GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第二幕 花街

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院に密かに祭り上げられ暴君となっている金気の青年。
人を殺し街を彷徨く殺人鬼の青年が持つ火気。
そして、人殺しの現場にいたと思われる正体の分からない水気。

どれもこれも正直イレギュラー過ぎて、悌順の理解の範疇をこえていると夜回りの中の頭で考える。義人は人外の可能性を口にしたが、こうなってくると水気を持つ人間がもう一人居てもおかしくはない。そうなってくると他にもただ自分達が知らないだけで、金気や火気を内在した人間が山ほどいるのかもしれないのだ。

そんなことはないと考えてたけど……

火傷の後に何気なく口にしたが、昨今の急激な変化は余りにもおかしい。自分が教師になってから僅か四年だが、なりたての頃は今の教頭の福上雄三が生徒指導をしていて一緒に夜回りをしていた。その時にはこんなに生徒は夜の花街は出歩かなかったものだし、事件に巻き込まれるなんて早々なかったものだ。

「やーすーっ!」

唐突に背後からドーンと体当たりされて、うおっ?!と悌順が声をあげる。とんでもない勢いの体当りはどうも両手で突き飛ばされたらしく、何でか背後の女性がカラカラと笑い出した。振り返れば見慣れた顔が夜の街で優雅に笑いながら、口に飴を咥え仁王立ちで悌順を見ている一人の女性。

「万智姐さん、体当りは止めてくれよ……。」
「だって、似合わない顔してるからぁ?夜回り、ご苦労!」

彼女は八幡万智。
年頃は恐らく今年四十過ぎ。以前聞いた時に半殺しにされそうになったので、あえてそこは追求しないが性的目的の店の多いこの花街で古くから顔役をしている八幡家の現在の当主だ。当主なんて言い方は古めかしいが実際にはここの花街は江戸時代とかには本当に色街として存在していて、八幡家はその頃からのここら辺一体の責任者でもあった歴史のある家系。とは言え時代を重ねて今ではそんな裏の役割は殆どないと言うが、八幡家は変わらずここにいて花街全体の治安に密かに大きく関わりがある。因みに現在の八幡家の家業は調査事務所を名乗っているが、素行調査なんかを主体とした探偵みたいなもの。何でそんな八幡と悌順が知り合いかと言えば、八幡万智は悌順の通った柔道道場の姉弟子に当たる悌順の頭の上がらない数少ない人間だ。身長の大きな悌順よりは勿論小柄で華奢だが、八幡万智は柔よく剛を制すのお手本みたいな能力がある。
実際にはそれ以外にも現在の教え子の一人八幡瑠璃の母親でもあるわけで、こんな姿を娘の瑠璃に見られたら後が面倒だ。何しろ母親と瑠璃は性格も行動も瓜二つ、恐らく歳を取ったら今度は瑠璃がこんな風にこの街を闊歩するに違いない。

「……うちの生徒いた?万智姐さん。」
「今日はまだいないかなぁ。北側の方にメンズがチョコチョコ出てるらしいけど?」

情報源の多い万智にまず確認しておけば大分範囲が狭まる、恐らく万智の方も四月に花街で怪我をした黒木祐のことを気にしているからこうして情報を集めてくれているのだ。
三年七組・黒木祐。
内川俊一のクラスの生徒で、素行が急激に悪くなり初めていたのには悌順も気がついていた。昨年の年末に香坂智美を多人数で囲んだはいいが、智美と真見塚孝の二人に意図も容易く返り討ちにあった生徒だ。今年度になってからは不登校が続いていたのに、何度か内川には確認をとったがノラリクラリと交わされていた。仕方無しに自分で自宅まで行ったが家族から部屋にこもっているとか、コンビニに行ったところだとか言われてそちらも交わされ続けていたのだ。かといって無理に踏み込む理由も見当たらず、時々花街に姿を見せると万智から聞かされゲンナリしながらしながら夜回りを再開した。そんな最中に花街から外れて奥に入った裏路地の影で、黒木祐は無惨な姿をさらして半死半生で発見されたのだ。
頚部と下腹部への裂傷。
原因は大型のナイフで切られたと考えられ、大量に出血もしていたが下半身は膝まで脱がされて放置されていた。
知り合いの刑事から連絡があったお陰で、事件当日も黒木の自宅にも行った。だけど母親は息子は部屋にいるといい悌順に会わせなかったし、花街に夜回りに出たが細かい路地裏全部は確認しなかったのだ。こちらだって家にいるという言葉を鵜呑みにはしてなかったが、路地裏で性交渉を高三でするなんて思いもしない。しかも性交渉の相手が、世にも恐ろしい殺人鬼が女装してるなんて馬鹿な話普通だったらあり得ない。あり得ないが、そんなことがここ近辺では多数起きているのを計算にいれていなかった悌順が、黒木の発見を聞いてどれだけショックを受けたか。
結果的に黒木は命は助かったが、首から下の神経が断裂して寝たきりになった。呼吸を動かす神経も駄目で、人工呼吸機のお世話に一生なるしかない体に変わってしまう。しかも襲われた恐怖からなのか意識が戻ってもショック状態で反応がなく、本当は黒木佑に何か起きたのかは未だに分からないのだ。
同じ年の娘と中学生の息子を持つ花街の当主には、子供達の身近な世界での事件だから犯人の事はきがかりだろう。しかも万智と繋がりがあって、悌順に黒木の連絡をくれた刑事が暫く前に死んだと聞かされた。

