GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第四幕 都市下・西部竹林

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その体から放たれる熱気に一瞬で蒸気に変わった水滴が、まるで煙るように宙に立ち上った。邪気にまみれた木気を清廉な火気で焼き尽くしながら、まるで鷹が獲物を狙うかのような鋭さで焔を身に纏う体が宙を滑り空を切る音を立てる。その黒檀のように闇に淀む黒い巨躯ですんでのところで炎をかわしながら窮奇は鋭い呻り声を上げながら、忌々しげにその場にいる三人の姿を眺めた。
まだ金気が現れていないのは幸いだ。
ここにそれが居たなら今の妖力ではあっという間に屠られかねない程弱っている。そんな事は充分に理解していたし、本来なら闇に潜み時間をかけて妖力を回復させ長く潜んで時期を待つ。そうするのが一番の得策だという事くらい十分理解していたのに、今は窮奇にはそう出来ないでいた。

何故だ!

作り込んでいた筈のねぐらに戻ろうとして、その道が悉く塞がれているのに今更ながらに気がつく。四神にはバレない方法で編み込んだ風の抜けることのできる向こうへの通り口。ゲートは勿論大きな出入り口で、何モノも自由に出入りできる。だが、この何十年と人間の世界にいる前に、窮奇は幾つかの逃げ道を作り上げていた。闇の底のモノが教えてくれたやり方で、人間の中にある種の種を巻いたのだ。それ種は何年間後に芽吹き道を作ることに成功した。

我にはまだ少なくとも三つは道があった筈。

一人目の道は木崎蒼子だったが、あれは捨てゴマとして放棄した。それでもまだ三つつ道があるから安心だと思っていたのに、一人は絞殺され、一人は高いところから墜ち、残りの一人は絞殺で死んだ。後ろ暗さや絶望や、そんなものを糧にジリジリと育て上げて通路にしていたのに。
四神がゲートと呼ぶ地脈の流れ。
地脈の本質は地面の下を流れるだけのモノではない。偶々開く口以外に闇の底に戻る術がなくては、妖力が強くなればなるほど身を休める場所が失われる。大妖とて無休で永遠に活動し続けられる訳ではないし、その仕組みはある意味人間やこちらの生き物にも通じていて。それを上手く使いこなす知恵がなければ、この窮奇のような長い月日をかけての計画なんかたてられるわけがないのだ。

地脈は血脈でもある。

そう闇の底の主は囁き、窮奇が外に出る前に教えたのだ。血の中に擬似的に地脈の穴を作り出すことが出来るから、妖気の種を仕込むのだと。ただし芽吹くと直ぐ様弾けて使えなくなるから、ジリジリと完全に陰の気に飲み込まれない状況を上手く続けないと行けない。生かしも殺しもしない程度でジリジリと種に栄養だけを与えるのは、実はかなり難しい。それでも種は蒔いた以上に繁殖していて、自然と身に宿しているものもあるというのは、恐らく長い年月自分以外にも闇の底のモノから聞いて試したモノもいるんだろう。
兎も角闇の底に逃げ込もうとすると闇の底のあれが、意図してなのか肥大しすぎているのか自分を押し出してしまう。やむを得ず人間の世界で小さな影に潜むが、それでは十分な休息はとれないし、小さい場所に潜り込むために余計な妖力を消費するはめになっていた。ここ一番と言う状況で闇に戻る道を、あれに全て塞がれてしまったのだ。お陰で血を啜り力を貯めようにも、余計な力を使うばかりで一向に力を取り戻せない。
そんな時、ある一人の人間を屠ったら、思った以上に力が満ちたのに気がついた。その人間は僅かばかり自分を見分ける能力を体の中に秘めていたのだが、その人間をまるごと飲み込んだ瞬間他の者より回復の度合いが違うのに気がつく。

人間も美食というものに傾倒するらしいが、ある意味これはそれと等しい。

何かしらの能力を秘めた人間の方が味がよく、血に含まれる血からも強い。特に目に特徴を持つような能力を有した人間に当たると、それはテキメンになった。小さな闇の中に潜んでいる自分を見つけ出すような特殊な目を持つ人間なんかは、格別の御馳走だと知ったのだ。逆に何もないものよりはましだが、鼻がいいような人間は辛く、耳がいいような人間は塩辛い。人間にも味が有るのを知らなかったなんて、大分損をしたものだ。それもこれもある意味では力を取り戻す事が、人間で言う空腹の状態に近いからかもしれない。そうして闇に紛れて餌の気配が一際人気のない場所なあったからここに姿を表したのは大きな間違いだった。まさか、偶々火気がいるとは思わなかったのだ。窮奇は気取られないよう必死に宙を滑るように風を放ちながら焔から距離をとる。

