GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第二幕 鳥飼邸

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それぞれが微妙な変化を僅ずつだが感じ始めていた。それが全て良いことだとは思わないし、中には自分達には良くないと思われる事もある。それが信哉と、そして悌順にも起きて始めている、誰かへの執着も含めた恋愛感情だ。信哉は十一年、悌順は八年、既に四神として過ごしていて、お互いに他の仲間を見送った経験もある。その二人が誰かに惹かれないように自分を抑え込んで来た筈なのに、ここに来て唐突にその自制を振り切るような存在が現れてしまった。それに早々に気がついて自分に話してくれた忠志は暢気に良いことじゃんと言うが、義人には一つもそうは思えないでいる。そんなわけで平日の昼間の休みを利用して、仁が居ないところで信哉と顔を会わせて話すことにしたのだ。二人揃って顔を見せたのに来るだろうと思っていたらしい信哉は、微かに戸惑いながら招き入れる。そうしてどう言うことかと問いかけた義人に、信哉は四倉梨央と恋人として付き合っていると素直に認めたのだ。

「好意を持つくらいなら構わないと思いますけど……。」
「……好意……だけじゃない。」
「……そんなの…………。」
「何で?いい人だったぞ?梨央さん。それに、悌の方は相手って香苗だろ?」

忠志の言葉に遮られ義人が眉を上げるのを眺め、困惑顔の信哉が分かってると呟くのに忠志だけが不思議そうに首を傾げた。まだ朱雀になって三年になったばかりの忠志は最初のうち暫く三人に馴染めなかったせいもあって、実は余り四神の伝承に関して詳しくない。逆に二人が身近だった義人は嫌になるほど綿密に書き取れるほどの質問を二人にして、二人が知っている殆どの話を苦い思いで飲み込んだ。
一つ、四神は男性が九割九部。
一つ、四神な身内を全て失う。
一つ、四神は家族を持てない。持っても早逝するか、子供が出来ない。
一つ、四神自身も殆どが早逝する。
まだ初恋程度で彼女にしたのも数人だけ、医学部は忙しくて義人には親密な相手なんかいなかった。それでもその話を飲み込んだ時は愕然としたのは事実だ。何しろ二十歳で自分達は四神になったのだ。それに永遠を誓うことは出来ないし、それにもし付き合っても恋人を巻き込むことも出来ない。そう認識していると話したのは目の前の信哉だったのだし。その彼が今になって唐突に恋人が出来たなんて言うのには、愕然としてしまう。しかも同じことを考えていた筈の悌順まで、突然生徒を自宅に入れて義人に家庭教師をさせている上に、どうみても悌順の方が好意があるとしか思えない反応をしている。大体にして生徒には手を出さない主義の悌順が自宅にほぼ半裸の女子生徒を連れて来て泊めたところからして、義人には驚きだった。今までならそのまま自宅連行なのが当然だったのに、あの時余りにも酷い姿だったなんて言って連れ帰ってきたのは異例中の異例だったのだ。そこまで既に六年も働いていて、一人として生徒を自宅に連れてきたことのない悌順が、何故か手を引いて連れてきた彼女。
やがて須藤香苗は家によく来るようになったけど、確かに彼女は見ていても悪意がなくてサッパリとしていて綺麗な少女だ。勝ち気そうなのにどこか抜けていて、守ってやりたくなるタイプは、昔から悌順の好みのタイプだけど生徒だから気にかけてるんだと義人も考えていた。そうじゃないと気がつき始めたのはクリスマスプレゼントを悌順が受け取り、しかもお返しをしたと聞いたからだ。
プレゼントを受け取ったら当然だって?いいや、悌順は今まで生徒からは物を受け取ってない。バレンタインのチョコすら受け取らないから、堅物過ぎると父親のように接している教頭の福上に言われた程だ。それなのに何故か香苗のプレゼントは、確かにこっそり自宅に直に届けに来たのは確かだけど受け取った。

受け取ったんですか?

