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第三部
第四幕 護法院奥の間
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夕方から強まった雨脚は激しく瓦を打ち付けていて、その相手が姿を見せた時どうやったら濡れずにここにやってこれるのかと智美は眼を細めた。白銀の異装を纏う青年はまるで濡れた様子もなく、窓際にスルリと姿を現したかとおもうと悪かったとまずは頭を下げる。
「玄武が……、悪かった。」
見た限りでは白虎の動きに怪我の様子は見えないが、暫く白虎の活動がなかったのと玄武が日常生活でも微妙に不機嫌だった様子を見ればそれほど軽い怪我ではなかったと智美も思う。同時にそれを起こした者が自分の配下で、しかも自分の身近な人間を傷つけたのも事実だ。
「……こちらも配下の統制がとれていない……、申し訳なかった。傷は?」
「玄武が大袈裟でな…………それほどの傷じゃない……。」
そう言いながら微かに微笑みを浮かべる白虎の姿に、ふと先代の白虎の面影が智美の脳裏に過る。統制がとれていないのは事実で、騒動を起こした雲英は僧坊の一室で謹慎させているが、完全に隔離できているかは疑問だ。何度か礼慈が竹林から戻ってくる姿を見ているというから、恐らく自由に出入りするのを助けている人間がいるか逃げ出せる方法かあるに違いない。
「礼慈の目が見えるようになったそうだな。」
「ああ、色盲だとは言うが、見えている。」
礼慈の目が見えるようになったのは、玄武の濃い水気に当てられての結果だ。あの時偶々礼慈が扉を開けなければ礼慈の目はみえないままだったし、そんなことはないと思うが智美が溺れていた危険性もなくはない。だが、そのお陰で目に見えたものもある。
「白虎は奥の院のあの部屋のことはなんと教えられているんだ?」
「…………拝謁の間のことか?」
今ではその趣は殆どないが以前の式読と星読の時代には、あの部屋は拝謁の間と呼ばれていて上座が設えてられ二人の老人が座り四神を見下ろすようにしていた。それを無意味としたのは智美で、あの部屋を改造したのも智美だ。改造するにはかなりの反対があって、あの部屋の壁や何やは傷をつけないという条件で折れたのだが、考えてみるとそれはそれで正しいことだったようだと今更ながら思う。ただ当時はその時に出てきた盗聴機の多さに流石に呆れ果て、これのために傷をつけるなと言ったのかと呆れもする。
院が昔から一枚岩ではないのは分かりきっていたこと。
どうしても組織が大きくなるにつれ権力との結び付きは強くなっていくし、元は院の創設者も時の権力者だったのだ。それに四神の活動を助けるという面では、どうしても情報操作や規制する権力を必要とする。それが何時からか四神を人工的に増やすとか、兵器のように使いたいと考える人間が増えてしまったのは事実だ。
「四神はあの場所では力を使わないようにと……。」
「何故?」
「力を削ぐ為の印が書かれていると。」
ある意味ではそうなのかもしれない。四神の力があそこで気を放つことは稀で、時折起こる小さないさかいで壁が光るとは言われていた。だが今まで誰もあんな高密度で気を放ったことはなかったのだ。だから壁の光るほぼ全容を見たのは、恐らくあの部屋を生み出した者達と智美が初めての筈。その様子に気がついた白虎が眉を潜め、違うのかと問いかける。
「あそこには……。」
四つの壁に描かれていたのは、四神ではなかった。
1000年も昔にこの土地の様々な場所に現れた、強大な妖力を持ち人間の社会に陰から表から君臨した四体の人外の者の絵姿。
北側の壁に矢襖の様な有り様でも鬼神の如く頑強に暴れるモノ。
東側の壁に空を舞うように崖を下り雷の早さで牙をむくモノ。
南側の壁に人間が惑う金銀を操り人間を焔のように誘うモノ。
そして、西側の壁には天上人と呼ばれる者に妖艶に銀糸で纏いつくモノ。
名前すら残っていないのはまだ院が存在しなかった時代のモノだからで、それでも完全な人間の容姿を纏い、高い知能とたぐいまれなる能力を操り人間達を争わせ競わせた闇のモノ。それが四方の壁に描かれていた絵姿の正体だった。