「逃すかよッ!!」
≪ぐぅうっ!!!≫

致命傷ではないにしろ着実に妖気の端から火気と中空に居る青龍の木気で削られていくのが分かる。咄嗟に窮奇は素早く距離をとって、一瞬にしてその身を人の形に縮ませた。こうなれば相手の油断を誘うためには、形振り構ってはいられない。

「だから、てめェが知ってる顔で俺が揺らぐわきゃねーだろッ!」

ぐにゃりと歪んだその姿に向けて、腕に絡み燃え上がる炎を叩きつけようととした瞬間、そのものは顔を上げ朱雀の顔を正面から見上げた。

「ッ?!!!」

一瞬の躊躇を見透かしたように、そのものは風で朱雀を押し退けるように交代させながら彼らが見慣れた姿でユラリと立ち上がる。

「………知っている顔では揺らがないか?……朱雀。」
「最悪だな………ほんとによ?!」

目の前のモノが違うと分かっているのに姿を模したというだけで、攻撃をする筈の腕が鈍り息を呑んだまま凍りつく。次第に強まっていく雨脚の中で朱雀と玄武は忌々しげにその姿を見据え、青龍は驚いたように中空で眼を見張っていた。
そこに立っているのは彼らがよく知る白虎。
鳥飼信哉の姿が、邪悪に歪む微笑みを浮かべながら立ち尽くしていた。

「別に許せというわけじゃない、俺はただ今は少し身を隠したいだけだ。お前達の身の回りで……悪さをする気もないしな……。」
「黙れ。」

その身からジュウジュウと音をたてて白煙を上げているかのような朱雀の姿に、白虎を模した姿はふいにフワリと笑いかける。まるで普段の日常の白虎の微笑みに似た姿に、思わず朱雀の炎が揺らぐ。

「俺がこちらに出て来てから……三十年だぞ?…………別に数年放置するのくらい大したことじゃないだろ?……どうせ、その間にお前達は代替わりして消える。」
「黙れよ!化け物!」

嘲笑う言葉に朱雀が思わず叫ぶと、白虎の姿を真似たものはジリと後退りながら声をたてて笑う。

「俺が化け物なら、お前だって同じだろう?朱雀。」

まるで本人が口にする言葉のような口調に、一瞬朱雀の表情が歪む。この場にまだ居ないはずの白虎がそこで口を開き、自分たちを糾弾しているかのような錯覚が霞め胸がきしむような感覚が沸きあがった。女性を抱きかかえたままの玄武が、僅かに柳眉を釣り上げると低い声を放つ。

「その口……さっさと閉じやがれ。」

後退りを察知していた玄武の水気が退路を断つように雨を巻き込んで薄い被膜を作るのに、窮奇は悟られたかと忌々しげに舌打ちし再びその外装を歪ませる。

「朱雀、構うな。あれは白虎じゃない。」
「わーってるよ!そんくらい!」

躊躇いを飲み込むようにして再び炎を燃え上がらせた朱雀は、歪み形を変えようとする姿を視界で知覚しないよう意識を逸らしながら再び空を蹴っていた。炎を巻いて飛び素早い動きで襲いかかる朱雀の四肢を、必死に風でいなしながら歪みを整えようと窮奇は目を細める。寸前に僅かに水気で治癒されたとはいえ怪我を負っている筈の朱雀の動きの鋭さは、窮奇にとっては予想以上の急成長だった。

五代と匹敵するか……忌々しい急成長だ

空を切る脚に風に含まれる己の木気が燃やされ、中空の青龍の気が更に自分を削るのに尚更のこと忌々しげに目を細める。もし呼吸を表に出す生物だとしたら確実に呼気が上がっていたと思われるほど、激しい息をつく間のない追撃に人の姿を模したものは激しく憤り焦りを覚えた。

ここまで塗り変わるとは……想定外だ……

互いの動きは統制されたしなやかさ。しかも以前は力任せで容易く交わせた筈の朱雀が、窮奇のいなす動きを逆に飲み込んでしまいそうに鋭く隙がない。ヒュと吐いた朱雀の呼気がふいに熱を弾けさせ一気に燃え上がり、一瞬にして窮奇の視界を凪いだ。