その上殺人鬼は逃げ出したって言うし、そいつが火気を持ってるなんて

記憶障害があると忠志は話していたが少なくとも警察から逃げ回る知恵は持ってる殺人鬼が、訳もわからず火気を使える何て事になったらテロリストより質が悪い。しかもそいつは年齢関係なく性交渉を男として、相手の男を惨殺するのが狙いなのだ。

「それにしてもさぁ?この間の事件さ?」

万智が飴玉を舐めながらモゴモゴというのは、実は義人が発見した遺体の事。丁度夜回りをしていた悌順に先に仕事に向かっていた筈の義人が駆け寄ってきて、結果として万智に通報を依頼したのだ。

「あれさぁ、別件だわ。」

それは実は聞かなくても分かっている。火気を持つ殺人鬼がやったことなら、火気が残っていた筈だからだ。でも、それが分かるのは自分達だけで、院の人間でもきっと見抜けない。

「姐さん、なんでそう思うんだよ?」
「玄関でしてたんなら兎も角よ?出会い頭でズバッとやっちゃあ、今までのと話が違うのよね。」

生々しい話だが結論とすれば殺人鬼には決まった条件が存在していて、それに今回は当てはまらないと言うことらしい。万智には他にも情報源が多数あるから、殺人鬼自体の情報も多いのだろう。それにしてもそうなると別な殺人鬼が、この街にもう一人存在する事になりはしないだろうか。

「まぁねぇ……最近物騒で、人死に多いのよね。冬場にもここらの仕事してる子じゃないけど若い女の子が死んでるし。」

ある意味均衡の一辺を担っていた男が一人逮捕され消えたことで、権力闘争とか利権争いが密かに起こっているのだという。昔ながらの任侠のような組織は以前より数が少なく、街の近郊を保つほどの活動力はない。ここいらでそんな能力を維持してるのは二つとの組織と若い連中を束ねてるグループ二つ位なんだよねと万智は言う。

「ま、姐さんも気を付けてよ。」
「はーい、悌もね。あ、うちのマイエンジェルに手出したら殺すから?オーケー?」

毎回釘を刺されるが、八幡家の娘にちょっかいを出す気は毛頭ない。何せある意味八幡家が任侠並みの組織の一つなのだとちゃんと悌順も理解しているし、大体して生徒に手を出すつもりなんかない。

「ふふん、そんなこと言って手出しかけてる・く・せ・に。」

ギョッとする悌順にヒラヒラと手を振りながら、万智は卒業までは良い子にしてるのよ?と呑気に手を振りながら歩み去っていく。何処からその情報と思うが万智が情報源を教えるわけもないのに、悌順は溜め息混じりに頭を掻きながらまた夜回りを再開して歩き始めていた。それでも常にチリと神経の中にはゲートの気配は何時も浮かんでいて、それが仲間の手で閉じられるのを夜の闇の中に感じている。

これがある限り……とは分かってる。

好きな女に一緒にいようとも告げられないと分かっていた筈なのに、自分も信哉もそれを無視したのは心の何処かで自分がまだ人間なのだと思いたかったからだ。それに自分達が、人外と人間の長い戦いの為の生け贄なんかじゃないと証明したかったからだとも思う。窮奇があの時逃げるために口にした言葉は実際には自分達には深い棘のように刺さったままで、沢山の魂を背負って最後に自分の命を捧げたいなんて自分も信哉も一つも願ってない。長くゲートキーパーとして生きてきたからこそ、自分の感情を圧し殺して我慢して生きていたことに反発したくなったのだと思う。