「人……外の姿?」
人外を狩る為の組織のもっとも大事な部屋に、一番恐れ憎むべき存在が描かれているという真実に白虎の瞳がスウッと細められた。智美がそれに訝しげな表情を見せると白虎は、視線をふと智美の顔に戻してユックリと口を開く。
「何か……書いてあるんだろう?その人外と……俺達四神の繋がり。」
その通りではあるが、まさか戸惑いもせずに白虎がそう言うとは思いもしなかった。そうだと頷く智美に白虎は溜め息をつきながら、自分が見た夢の話をまとめながら智美に語る。
過去の人外同士の争いの最中。人外の気が生み出した棘を何本も体に受け、それが体に同化してしまったが死ぬことができなかった男。そして水面の底で出会った年老いた麒麟と白虎に、男は何かを請われて承諾した。恐らく承諾したのは人間でありながら、その体に同化した棘を利用して白虎を受け入れることだ。
「そう……考えているが、どうだ?」
「ほぼ同じだと思う……まだ、全部は解読できてないけど……。」
つまりは争いで没した人外の片鱗を宿してしまった人間が四神になる。無作為ではなく体内にその片鱗を宿したまま生き残った人間は、夢で見た通り一人ではなく多数いた。あの棘は体に刺さった後、抜こうにも根を張ってとりのぞけなくなってしまう。それは人外が滅びると同時に砕けて外部に見えていた部分はなくなったが、体内の部分は同化したままなのだ。そうして生き残った者の中にはその後子供を作ったものもいただろうし、長く生きたものもいた筈。それにあの場で没した人外は一体だけだが、その他の三体も同じように各所で同じように片鱗をばら蒔いたのだとしたら。それがその後、何人も子を産んだのだとしたら。
「つまり……四神は無作為ではなく、片鱗を持つ者の子孫。」
自分が夢に見たのは女の姿を模した銀糸の衣を纏うモノが鉄扇をふるい、青く光る甲冑姿の宙を舞うモノと戦場で焔に巻かれながら戦い敗れる姿だ。あの銀糸のモノが、水面のそこで麒麟の背後に従う白虎になったのだと思う。
例えば何らかの選定の基準があるのだとしたら。その基準値を満たした者が現れるまで四神として選ばれないのだとすれば、産まれたばかりの子供に四神が現れないのは納得だ。産まれたばかりの子供は絶望なんか知らないし、一種の絶望が条件なら自分にだって他の三人にだって当てはまる。
「……だが、他に気を持つ人間が現れたのは……?」
「元々……その血筋で気の欠片を内在している人間。」
そう考えれば理解しやすい。大勢の人間にそれぞれ種子のように蒔かれた片鱗が、四神として芽吹くか芽吹かないまま子や子孫に引き継がれる。それは巡りめぐって何種類もの片鱗を宿し打ち消しあうかもしれないし、もしかしたら同種の片鱗を大量に宿す可能性だってある。もしかしたら鳥飼家がそうかもしれないし、家系から二人の四神を一度に出した土志田悌順の母方の系譜だってそうかもしれない。
「夢を見てそう考えた……何故血脈でもなく不意に与えられて、全てを失うのか。」
そして贄といわれた時から疑問だった。自分達が贄なら過去の四神も贄の筈、では何に捧げられるのか。あの夢を見て頭に残ったのは、酷く年老いた麒麟の様子だ。老成して穏やかな視線、そして会話。それは自分が直に見た麒麟の姿とは異なると思う。
「あの麒麟は、俺達が直に見た麒麟とは違う。」
「違う?」
「そう感じた。」
そして同時に、同じ条件を偶々満たしたのなら、選ばれなくとも能力が芽吹いても仕方がないのではないか。
「だけど、それならもっと大勢……。」
「…………条件が…………あるんだと思う。」
それは言い換えれば最悪の条件だが、例えば……何かを失うこと。四神のように大事な人を失う絶望。白虎は夢の中とはいえあの水面の底で、自分は何もかも失ったのにと絶望していたのは鮮明に覚えている。
「でも、雲英は……。」
「記憶も…………失ったことにはならないか?」