思わずそう問いかけた義人に戸惑いながら、そうだと呟いた悌順の様子でこれは本気で惚れてるんだと気がついた。気がついたけど相手は生徒で恋人には出来ないし、悌順だって四神の一人だ。だから見守るだけなのだろうと考えていた矢先に、信哉の変化が耳にはいった。
麒麟が現れて、仁君が来てから変化に加速がかかっている気がする。そう感じてしまうのは義人だけなのだろうか。ゲートのことも人外のことも院のことも、何もかもが変化の時期を迎えている風に見えるが、それを喜んで受け入れていいものなのか分からない。瑞獣が現れると平和が訪れるというが、それを自分達が安穏と受け入れられるのかと疑問に感じるのは義人だけなのか。何しろ二十年も前から人間の中に潜んでいたり、院の最強の能力者が視力を失っているのに良いことだけを喜べる筈もない。

「……自分でも……何で止まらないか分からない…………。」

否定すらしなかった信哉に、改めて更にそう答えられると叱責することも出来ない。その状況にただ戸惑う義人に忠志がそう言うのだから恋に落ちるっていうじゃん等と暢気に口にするのには、義人は心労に溜め息をついてしまう。確かにそうかもしれないし自分だってないとは言わないけれど、それで自分達の運命が見逃してくれて無事に済むとは思えない。その様子に不満げに忠志が視線を投げる。

「何でそんなに義人は駄目だって思うわけ?」
「はぁ?!」
「だってさ、信哉や悌順だって普通の男な訳じゃん?好きな人くらい……。」

そういうことを言ってるんじゃない!力一杯そう怒鳴り付けた義人に、じゃ何言ってるか分かるように説明してみろと忠志が一瞬でキレ返す。駄目だなんて小舅みたいに反対な訳じゃないし、それで幸せになれるならそれでいいと思っている。でもそうじゃないのは、それがもたらす変化を知っている筈の二人がそれに対応しないからだ。義人の方は信哉達が今までとってきた立場を十分に理解しているからこその苛立ちだし、忠志の方はまともに社会で暮らしていれば当然の話なのだ。

「大体な、最近のお前!頭が固すぎるだろ?!」
「そういうお前こそ、もう少し回りのことを考えたらどうなのかな?!」
「はぁ?!考えてんだろうが!お前が石頭なんだろ?!」
「何も知らないでよく言えるね!」

他人の家のリビングで口論に発展した二人の手が出そうになるのはあっという間のことで、何でか問い詰められる筈の方の信哉が力ずくで二人を押さえ込んだのは言うまでもない。不貞腐れ顔の忠志が背を向けているのを横に、信哉が心配させているのに悪いと素直に義人に呟く。

「…………信哉さんがいいと思うなら仕方ないですよ。」
「いいと思っている訳じゃない……、俺だって梨央に酷い事をしていると思ってる。」

その言葉に不満げに窓を見ていた忠志が訝しげに眉を上げる。好きで付き合うだけの事なのに何で心配されるのかも分からないし、何が酷いんだよと言いたげなその顔に信哉は微かに苦い笑いを浮かべる。教えてある筈と改めて確認もしなかったが、忠志が最初の色々なことを適当に聞き流してきた訳で。それは忠志が適当な訳ではなく、まだ自分達を信じられなかったし家族を失ったショックから立ち直れる筈もなかったからだ。そしてそれに気がつかず三年も過ごしていた信哉や悌順は、次の仲間が義人だったことで忠志が今までは身近な人間ではなかったことに気がつかなかった。だから最近になって先代の白虎が異例だと、忠志は初めて気がつく有り様だ。

怠慢だな、俺も。

信哉が静かに口を開く。

「俺がいつ死ぬか分からないし、伴侶にすれば梨央の身が危険だからだ。」
「何だよ……それ。」

人外と戦って何時死ぬか分からない自分。もしそれでも梨央を伴侶に選んだとしたら早逝する危険も生じると説明されて、忠志の方が愕然とした顔をしてしまう。そんな馬鹿な話あるかと言いたい筈のに忠志がふっと黙り考え込んだのに、信哉は気がついて目を細めた。

「…………早死にするってこと?俺達が…………好きになったらさ……。」
「そういう古文書があるって事だ…………。」

何かが心に引っ掛かったような忠志の様子に、梨央の身の回りは自分で気を付けると信哉が言うと義人は再び溜め息をついてわかりましたと囁く。そんな風に信哉が言うということは、これはもう信哉自身にもどうしようもなかったってことなのだろうと義人も判断するしかない。