何しろ一番俺も信哉も最初に諦めたのは、誰かを好きになることだからな。

何気なくネオンに濁った空を見上げ溜め息をついてしまう。仕事の最中に見るような満点の星空はここでは見れないものだが、ふと思ってしまう。開発や工事で地脈に傷がつくのは分かっているが、ここにも深くに地脈は走っている。ここでゲートが開く可能性はどれくらいあるんだろうか、もし開いたらこの間のようなことが簡単に起きるのだろうか。今までの当然が通用しなくなっているのは、既に人間が飽和状態にあるからではないかとすら思う。そうして、まるで人間の中に地脈の一部が埋め込まれているように、人外が皮を被ったような人間なのに人間紛いのような存在が数多くいる。

三浦か。

忠志の幼馴染みは元は義人のような優等生タイプで、不動産屋の御曹司だったという。人に喧嘩を売るようなこともなければ、穏やかで大人しい男だったというのだ。それが今では狂気の殺人鬼に成り代わってしまった。そんな風に以前とは急に別人に変わってしまったような人間が増えているのは、地脈のせいなのか。それともただ単に飽和状態の人間が、本能的に自滅を図り始めているだけなのか。

「土志田?夜回りか?」

不意にかけられた言葉に振り返ると、そこにいたのは最近再会した風間祥太だった。高校時代の同級生で生徒会長でもあった品行方正な優等生だった風間は子供の頃からの夢を叶えて、今は刑事になった。大卒だか官僚にも慣れたのにワザワザ派出所勤務の警察官から刑事になったという、変わり種なのかただ単に夢に真面目なのか。そうして悌順の初恋の人の彼氏でもあるが結婚指輪がないところを見ると、初恋は誰もが上手くいかないものかもしれない。

「風間は今帰りか?遅いな?」
「ああ、今日はこれでも早く終わった。」

風間は目下刑事一課で三浦和希に関連した事件をほぼ担当していて、日々駆けずり回っているという。三浦が生きていて警察官を殺して脱走したというニュースが流れてから半月以上経つが、何しろ稀代の殺人鬼は性別を越えて変装までするので情報入りにくいし手の出しようがないらしい。本庁からの担当者が来て合同捜査をしようにも、何でか上手く話が進まず邪魔が入ると風間が渋い顔をして話したのは、それこそ義人があの遺体を発見するほんの十分ほど前の事だ。
そんなことを考えながら、ふと何か神経に触るものがあるのに気がつく。

チリチリと微かに何か……

そこまで考えて悌順は思わず目を丸くする。スーツの袖口に自分のものではない水気の残滓がまるで糸屑みたいにまとわりついていて、その端から地表に滴るように気が落ちて溶けていく。思わずその袖を掴んだ悌順に風間の方が目を丸くした。

「風間…………お前、今まで誰かと一緒にいたか?」
「あ?そりゃ、バディがいるんだ、一緒にいるだろ。」

そうだった。刑事の風間は基本的に相棒と組んで活動していて、一ヶ月程前までは遠坂喜一という男と組んでいたのだ。遠坂喜一は万智の警察の知り合いでもあり、悌順に黒木祐の情報を入れてくれた刑事だった。だが、前の月に遠坂喜一は自宅で自殺しているのは、発見者だったという信哉から聞いている。その後風間はそれまでいた二課から一課に移動して、新しい相棒と組んで三浦の件を引き継いだのだ。そのほんの少しの合間に、既に目の前で微かな水気は大地に溶けて消え去っている。つまりはもうこれを辿ることは無理だが、こんな風にまとわりつく程傍に水気を放つ人間がいたということだ。

「その相棒ってなんて奴なんだ?」
「は?庄司陸斗だけど……?なんだ?」

まだ若い二つしたの刑事になりたての青年だと風間が戸惑いながら言うが、この間の会った時は一緒だったのかと問うとあの時はお前と会う三十分程前に花街の入り口付近で別れたという。あの時の現場はここから直ぐだし風間の相棒と言うことは、庄司という男は三浦の殺害方法をよく知っている事になる。

そいつが水気の持ち主か……?

その後刑事として現場に来るなら尚更やり易いだろう。そんな風に考え込んだ悌順に目の前の風間は戸惑ったままだった。

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