何かで失ってしまった記憶。それも条件に当てはまるなら、雲英は何かに絶望して記憶を失ったことになる。何かの喪失と絶望。それを考えると木崎蒼子も三浦和希も当てはまるのに、白虎は気がついていた。
木崎蒼子は育ての両親と殆どの身内を失い、しかも死にかけて絶望していた。三浦和希は絶望して友人を殺し、真名かおるを失い、自死しようとして出来ずに記憶を失った人間だ。両親はまだ生きているかもしれないが、あの状態では記憶も保てず縁を繋いでおくことは無理だろうから失ったも同然。
「三浦……、あの殺人犯が火気?」
「まだ操れる程のものではないが……。」
選ばれて四神にならなければ、芽吹いてもほんの僅か。それでも絶望を糧にするなら、この能力の芽吹きは最悪の結果だとしか言えない。
「だけど、それなら今まで見つからなかったのは何で……。」
「条件にもう一つ……あるんじゃないかと思う。」
もう一つの条件、それは人外との接触だ。今では木崎蒼子は事故で死にかけた時に、人外に接触して飲み込まれたと考えられている。
「それなら三浦は当てはまらない。」
「いや、三浦は俺や忠志と接触している。」
「四神は人外じゃない!」
「でも、人外の力を与えられた人間だ。」
望まないのに人外の能力を誰かが受容したから、同じ条件の者を渡り歩く四神の力。元が太古の四体の巨大な人外の力なのだから、三浦が条件を満たしたとされてもおかしくはない。
「自分達がマトモな人間じゃないのは分かってる…………、それに。」
もしそうでなかったとしても、ここ近郊に居れば可能性はあった。何しろここ近郊では前年に、二度も人外との戦闘が起きている。そして、そうであればここ近隣にとみに能力を宿した人間が、ポツリポツリと現れ始めたのも納得できなくはない。絶望は割合身近になりつつあって、しかもこのご時世ではいつ何が起こるかもわからないのだ。それに白虎は最近人間場馴れしている能力を身に付けていると感じる人間が増えたとも感じるのだ。
「そんな人間の中にも片鱗がないとは言いきれない。」
「……それは院の人間もということか?」
「その通りだ。」
何故院が同じような能力を持つ人間を集め始めたのか。特殊な力で迫害されて来たからかと考えていたが、そうではなく片鱗を持つ人間を集めていたのだとしたらより分かりやすい。四神が死んだ時に次に選ばれそうな人材を事前に保護しておくためだとすれば、探す手間が大幅に省けるということなのだ。
その言葉に智美が溜め息と共に窓辺で頭を抱え込む。
「…………辻褄があいすぎてて気分が悪い……。」
「俺もそう思う。」
「式読も星読も同じだと思うか?白虎。」
頭を抱えたままの智美に、白虎は激しい雨脚を眺めながらそうだなと呟く。
「悪いが……十中八九、同じだろうな。」
香坂という家系だけから生まれる式読。神の知識を与えられたというが、恐らく直に何かを与えられたのを知って家系を維持していただけ。血を薄めないよう一族を統制して来た香坂家。残ったのは自分を含めて三人にしかならないが、その三人にはそれほど血脈としては離れてはいない。
星読は家系はないが必ず先代が死んでから、次の役目が現れる。今までは探し始めるのが死んだからだと考えていたが、四神と同じ仕組みなのだとしたら。礼慈は幼くとも孤児だったから絶望していない筈がない。
「気分が悪い……。」
そんな不条理な話があってたまるかとずっと思っていたのに、自分もその一部だと言われると不快感が強過ぎて吐き気がする。そうなると雲英が礼慈に告げた望みとはなんだろうと、ふと頭に過る。雲英が何処かで人外と鉢合わせているのだとしたら、木崎蒼蒼子のように人外に飲まれている可能性はあるだろうか。
「……それなんだが、あの時、血の臭いを嗅ぎ付けて鉢合わせたんだ。」
「血の臭い?」
まるで竹林を薄いベールで覆うような激しい雨脚に、唐突な雷鳴が轟き落雷の地響きを感じる。近いなと智美が呟いた瞬間、スッと白虎の表情がいつもの四神に塗り変わるのを見た。
「……式読。」
「なにか感じたか?」
「ここから、全員を退避させるのにどれくらいかかる?」
ビリビリと雷鳴が響き、同時に背後で部屋に駆け込んで来る礼慈の声が響く。
