GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第三幕 護法院僧坊

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余りにも激しく強い水気の放出に、護法院の建物全体がビリビリと共鳴するように音をたてたのに友村礼慈は驚いて飛び上がった。こんな風に純粋な一種類の力の放出が可能なのは、四神と人外くらいなもの。四神以外に唯一金気を放つ雲英ですら、彼らが巨大な白熱灯であれば、豆電球程度にしかならない。ただ問題なのはその気の各自の大きさまで判別できるのは、自分を始め、後は運転手などもこなしている敷島湊と、ほんの数人だけ。それでも近すぎて高密度の水気に当てられて倒れる者まで出てしまう。人間には確かに五行が混在しているが、その中でも強弱はあるのだ。時には火気を基盤にしたにんげんだっているのだから、その五つのどれもが豆電球もない人間にしてみれば、白熱灯以上並みの強力な力にさらされたら気を失ってもおかしくはない。そんなわけで関知の力がわずかでもあるものがバタバタと倒れた僧坊では大混乱が起きていて、敷島湊が声を張り上げ事態を収集するために動けるものに指示を出している。奥の院の部屋に駆けつけて扉を開けた時に見えない筈の礼慈の目に、まるで水を浴びせかけるように冷えた気が吹き付けた。足元を滑り出し川の流れのように溢れきた水気に押し流されそうになりながら、その場に踏みとどまるために扉を掴む。礼慈の目は見えない筈なのに水気が当たった途端、視界が青く染まっていく。それに驚きもしたが、濃密な水気に中にいた智美が溺れてしまったのではと焦りもする。

「智美さん?!!」

大きな声を上げて扉を開けた礼慈の声に、一瞬内部にいた玄武の気を削がれた様子でフワリと風が巻き込み水気が消し飛ぶ。背後では敷島が何かを指示している声と幾人かが指示を出す声がしていて、礼慈は一先ず声が漏れないように後ろ手に扉を閉じると中に立つ玄武の背中を見つめた。

「どういう事ですか?これは?玄武。」

その言葉に答えたのは玄武ではなく、もっと奥にいる智美だった。

「四神が院の人間に傷を負わされたそうだ……。」

パチパチと背後でコンピューターのショートする様な音が聞こえ始めていて、智美の声は深い驚きに満ちている。勿論玄武の水気に驚いている風にも聞こえるが、何処かそれ以外の驚きにも満ちている声に礼慈は気がつく。もしかしたら何か今までにないモノを感じたか、視ることが出来たのかと心の中で思う。ところがそれをハッキリさせる前に背後の扉の向こうで、今までと違う怒号と微かに金気が蠢くのに礼慈は気がついた。何か別な騒動の気配に礼慈はやむを得ず扉から滑るように出ると、白木の杖を軽くつきながら廊下を足早に進み始める。

「何をしているんだ!雲英!」
「そんなことの前に、あれらを先ず排除すべきだ!!」
「馬鹿なことを!!」

その声は、一人は敷島湊。そして口論の相手になっているのは、恐らく玄武の怒りの発端を作ったと礼慈も考えている人間だ。
何故そう考えるかは簡単。玄武として彼一人がここにきたということは、怪我をしたのは恐らく白虎。怪我をしたのが朱雀であれば恐らくは二人で来るし、白虎だけが訪れるとしたら考えなくとも分かる。と言うより院に対して普段の報告書に来るのも基本的には白虎のことが多いくらいで、玄武は昔から院に関わりを持ちたがらない。
何しろ院に対して、恐らく玄武が今の四神の中で最も強い不信感を持っているのだ。そして同時に四神に玄武が怒るほどの怪我を追わせるには、そこらの院の人間程度の力ではほぼ不可能だ。異装を纏っている四神と面と向かって立ち向かえるとすれば、同じように何かしら気を持っていて、しかも弱くとも比和などが作用する偶然が必要だ。何しろ豆電球程度の金気では相剋の木気・青龍に相侮で簡単に飲まれることだろう。つまりは偶然気がそれたかして、白虎の金気に比和で力を上乗せした。

その偶然で雲英が白虎に怪我を負わせた。

結論は簡単だが、まるで四神と院を対立させるつもりのようにしか見えない。そんなことをして彼らを失ったら、ゲートどころか人外が出てきたら対処もできないし院の存在の意味すら失ってしまう。いや、なくても同じなのかもしれない。ただ、傲り高ぶり院だけで存続しても、何も出来ないただの宗教団体だ。だが、同時に今までの政治への裏工作や情報操作等のバックアップを失う四神にだってデメリットの方が多いのだけれど。