「なぁ…………それなら、かおるが消えたのも…………そのせいか?」

不意に忠志が問いかけた言葉に振り返った信哉が眉を潜める。
忠志の言うかおるというのは、『真名かおる』という極めて特殊な存在だった。
ほんの二年と少し前近郊で起こった大きな事件。
最初の切っ掛けが何だったのかは二人には不明だが、結果として一人の青年が何と五人の人間を惨殺して三人に重傷を追わせた事件に忠志と信哉は偶然の重なりで関わっていた。と言うのも、その殺人犯が忠志の幼馴染みの三浦和希で、忠志の言う真名かおるという存在は事件に最も大きな関わりのあった存在だったのだ。でも実は彼女はその殺人事件に関わらなくても、何時か必ず消える運命にあった。

「その人のこと、好きだったの?」

義人の何気ない言葉に、忠志の表情が微かに傷ついたのに信哉は気がつく。
真名かおるを好きだなんて言葉は忠志は当時も何一つ口にはしなかったし、彼女は誰のものにもならない不思議な存在だった。忠志の幼馴染みの三浦和希を取り込み殺人鬼に変えてまで、真名かおるがあの冬の最中ひたすら欲しがっていたのは恋人ではなく自分自身という唯一の存在でしかなかった。
真名かおるは所謂・多重人格の一つだったのだ。
だから自分の存在を認めさせる為に必要な体と居場所を欲していたのだと、今では忠志も信哉も思っている。そしてそれを叶えられなかった真名かおるは、あの冬の夜に雪のように意識の底に溶けて消えていった。消えた彼女達の変わりに、体の本来の人格である遥だけが今も存在して全ては終息を迎えたのだ。
そうして二人は、今でも友人として菊池遥という人間と交流がある。
菊池遥が今でも真名かおるやカナタという別人格の事を覚えているかどうかは分からないが、彼女は既に結婚してあと数ヵ月で二人目の子供を産む母親だ。一人目の子供に名付けた奏多の名前を知った時にはかなり二人も驚いたが、事件の当事者でもあり他の人格とも接していた夫の菊池直人が案を出したと聞いている。
そうちゃんと現実に何が起きたのかを知っていても、別人格でしかなかったかおるがいつか必ず消える運命だったのは分かっていても、今も何処かに別な人間として生きているのではないかと忠志は密かに考えてしまう。それは忠志が真名かおるの事を好きだったからなのかもしれない。

また、ココア……買ってくれる?

儚い囁きでそう問いかけて最後に忠志にだけ笑った彼女。時おりまだ唐突に知り合いからかおるの名前を問いかけられ、三浦和希の名前も耳にする。その和希は逃亡中で何処で何をしているか分からないけれど、かおるは本当は消えてしまっているのに。

「忠志……。」

違う。真名かおるは消える運命だったから消えたので、忠志が好きだったからではない。そう言ってやるのは簡単だが今の信哉の言葉では説得力に欠けていて、義人は状況が分からないでいる。戸惑うように忠志の瞳が二人を見据えて、聞いたことのない声で絞り出すような言葉を放つ。

「何でもかんでも、犠牲にして…………おかしいんじゃないか……?俺らってそんなに……我慢して生きるべきなのか……?変だろ?生け贄かよ……俺達。」

その言葉に不意に窮奇が木崎蒼子の姿で、玄武と白虎に向けて放った言葉が頭を過って信哉は凍りついた。

高尚な贄

自分達をそう呼んだ窮奇は、自分達を駒だとも言った。
でもこうして仲間から改めてそう言われないと、確かにとはもう思えなくなりつつある信哉。それ以前に信哉は余りにもこの状況が当然のように生活にありすぎて、これが異常な事だとも思えなかったのだ。
窮奇に言われ、忠志にもいわれて、初めてヤッパリおかしいのかと気がつかされるような自分の認識と、当然のようにそう感じられる忠志の間にある感覚の大きなズレ。その余りにも大きなズレは、自分が四神に成り過ぎているからなのかもと信哉も気がつき始めている。信哉だって自分は人間でありたいと願っていた筈なのに、いつの間にかかけ離れて人間らしくなくなっていこうとしていたのだ。まるで完全に四神だけに成り代わり人間ではない何者かになろうとしているみたいに。

「忠志…………。」

その声に義人が初めて言葉を緩めて、義人も同じことを感じていたのに気がつかされてしまう。若い二人は当然のように自分達が我慢を強いられて生きていると感じているのだと気がついてしまったら、信哉にも言葉を繋ぐことが出来ない。何故なら今更のように最愛の相手がこうして長く四神を勤めた方の二人に出来るということは、改めて人間であることを思い出させようとしているみたいに感じてしまうからだ。
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