう?大物の人外だ。」

雨の音にかき消されそうな声音で冷ややかな応酬をする言葉が、氷のように突き刺さる。大物……まるで獲物を狩るような口調は、人外にも通じている気がするのは、目の前の青年の中にも自分のと同じ人外が吐き出した金気の片鱗が魂に食い込んでいるからだと今では知ってしまった。他にも同じように金気を宿して過ごす人間は山のようにいるに違いない。その意味では目の前の青年と自分の違いは、ただ選ばれなかっただけども言える。だが同時に問題なのは敵意を持った目の前の青年が、血の臭いを隠したと言う事実だ。

「お前は何を望んでる?」

しなやかでヒヤリとするような白虎の声に作務衣姿の青年は眉を上げた。そして、口の端をあげるように笑みを敷くと、まるで挑みかけるようにもう一人の青年に向かって鋭い視線を向ける。それを見越したような雷鳴に、一瞬視界が全て白銀に塗り込められた。

「簡単だ、俺は俺の正しい場所を得るためにいる。」

そう作務衣姿の青年が口にした瞬間、その青年の肩越しに白虎は激しく鋭い視線を投げたかと思うと咄嗟にその青年の肩を片手で突き飛ばしながら前に踏み出した。そのまま一瞬にして金気の輝きを片腕に纏いながら眼前の朱雀をもう片方の腕で引き寄せると、白虎の激しい気が地表を切り裂く。咄嗟の出来事に意味が分からず引き寄せられた朱雀の顔のほんの数ミリ前を、黒い枝のような妖気が宙を薙ぎ息を呑む。死んだかと思った筈の地表に倒れこんでいた体が溶け込むように地面に沁み込んでいくのを目前にしながら、忌々しげに白虎の舌打ちが響いた。

「っ?!!」

突き飛ばされてたららを踏んだ作務衣姿の青年が驚きに満ちた視線で、白虎の行動の先と地表に消えていく人外の姿を見やる。呆然とした表情をしたその青年に向かって白虎は感情の伺えない視線を投げた。

「俺は、そう簡単に役目を渡すつもりはない。」

彼らしからぬ棘のある声に引き寄せられた手の微かな震えを感じながら、朱雀は戸惑うようにその顔を見上げていた。その手の僅かな震えがさすものの意味が分からず仲間の顔を見上げる朱雀に気がつかないまま、きつい視線で作務衣姿の青年を見つめる白虎の姿に他の二人も微かな違和感を感じながら息を呑む。雲英は一瞬苛立ちを浮かべたかと思ったが、不意に冷ややかな気配を漂わせて吐き捨てるように視線を投げた。

「本当は俺こそがその場に立つべきなんだ…。」

忌々しげに呟く声に、微かに眉を寄せた朱雀がその声の先に視線を向ける。自分よりも少し年下であろうと想定される作務衣姿の青年は作務衣姿の肩を雨に濡らしながら酷く冷淡な声音で呟いた。

「あんたが俺の正しい場所を奪った。」

静かな声音は雨の中で雫を縫うようにその場に響く。反論もしない自分を支える手の主を見上げた朱雀は、白虎が反論しないのではなく反論できないのではないかと訝しむ。周囲から余りにも異例という言葉を突きつけられ過ぎて、自分でも本当に正しく生まれたのかが分からない。そんなことを考え滅入るのではないかと、不安になる。

「グチグチうるせェんだよ!正しいか正しくねぇかなんて知るかよ!白虎は白虎だ!」

激しいその声にハッとしたように雲英が息を飲んだのに気がつきながら、朱雀は静かにその青年を睨んだまま体勢を立て直し足に響く僅かな痛みに顔をしかめた。
雲母は微かに表情を変えて、凍りつくような瞳で彼を見つめる。その時ふと体内に湧き起こる、ざわめく感覚がして朱雀は眉を顰めた。目の前の青年の体から今までより濃密な金気が表に溢れ出しているが、それは隣の白虎のものとは完全に質が違い始めている。表層だけは瓜二つだと思えた気配は全容を現し始めた途端、怨念めいた歪みを漂わせた。