互いにそれを忘れさせるような原因を、この雲英が産み出した。

それが見えていないまま、自分の感覚だけで排斥を求めている。その最たる今の状況は、礼慈には不快感が強すぎた。ところが怒号の飛び交う僧坊に飛び込んだ礼慈には、妙なことに陰と陽に完全に別れたような空間が目の前に広がっていた。視力を失い光の濃淡程度しかわからなかった筈の視野が、何故かその場に入った瞬間白黒画像のようにその目にハッキリと見え始めたのだ。

「馬鹿なことを言って、皆を煽動するな!雲英!」
「たかが式読の運転手風情の癖に!黙れ!」
「お前こその程度の金気で四神様に牙をむくなんてっ!」
「あんな魑魅魍魎擬きに振り回されて、それこそおかしい!!」

何てことだ、そう正直に思った。目で見ると明らかにハッキリと理解できる。いつの間にこんなに雲英に乗せられて煽動されている者が増えているのだ。しかもゲートを閉じ小さなモノを攻撃できる者達は金気を四神以外で身に付けている者ほど雲英につき、感知に長ける者ほど敷島の側に立ち不信感を顕に雲英達をみているのだ。
そして四神を人外のモノのように吐き捨てるように魑魅魍魎と口にした雲英に、賛同しているのは雲英と同じやり方でゲートを閉じている者ばかり。そのやり方が粗雑過ぎて結果として悪影響があると四神から指摘されたのに、閉めているのに何をケチをつけているのだと最後まで納得しなかった者ばかりだ。つまりは四神の存在を疎ましく考え、以前の研究所の者達のように四神を人間でないと考えている者。それが声に煽動されて、またこれほど院の中で集まりつつある。

「何を騒いでいる!」
「星読様!」
「いい加減、目を覚ますべきだ!式読も星読も!四神の他に俺のように金気を持つ人間が現れた意味を!」

その言葉と同時に感情に任せて放たれた金気の刃が、目の前にいた礼慈を庇うように立った敷島湊に襲いかかったのはその直後の事だった。



※※※



そうする意図がなかったのは分かるが、口論していたとは言え仲間に向かって感情で攻撃した雲英に周囲は戸惑い、あの場が一気に終息したのも事実だ。
敷島湊は左肩から袈裟懸けに切りつけられた形で重症を追い、院の手を回すのに容易な警察病院に運ばれた。勿論院の管轄のある医療施設もあるが、そこに入院させるわけにいかないと判断したのは礼慈だ。この状況で院の配下の施設に収容して、もしこの情勢が悪くなった時に敷島に何かされても困る。

「良くない状況です、あれは……良くない、礼慈様、雲英は……良くない。」

そう譫言のように切れ切れに繰り返した敷島の言いたいことは、礼慈にもよく分かった。雲英が煽動しているのは院の中では最前線に立つことが多い者達で、ゲートを閉じたりモノを追い返す・実際感知を主体にする者達より命の危険を犯すことの多い人間達だ。勿論感知の人間が働いてこそ彼らの活動だが、感知主体の人間とは見えるものが違う。その上、雲英が煽動している者の多くは、若いまだ経験の少ないものが多かった。つまりは新しく雲英を上にした部隊を形成しようとしていて、それが式読に成り代わろうとしようとしている。そう敷島は言いたいのだ。

「それは、駄目です。式読様は……。」

敷島も礼慈も式読が特殊なことはとうに知っている。式読の智美当人だけが知らないだけで、彼は本当に院では特別なのだ。だけど礼慈達と違って見えない者にはそれは言葉では理解できないから、雲英にはそれは分からない。

「分かってる、何とかする。湊は傷を治せ。」

傷の痛みに青ざめていた敷島は普段は呼ばない名前を呼ばれた事に驚いたように笑うと、分かりましたと答えて病院に運ばれて行った。後で智美を連れていかないとならないが、その前に騒動の元凶を見極めないと。そう考えてから礼慈は改めて自分の手を見下ろした。

見えている…………。

色は分からないが、確かにクッキリと見えている。光の濃淡くらいしか見えなかった筈の目が半年以上も経って、突然に視界として甦っているのだ。その理由は一つしか考えられなかった。