「三十分はかかる。」
「なるべく急げ、窮奇のやつ痺れを切らして襲いにきた。」
そう短く告げると白虎は振り返ることもなく、白く発光したかと思うと一瞬の内に激しい雨の中に音もなく紛れ込んでいた。
「玄武が……、悪かった。」
見た限りでは白虎の動きに怪我の様子は見えないが、暫く白虎の活動がなかったのと玄武が日常生活でも微妙に不機嫌だった様子を見ればそれほど軽い怪我ではなかったと智美も思う。同時にそれを起こした者が自分の配下で、しかも自分の身近な人間を傷つけたのも事実だ。
「……こちらも配下の統制がとれていない……、申し訳なかった。傷は?」
「玄武が大袈裟でな…………それほどの傷じゃない……。」
そう言いながら微かに微笑みを浮かべる白虎の姿に、ふと先代の白虎の面影が智美の脳裏に過る。統制がとれていないのは事実で、騒動を起こした雲英は僧坊の一室で謹慎させているが、完全に隔離できているかは疑問だ。何度か礼慈が竹林から戻ってくる姿を見ているというから、恐らく自由に出入りするのを助けている人間がいるか逃げ出せる方法かあるに違いない。
「礼慈の目が見えるようになったそうだな。」
「ああ、色盲だとは言うが、見えている。」
礼慈の目が見えるようになったのは、玄武の濃い水気に当てられての結果だ。あの時偶々礼慈が扉を開けなければ礼慈の目はみえないままだったし、そんなことはないと思うが智美が溺れていた危険性もなくはない。だが、そのお陰で目に見えたものもある。
「白虎は奥の院のあの部屋のことはなんと教えられているんだ?」
「…………拝謁の間のことか?」
今ではその趣は殆どないが以前の式読と星読の時代には、あの部屋は拝謁の間と呼ばれていて上座が設えてられ二人の老人が座り四神を見下ろすようにしていた。それを無意味としたのは智美で、あの部屋を改造したのも智美だ。改造するにはかなりの反対があって、あの部屋の壁や何やは傷をつけないという条件で折れたのだが、考えてみるとそれはそれで正しいことだったようだと今更ながら思う。ただ当時はその時に出てきた盗聴機の多さに流石に呆れ果て、これのために傷をつけるなと言ったのかと呆れもする。
院が昔から一枚岩ではないのは分かりきっていたこと。
どうしても組織が大きくなるにつれ権力との結び付きは強くなっていくし、元は院の創設者も時の権力者だったのだ。それに四神の活動を助けるという面では、どうしても情報操作や規制する権力を必要とする。それが何時からか四神を人工的に増やすとか、兵器のように使いたいと考える人間が増えてしまったのは事実だ。
「四神はあの場所では力を使わないようにと……。」
「何故?」
「力を削ぐ為の印が書かれていると。」
ある意味ではそうなのかもしれない。四神の力があそこで気を放つことは稀で、時折起こる小さないさかいで壁が光るとは言われていた。だが今まで誰もあんな高密度で気を放ったことはなかったのだ。だから壁の光るほぼ全容を見たのは、恐らくあの部屋を生み出した者達と智美が初めての筈。その様子に気がついた白虎が眉を潜め、違うのかと問いかける。
「あそこには……。」
四つの壁に描かれていたのは、四神ではなかった。
1000年も昔にこの土地の様々な場所に現れた、強大な妖力を持ち人間の社会に陰から表から君臨した四体の人外の者の絵姿。
北側の壁に矢襖の様な有り様でも鬼神の如く頑強に暴れるモノ。
東側の壁に空を舞うように崖を下り雷の早さで牙をむくモノ。
南側の壁に人間が惑う金銀を操り人間を焔のように誘うモノ。
そして、西側の壁には天上人と呼ばれる者に妖艶に銀糸で纏いつくモノ。
名前すら残っていないのはまだ院が存在しなかった時代のモノだからで、それでも完全な人間の容姿を纏い、高い知能とたぐいまれなる能力を操り人間達を争わせ競わせた闇のモノ。それが四方の壁に描かれていた絵姿の正体だった。
「人……外の姿?」
人外を狩る為の組織のもっとも大事な部屋に、一番恐れ憎むべき存在が描かれているという真実に白虎の瞳がスウッと細められた。智美がそれに訝しげな表情を見せると白虎は、視線をふと智美の顔に戻してユックリと口を開く。