「?!…ぐぅッ!」

空を切る手刀に纏わりついた紅蓮の焔は鋭く額を裂き、白虎の姿をしたモノは思わず体を仰け反らせてたたらを踏んだ。

「さっさとその格好やめやがれッ!!!」

更に追撃をかけようとした朱雀の視界にふいに人影が舞い込み、息を呑んだその腕が止まる。そして、次の瞬間そのモノですらも驚愕したように全てが動きを止めていた。

「…な………?」

一瞬苦痛に歪んだ目の前の≪信哉≫の表情に朱雀は息を呑む。
その薄絹を纏う白い肌の胸元に、背後から指先が突き抜けていた。人間ではないことを示す黒い血液に塗れてはいるが、どう見ても胸から突き出した指先は鋭く激しい金気の輝きを纏っている。そして自分の胸元に突き出した指を、驚愕の瞳で≪信哉≫の顔が戸惑いに満ちた顔で見下ろす。ゴポリと鈍い音を立てて形のよい唇から溢れ出した黒い血液は、まるで闇の中で本当の血液のように激しい雨に溶けて顎を伝い落ちていく。

「…何故………だ?」

戸惑いに満ちた声音の先で、目前に苦痛に歪み血を吹いていく≪信哉≫の表情を目の当たりにした朱雀の表情が思わず強張る。まるで目の前で仲間を本当に貫かれたような錯覚に激しく心が軋み、思わず数歩彼の足が後退っていた。それにまるで救いを求めるように、目の前のそれは弱々しく腕を伸ばす。

「か……。」

一瞬その手をとろうというかのように、朱雀の手がピクリと反応する。それを知っていたかのように、胸から突き出した指先は更に深く体を貫いて掌までを見せながら鈍く軋むような音を上げる。

「あ……あぁ…。」

溢れ出す黒い血液と共に周囲に漏れ出す妖気の気配が一気に溢れ、その体内から力が抜けていく。不意にズッと音を立ててその背後から突き刺さる手が、更に白く輝きを増して指先が更に前に突き出されてくる。
さながらホラー映画の残虐シーンを見ているかのような状況に、三人の目にはその光景が見えていた。
稲光の中に白く浮き上がる白い服を着た《信哉》の、胸から突き出ている指の周囲からジワジワと滴る闇の中に黒い血。黒い血が大量に唇から溢れ顎を伝い、言葉もなく苦痛に歪む《信哉》。
朱雀の肩越しに女性を抱き抱えた玄武が、堪えきれないように呻き喉を鳴らす。中空に浮かぶ青龍も青ざめて今にも気を失いそうな表情で、光景を見据えている。何より真正面でそれを見せつけられている朱雀は、出来ることなら叫びだしたい。
決して目の前にいるのは彼らの仲間ではない。
だが、その姿は恐ろしいまでに、三人の中に強くおぞましい錯覚を生み出した。
無造作に陰になった者はその激しい金気を放つ腕を抜き取ると、横薙ぎに薙ぎ払い黒い血液をあたりに撒き散らす。そして、窮奇は《信哉》の姿を模したまま、音をたてて膝を地に着いて倒れこんでいく。言葉もなく倒れ伏した仲間の姿を模したものを、その場にいた三人は凍りついたように身動ぎもせず息を呑んで見つめていた。
倒れこんだ≪信哉≫の姿を模したものを見下ろして立つ人影に、揺れる視線が上がる。そこにある冷ややかな表情に、一瞬それが誰だか分からず朱雀は立ち竦んでいた。
闇の中でその身を激しい雨に晒しながら、その者はゆっくりと視線を上げる。似ても似つかないのにその表情は一瞬今倒れこんだものを彷彿とさせたが、一度瞬きをした先に立つのは作務衣姿の青年だった。

「………てめェは…。」
「木気の人外を屠るのは、金気が最適だ。どうして白虎は居ない?」

雲英。
白虎に怪我を負わせて、院の中で謹慎させられている筈。酷く冷ややかな声が矢の様な鋭さで放たれるのに、朱雀は思わず息を呑んだ。もう一人の金気を持った青年は当然と言いたげに口にしたが、その白虎に怪我をさせたことを気にしている様子もない。
思わず足元で少しずつ黒ずんだ血を溢れ出させる白い肌をしたモノを見下ろすが、ピクリとも動かないそれは本当の死体のように見えて思わず顔を歪めて朱雀は唇を噛んだ。

間違ってはいない、いないが、信哉がやったんなら兎も角…………

白虎が合流してやったのなら、こんなに胸が軋むことはなかった。それは同時に目の前の相手に対する純粋な不快感に塗り変わって、こいつは何なんだと怒鳴り付けたくなる。傲慢でまるで目の前に倒れ付した窮奇と何も代わりがなく感じるのは自分だけか。

「お前…………おかしいぞ……。」
「はっ、化け物にそう言われたくないな。」
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