玄武の水気を浴びたから……。

濃密で純粋な玄武の水気。元は目は五行相応の五官では、木気の相応だ。
そこからすると相生の関係は水生木(すいしょうもく)。木は水によって養われ、水がなければ木は枯れてしまう。もしかしたら自分は体内に混在する気の中で木気が高い人間なのかもしれない。それが火気と土気を持った麒麟に当てられて、彼にそこまで持っていた木気を摘み取られたから見えなくなったのだとしたら?もしくはこの色盲の視界が自分が本来身に持って生まれた視力で、麒麟から何らかの形で与えられたのが底上げされていたのだとしたら。
兎も角一端閉じられた物が玄武の水気を浴びて養われたのだとして、仮定で話すにはご都合的過ぎるが、現実として確かに視界は色がないだけで見えている。そして同時に色のない世界の中で、唯一色づていて見えるのは庭園の片隅に立つ金気の白い光だ。木立の合間を何処かから戻ってくるようにこちらに向かってくる弱い豆電球の光。どうして自分の力と白虎の力の差が見えないのだろうと、礼慈は戸惑いながら見つめる。一先ずまだ習性として持ったままの白木の杖に凭れるようにして、礼慈は日本庭園の隅に姿を見せた雲英の姿に目を細めた。

「そこで何を?」

彼の静かな声に作務衣姿の青年はふっと視線をあげ、普段とは違う冷静な視線で智美を見つめかえす。その視線の色だけで、青年が普段見せていた温和さではない一面を当たり前のように見せている事が感じられた。

「あなたは何をしようとしているんですか?雲英。」

見えているとは思っていないだろうが、黒曜石の瞳に射すくめられる感覚に雲英は一瞬戸惑いの表情を浮かべる。記憶のない金気を身に付けた青年は、今では暴君のように振る舞っていると智美からは聞いた。他の者達が分担で行う僧坊での仕事は全て他の者に押し付け、連番制のものも雲英だけは除外されているという。それを咎めようにも、金気も持たないくせにと言われれば言葉を失う。院の中では自分だけが特別なのだという選民思想は、正直危険だ。礼慈の視線に青年は静かに薄く微笑みを敷く。それはヒヤリと冷たい刃物を思わせる冷淡な笑みだった。

「願いを…叶えるだけだ。」

願い?記憶のない青年にどんな願いが存在するというのかと、礼慈は白黒の世界を見つめる。弱く発光する青年の姿には何処か歪さを感じさせて、まるでその光は何か光る棘でも刺さっているように一点だけに集中しているのに気がつく。肩の辺りに何か刺さっているように見える。そうか、これが白虎と雲英の違いなのだと礼慈は初めて目で視ることができた。恐らく白虎は先程の玄武の姿と同じく、全身が発光しているに違いない。雲英は全身ではなくほんの小さな欠片しか身の内に宿していないし、それは白銀でもないから……。

「願い………?あなたの願いは何なんですか?」

戸惑いに満ちた礼慈の問いかけに、ほんの一瞬揺らぐような気配を漂わせながらも雲英と名乗る青年は冷淡な笑みを崩しもせずに夜気の中で佇む。礼慈には答える気はないとでも言いたげなその姿には、一瞬背筋に寒いものを感じながら礼慈は眉を潜めていた。やがて答えることもなく踵を返して歩み去った雲英の姿を見送り、礼慈は立ち尽くしたまま暫し考える。

雲英。

まるで綺羅びやかな権力者を思わせる存在に、今では成り代わりつつある記憶喪失の青年。だが同時に身につけたら金気に完全にふりまわされていいるようにも見えるのは、意図せずに無意識にこんな風に力を振るってしまうからだろうか。それにしても日本庭園の奥の竹林からよく姿を見せることがあるが、彼はどこに行っているのだろうと礼慈は目を凝らす。何か奥にあるのだろうか。自分はそちらに散策をすることは殆どない。ここから先には竹林しかない筈だが、何故いつもここから出てくるのだろうと目を凝らすとほんの僅かに残る金気の痕跡が見えてくる。

前より…………視える?

視界は白黒でしかないのに以前よりも遥かに気の気配を目で視ることが出来る。それに礼慈は戸惑いながらも改めてその気配を見つめて、慎重な足取りで跡をたどり始めていた。
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