「何か……書いてあるんだろう?その人外と……俺達四神の繋がり。」
その通りではあるが、まさか戸惑いもせずに白虎がそう言うとは思いもしなかった。そうだと頷く智美に白虎は溜め息をつきながら、自分が見た夢の話をまとめながら智美に語る。
過去の人外同士の争いの最中。人外の気が生み出した棘を何本も体に受け、それが体に同化してしまったが死ぬことができなかった男。そして水面の底で出会った年老いた麒麟と白虎に、男は何かを請われて承諾した。恐らく承諾したのは人間でありながら、その体に同化した棘を利用して白虎を受け入れることだ。
「そう……考えているが、どうだ?」
「ほぼ同じだと思う……まだ、全部は解読できてないけど……。」
つまりは争いで没した人外の片鱗を宿してしまった人間が四神になる。無作為ではなく体内にその片鱗を宿したまま生き残った人間は、夢で見た通り一人ではなく多数いた。あの棘は体に刺さった後、抜こうにも根を張ってとりのぞけなくなってしまう。それは人外が滅びると同時に砕けて外部に見えていた部分はなくなったが、体内の部分は同化したままなのだ。そうして生き残った者の中にはその後子供を作ったものもいただろうし、長く生きたものもいた筈。それにあの場で没した人外は一体だけだが、その他の三体も同じように各所で同じように片鱗をばら蒔いたのだとしたら。それがその後、何人も子を産んだのだとしたら。
「つまり……四神は無作為ではなく、片鱗を持つ者の子孫。」
自分が夢に見たのは女の姿を模した銀糸の衣を纏うモノが鉄扇をふるい、青く光る甲冑姿の宙を舞うモノと戦場で焔に巻かれながら戦い敗れる姿だ。あの銀糸のモノが、水面のそこで麒麟の背後に従う白虎になったのだと思う。
例えば何らかの選定の基準があるのだとしたら。その基準値を満たした者が現れるまで四神として選ばれないのだとすれば、産まれたばかりの子供に四神が現れないのは納得だ。産まれたばかりの子供は絶望なんか知らないし、一種の絶望が条件なら自分にだって他の三人にだって当てはまる。
「……だが、他に気を持つ人間が現れたのは……?」
「元々……その血筋で気の欠片を内在している人間。」
そう考えれば理解しやすい。大勢の人間にそれぞれ種子のように蒔かれた片鱗が、四神として芽吹くか芽吹かないまま子や子孫に引き継がれる。それは巡りめぐって何種類もの片鱗を宿し打ち消しあうかもしれないし、もしかしたら同種の片鱗を大量に宿す可能性だってある。もしかしたら鳥飼家がそうかもしれないし、家系から二人の四神を一度に出した土志田悌順の母方の系譜だってそうかもしれない。
「夢を見てそう考えた……何故血脈でもなく不意に与えられて、全てを失うのか。」
そして贄といわれた時から疑問だった。自分達が贄なら過去の四神も贄の筈、では何に捧げられるのか。あの夢を見て頭に残ったのは、酷く年老いた麒麟の様子だ。老成して穏やかな視線、そして会話。それは自分が直に見た麒麟の姿とは異なると思う。
「あの麒麟は、俺達が直に見た麒麟とは違う。」
「違う?」
「そう感じた。」
そして同時に、同じ条件を偶々満たしたのなら、選ばれなくとも能力が芽吹いても仕方がないのではないか。
「だけど、それならもっと大勢……。」
「…………条件が…………あるんだと思う。」
それは言い換えれば最悪の条件だが、例えば……何かを失うこと。四神のように大事な人を失う絶望。白虎は夢の中とはいえあの水面の底で、自分は何もかも失ったのにと絶望していたのは鮮明に覚えている。
「でも、雲英は……。」
「記憶も…………失ったことにはならないか?」
何かで失ってしまった記憶。それも条件に当てはまるなら、雲英は何かに絶望して記憶を失ったことになる。何かの喪失と絶望。それを考えると木崎蒼子も三浦和希も当てはまるのに、白虎は気がついていた。
木崎蒼子は育ての両親と殆どの身内を失い、しかも死にかけて絶望していた。三浦和希は絶望して友人を殺し、真名かおるを失い、自死しようとして出来ずに記憶を失った人間だ。両親はまだ生きているかもしれないが、あの状態では記憶も保てず縁を繋いでおくことは無理だろうから失ったも同然。