「俺は…お前を認めない。お前を、仲間だなんて………絶対に認められない。」

直感的に雲英に向かってそう言い放った朱雀に、一瞬雲英は傷ついたような表情を滲ませな言葉もなく立ち竦んだ。ざわめくような気配をまだその体内に感じながら朱雀は思わず頭上の青龍に視線を投げ、その視線に何か思うことがあったのか上空の仄かな蒼い瞳は不意にフワリとその身から風を放つ。

「…朱雀?」

訝しげな背後の白虎の声に、不意に目の前の雲英は我に帰ったように頭上を振り仰ぎ青龍の姿を睨み付けたかと思うと忌々しげに目の前の朱雀に視線を投げた。

「存分に探るがいい!俺は間違いなく生きた人間だし、金気の役目を負う為に全てを失った!!」

青龍の行動の意味を嘲るように笑いながら声を張り上げた雲英は、鋭く輝く白い光を四肢に纏いながら宙を振り仰ぎ仰け反るようにして笑い出した。鬼気迫るようなその姿と言葉に周囲の者達が凍りつく。

「だが、役目にはすでに貴様がいて………俺は何のために失ったんだ?!」

その言葉にハッとしたように白虎の体が強張る。記憶を失い何もかもを失ったのは雲英自身が金気の役目につくためだと、誰かが雲英に説明しているのだ。だから雲英は院の中で暴君に変わって、自分を目の敵にしている。自分の能力と四神の決定的な差に、それを埋めるための何かを行った雲英は、違う変容をし始めているのだ。

「そのままだと、駄目になるぞ?お前。」
「駄目?何がだ?!お前がいなければ俺が白虎なのに!」

鳥飼信哉が四神の役目について十一年。確かにあと少しで十二年になろうとはしていたが、誰かが死ねば変わりに選ばれると言うものでもない。院にその可能性を秘めた人間を集めていたからと言って、既に院にいたものが四神に選ばれない理由。

今なら分かる。

院にいる人間は既に絶望に力が芽吹いている。そこから新たに四神の力が芽吹くには絶望を感じる芽がないのだ。ここに集められる人間は大概が既に絶望し、何もかもを失っている。もしここで白虎が死んでも、新たな白虎は別な場所に生まれる筈だ。だが、それを今目の前の憎悪に歪む青年に教えて何の特があるのだろう。誰かに鳥飼信哉さえいなければ、お前が白虎に生まれ変わり皆から必要とされるのだと信じきっている。
闇の中で狂気にも似た笑い声を上げるもう一人の金気の青年を宙から探る青龍は、その体から溢れだした気の異質さに一瞬戸惑うように眉を寄せる。その瞬間を待ちわびていたかのように、雲英は不意に闇の空に向かって激しい金気の光を雷のように衝撃波として放ち上げていた。

「ああっ!」
「青龍っ!」

空を切り裂く金気の衝撃波に一瞬何が起きたのか分からない様子の青龍の反応が遅れていた。闇を裂き白刀のように飛ぶその衝撃波を寸でのところで僅かに逸らしたのは地表から放たれた矢のように鋭い水球の玄武の放った一撃で、我に返ったように青龍は身を逸らし攻撃を避ける。女性を抱いたままの水気では流石に逸らしきれなかった金気が、微かに青龍の頬を霞め僅かな血液が闇の雨に飛び散る。

「青龍!!」
「てめェ!!何しやがる!」

それぞれの方に向けてはなった声の先で、雲英は歪な微笑を浮かべて酷く歪んだ声を放った。その体は人間のものの筈なのに、何故かいきなり雨を啜って一回り巨大に膨らんだように見える。