「三浦……、あの殺人犯が火気?」
「まだ操れる程のものではないが……。」
選ばれて四神にならなければ、芽吹いてもほんの僅か。それでも絶望を糧にするなら、この能力の芽吹きは最悪の結果だとしか言えない。
「だけど、それなら今まで見つからなかったのは何で……。」
「条件にもう一つ……あるんじゃないかと思う。」
もう一つの条件、それは人外との接触だ。今では木崎蒼子は事故で死にかけた時に、人外に接触して飲み込まれたと考えられている。
「それなら三浦は当てはまらない。」
「いや、三浦は俺や忠志と接触している。」
「四神は人外じゃない!」
「でも、人外の力を与えられた人間だ。」
望まないのに人外の能力を誰かが受容したから、同じ条件の者を渡り歩く四神の力。元が太古の四体の巨大な人外の力なのだから、三浦が条件を満たしたとされてもおかしくはない。
「自分達がマトモな人間じゃないのは分かってる…………、それに。」
もしそうでなかったとしても、ここ近郊に居れば可能性はあった。何しろここ近郊では前年に、二度も人外との戦闘が起きている。そして、そうであればここ近隣にとみに能力を宿した人間が、ポツリポツリと現れ始めたのも納得できなくはない。絶望は割合身近になりつつあって、しかもこのご時世ではいつ何が起こるかもわからないのだ。それに白虎は最近人間場馴れしている能力を身に付けていると感じる人間が増えたとも感じるのだ。
「そんな人間の中にも片鱗がないとは言いきれない。」
「……それは院の人間もということか?」
「その通りだ。」
何故院が同じような能力を持つ人間を集め始めたのか。特殊な力で迫害されて来たからかと考えていたが、そうではなく片鱗を持つ人間を集めていたのだとしたらより分かりやすい。四神が死んだ時に次に選ばれそうな人材を事前に保護しておくためだとすれば、探す手間が大幅に省けるということなのだ。
その言葉に智美が溜め息と共に窓辺で頭を抱え込む。
「…………辻褄があいすぎてて気分が悪い……。」
「俺もそう思う。」
「式読も星読も同じだと思うか?白虎。」
頭を抱えたままの智美に、白虎は激しい雨脚を眺めながらそうだなと呟く。
「悪いが……十中八九、同じだろうな。」
香坂という家系だけから生まれる式読。神の知識を与えられたというが、恐らく直に何かを与えられたのを知って家系を維持していただけ。血を薄めないよう一族を統制して来た香坂家。残ったのは自分を含めて三人にしかならないが、その三人にはそれほど血脈としては離れてはいない。
星読は家系はないが必ず先代が死んでから、次の役目が現れる。今までは探し始めるのが死んだからだと考えていたが、四神と同じ仕組みなのだとしたら。礼慈は幼くとも孤児だったから絶望していない筈がない。
「気分が悪い……。」
そんな不条理な話があってたまるかとずっと思っていたのに、自分もその一部だと言われると不快感が強過ぎて吐き気がする。そうなると雲英が礼慈に告げた望みとはなんだろうと、ふと頭に過る。雲英が何処かで人外と鉢合わせているのだとしたら、木崎蒼蒼子のように人外に飲まれている可能性はあるだろうか。
「……それなんだが、あの時、血の臭いを嗅ぎ付けて鉢合わせたんだ。」
「血の臭い?」
まるで竹林を薄いベールで覆うような激しい雨脚に、唐突な雷鳴が轟き落雷の地響きを感じる。近いなと智美が呟いた瞬間、スッと白虎の表情がいつもの四神に塗り変わるのを見た。
「……式読。」
「なにか感じたか?」
「ここから、全員を退避させるのにどれくらいかかる?」
ビリビリと雷鳴が響き、同時に背後で部屋に駆け込んで来る礼慈の声が響く。
「三十分はかかる。」
「なるべく急げ、窮奇のやつ痺れを切らして襲いにきた。」
そう短く告げると白虎は振り返ることもなく、白く発光したかと思うと一瞬の内に激しい雨の中に音もなく紛れ込んでいた。
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