「はは!役目なんか直ぐ変わりが生まれる、そんな事はお前達だって、十分知ってるだろ?!」

だから、金気が弱点となりうる木気の青龍が怪我をしても構わない。青龍がそれで死んでも、すぐ新しい人間が選ばれるだけなんだから問題ないと、雲英は狂気に満ちた笑いを放ち言うのだ。

「て…め…ぇ、本気で言ってやがんのか?!!!」

四神になる人間は大概が命を尊重するし他人を助けようと考えて役目を果たしていると言うのに、目の前で白虎に成り代わりたい男は仲間を殺しても構わないと言うのだ。怒りにくってかかろうとした朱雀の肩に置かれた白虎の手が不意に力を込めて彼を引き戻したかと思うと、スッと前に出た青年は不意に眼を閉じゆっくりと瞬きをした。訝しげに眉を寄せる作務衣姿の青年の前で、不意に白虎は静かに息をつくと静かに白く発光するような瞳で目の前の青年を見据える。

「…っ?」

異様にも見える発光する白銀の瞳の光がフワリと滲みその先の虹彩がまるで猫科の動物にように一瞬細く歪み、暗闇に向けてゆっくりと形を開く。白虎はその体から滲むような鋭く刺さるような気配を放ちながら、もう一人の金気の青年に向かって歩を進めた。その姿は雲英だけでなくその場にいる全員が初めて見るもので、それぞれが思わず息を呑んで一歩後退る。

「例え……俺が役目の中で死んでもだ……お前には役目は与えられない。」

低く哭き威嚇するような白虎の声に、雲英は闇の中でたじろぎながら更に一歩大きく後退った。それは完全に目の前の白虎の放つ威圧感に気圧されて、雲英と白虎では格が違うのだと見せつけられている。

「そ、んなの分からない…………。」

戸惑い上擦る声に、白虎は音もなくもう一歩近づく。

「俺ここにあるのは、俺の意思で、…………俺が守りたいものを守る為だ。」
「貴様が何を守れると言うんだッ!」

気圧されていた事を振り払うように、弾ける様な声を放ち金気の力を四肢に纏わせた青年が鋭い弧線を描きながら空を切るのを、まるで柳の枝のような僅かな揺れでかわしたと思った瞬間雲英の腕は容易く捩りあげられて冷ややかな白虎に背を向けながら組み伏せられ見下ろされていた。

「雲英……お前には守れないものだ。」

誰もがその動作すら視界で理解する事もないままに、当の腕を取られた本人ですら何が起こったのか分からないと言う様に眼を見張り冷淡に見えるその白銀の眼を睨む。その眼は酷く冷淡でありながら凍りつくような怒りに満ちていて見上げた瞬間、雲英は背筋に冷たいものでも押し当てられたように顔色を変えた。

「俺はけして仲間に牙を向けることはしないし、人を殺しもしない。」

凍るような声に蒼ざめた雲英の視線が止まる。
周囲の者も今までに見たことも聞いたこともないその姿と白虎が告げた言葉に、息を呑んだまま凍りついていた。それは金気の本質全てなのか余りにも激しく人並み外れて強い気を放っていて、今まで見てきた姿が嘘だったかのようにすら見える。

「な、に……。」
「血の臭いを隠そうと雪を崩した。雪の下の……もっと下に血の臭いがしていた。」

その言葉に周囲が息を詰める。あの西の山岳部の中で血の臭いを感じ取った白虎が確認しようとした時に、あえて雪を崩して臭いの元を埋めた雲英。その振動が他にも人を傷つける結果になったのは不幸な偶然だが、誤魔化すにはあからさますぎた。それほど古くはない血の臭い、それは同時に目の前の青年の体からも漂う。

「誰がそんな過ちを教え込んだ?お前がしたのは人外と同じだ。」
「お、お前達だって……。」
「俺達は人を食い殺したりはしない。命を奪われたことはあっても。」

冷ややかな声に周囲の三人は目を向く。目の前の青年の淀んだ気の理由が、人間なのに人外のように人を喰ったからだと信じたくはない。
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